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『●紅き紅き徒花よ、咲き狂え 』
ブラウka4809


 女は時折、夢を見る。
 それは、別れを顕す夢。かつてを回顧するための夢。
 その夢が描く悲劇を、女は知っている。

 それでも。だからこそ。

 ――もう少しだけ。

 彼女は、夢の続きを求めるのだ。
 夢の続きを、求めるようになってしまったのだ。

 あの日から。

 それを変容と呼ぶべきか、変革と呼ぶべきか――自らの裡に起こった出来事を、彼女は詳らかには語れまい。ブラウ。とある部族に連なる一人。最後のひとり。可憐な装いに狂騒を抱いた女。

 これは、偏愛にして狂愛。凶悪にして悪逆なる彼女の、起こりの物語。
 罪に彩られた、災厄と呼ぶべき日の物語だ。



 辺境はときに、赤き大地として謳われる。荒涼たる乾いた大地には、それでも瑞々しき生命の巡りが在る。彼女の一族も、その恩恵を受けて暮らしていた。闘争や狩猟を前提とする部族ではあったが、それもまた、自然の中にあっては正しき在りようには違いあるまい。

 かつてはブラウも、そこに属していた。姿形は、『現在』と然程違いはない。艶黒の黒髪や白磁の如き肌が、砂土に汚れていることを除けば。
 だが、その表情はどこかが――しかし確実に、違っている。見るものが見れば、気づけただろう。
 瞳に灯る感情の色。彼女は今、得物を握っていた。しかし、違う。そこには陶酔は無く、希求の気配など微塵もなかった。
 ただ、一人の少女が鞘におさめられた刀を手にしているだけ。それが日本刀というモノであることは、当時のブラウも知っていた。その部族には、闘争には『刀』を用いるというしきたりがあった。ブラウの体躯には些か頂戴な得物ではあるが、姿勢は整い、重心が乱れることはない。それは、当時のブラウもまた、闘争者であることを意味している。

 その眼前には、もう一人の、女。ブラウと同じドワーフと思しき、青い髪の女である。手には、ブラウのそれとは異なる大業物。鞘は彼方へと捨て置かれている。
「私に勝てたらお前は一人前だ」
「――分かったわ」
 唐突に告げられた、張りのある女の声に、ブラウは頷き、遅滞なく、迷いの無い動作で刀を抜いた。当時二十歳を数えたブラウにとっていつか来るべき時であったから、畏れも、迷いも抱き得ない。

 ただ、眼前の相手に打ち勝つ。一族の戦士として、その在り方は自然に過ぎた。たとえ、相手が師匠と呼ぶべき女だったとしても、だ。
 先に動いたのは、ブラウだった。青い髪の女は自然体のまま、動かない。

 ――すぐに、刃が奔った。



 身を低くして逆袈裟に放った斬撃を、師である女は足さばき一つでかわしてみせた。しかし、ブラウはその動きを知っている。
「ああ……ッ!」
 気勢を一つあげ、さらに踏み込んだ。伸び上がった身体を、ドワーフの筋力で一息に引き戻し、切り下ろす。力任せの一撃だが、守勢を択んでいた女は回避でなく受けに回った。ブラウの剛撃を、ただ刃に沿わせるだけでいなす。地力の違いに、ブラウは舌打ちをこぼしそうになる。自分の手は知り尽くされている。対して、ブラウは師の太刀筋のすべてを見ているとは到底思えない。
 だから。遮二無二、往った。練熟した太刀を捌き続けることは不可能。ブラウが勝利を掴むには、攻勢の中に『光』を見出すしか、ない。
 未熟な太刀筋には、たちまち反撃の刃が跳ねた。なんとか捌きながら、強引に体をいれていく。師は待っている。ブラウが、何かを掴むのを。それを感じた。
 刃を振る。振るっては、斬られる。身を裂かれる痛みよりも、至らない自分がもどかしい。
 没頭し、刮目する。刃と刃。その先に、動きが見える。師の動き。それに――引き回されている、無様な自分。
 そんな無様を、幾合も交わしていた。
「―――――ッ!」
 そのことに気づき、ブラウは強引に、踏み込んだ。斬撃の応酬に怖気づいて立ち回りが硬直していた。
 理詰めではない動きに、流水の如く立ち回っていた師の動きが淀んだ。届く。確信と同時に、肘を返した。刃先は下へ。手首を返し、肩と腰をいれる。刃は滑るように頭上へと走った。
 その手応えは酷く軽く、彼女の師の体に届いた。

 ――届いた?


「……っ!」
 腹部をおさえて崩れ落ちた女に、ブラウは駆け寄った。
 最高の、一太刀だった。その実感を得るよりも先に、背骨を氷柱で貫き刺したような悪寒が、ブラウを恐慌させていた。だから、全力で走ったのだ。それでも、ブラウは間に合わなかった。ブラウの目の前で、師であった女は体を支えることも出来ずに不格好に砂に汚れる。地に伏した女は荒い息を吐きながら、渾身の力で仰向けに体を返した。それだけのことで、女の余力は全て削ぎ落とされてしまったか、浅い息を繰り返しながら、目を細めた。
 ブラウはそんな女を真正面から抱きとめた。その熱を、離さぬように。その死相から、目を背けるように。
 あんなにも活力が満ちていた相手が、今はこれだけの事で震えるほどに、急速に死にゆこうとしている。その事実から、目をそむけるように。

「み、ごと、だ、」

 その言葉を、聞き逃さぬように。師と呼んだ相手を刺し貫いた事実に押しつぶされそうになっていたブラウは――代償を、求めたのだ。己の罪を赦すに足る、何かを。
 ああ、と。嗚咽が溢れた。ごめんなさい。待って。赦して。渾然として、言葉にならない激情が、頭の中でひしめいていた。嗅ぎ慣れた鉄錆の香りが、ブラウの鼻腔をくすぐった。その出処が眼前の女だと気づいて、その原因が自らの手だと思い至って、ブラウはさらに恐慌した。死ぬ。死んでしまう。女は何事かを告げていた筈なのに、その声が聞こえなくなる。ブラウは両の手に力を籠めた。ああ。その視界が、赤滅していた。頭が割れそうな程に痛い。苦しい。涙を流していたブラウは、嫌だ、と叫んだ。叫んだつもりだった。
 ああ、と。吐息が溢れた。『寒い』。腹の底が、熱を持っていた。脳髄が蕩けそうなほどの熱。

 嫌だ、と。どこかで声がした。



 ――聞き覚えのない、声だった。




 視界が、急に晴れたのは、その時のことだった。
 眼前には、事切れた女の姿があった。天を仰ぎ、目をつぶった青い髪の女。
 その腹に顔を埋めていた女の頬には、涙の痕が残っていた。
 紅く染められたそこを伝う、透明な雫の痕跡。

 その痕は、とうの昔に乾いていた。




 その『先』までたんと味わったのち、ブラウは目を覚ました。
 やわらかなベッドの上で、伸びをする。ほう、と零した吐息には、湿った、熱。雫で潤んだ瞳が、いやに艶めかしい。
 覚えている。

 ――どうして。
    ――どうして、こんなにも興奮するのかしら

 惑うように、刀を振るった自らの手を。もっと、と。ねだるように、刀を振るった、自らの手を。
 覚えている。自らの手によって描かれた、アカイロ。自らの手で味わい尽くした、初めての香り。

 ――あぁ。
    ――なんて素晴らしい香りなのかしら。

 脳裏に疼く、かつての香り。いまはもう亡き、最愛の家族と、師の残り香。
「……大丈夫よ」
 言葉に応じるように、さあ、と。ブラウの足元から、影が沸いた。4本の手。彼女が覚醒者となったその日から顕れるようになった『影』。
 その手の――かつての主に語りかけるように、ブラウは続けた。
「忘れてはいないわ」
 指の形、指の数――それらと、その断端を愛おしげに眺めたブラウは、目を細める。

「――とても、いい香りだったもの」



登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka4809 / ブラウ / 女性 / 27 / 悠けき鏖香に揺蕩う狂女】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お世話になっております。ムジカ・トラスです。この度は発注いただきありがとうございました。

 ブラウさんの過去設定は常々ロクでもないものであろうな(褒め言葉)と思っていましたが、それを預けていただくなんて、いやぁ、とても、光栄です。発注文を見た際には、別な意味で恐怖を感じました。クラウド某社の倫理規定に引っかからない程度に最大限の配慮を行いつつの描写となりましたが、お楽しみいただけますと幸いです。

 そんな彼女が出会った『光』が一体なにものなのか……ムジカは全然、存じ上げないのですが、せめて、平らかで幸せな道に繋がるといいな、と思います。

 以上、砕けた内容でしたが――改めまして、ご発注ありがとうございました。
 また、機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
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ファナティックブラッド
2016年10月25日

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