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『ささやかに 』
木霊・C・リュカaa0068)&紫 征四郎aa0076

「最近さ」
「雰囲気妙じゃない? あの二人」
「みょう、なのですか? ……はっ! もしや、けんかを!」
「おっ、鋭い!」
「では、ふたりだけでお出かけしたのは」
「仲直りする為かなーなんて」
「きっと今頃いっぱいおなかたたかれてるのです……」
「うわー……目に浮かぶね、百や二百じゃ済まないかも」
 未だ暑さの続く、八月も半ばを過ぎた頃の夕暮。
 少し気の早いひぐらし達に語り聞かせるように、歳の離れた兄と妹のような男女が言葉を交わしていた。
 男は提灯を、女は線香と献花を手荷物に、朱に昏む路を往く最中の事である。
 ふたり、空いている手を繋ぎながら面白おかしく話すのは、今朝早くに連れ合い旅行へ出かけた双方の英雄達の噂話だった。
「……みょうなのです」
「妙、かい?」
 先ほどとは逆の応酬を経て男――木霊・C・リュカの手を引くのを俄かに止めて、女――紫征四郎は、小首を傾げる。
「そんなのいつものことですし、征四郎には、むしろ前よりも仲良しさんに見えるのです」
「だね。や、実はお兄さんも悪い意味で言ったわけじゃないんだけどねー」
「もうっ、さっきは“鋭い!”なんていったくせに」
「あははー」
 抜け抜けと本懐を告げるリュカに征四郎が頬を膨らます。
 それを笑うように鳴きながら、ひぐらしはふたりの道行きを促す。
 いつも通りの他愛ない遣り取りに、征四郎は幾許か安堵を覚える。
 けれど、やはり普段との差異を感じていた。
 彼の顔がいつものように優しくても、いつものように強くはないから。
 その理由は、まるでこの夕闇の迫る景色のように、見えそうなのに目を凝らすほどおぼろげで。
 でも、今はリュカが提灯で照らしていてくれるから、どうやら見失わずに済みそうだ。
「ねぇリュカ」
 再び歩み始めながら、征四郎は自分よりずっと背の高い男を見上げる。
「お爺さんってどんな方でした?」
 問うたのは、これから参るべき――いずれ誰もが入る場所に眠る人の事。
 征四郎が慕情を抱く青年にとり、こうして送り盆を務めるほどには大切であろう人の事。
「――……うん。せーちゃんには話した事なかったね」
「……?」
 不思議な間があった。
 やはり気のせいではないのだろう。
 何度も繋いだ事のあるリュカの手が、今日はなんだか冷たいから。
 その場所に近づくにつれ路は暗くなり、すっかり見知った家並みさえおぼろげで、酷く心細い。
 でも、知っておきたい。
 知らなくてはならない。
 そう思えて。
「ずばり日本男児。ちょっと気難しくて、余計な事は言わない人だったよ」


 リュカが聞かせた話は、未だ少女が生まれてもいない頃の事だった。
「でも煌びやかな仏蘭西娘(ジェンヌ)をつかまえて来てた辺り、意外と隅に置けないとこもあって」
「リュカのお婆さんのことですね」
「そうそう。って、俺が引き取られた時にはもう居なかったけど」
「ひきとられた? お父さんとお母さんは、」
「確か八歳の頃かな、二人とも冗談みたいに急に亡くなっちゃって」
「…………」
 征四郎は咄嗟に口をつぐむ。
 幼さゆえか、家族の死を知らぬ為か。
 リュカがあまりにも普段通りに語るものだから、ついつられて尋ねてしまった。
 分かりきっている事なのに。
「それから十年の間、あの古本屋で一緒に暮らしたんだ」
 だが――それもまた分かっていた事ではあるけれど――彼は気さくな笑みを湛えたままだ。
 十年――つまりリュカが十八歳の時分までは健在だったという事になる。
 ――そのあとは?
 征四郎は何気なく出かかった問いを、けれど今度は声にはしなかった。
 常より饒舌な隣人の口が、結んだとばかり語るのを止めている。
 きっとその沈黙こそが、今宵の道行きの果て――即ち墓所を示しているのだろうから。
「そのあとは」
「うん」
「リュカはそのあと、どうしていたのですか?」
 だから、征四郎は話題をリュカの祖父からリュカ自身に移した。
「ひとりで……慎ましく暮らしてたよ。せ−ちゃん達と知り合うまでね」
 朗らかだったリュカの声は少しずつ張りを失い、やや小さなものとなった。
「そう――なの、ですね」
 やっとの事で相槌のみ打つ。
 せめて、彼の想いのひとつひとつを噛み締めるように想像しながら、つい歩みが遅れがちになる。
 そう、いつだって想像しかできない。
 リュカがなぜ多くを知り、このように健やかで強い精神を宿しているのかも。
 “見る”事がほとんど叶わないその紅い瞳で何を視て、どのように生きてきたのかも。
 征四郎は未だ家族の死を知らないから。
 そうでなくとも、どれだけ背伸びしたって、分かち合うには至らないから。
 たくさん支えて貰ったのに、だから――支えたいのに。
「ほらほら、寂しそうに反芻しないっ」
 そうしてとぼとぼと俯く少女を、青年はなお明るく、優しく叱咤した。
「ただえさえ暗くて人気が――あ、そうだせーちゃん」
「え?」
「夜のお墓大丈夫?」
「はうっ……!」
 言われてみれば辺りはとっぷりと暗く、リュカの提灯にぼうやり照らされているそこは、既に墓所の敷地だった。
「だ――だいじょうぶ、なのです!」
「ふふー、無理しなくていいからね。恐くなったらいつでもおにーさんに」
「こ、こここわくなんてあるものですかっ」
 本当は少し――否、結構恐い。
 でも、リュカと話しているうちに、いつの間にか暗闇への恐怖を忘れていた。
 そう、彼が傍に居る。手だって繋いでいる。
 ただそれだけで滅多な事など起こらないように思えた。
 ――またささえられてしまった……。
 嬉しくもあり、口惜しくもある。
 やはり小さなままの自分では、この想いは届かないのだろうか。
「心配要らないよ、今は毎日賑やかなくらいなんだから」
 征四郎の胸中を慮ったのか、あるいは少女が慮っていた事を察したのか。
 リュカは「ね」と実に屈託なく、現在の環境が満ち足りているのだと示した。
「それにさ、なんだか似てるんだ」
 ――似てる?
「あ、ど、どなたとなのです?」
「祖父(あの人)と“うちの英雄”。人柄も見た目も、どことなくね」
「ふふ」
 よそよそしい言い方をしたのは、きっとわざとなのだろう。
 くすりと口許をほころばせた矢先、征四郎は、はっとする。
 導いていたのか、それとなく導かれていたのか。
 気がつくと、ふたりの目の前にはよく手入れされた、けれど幾分つやの失せた墓碑が、静かに佇んでいた。
「…………」
 征四郎の様子から到着を気取ったのだろう、リュカの面から気安い笑みが消えていて。
「厳格で、頑固で――……優しい人だった」
 述懐は、それで終いだった。


「はじめまして! 紫征四郎ともうします」
 征四郎は深々とお辞儀をして、姿勢良く墓前に立つ。
「リュカには、いつも、おせわになっているのです」
 幼いながら礼を尽くす心意気をリュカは嬉しく思い、ゆえ申し訳なくもあった。
 本当は、まだ祖父について話していない、話す気になれない事があるから。
「……どうか、したのですか?」
 無言で立ち尽くすリュカに、征四郎が心配げな声をかけた。
「うん――なんでもない。さーお手入れしようか」
「あ……は、はいっ」
 曖昧な返事に納得してくれよう筈もないが、ともかく征四郎はリュカの号令に応じた。
 暗い中、ふたりは入念に、言葉少なに、墓前を整えていく。
 と言ってもリュカひとりでは、たとえ日中だろうとひとりでは香炉の表面を均す事さえ困難を伴う。
 然るにこの場においては、征四郎に随分と助けられた。
 よく気がつき、自ら進んで花壷を洗ったり、草をむしった。
 場所柄どうあっても虫が湧くし、お世辞にも気持ちの良い作業ではない筈なのに。
 きっと彼女の事、嫌な顔ひとつせず真剣に取り組んでくれたのだろう。
 その様が見えなくて、少し残念だ。

 ――ミエナクテ。

「っ」
 不意に、懐かしい匂いがした。
 日が沈み、気温の低下を受けて墓に寄り添う樹が――金木犀が気まぐれに香ったのか。
 後悔の念が去来して、胸に染み込んでゆく。
「これでよし――お花、そなえたのです」
「…………」
「リュカ?」
 征四郎の声が、なんだか酷く遠い。
 辛い記憶が体中を駆け巡って、胸と頭とを支配する。
 目に浮かぶようだ。見てもいないのに。
 見た覚えがないからこそ、忘れようがなかった。

 十八歳のある秋の日の事。
 リュカが高校から帰宅すると、珍しく祖父は留守にしているようだった。
 大人しく待っていたのだが、程なく夕方となり、やがてすっかり夜になっても帰らない。
 前例のない状況に不安が募るばかりで、捜し、呼び続けた。
 手探りで邸内を巡り、夜を明かした。
 果たして翌朝、異変を察知した新聞配達員によって祖父は発見された。
 庭の片隅、金木犀の散華に包まれたまま事切れていたと謂う。
 そう、祖父はずっと家に居たのだ。
 ただ、リュカが気づかなかっただけ。“見えなくて”――――。

「大丈夫ですよ」
「――!」
 手の甲に優しい心地を覚えて、リュカは我に返った。
 どうやらそれが征四郎の頬なのだと思い至るまでに幾許かの暇を要した。
 だから、ため息のように零した言葉の意味を理解するには、いま少し時間が足りなかった。
「大丈夫」
 繰り返す彼女の声が、心なしか震えているのはなぜだろう。
「お爺さん、笑っているみたい、ですね。“ことしも会いにきてくれた”――って」
 そして、明かしてもいない、リュカの心の内を覗き込んだように。
「泣いてもいいんですよ、がまんしなくていいのです。そういうのは」
 共に悲しみ、慰めるように。
「……せーちゃん」
 見えなくても、その小さな頭を見下ろした。
 自分はよほどらしくない顔をしていたに違いない。
 ならば、さぞ心配をかけたろう、あの日の祖父のように。
 取り返しのつかない悔いを拭い去る事など、できはしないだろう。
 だが、この少女はそれをさえ慈しみ、あたためてくれようとしている。
「……っ」
 深くにも溢れた気持ちを言葉にできず、リュカは屈んで征四郎を抱き締めた。
「ふわっ……リュ、カ!?」
「“ありがとう、孫が世話になっている”――だって」
 せめてと、故人の声を借りた。
「…………。そう、ですか」
 程なく小さな手が首に回され、“良かった”と安堵の吐息が耳に触れた。
 だから、今度こそ自分の言葉で気持ちを伝える事ができそうだった。
「ありがとう」
 ただ、それだけを。


 そうして、焚き上がる白檀の香りに後ろ髪を引かれながら、ふたりは墓所を後にした。
 来た時と同じように、手を繋いで。来た時よりも、少し強く握って。
「ところでせーちゃん知ってた? お盆と言えばご馳走なんだけど」
 おもむろにリュカがいつもの調子で切り出す。
「いまごろきっと、あのふたりも旅館でぜいたくしているのです」
「ねー、ずるいよねー」
「ずるいのですっ」
「だから俺達もおいしいもの食べに行こう」
「さんせい!」
 征四郎もまた、いつもどおりに元気良く応え、リュカを街明かりの方へと誘う。
 今日は彼の家に泊まるけれど、このまま帰るのも、なんだかもったいないような気がしていたから。
 今夜だけは、彼の事を独り占めしてしまおうと思った。

 ささやかに。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0068 / 木霊・C・リュカ / 男性 / 28歳 / 『赤斑紋』を宿す君の隣で】
【aa0076 / 紫 征四郎 / 女性 / 8歳 / 『硝子の羽』を持つ貴方と】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 藤たくみです。長らくお待たせしてしまい申し訳ございません。
 大切な誰かを失って生じた影は慣れて薄れる事などなく、いつまでも奥底に潜んでいるものです。
 では、どのように向き合い、付き合っていけば良いのかとなると、これが自分ひとりではなかなか大変で。
 やはり他の誰かと少しでも分かち合うのが、もっとも確実に負担を減らす方法なのかな、と思います。
 と言うわけで、辛い時こそ楽をしよう、なんて思いながら筆を執らせていただきました。
 お気に召しましたら幸いです。
 このたびのご指名、まことにありがとうございました。
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2016年10月27日

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