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『花は紫陽花、女は忍(3) 』
水嶋・琴美8036
 紫陽花という花は、七変化という異名もある。開花してから、色が変化する花だからだ。
 琴美もまた、戦闘が始まってからそれまでとは雰囲気が変わっていた。凶暴になったわけでも、その類まれなる美しさが損なわれたわけでもない。むしろ逆だ。まるで水を得た魚のように、彼女の美しさは戦場の上だと更に彩りが増すのである。
 紫陽花がどの色であろうとも美しいのと同じように、琴美もまたどの場であろうともその美しさが褪せる事はない。しかし、戦場を華麗に舞う彼女の姿は、絶対的な自信と悪を倒す覚悟に溢れていて一層魅惑的となる。その美しくもこちらを射抜く瞳と目が合った瞬間、男の背中をぞわりとした恐怖が撫でた。それは死に対する恐怖であり、女神の如き彼女の美しさに対する畏怖でもあった。
 ここが小さな会社の廊下である事を忘れそうになる程に、琴美の動きは可憐だ。そしてそれ以上に、彼女の戦闘技術が男達を魅了する。ただそこに立っているだけでも美しい花のような少女が、今まで見た誰よりも完璧な立ち回りで戦場を駆け回るのだ。その姿に男達が思わず見惚れてしまうのも、無理もない事だと言えた。
 だが、男達もとある組織の配下にある凄腕の兵士だ。最新の武器を手に、そんな彼女に応戦する。琴美が一人の男をクナイで倒した瞬間を狙い、全員で一斉に銃弾を放つ。
 しかし、琴美は降りしきる鉄の雨を跳躍する事で避け、別の男の背後へと着地すればその男の生命を刈り取った。
 技術で敵わないなら数だとばかりに、次々に男達の元には増援がやってくる。
「これではきりがありませんわね」
 肩をすくめてみせた琴美だが、やはりその顔に焦りはない。それどころか疲れの一つすら見せない彼女は、にっこりと場違いな程に穏やかな笑みを浮かべる。
「そろそろ、終わりにさせていただきますわ。いっきに決めますわよ、覚悟してくださいな!」
 凛としたその声と共に、彼女はクナイを放った。けれど、そのクナイは男達には当たらずに天井へとぶつかり、勢いをなくさぬままに今度は床や壁へとぶつかりながらも目の届かない場所に飛んでいってしまう。
「いったいどこを狙って――っ?!」
 琴美を嘲笑おうとした男だったが、突然廊下の電気が消えた事に驚き目を見張った。琴美の放ったクナイは壁に当たり軌道を変えながらも、少し離れた場所にあった廊下の照明スイッチへと突き刺さったのだ。幾重もの戦闘をくぐり抜けてきた経験と、卓越した投擲技術を持った琴美くらいにしか出来ない神業である。
「な、何故急に電気が……!?」
「まさかこの女……! 最初からあのスイッチを狙ってクナイを投げたのか?!」
 信じられないとでも言いたげに、男は驚愕にまみれた声で叫んだ。
 辺りは再び闇に包まれる。その暗がりの中、誰よりも早く動いたのは琴美であった。くの一である彼女にとって、この程度の暗がりなど何の障害にもならない。むしろ、窓から差し込んでくる月明かりのおかげで明るいくらいだ、と少女は麗しい唇で弧を描く。
 闇夜を駆ける猫のように、琴美は自由に廊下を舞い近場にいた者達へと的確に攻撃を与えていく。音もなく彼女はクナイを振るい、男達の悲鳴と倒れる音だけが廊下には響き渡った。
 ようやく暗闇に目が慣れてきた男達が、琴美へと銃を向けるが月夜に舞う戦乙女の速さには叶わない。瞬時に相手との距離を詰めた彼女は、相手の手の中にあった武器を蹴り飛ばした。そして、無防備になった男の腹へと拳を叩き込む。
 そこからは、まさに彼女の独壇場であった。不自由な視界の中、思うように動けぬ男達の間をクナイを手に駆け回り、彼女は彼らを一掃して行く。鎌鼬のように目にも留まらぬ速さで敵を切り裂いていく彼女を止める術を持つ者は、この場にはいない。
 やがて、戦場には静寂が訪れる。その場に立っていたのは、琴美ただ一人であった。

 ◆

 司令に報告をしようと通信機を取り出そうとした琴美だが、ある事に気付きその手を止める。そして彼女は、近くに倒れていた男の顔をおもむろに覗き込んだ。
 親しいわけではない。だが、見覚えのある顔だ。
「この方は、先日別の会社に侵入した時にすれ違ったあの方……ですわね」
 琴美がすれ違い様にカードキーを拝借した、あの男だ。ただの会社員だと思っていたが、この男も敵だったのか。
 否、と琴美はすぐに首を横へと振る。あの日の彼の動きには、特に怪しいところはなかった。侵入者である琴美にカードキーを盗まれた事にも気付かなかったくらいだ、平和な日常を謳歌している普通の男だったはずだ。
「けれど、先程戦った時の動きはまるで別人でしたわ」
 違和感に、琴美は眉を寄せる。そしてある可能性に気付き、彼女はその整った形の眉を寄せた。
「そういう事でしたのね……」
 一人きりの廊下に、彼女の声が落ちる。琴美は慣れた手つきで通信機を取り出した。今度はその手を止める事はない。そして、彼女は通信機の向こうの男に話し始める。任務完了の報告と、今回の黒幕の狙いについての話を。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年10月31日

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