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『一酔の夢 』
ファーフナーjb7826

 アメリカン・ウイスキー。
 ファーフナー(jb7826)と同じ国で生まれ育ったバーボンの琥珀色が、透明なグラスへ静かに注がれた。
 世間ではハロウィン、死霊共と怪異の夜――とはいえファーフナーは仮装をして出かけるような歳でもないし、予定もないし、そもそも仮装グッズすらない。
 だから自宅。菓子の代わりにつまみでも用意して、注ぎ終えたウイスキーボトルをテーブルに置いた。ソファーに腰かけたまま、なんとはなしに見やったボトルのラベルには「リップ・ヴァン・ウィンクル」と、その酒の名前が印刷されていた。
(リップ・ヴァン・ウィンクル……なんだったかな、確か元ネタが……)
 聞いたことがある単語だった。まぁいいか。思考はすぐ結論付けられ、ファーフナーはグラスを手に取る。熟成された馨しい香り――くいと口に流し込めばカラメルのような滑らかな舌触り。軽やかな味わいと、荒々しく力強いアルコール感と、その中に広がる甘み。
 明日は休みで、任務もなくて、用事もなくて。そんな慢心はどんなつまみよりも酒を進ませた。進む酒に進む酔い。度数のことなど脳味噌からすっぽぬけていた。遂には「ハロウィンだからいいだろう」なんて世迷言で納得を始める始末だ。
 膝の上で愛猫の藍がにゃごにゃごと何か言っている。猫語なので分からない。とりあえず酔いによる睡魔のまま、藍の背中をふわふわと撫でる。藍は温かく、モフモフで、それはファーフナーの眠気を加速させる。目蓋も落ちる。

 にゃあー。
 うにゃうあー。

 藍が何か訴えている。
 だがファーフナーは眠気に勝てない。

 ん゛ーーーわ゛ーーー

 猫だというのになんて声で鳴くんだお前は。
 そんな感想さえ眠気の所為で出てこなかった。

 ――、――、

 最早何を言っているのか。

 ――さい、 ……起き……――

 ん?
 ちょっと待て?

「ちょっと起きなさいよ、いつまで寝てるわけ?」

 それは明らかに人語だった。
 これには流石のファーフナーも飛び起きた。
「なっ……?」
 そこに居たのは、お嬢様然とした衣装の勝気でおしゃまな少女だった。猫っ毛と見覚えのありすぎるキジトラめいたメッシュ……これは……。
「藍? 一体これは……というかなぜ二足歩行で喋って……いやそれ以前に……」
「喋っちゃ悪い? なんか文句あるの、おじさん?」
「おじさん……」
 説明しよう、ファーフナーは苦労人なので老けて見えるが実年齢は四十代後半なのだ。おじさんで妥当やんけ。だがファーフナーはかなしいめをした。藍はウッと一瞬顔をしかめ、仕方なしに「じゃあ、ファーフナー」と言葉を続けた。
「藍はお外に出たいの。ばいくに乗せるのよ!」
 窓をカリカリカリカリ。この辺はやっぱ猫だ。
「仰せのままに」
 ふっと微笑んだファーフナーはベランダの窓をいつものように開けた。
 そこにはバイクが。有り得ない光景――これは夢だ。ファーフナーは薄々感付いていた。だからこそ。夢だからこそ。たまにはこんなのも、いいじゃあないか。

 二人乗り、エンジンがかかる。
 ふわり、バイクがハロウィンの空を飛ぶ。
 飲酒運転だ。いや真面目な話、光纏すれば全て解決するから大丈夫だ。

 眼下に見えるのは久遠ヶ原島――見覚えがある、けれど見覚えのない光景。それもそのはずだ。この光景は、『二十年後』の光景なのだから。

 リップ・ヴァン・ウィンクル。

 ああ、なるほど、そういうことか。ファーフナーは合点する。
 先ほど思い出せなかったこと。アメリカの昔話。酒を飲んで一眠りすると、二十年の月日が経っていたという……。まるでそれのようだ。
「見て、きらきらしてる」
 後ろに座る猫の少女が地上の一点を指差した。ファーフナーもそちらを見やる。
「あれは……、ハロウィンパレードか」
 きらきら。確かにそんな例えがピッタリだった。
 明かりの灯った橙色のジャックオーランタン、照らされ浮かび上がるのは仮装の行列。バンパイア、ミイラ、狼男に雪女にキョンシーに、妖精、ゾンビ、古今東西津々浦々。
 仮装をしている種族もまた様々だった。アウル覚醒者、非覚醒者、天使、悪魔、あるいは混血――あらゆる種族が、手を取り合って、笑い合っている。トリックオアトリート、声を揃えている。

 楽しげに、幸せそうに――。

「……、」
 ファーフナーは目を細める。
 そこには差別も憎しみも、隔絶も迫害もなかった。
 二十年後の世界。そこでは誰もが、仲良く平和に暮らしていた。争いという悲劇を、傷を乗り越えて――笑顔を浮かべていた。
「きれいな景色ね」
 久遠ヶ原学園の校舎も、至る所がハロウィン風に装飾されていた。今夜はお祭の一夜である。藍の言葉に「そうだな」とファーフナーは頷いた。空飛ぶバイクから見下ろしている。愉快な音楽、手を取り合い踊る人々。
 と、その中の幾人かがこちらに気付いた。朗らかに手が振られる。おーい、呼んでいる。トリックオアトリート! 一緒に踊ろう。
「私たちもいきましょ!」
 猫が主人の背中をバシバシ叩く。
「そうだな、こんな夜だ」
 ファーフナーは口元に笑みを。

 ――普段ならば。

 あんな眩しい所に自分は不釣合いだ。そう思って、立ち去っていただろう。
 でも。今は、今夜だけは。そんな仮面を少し外して。少しだけ、自分の心に正直になって。
 バイクがエンジン音を吹かせて、パレードに向かう。
 降り立つファーフナーを、その愛猫を、パレードは温かく迎え入れてくれた。

 甘いお菓子。愉快なパーティ。笑顔とダンスと。
 人の姿をした愛猫がファーフナーの手をぐいぐいと取る。

「ああ、……踊ろうか」

 猫の宝石のような瞳が、ジャックオーランタンの光を集めて返す。
 きらきらしていた。くるくる回る。
 ここでは人も悪魔も、猫も誰でも皆平等。
 猫の目に映るファーフナーの表情もまた、楽しげに輝いていて。
 そうだ、笑っていたんだ。心を振るわせて。


 ――これは、夢だけれど。



 嗚呼。



「にゃあ」
 猫の声でファーフナーは目を覚ました。
 眠っていた。起きた場所は先ほどのソファー。膝の上にはちゃんと四つ足の猫がいる。
 愛猫の柔らかい背中を撫でつつ、ファーフナーは傍らの時計を見やる。三十分と経っていなかった。秒針だけが響く部屋。夢の所為か数時間は経ったような気がして、まさにタイムスリップを経験したような心地だ。
「……ふう」
 溜息一つ。ソファーに深く背を預け。
「なあ、藍」
 こちらを見上げる宝石のような目を見つめ返し、ファーフナーは続けた。

「俺は、いつかあんな世界を作れるだろうか」

 夢のような。あれは夢だった。「所詮夢だ」と切り捨てていただろう、過去の自分ならば。でも今は、そうじゃない。酒で強気になっているからでもない。
 ふ、と笑む。猫がニャーと鳴く。肯定のように聞こえた。

「ああ、そうだな。……作ろう。きっと、作ってみせよう」

 心に誓う。時計はまだハロウィンを指していた。
 窓を見る。空は暗い、夜の色。
 愛猫がピョンと膝から降りる。ベランダの窓をカリカリと引っかく。
 腰を上げたファーフナーは窓を開けた。そこにバイクはないけれど。
「随分涼しくなったな」
 藍を抱き上げ、景色を見やる。

 夢で見た景色を重ねて――未来を描いた。
 それは、幸せな行為だった。



『了』




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ファーフナー(jb7826)/男/52歳/アカシックレコーダー:タイプA
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エリュシオン
2016年10月31日

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