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『箱庭に木を植えて 』
水落 葵aa1538)&佐倉 樹aa0340

 これは、『目印』。
 『まさか』の時の───

「葵兄、そういえば、言い忘れたことがあったんだけど」
 佐倉 樹(aa0340)が、水落 葵(aa1538)に何気ない調子で切り出してきたのは、彼が店長の玩具屋『エイヴィコール』の事務所でのことだ。
 本日お店はお休み、であるが、事務所では明日発売のオリジナル玩具の梱包作業が行われていて、樹は半身共々手伝いに借り出されていた。
 現在、事務所内には樹と葵しかおらず、残る2名は外で休憩中である。
「? 言い忘れたこと?」
 葵は、珍しいとばかりに樹の言い忘れたことは何かと聞き返してくる。
 言うのを躊躇ったとかそういうのではなく、単純に話す時間が取れないでいたら、言い忘れたといった調子で、樹はさらりとそのことを告げた。
「あの『白時計』、人にあげたから」
 ガタッという大きな物音がした。
 樹は振り返るまでもなく、聞き返してきた葵が商品を取り落としたと気づき、「葵兄、商品は丁寧に扱えってさっき自分で言っていたと思うけど」と言いつつ、自分はしっかり丁寧に梱包していく。
「あげたって、ちょっと待て。あれは、『目印』だろうが」
「そうだね」
 樹は、葵とは対照的に冷静だ。
 親戚の葵は、樹が持っていた『白時計』の『意味』を知っている。
 エージェントとなった樹が見につけていた『それ』は───

『アレね、私が任務中に死んだり邪英化した場合、私が私である目印でもあったんだ』

 そのことを告げた時のあの表情の変化を樹は忘れていない。
 物言いたそうな顔をしているその相手へ悪戯を仕掛けた子供のような笑みで「簡単に死ぬ気はない」と言ったのも忘れてない。昔の話でもないし。
 『目印』は、エージェントという立場に身を置くのであれば必要なことであった。
 エージェントになれば、任務中に命を落とすこともありうる。その身が邪英となり、最終的に愚神へなることもあるだろう。
 その時、『ソレ』が『樹』と判るようにと持っていたのが、『白時計』だ。
 樹と半身、それ以外であるなら、親戚と現在の所持者しか『白時計』の『意味』と『重さ』を知らないだろう。
「……次の目印は」
 落ち着きを取り戻した葵が静かに問うてくる。
 樹は梱包の手を止めず、けれど、はっきりと返した。
「ないよ」
「…………そうか」
 葵の声は代わりは持っていないという樹の言葉に何を感じたのか判らない響きであったが、少なくとも、最初の反応で感情の方向性は判る。
 だが、葵はそれらを否定しない。
 理解した上で傍観を行う。
 諦観とは違う距離で、その事実を自身へ浸透させているのだろう。
 樹も、代わりを持つつもりもないから変な干渉してこない葵の在り方は面倒がないと思う。
 ふと、あの時続けた言葉が自身の中で蘇る。

『私が信頼の証に預けた私の命の一端の価値のためにも』
『君は『龍』の『子』だろう?』

 樹はあの言葉を向けた相手、現在の所持者を思案する。
 『ともだち』の筈なのに?
 『それ』に至らないから、『そうじゃない』ということなんだろうか?
 ……判らないし、解らない。
「あげた人、『ともだち』、と形容していい人なんだけどさ」
 ぽつり、と樹が言葉を漏らす。
 葵が話を聞いてくれているという確信を持って、樹は『わからない』と思うそのことを話した。
「大事な筈なんだけど、何でだろ、壊したいと思わない」
 葵の手が止まり、こちらを見た気配がするが、樹は手を止めず、そのまま話を続ける。
「実はそんなに大好きって思えてないのかなって」
 でも、命の一端を預けた。
 信頼し、歓迎と友好の意味をそこに込めた。
 なのに。
 壊したいと思わない。

 空間に、葵の溜息が零れた。

「当たり前だろ」

 何を言っているんだか、と言いたげな響きだ。
 葵は気を取り直して作業を再開させたのか、樹以外の作業の音が事務所に響く。
 手早くきっちり、といった樹の音に対し、葵の音は速さよりも丁寧さ、そして、どこか愛おしいと思っているかのような音。
「恋と友情は違う。驚くことでも不思議なことでも何でもない」
 葵には、渡した『ともだち』が誰であるか言っていない。
 男とか女とか年上とか年下とか葵とも面識があるかないか……全ての情報を葵は持っていない状態だ。
 なのに、葵はそう言った。
「人間色々いんだろ。考え方違うし、お前流に言えば、『担当』も色んな人がいるからだ。皆同じようだったら、『担当』重複しまくるだろうが。それぞれ『担当』がいるから、『担当』の空席がない。好きの表現方法も同じ。明確に判らないだけ。人それぞれのやり方がある。お前の言う『担当』みたいなもんだ」
 そういうものなのだろうか。
 樹には、よく解らない。
 が、葵の言葉はまだ終わらないから、口を挟まず、自分の作業の手を止めず、そのまま耳を傾ける。
 葵も樹がそのまま聞くことを知っているから、特に何も言わず言葉を続けていく。
「恋や愛の定義もそのあり方も違う。同じ人間がいないんだから当たり前だ。お前が水落の血を引いているから、俺の従妹だから、そういうので、そのあり方は決まらない。俺とお前は同じ血があっても、違う人間だし」
 葵の作業の手は止まらなかったが、樹は何となく葵は今、桜を思い浮かべているような気がした。
 彼における桜は、彼の『唯一』だ。
 桜を見るその目は、言葉では語れないものが宿っている。
 樹にはよく解らなくとも、葵にはよく解っているのだ。
「だから、『目印の代わり』がない。それは壊すものではないから。他人のやり方<コワス>に拘る必要ないさ」
「……そっか」
 樹は、こういう時葵が実は上であることを実感する。
 言葉で弄ろうと、それは葵が『そうさせてくれている』からだ。
 そして、『唯一』を知るが故の傍観者として、樹に強制はしない言葉を投げてくる。
 彼だけの話ではないが、こういう水落が母方の家であったから、あの時間を過ごせているのだろう。
 だから、『箱庭』はに在るのだと思う。

(『箱庭』には、沢山ある)

 『創造』された『箱庭』という世界は、今『維持』されている。
 『破壊』して、新しい『箱庭』をと思わない。
 この『箱庭』に1番望ましいものが何なのかは知っているけど。

(……先に進む。それだけ)

 それが自分なりの先であると思う。
 その為に抗う。
 『1番望ましいもの』が『箱庭』に迎えられるのは、『完全』となる。それは、自分にはいいけど、同時に、その『箱庭』にあるものが傷つくことを知っている。
 知っているから、『箱庭』にいてほしいと願うのであり、同時に『不完全な箱庭』の維持を願う。
 それこそが、抗いだ。

「なぁ、樹(きぃ)」

 今も自分があの小さな樹(きぃ)と思っているかのような葵は、呼び掛けるようにその名を呼んだ。
 樹が作業の手を止めて振り返ると、葵はこちらを見ていて、こう言った。
「お前が大事なのに壊したいと思わないのがおかしいと思うなら。大事だと表す、お前なりの愛情の表現方法ってか、ルール? を、壊していいんじゃないのか。変革でもいいけどさ」
 拘りなく、違う表現方法であっても問題ないとすればいい。
「それこそ、Que sera sera、だろ」
 葵が最後に付け足した言葉に、樹は間を置かず返した。
「葵『おじさん』は、やっぱり……」
 そこで、ニヤリと笑ってやる。
 最後はわざと言わないでおく。
 葵もそれに気づいているのかそちらよりも「微妙な年頃なのに傷つく」としくしく顔を覆う。
 嘘泣きは知ってる。指の間からチラチラ見てるの気づいてる。
 大体、おじさんって言われても、実はそこまでダメージ受けてないの知ってるし。
 ただし、そのフリについては上手い。
「……さて、仕事再開」
 意識を切り替えた樹は再び作業に取り掛かる。
 葵もやっぱりフリだったから、「お兄さん呼びはいつでも歓迎」と言ったが(いつも通り無視したが)、絡まず自分の作業へ戻っていく。

(驚いたのは、事実だけどな)

 葵は、声に出さず呟く。
 何がどう、とは言わないが、驚いた。
 語らない樹の『ともだち』が誰であるとか、どう思っているのか、とか、そういうのは別にいい。
 真実は樹の中にあり、樹が知っていればそれでいいだろう。
 同時に自分の真実も自分の中にあり、自分が知っていればそれでいい。
 全ての真実を従兄妹同士共有する必要はない。
 この驚きの『意味』も、余人が知る必要はなく、自分が解っていればそれでいいと思っている。

「……今日も綺麗だぜ?」

 葵は、窓の外に見える『唯一<サクラ>』に向けて呟く。
 誰にでも言っている訳ではなく、そう思う『唯一<サクラ>』は何も見ないでも描ける。
 自分にとっての『唯一<サクラ>』は、1年で1番美しい瞬間の為に美を蓄えている。何といじらしい桜<ヤツ>だ。

「ま、俺は今一応お休みかな。渋る奴がいるからな」

 葵の言葉に樹は答えない。
 というより、作業に集中しているから聞こえても聞いていないのだろう。
 自分にとってはいつまでも小さな樹(きぃ)は、だから、『そう』なのだろう。

「桜はいいぞ。桜は───」

 樹の返答はない、というより、答えなくて良くなった。
 休憩から戻ってきた『渋る奴』が、物凄い渋い顔で樹の半身に続いて入ってきたからである。
 樹は半身へ作業状況を伝え、お茶にすると言い、横目で、物凄い嫌そうな顔の葵の英雄とは対照的な葵を見た。
 多分、新しい桜が植えられるのは、当分先の話になるだろうな、と思いながら。

 箱庭に木を植えよう。
 壊れぬよう続くよう。
 その先に歩いていけるように。

 その『意味』は、『私』だけが知っていればいい。
 私の『意味』は、私だけのものだ。

 愛おしい半身の君と我が『不完全な』箱庭よ───

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【佐倉 樹(aa0340)/女/19/箱庭を愛する、果てを抱く旅人】
【水落 葵(aa1538)/男/33/桜愛でる水落の男】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
彼らの魂の中枢を任せていただきましてありがとうございます。
打診の際も私を信頼いただいた上でのこととあり、姿勢を正しました。
設定上伏せてほしいとあるものについては明確に書かず、彼らの胸に留まっている形を取っています。
彼らそれぞれの中で真実を熟成いただければと。
樹さんの熟成場所が少々手狭なのでそこは心配ですが、樹さんなら大丈夫だと思います。
不完全な箱庭をこれからも愛し続け、大切にされてください。

十分信頼に副えているといいのですが……、そうではなかった場合は遠慮なく運営までその旨をお問い合わせくださいませ。
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2016年10月28日

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