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『夜花火 』
蔵李 澄香aa0010

前編 大変だ!

 時は十八時。場所はグロリア社、遙華の執務室。ここでは日夜少女たちが書面と戦う光景が繰り広げられているのであった。
「ねぇ遙華終わった?」
「もう少し……。澄香は?」
「私は全然……」
 実はH.O.P.E.のエージェントは肉体労働ばかりではない。当然書類仕事はある。
 時に報告書の提出が義務付けられた依頼もあり、その処理に追われているのが今日の遙華と澄香である。
「レポートなんて高校生に書き方わかるわけないよ!」
 グギャーっと両手を伸ばして、ここにはいない運営側に抗議する澄香。
 そして澄香は全身脱力させ動かなくなってしまった。
「ごめんね、私がやってもいいんだけど……」
「そしたら遙華が寝れなくなっちゃうから、大丈夫」
 最近リンカーアイドルの需要が増えてきた。
 ひとえに先駆者である彼女たちが頑張っているのが大きいが。世間は歌って戦える少女たちに強い関心を持っている。
 そのため、前例のあまりなかった、メディア系と呼ばれる依頼にはレポート提出が求められるのだ。
「ねぇ遙華、夜も遅いしご飯食べに行こうか?」
 だが、いくらなんでも提出する文書が多すぎである。朝の十一時からPCのキーを叩き始めて現在まで机に縛り付けられている。悲鳴も上げたくなるという物だった。
「珍しいわね、あなたがそんなことを言うなんて」
 遙華が疲れで目をひくひくさせながら答えた。
「てっきり今月は外食の余裕なんてないと思ってたけど」
「う……」
 そこで澄香は思い返す、自分の財布の中身を。
「別に一食分くらいおごってもいいわよ」
「それは……いいよ。友達だし。貸し借りはやめておこう」
「友達……」
 にやける遙華。
「それにしても最近、歯に衣着せない感じになってきたよね」
 苦笑いを浮かべる澄香。
「あ、ごめんなさい、私失礼なことを言って」
「ううん、大丈夫だよ、遙華がリラックスしてるってことでもあると思うし」
「リラックスというか、人を気に留められないほどにつかれているというか……」
「そうそう、私達は疲れてるんだ。だったら使った分だけのエネルギーを補給して
もう寝るべきなんじゃないかな」
「確かに、このまま続けてても作業効率が落ちるだけな気がするわね」
「じゃあ、決定で。学校帰りに良くいくパンケーキ屋さんがあるからそこに行こう」
 遙華があからさまに興味を持って振り返った。
「学校帰り?」
 その表情を見て澄香はにやりと笑う。
「帰り道の商店街で」
「帰り道……」
「パンケーキを買い食いして」
「買い食い」
「おしゃべりして帰る。ってことくらい普通にするけど」
「……それはとても興味があるわ」
 若干遙華のテンションが上がってきたその時。突如執務室の電話が鳴った。
 遙華は三コールで受話器を取ると、事務的な会話を二三続け、そして青ざめた顔ではっきりと告げた
「ECCOが倒れた……ですって」
 そのセリフを受けて澄香の中で蘇る記憶があった。
「まさかそれって、今日の夜にあるパーティーの余興の……」
 そう今日の朝遙華が自分で言っていたが、今日グロリア社全体でパーティーがあるらしい。 
 遙華は最近のパーティー続きで疲れているため欠席すると言っていたが。
『ECCO(NPC)』が来るのでその顔だけみて帰ろうか。など冗談めかして言っていた。
 そのECCOが倒れたとなると、パーティーでの催しに穴が開いたことになる。
「三十分、五曲丸々の穴よ」
 遙華は受話器を置いて、真っ直ぐ澄香を見据えた。
「あ、あ、澄香。御願い」
 そう遙華は澄香の手を取って言った。
「力を貸して、澄香が出て」
「私?」
「今日はグロリア社と関係の深いアーティストを呼ぶとしか言ってないの、だから演目の変更自体は問題ないわ」
 しかし、次にあわてはじめたのは澄香の方だ。
「でも、私がそんな大舞台いいの? それにいつもステージはあの子と一緒で」
 澄香は思い出す、自分の相棒の後ろ姿。
 彼女がいたから自分はステージで羽ばたけた。しかし今日は相棒はいない。呼んでも来れないだろう。
 ちょっとした用事で出払っているのだ。
「だからお願いなのよ、私は澄香ならいけると思うわ。あとはちょっとの勇気だけ。
 いつもみたいに謙遜しないで、不安な気持ちもわかるの。
 けどあなたのステージに見惚れたファンはここにいるのよ。
 そして私はプロデューサーでもある。両方の立場からあなたにお願いするわ。だから」
 必死な遙華の視線。真剣な声音。その声に澄香は純粋にこたえたいと思った。
 友達が困ってる、そしてこの状況を打開できるのは自分だけ。
「わかった、遙華。どうすればいい?」
「演目のリストはこちらで用意するわ、あなたの頭に入ってるものからリストアップしていく」
 聞けば既に車が車の前に到着しているということだった、モノクロプロダクションに話は付けてあり、衣装などは現地で受け取ることになっていた。
 二人は車に乗り、会議をしながら軽食を取る。
「曲目は以下の通りよ。
『春風の音〜Thanks〜』
『ユートピア』
『太陽の音〜Sol〜』
 そして今回はグロリア社のゲームが主賓だから『ブレス・ユー』」
 ブレス・ユーとフライハイはゲームにかかわったアイドルはコーラスで参加した。
 その際にECCOにはみっちり仕込まれているので澄香たちは歌えるのだ。
「あれ? 四曲だよ?」
「……前お願いしていた曲、やりましょう」
 澄香が引きつった笑みを浮かべた、あまりに大胆すぎると思ったからだ。
「まだメディアに出したことないよ」
「うん、だからインパクトがあると思って。いけるでしょう?」
「…………うん、わかった。大丈夫、曲の入るタイミング何かは」
「全部こっちで指示するわ」
 約三十分、車が会場に到着した。 
 リハーサルはなし、ぶっつけ本番。
「ごめんなぁ、澄香さん。ほんと申し訳ないわぁ」
 楽屋の奥からマスク姿のECCOが駆けだしてくる。
 そしてそんな弱り切った彼女をやんわり支えながら、大丈夫ですよと微笑んだ。
「ステージのくせだけ教えてください」
「ああ、あんなぁ、歌うのには適してへんで、声はスピーカー頼み。あとステージが左右に広くて。それで屋外や」
「屋外!」
 そんな澄香を見送ると遙華も自分の仕事をするべく音響室にこもった。

後編 オンステージ。
「みなさんお待ちかね、今回はグロリア社でのゲーム販売が軌道に乗ったお祝いに、可愛らしい友人が歌を届けに来てくれました」
 遙華が淡々と紹介を進める。
「トップリンカーアイドル。蔵李 澄香さんです。どうぞ!」
 次の瞬間。華やかな光エフェクトと同時に、桃色の衣装で澄香が舞台上に登場した。
 直後曲が流れる。
「集まってくれた皆さんにありがとうを伝えます『春風の音〜Thanks〜』」
 これは、初めて自分たちで作った曲だった。親友と妹のような彼女とああでもない、こうでもないと意見を出し合い、そして完成した曲。
 その曲には支えてくれた人全てへの感謝の思いが込められている。
 澄香はスカートを舞わせて一回転しながら、指先からライトエフェクトを放っていく。
 彼女専用のエンジェルスビットが宙を舞い、彼女の足場となって客席の上を浮遊する。
「みなさん、ありがとうございます! 蔵李 澄香です! アイドルしてます。魔法少女はやってません」
 パーティー会場には魔法少女として戦う澄香を知るものが多くいるのだろう。軽いギャグに多数のお客さんが笑ってくれた。
「澄香、次の曲行くわよ」
 インカム越しに遙華の声。それにうなづくと、曲が綺麗につながって。
 流れるようなさわやかな曲が流れ始める。
「立て続けに行きます『ユートピア』」

《僕らはただの子どもたち 何一つ持たずに 産声を上げる。
たとえ太陽すらが偽りで 希望なくした世界でも 胸に響く声が 導く明日》
 
 蒼く染まるライトに合わせて澄香の衣装が変わっていく、アイドル衣装ではなく白いワンピースの夏をほうふつとさせる可愛らしい衣装だ。

《ここからゲームを始めよう あるのは知恵と勇気 僕らの拳のみ。
いわば世界の創世記 いつか古と 謳われる物語 今はじめよう》

「みなさんを理想郷に連れて行ってあげます」
 そう手のひらを広げて観客に掴むような動きをすると、会場の盛り上がりが高まった。
 中にはお行儀のいいパーティーだというのも忘れて拳を突き上げる人物もいる。
 そして最後のサビに入る直前、遙華は見た。澄香が少し笑うのを。
「それでいいわ」
 遙華はインカムをオフにして告げる。
「あなたが楽しくなれば、観客はもっと楽しくなる。すごいわ、澄香」

《ここから戦いを始めよう。あるのは手をつなぐ温もりと、どこまでも響くこの歌と。
目指すはこの世のハッピーエンド。救いへ至る物語、今はじめよう》

 ギターサウンドが後を引き、約束された幸福な世界が余韻となってこの場に残る。
 澄香は曲に夢中になる観客たちが現実に戻ってくるのを、息を整えながら見つめていた。
「みなさん、改めましてこんばんわ。蔵李 澄香です。今日は友達の遙華に連れてきてもらいました」
 直後会場から拍手が沸き起こる、手を振ってくれるものや、名前を叫んでくれるものもいた。
「次の曲ですが。これは、私の親友と一緒に作った曲です。お互いがお互いの音を補完する、対の曲がありますけど、この曲は私を代表する曲なので歌います」
 次の瞬間、澄香を霊力の輝きが包んだ。つま先からピンクの衣装に替わっていくがアイドル衣装ではない。ついには髪の毛までピンク色に染まってしまった。
 これではまるで魔法少女である。
「聞いてください『太陽の音〜Sol〜』」
 直後上空放たれたのはブルームフレア、燃焼時間を調節してあるので、そのオレンジ色の輝きは太陽の様。
 事実夜の闇を焼き払い、会場に昼のような明るさをもたらしている。
 そして始まった曲は彼女にふさわしいアップテンポの曲。
『ルネ(NPC)』の曲を継承しているが、もともとの曲にある悲壮感は感じられない。
 それは彼女の決意の表れなんだろう。
 決してうつむかない。そんな彼女のステージは見るものに元気をくれる。
「次の曲はゲームのエンディング曲です、このPVに私も参加しました」
 おおっと観客席から歓声が上がる。
「これはどちらかというと私の親友向けの曲なんですけど。訊いてください『ブレス・ユー』」
 それは、遠くで戦う君に、祝福あれと願う曲。
 もう二度と会えないかもしれない、それでも祈らせてほしい、君の幸せを。
 そんな今までの曲調とは違うしっとりした歌詞とメロディーに聞き惚れる観客たち。
 澄香自身も色を暗く落とし、膝立ちになりながら訴えかけるようなしぐさと声で歌い上げる。
 くすんだ髪の色はまるで澄香の心の傷を表しているようで、誰もがため息を漏らした。
 そして曲が終了すると、割れんばかりの拍手が起こる。
 この時点で二十五分。
「澄香……」
「うん、遙華私が話し終わるタイミングで、お願い」
 そう告げると、澄香は観客に視線を戻し立ち上がった。
 そしてゆっくりと語り始める。
「昔、私はとある任務に参加しました、私がまだエージェントとしても駆け出しで、アイドルとしても全く無名だったころ。一人の女の子の護衛の任務に就きました」
 澄香は思い出す、その透き通った歌声。彼女の歌は本当に綺麗だった、それはまだ胸に刻み込まれて色あせない。
「その子の歌は私たちの敵、愚神と従魔をひきつける魔力を持った歌だったんです。それを利用した愚神討伐作戦がそれでした」
 澄香は思い出す、あの時沢山の話をルネとしたこと。
 みんなの楽しい気持ちを知ることで、この世界を守る力にいなると言っていた。ルネのこと。
「その作戦は結果的に成功をおさめ愚神は無事に討伐されました。けれど。ルネはその歌の代償に命を落としました」

「みなさん、もし私たちの歌う、希望の音。それに似た曲を聴く機会ああったなら少しだけ考えてみてください、自分が楽しいと思える日常と、それを守るにはどうしたらいいのかを。そしてこの曲は明日を切り開いていく希望の歌だということ忘れないでください」

 澄香はひとしきり告げると、目を閉じてさらに言葉を続けた。

「最後にこの曲を聞いてください、私の友達遙華が作詞作曲してくれたんです、この曲にも、ルネの思いが刻まれています」
 澄香は瞼を閉じ、この曲が生まれた時のことを思い出す。

   *   *

 それは休日のこと、遙華に突然呼び出され、スタジオに入って二人で歌を作ったのだ。
「ルネだけじゃ、バリエーションに困るわよ」
 遙華は告げた。
「曲調や、歌詞の法則性も変えて一曲つくりたいの、あなた達の曲よ?」

「でも、これは私のが作るルネシリーズのつもり。間奏の部分と終わりの部分にメロディーは仕込ませてる」

「一人ぼっちで歩いていた道、その声に導かれて歩いていくと、いつの間にか沢山の人に囲まれていたよ。大切な物に出会えたよ。そんな曲」


   *    *

「聞いてください『靴音は響いて』」
 軽やかなアコーディオンの音が響き、民族音楽調の音色が会場を満たした。
 その音に澄香の熱を持った高音が乗る。会場は再び熱狂に包まれた。


エピローグ
 
 その後、ステージは大成功したが翌日の仕事も早いのでと、澄香はグロリア社の車に乗り、旅館まで送ってもらえることになった。
「ねぇ、澄香聞いて」
 その車内で、遙華は澄香に語りかけた。
 眠気にやられてうとつく澄香。訊いているんだか、聞いていないんだかわからないリアクションを返す。
「私。一度この仕事をやめようと思ったことがあるのよ」
 遙華は澄香の反応も待たずに続ける。
「ルネが消えた時、彼女の死を見世物にする世の中なんて大嫌い。そう思っていたわ」

「けど、今はそう思ってない。あの子の思いを汲んでくれる人、沢山現れたでしょう? あなたのおかげ。本当にあなたには頭が上がらないわ」

「この仕事を好きになれたのは、続けられたのは貴女のおかげ。ありがとうね。澄香」

    *    *

 澄香は夢を見ていた、仕事の打ち合わせで『ルネ(NPC)』の部屋を訪れた時、たまたま他の人がおらず、入ってもいいか考えていた時。
 彼女のすすり泣く声が聞こえた。開いていた扉の隙間から彼女を見ると。
 ルネが泣いているのが見えた。
 口では誰かに助けてほしい、消えたくない、そんな思いをこぼしていたけど。
 楽譜の上を走る手は止まらなかった。
 それを澄香は純粋にすごいと思った。
 絶望に染まりながら希望を描ける、ルネのそんな姿勢に。
 澄香は確かに、彼女の希望を受け継いだ。
 しかし、彼女の絶望もそこにはあったのだ。
 しかし譜面には乗らなかった。
 だから彼女の絶望を知っているのは澄香だけなのだろう。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『蔵李・澄香(aa0010) 』
『西大寺遙華(az0026)』
『ルネ(NPC)』
『ECCO(NPC)』
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております。鳴海です
 この度はOMC注文ありがとうございました。
 今回はなかなか踏み込んだテーマに驚きましたが。
 確かに今まで明言したことはありませんでしたね。
 一応鳴海はこのノベルで書いた程度の立ち位置で今後もリプレイをかいていくつもりではありますので、一つの目安にしていただければと。
 遙華との交友関係については、まぁこんな感じでしょうか。
 遙華にとっては気兼ねなく接することができて、仕事上ではとても頼りにしている友達。
 澄香さんも忙しいとは思いますが、遙華からの依頼も多いと思うので接点には困らないのかなぁなんて、妄想していたりします。
 こちらも一つの参考にしていただければ嬉しいです。
 それでは今日はこのあたりで、鳴海でした、ありがとうございました。

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2016年10月28日

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