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『いつもどうか、笑っていて 』
歌音 テンペストjb5186


 ――歌音ちゃんったら

 そう言って、あの娘はいつも笑ってくれた。
 そよそよと風になびく菫の花のような、あたしの友達。大切な幼馴染。
 笑ってくれると嬉しくて、いつも笑っていてほしくて、そのためならなんだってできる。
 たとえ火の輪潜りでも、水中ドッキリ鮫バトルでも、それが笑いに繋がるんだったら何だって。




 夢と希望と時々失敗にあふれる小学一年生。
 歌音 テンペストが、恋も知らないあどけない少女の頃。
「おーはーよー、キキちゃん! 学校行こ!!」
「おはよう、歌音ちゃん。……歌音ちゃん」
 元気一番に、幼馴染を迎えに行くのが日課。
 彼女は、キキは、心臓に病を抱えている。
 幼い歌音には、それがどれくらい深刻なことか解からなかったけれど、ゆっくりした生活が必要なのだということは知っていた。
 だから早めに家を出て、ゆっくり学校へ向かうのだ。
「歌音ちゃん、すごい寝癖だよ。髪の毛……ぜんぶ、立ってる」
「え!? やだっ、あたしったら!!」
 体内のオーラを全て毛髪へ費やしたがごとく直立している青髪は、寝癖というにはワックスの量が多いようだ。
「ふふ、待ってて。今、梳いてあげる。ふふふ……歌音ちゃんったら」
「あ、ありがとうキキちゃん」
(あ……この感じ)
 ほわ。
 歌音の胸が、暖かくなる。
 キキの笑顔が、花が咲くように可憐だから。慎ましやかだけれど、一瞬にして雰囲気が変わるのを感じる。
 誰かが笑ってくれると嬉しい。
 なんとなく、歌音はそう感じている。
 どうしたら笑ってくれるかな。
 トライ・アンド・エラー・&エラー&ネバーギブアップの毎日の中で、キキだけがいつも心から楽しそうに笑ってくれる。
 時々は、他の友達も笑ってくれる。呆れたり、喜んでくれたり、笑いの種類もいろいろだ。
 『こうすれば絶対に笑ってもらえる』という答えは見つからないけど、それを追い求めるのが毎日の楽しみ。

「ね、歌音ちゃんは今度のマラソン大会……出る?」
「うーんと、町で開くやつよね。考えてなかったなぁ」
 歌音の髪を丁寧に梳いて、リボンで結い上げながらキキが尋ねる。
 大人しい彼女が、そんな運動系イベントを話題にするなんて意外だ。
「あのね。私……出ようと思うの」
「え!? キキちゃんが??」
「うん。もしかしたら時間切れになるかもしれないけど……走ってみたいの」
(だけど……キキちゃんは)
 激しい運動を止められていて、体育だっていつも見学なのに。
(だけど)
 そんなキキが『やりたい』って言うのだ。
「わかったわ! それなら、あたしも一緒に走る。どんなに苦しい時も、笑わせてあげる!」
「嬉しい。……ありがとう、歌音ちゃん」




 ピストルの音に合わせて、人々の群れが一斉に動き出す。
 晴天の下、町内マラソンがスタート。
「見て、キキちゃん。あの煌めきは、何万年も前のものなのよ」
「歌音ちゃん……お星さまじゃないんだから」
 揉みあいになるのを避け、少し引いてからスタートしたキキへ、歌音が前方を指す。
「だけど……お星さまを追いかけるのって、ちょっとロマンチックね」
「でしょ!!」
 スタートが遅くても、目指す星がある。追掛けるのは星で、追掛けられるなら自分たちが犯人<ホシ>だぜ。
 そこまで口に出かかって、結局言ってしまえばやっぱりキキは笑った。




 時間切れになってしまって、最後は歩きになってしまって、それでも二人で手を繋いでゴールしたこと。
 それは、決してそんなに遠い昔ではないのに。
 ほどなくして、キキは家から出ることが無くなってしまった。
 チャイムを鳴らしても、出てくるのは彼女のお母さん。
 悲しそうに首を振るだけで、何も話してくれない。
 歌音は毎日、手を変え品を変え訪問したが、お母さんが笑ってくれることは無かった。

(なんでかな……)

 夕焼け小焼けで日が暮れて、ランドセルを背負う帰り道。
 歌音は、ふと気づいてしまった。
 最近、誰かを笑わせることが出来ていない。
 どれだけ滑っても、キキが必ず笑っていてくれたことに安心していた?
 彼女以外を笑わせることはできない……?
(……ううん? そもそも、どうしてあたしは人を笑わせたかったのかしら)
 小学生、難しいことを考える。
 たとえば自分は、どんな時に笑うだろう?

 ――歌音!!

 難しすぎてよくわからず、眉毛が八の字になりながら帰宅すると、母が血相を変えて飛び出してきた。




 その翌日。
 母とお揃いの黒い洋服を着て、歌音はキキの家を訪れた。
 キキの家の中は、すべてが黒と白だけになっていた。
「……キキちゃん?」
 友は、其処に居る。
 夢の中にいるようで、なかなか目覚める気配がない。
「また来るね。その時は、笑ってね」
 母に促され、そうするようにとキキの傍らへ花を置く。
 白い花に囲まれて眠る姿は、童話に出てくるお姫さまみたい。歌音は、そんなふうに思った。

 ――歌音ちゃん

 去り際。キキの母に呼び止められた。彼女はいつもより疲れているように見えた。顔色も悪い。
「会わせてあげられなくて、ごめんなさいね……」
「おばさん?」
「意識が戻ることが少なくて……。でも、起きればいつもあなたのことを話していたの」
「……おばさん」
 歌音の声が震える。聞きたくない。

 知りたくない。認めたくない。

「最期の時も。歌音ちゃんへ、『いつも笑わせてくれてありがとう』って……」

 受け入れられない。 




(キキちゃん)
 くだらないことでも、シュールなネタでも、流すことなく笑ってくれた。
(キキちゃん)
 楽しんでくれた。喜んでくれた。自分に出来ることが在るのだと、教えてくれた。


 マラソン大会で握った手の温度、強さが未だ、残っている。
 なのに、もう会えない。
 キキの笑顔を見ることはできない。

 ――いつも笑わせてくれてありがとう

 キキの母を通して伝えられた言葉は、声も表情もリアルに脳内再生することができる。
 あの日の歌音は、誰かを笑わせることも自分が笑うこともできなかった、けれど。

(ありがとうって、言ってくれた……)

 その気持ちを、これから出会う人へ。
 今までお世話になってきた人へ。
 なんの因果もない人へ。
 同じように、感じてもらえたら――

(あたしは、嬉しい。嬉しいよ、キキちゃん)




 ――歌音、あんたはまたそうやって!

 母の怒号を、テヘペロで切り抜ける。
 誰かを笑わせたいと思ったら、自分が笑顔でいなくっちゃ。
 誰かに笑ってもらうため、いつだって全力を出して行こう。
(こんなあたしを、キキちゃんは笑って見てくれてるかな)
 きっと、そう。そう思う。
(見ててね、あたしの本気!!)

 踏み出すのは、大きな一歩。
 前を向いて、前だけを見て、進んでいく。
 その先に、まだ見ぬ笑顔があると信じて。



 だから―――

【いつもどうか、笑っていて 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5186   / 歌音 テンペスト / 女 / 目覚める前 】
【ゲストNPC /    キキ   / 女 /たいせつなお友達 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
大切な昔の思い出をお届けいたします。
ほのぼの……よりは何だかシリアスになってしまった気がしなくもないですが現在と足して2で割ると良い具合というポジティブ!
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年10月31日

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