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『Trick★but★Treat 』
雨宮 祈羅ja7600)&雨宮 歩ja3810


 久遠ヶ原の、とある一角に、現役撃退士用訓練所が併設された学生寮がある。
 プレートには『R』の文字。その先に続く単語は、掠れていて読むことができない。
 ――あなたにとっての『R』は?
 まるで、そう問いかけているかのような空白だ。

 二階建ての寮の一室には、一組の夫婦が暮らしている。
 しっかりものだけれど寂しがり屋の雨宮 祈羅、マイペースを崩さぬ皮肉屋だが筋を通す雨宮 歩。
 交際期間を経て入籍。それから二年が経過した。
 長く長く一緒に居れば、ちょっと衝突することだってある。


 とある秋の昼下がり。
 日当たりの良い部屋で、歩はソファへ横たわり。祈羅はソファに背を預け。のんびりとした一日を過ごしている、はずだった。 




 うとりうとり、歩はまどろみながら祈羅の黒髪が微かに揺れるのを眺めている。
 彼女がカタログのページをめくり、目にする写真に笑うたびに、黒髪が背の辺りでふわりふわりと揺れるのだ。
(無邪気だなぁ……)
 自分より年上で、親愛を込めて『姉さん』と呼びかける女性を、歩はそう感じて見守っている。
 ローテーブルに並んだカップからは甘いココアの香りが流れてきて。なんと平和なことか。
 無意識に、口元に笑みが浮かぶ。
「うーーん、今年のハロウィンはどうしよっか。悩むなあ。目移りしちゃう。ね、歩ちゃんは何か考えてる?」
「んー。そうだねぇ……。いつぞやと同じ吸血鬼で構わないかな」
 歩は興味なさげにあくびを一つ。金の目の淵に涙が浮かぶ。
「あーっ、そんなこと言って! いつも吸血鬼だと面白くないでしょ! 今年もやるなら、連続三年になるよ!」
 テンション低めの返答を聞いて、祈羅がくるりと振り返った。
「それなら、うちがコーディネートするんだから! むー。狼男のケモ耳も捨てがたいけど、対になること考えると微妙なんだよね。道化も今更感はちょっとあるし……あ、でもこのバリエーションは可愛いかも?」
 歩を軽く睨むのも束の間、彼女は再びカタログと相談を始めた。
 歩は笑い、テーブルから自分のカップを取る。ココアを飲みながら、祈羅が悩む姿を微笑して見守る。
「対……そうだよ。対になるって考えるから、ワンパターンになっちゃうんだよ。ねえ、歩ちゃん!」
「なんだい、姉さん」
「これなんか、歩ちゃんに似合うと思うの! 歩ちゃんが黒で、うちが赤。ね、どうかな!」
「…………」

「アユム&キラ♪ ふたりは魔法少女!! なーんて」

 祈羅が見開きで提示したページには、ひざ丈ミニドレスの魔女衣装。フリッフリである。
「あ、だったら手持ちのモノでも良いのかな。えーっと、ウィッチドレスとローブはあるんだよね。ヘアアクセも揃ってるし」
「姉さん?」
 強張る歩の声に、祈羅は気づいていない。反比例するように、その瞳は輝いているくらいだ。
「ちょっと待ってて、今もってくる! 実際に見ればイメージ湧くから! えっとね、他には着ぐるみだったらウサギとクマとー」
「姉さん」
 歩から笑みがスッと引いて、冷めた眼差しとなっている。
 確実に声の温度が下がったことにようやく気づいて、祈羅の肩がビクリと跳ねた。
「えっと……魔法使いだからねぇー……いや、そんな目で見ないで? うちはもうとっくに少女ではないってのわかってるけどさ…… あ、うん、そうだね、歩ちゃんもそうだね」
「言わんとしている事が分かっているようでなによりです、と」
 はあ。
 深々と息を吐き、歩はカップをテーブルへ戻した。
「トリック・オア・トリート。衣装も良いけど、配るお菓子も欲しいかな」
「ふふ、トリック・バット・トリートでしょー。お菓子をあげたって悪戯しちゃう吸血鬼さん?」
「よくお分かりで」
 祈羅がテーブルの中央から、バスケットに入れたチーズケーキスティックを歩へ『あーん』する。
 ココアの甘さにチーズの軽やかな酸味が口の中で調和する。『美味しい』と歩は祈羅へ囁く。
 互いに譲れぬ、ほんの小さなこと。
 ほんの小さなぶつかり合いは、文字通りの日常茶飯事で、甘いお菓子と共にほどけてゆく。
「うちも一口」
 歩が咥えるスティックケーキの端へ、祈羅が齧りついた。サラリと、歩の赤髪が祈羅の頬に触れる。心地いい。
 甘いものを分けあって、笑いあって、空気は日常へ戻る。




「ハロウィンと言ったらかぼちゃだね! 今年は、かぼちゃで何か作ろうか?」
 衣装は、ひとまず保留にして。
 祈羅の興味はお菓子へ移る。
 家事は苦手だけれど、料理と裁縫に関しては別なのだ。
 ああ、せっかくだから衣装も手作りしても良いかも? などと頭の端っこで考えつつ。
「かぼちゃかぁ……。ケーキ、プリンあたりがパッと浮かぶけど捻りが無いよねぇ」
 シンプルな姿を思い浮かべ、歩も考え込む。
 プリンは大量に配るには向いていないし、ケーキだとしたらパウンドケーキか。地味だろう。
「かぼちゃってクッキーにも使えるのかなぁ? 形も工夫できるし配りやすいんじゃないかなぁ?」
「クッキーかぁ」
 祈羅の脳裏に、パパパッといくつかのレシピが浮かぶ。
 ペースト状にしたカボチャを生地に練り込んで、絞りだしてかぼちゃの種を飾って焼いたり。
 かぼちゃ生地とココア生地の2種類で、夜空と月を表現したり。
 色んな型で抜いて、アイシングでデコったものはスペシャルな一枚。
 何種類ものクッキーを袋に詰めて、どんな味や形が入っているかはお楽しみ。
 ――それは、とっても素敵かもしれない!
「うん! いいね、歩ちゃん!! ハロウィンの夜が明けてからも、解けない魔法みたい」
「インスピレーションが湧いたようでなによりですよ、と」
 祈羅の表情が生き生きとしていて、歩の心も温かくなる。
「楽しみだなぁ。他のみんなは、どんな格好で来るかな。何を配るかな」
 途中で足りなくならないように、たくさん作らなくちゃ。
 かぼちゃの種は、買ったほうが良いかな。くりぬいたものを焼けばいいのかな?
 仮装カタログを置いて、祈羅は本棚へ向かうと今度は焼菓子の本を何冊か胸に抱いて戻ってくる。
「あ。見て見て歩ちゃん。黒猫のクッキー。かぼちゃじゃないけど、これも入れたいよね」
「幸運を呼ぶ黒猫かな?」
「うんっ、猫ちゃんが入っていたら、幸せが訪れる魔法をかけて、ね」
 それは素敵な魔法だと、歩が目を細めた。
 魔法使いの彼女が言うのだから、効果はバッチリだろう。
「さあて、それじゃあ使い魔は魔女様のお手伝いをしましょうか」
 ゆるりと、歩はソファから立ち上がる。猫のようなしぐさで伸びをした。
「クッキーの材料にラッピングの資材。それから――今日の夕飯は何かな?」
「試作を兼ねての、かぼちゃのシチュー!」
「そいつは暖まりそうだねぇ」




 秋から冬へとゆっくりゆっくり変わっていく季節。
 夕暮れになれば、街はかぼちゃ色に染まる。
 外出の支度を整えながら、きっとハロウィンに向けて浮かれているだろう街並みを思う。
 それが終われば、今度はクリスマス一色。
 あっという間に季節は移り替わる。だから、たった一日を大切にしたい。満喫したい。
 秋物コートを羽織りながら、祈羅はそう思うのだ。


 ハロウィン。起源を辿れば、秋の収穫を祝う祭りの日。
 地道に重ねた日々の幸福を噛みしめることにも似ている。
 一緒に居ること。
 痛みへ寄り添うこと。
 そうして過ごす尊い日々に、祝福を。
「ねっ、歩ちゃん」
「んー……そうだねぇ、姉さん」
 言いたい言葉は、繋いだ手からきっと伝わっている。
 



【Trick★but★Treat 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7600 / 雨宮 祈羅 / 女 / 23歳 / ダアト 】
【ja3810 / 雨宮 歩  / 男 / 20歳 / 鬼道忍軍 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
「お菓子くれても悪戯するぞ」、ハロウィン準備にワクワクな一日をお届けいたします。
お互いのペースを、距離を、大切にするお二人というイメージがあります。
そんな、暖かく穏やかな雰囲気を描けていればと。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年10月31日

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