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『森の向こうの箱庭 』
シルミルテaa0340hero001)&ウェルラスaa1538hero001

 秋口の風は、気持ちいい。
「雲高クなッテきタよネ」
 シルミルテ(aa0340hero001)は耳をぴこっと動かした後、少し強めの風が吹いたので帽子を押さえた。
 風で飛んだら大変、大変。
 今日の装いも半身と色違いのお揃いなのだけど、ぽふぽふのキャスケットはお気に入りなので、それは困る。
「シルミルテ卿、こちらでしたか」
 ウェルラス(aa1538hero001)が何やら荷物を持って現れた。
 シルミルテが座るベンチに「失礼します」と一言断ってから、紅茶の準備を始める。……大荷物だったのはポット、茶葉、お茶菓子が原因らしい。
 てきぱきと支度を整えたウェルラスはシルミルテへ紅茶のカップを差し出した。
「シルミルテ卿のお手まで煩わせてしまいすみません。こちらよろしければ……」
「困っタ時はお互イ様ヨ。ありがトー」
 シルミルテはそう言って受け取ると、シルミルテにはちょうどいい温度の、シルミルテ好みの味のミルクティーに口をつける。
 ウェルラスがシルミルテをシルミルテ卿というのには理由があった。
 それは、彼らが同じ世界から来ているからだ。
 英雄はこの世界に来る際に記憶の多くを失う。
 その程度は英雄によって異なり、憶えている英雄は多くを失っている中でも自分がその世界でどう存在だったか憶えているが、中には名前すら判らない為誓約を交わした能力者がつける場合もある。
 彼らは、同じ世界から来たというのが判る程度に『憶えている』。
 勿論、多くを失っていることに変わりはないのだが。
「美味シいネ」
「ありがとうございます」
 紅茶の後、バタークッキーを食べつつシルミルテが感想を漏らすと、ウェルラスは丁寧な所作で頭を下げる。
 元の世界ではないのだからそんなに畏まらなくてもいいのに、と思う位、ウェルラスの態度は他と異なるのだ。
「いただきものだったみたいなんですが」
「ケニアに紅茶なンテあッタのネ」
「近年増えてきたそうで、ミルクティーに合うらしく」
 シルミルテが茶葉の缶の産地に目敏く気づくと、ウェルラスは貰った際に聞いた話をシルミルテにも伝える。
 先方もミルクティーを予想したのだろうということで、お茶菓子にバタークッキーが一緒にあったのだそうだ。こちらもミルクティーに合うお茶菓子のひとつだそうで。
「後デいイかラ、差シ入れシテ欲しイかナ」
「分かりました。クッキーもまだありますから、問題ないです。今はまだ作業しているようなので、作業のタイミングを見て、後程」
 シルミルテがこの味は半身にも是非とお願いすると、給湯室から外に移動する際、事務所の中を覗いたというウェルラスはまだ作業中の彼らを話し、シルミルテへ約束する。
 また、風が吹く。
「秋ネー」
 シルミルテがのんびり呟き、空を見上げる。
 ウェルラスは、その横顔を見ていた。
 初めて出会った時、僅かに残る元の世界の言語ではとても不吉な名前の子だと思っていたのだが、この子が同じ世界から来ていて、しかも、『森』の一族と判明した時は、自分が不敬をしたと思い、申し訳ないと頭を下げたものである。
 元の世界の多くは失われているが、『森』の一族が神に類する一族であるという認識は憶えているのだ。
 自分が思い出せる限りの名前の中に『シルミルテ』の名前はないが、同じ世界だからと言って、同じ時間軸から召喚されているとは限らない。同じ世界でも時代すら異なるレベルであるケースも存在している。
 忘れているだけなのか、それとも前後しているのか。
 自分の感覚でいう未来からの召喚だった場合は───
「秋ですね。……シルミルテ卿はこの世界に来てどの位経ちますか?」
「結構長いヨ?」
 シルミルテはウェルラスの質問に来た年数を指折りして教える。
 世界蝕の起こりを考えれば、シルミルテがこの世界に召喚された年月も実はそこまでおかしくない。
 エージェント登録自体は1年程前だが、これはシルミルテの半身の都合による部分が大きいだろう。
「ダかラ、美味しイお菓子モ詳シいノヨー。知っテタ中デも、クッキーはダいブ美味シい。ウェル君ハ驚いタ?」
「そうですね。新鮮と思うことが多いですが、カップ麺はいただけないかと」
「アー」
 ウェルラスの答えにシルミルテは耳をぴこぴこさせて納得する。
(回答を知っていたみたいだな)
 ウェルラスはそう思いながらも、食文化の観点から自分とシルミルテの時間軸は同じではなく、シルミルテの方が未来の時間軸であると気づく。
 憶えている範囲になるが、食の意識やこの世界における食文化の歴史等で推察をすると、300年はシルミルテが後だろう。
(シルミルテ卿はそれを察して話をされている節がある。流石は『森』の一族の方だ)
 目の前にいるのは、年齢通りの子ではない。
 間違いなく、『森』の一族の方だ。
 ならば───
「あの───」
「ドうカしタノ?」
 ウェルラスが問おうとして、シルミルテが何かとウェルラスを見上げる。
 桃の瞳は無垢で、そして、感情を読ませない。
「……そろそろ作業の目処も立ったと思いますので、1度給湯室でお湯を補充してから、事務所の彼らにも振舞いたいと思います」
 ウェルラスはそれを呑み込み、荷を手早く纏めた。
 シルミルテに一礼した後、中へ入っていく。
 振り返らず入っていくウェルラスはシルミルテの願いを守り、本当に給湯室へ足を運ぶことだろう。
「…………」
 見送ったシルミルテは、空を見上げる。
 ウェルラスが推察した通り、シルミルテはウェルラスと自分の時間軸の誤差は300年程度のものであろうと気づいていた。
 何故なら、思い出せる事柄の中にはある『昔話』があったから。
 『森』の一族に対する畏れを忘れぬまま『森』の隣に立ち続けた白毛の人狼。
 それ故に語り継がれ、シルミルテも何度も聴かされたその『昔話』は、失われた記憶の多くと異なる、思い出せる少数の記憶のひとつだ。
(知りたいことは、この胸にあろうと語ることはない)
 思考するその言の葉に遊びの要素は一切ない。
 いつもの無垢さもない表情は、ウェルラスには見せなかった『森』の一族としてのもの。
 彼の望みは、知っている。
 その望みを自分が叶えられることも知っている。
 だが、彼はその望みを口にすることはないだろうし、自分も叶えるつもりはない。

 知りたいのだろう?
 己がいなくなった後の『森』の外がどうであるか。
 300年は先ならばと思っているのだろう?
 だが───望みの全ては昔話と共に知っているが、教えるつもりはない。

 結末を知らぬ英雄と、結末を知る英雄。

 『森』なき世界で意味があるか。
 意味を知った上で望む欲はあるか。

 問うことは出来ないだろう。
 白き人狼『ウェルラス・エイヴィコール』。

 シルミルテは、口に出すことなく思考の言葉を重ねていく。
(……そして、『森』の外の存在が世界を越えたという話は『存在していなかった』)
 記憶の多くは失われており、それが真実であると確かめる術などないと余人は言うが、シルミルテは己の本能でそう断言していた。
 見上げるこの空には昼だが白い三日月が薄っすら浮かんでいる。
 初めてこの世界の空を見上げた時にひとつであることに違和感を感じ、双つである数少ない記憶を蘇らせたものだ。
「…………」
 シルミルテは、白月を睨む。
 この薄っすらとしている様が、英雄という存在そのものを表しているように見えると同時にその英雄が歪んだ存在であると思うからだ。
 記憶の多くは失われ、何故この世界に来たかの真実を語ることが出来る者はいない。
 世界蝕が生じ、その影響であると言われるが───

「囀ルな」

 普段のシルミルテを知っていれば、耳を疑うような口調と言葉だ。
 世界蝕の『裏』、英雄の『裏』───思考を重ねれば重ねる程『気に入らない』。
 『それら』を憎々しく思うシルミルテだったが、風がまた強く吹いたのでキャスケットを押さえた拍子に視線が下に下がり、玩具屋の看板を見た。
 『エイヴィコール』───そう書かれてある看板に、シルミルテは苦笑を零す。
 ここの店長はウェルラスの相棒なのだが、本当にしょうもないと言うか。
「ソろソろ中に戻ロうカな」
 自分の半身と彼の相棒の為のお茶支度も出来ただろうとシルミルテは玩具屋の中へ入っていく。
 事務所に入ると、ウェルラスはまだ給湯室で準備しているらしく、その姿はない。
 手早くきっちり作業していた自身の半身が気づいて、顔を上げた。
 愛おしい半身、『現在の自分』の『シアワセ』のひとつが、この半身の隣である。
 と、シルミルテが後ろを振り返った。
「……休憩にしろと準備を整えてくれば……」
 両手にポットとカップ、クッキーが乗るトレイを手にしたウェルラスが物凄い渋い顔で立っていた。
 シルミルテが望んだ通り、ウェルラスは律儀に彼らのお茶の支度をきちんと整えてきたのだが、事務所に入ったタイミングが悪かったのか、ウェルラスが入ったのと彼の相棒の桜セールスが始まったのは同時だったのだ。
 当然だが、ウェルラスの登場により、桜セールスは終了である。
 ある意味、半身には助かったかもしれないが───
「アーア」
 シルミルテはウェルラスの相棒のしょうもなさにひょっこり肩を竦めつつ、己の半身の元へ行く。
 作業の進捗を教えてくれた半身はウェルラスのお茶で一休みするらしく、立ち上がって、それから、物凄い渋い顔のウェルラスとウェルラストは対照的な相棒の姿を見ている。
「現在(イま)を楽シむトイいヨ」
 シルミルテは彼らには聞こえないような声で小さく呟く。
 その声に気づいたのは半身だけで、彼女がこちらを見る。
 だから、シルミルテは耳をぴこぴこさせて、「大事デしョ!」と笑った。

 今、ここにある全てが、自分達の真実。
 歪ませたモノよ、我ら領分に足を踏み入れた意味を知るその瞬間を待つがいい。

 森よ、箱庭よ。
 欲に満ちた、愛おしき『シアワセ』よ。
 言の葉に、意味を持て。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【シルミルテ(aa0340hero001)/?/9/『最悪たる災厄』、なれど、『シアワセ』注ぐ言の葉の魔女】
【ウェルラス(aa1538hero001)/男/12/『畏敬』忘れぬ、なれど、『見極め』見せぬ白き人狼】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
リンク形式でのご依頼でしたので、この点も踏まえて描写してあります。
魂の中核とも言うべき題材と思いますが、私にと打診いただきまして、本当にありがとうございます。光栄の極みです。
十分副えられているか、その点のみが不安でありますが、お届けいたします。
何かございました場合は、運営までお問い合わせ願います。
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2016年10月28日

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