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『 Trick×Trick 』
ゼノビア オルコットaa0626)&千冬aa3796hero001


 秋の日は急ぎ足で暮れていく。
 木々をざわざわ揺らして吹き抜ける風、チィーッと高い声で泣きながら飛んでいく鳥。
 そんな少しさびしくて静かな晩秋の公園が、今日だけはなぜかざわざわと落ちつかない。
 辺りには裏地の真っ赤な黒マントを羽織った吸血鬼や、高いとんがり帽子を被った魔女や、やたら凶悪な顔をしたピエロや、大きな注射器を持ったマイクロミニのナースなどがぞろぞろと歩いているのだ。
 ゼノビア オルコットは、目深にかぶっていた赤いフードを少しだけずらす。
(どうしよう……もっと分かりやすい場所で待ち合わせしたほうがよかったかな?)
 公園の入口にはゼノビア以外にも人待ち顔のモンスターやゾンビがうようよ。
 真っ赤なフード、真っ赤なスカート、大きなバスケットは、ここに来るまではちょっと気恥ずかしく思ったが、ここではむしろ普通すぎるぐらいだ。
 十月最後の日、ハロウィン。
 お化けカボチャのランタンに火を入れ、去りゆく秋を想い、やってくる冬を迎える夜。
 ……だったはずだが、いつしかお化け(だけじゃなく他のモノにも)扮して、楽しく過ごす日となっている。
 この公園もハロウィンパーティーの会場となっていた。

 通りすぎる仮装の人々はどんどん増えていく。
 ゼノビアは傍の大きな銀杏の木に縋るようにして、一生懸命伸びあがった。
 と、群衆の中から延びた手が、自分に向かってひらひらと振られているのに気付いた。
 確かめるように目を凝らすゼノビアに向かって、手はすぐに近づいてくる。
 人の波をかきわけるようにして現れたのは千冬だった。
「すみません、お待たせしてしまいました」
 いつも通りの丁寧な口調。その頭に揺れる、髪と同じ色の大きな犬耳を、ゼノビアは思わずじっと見つめてしまった。
 千冬は少しはにかむようにして、犬耳に手をやる。
「おかしいですか? マスターが用意して下さったのですが」
 ゼノビアはぶんぶんと、力いっぱい首を横に振った。
 それから慌てて指を閃かせる。
『私が、早くつきすぎただけです。それから、仮装は、とっても似合ってます』
 千冬の顔に穏やかな微笑が浮かぶ。
「それなら良かったです。では行きましょうか」
 ゼノビアがこくんと頷いた。

 実際、千冬は約束の時間より早めに来ているぐらいだ。
 ゼノビアのほうが待ち切れなくて、早々に支度を整えて飛び出してきてしまったのである。
 故郷でのハロウィンを思い出して懐かしくなった……というのは大きな理由の一つではあったが。
 飛び跳ねるような足取りは、それだけが理由ではなかっただろう。
 ちらりと横目で、並んで歩く千冬を見る。
 いつもの眼鏡はモノクルに。普段の、モノトーン主体のシックな服装の延長ではあったが、オレンジのスカーフや、髪の色に合わせたベストが、ハロウィンらしい茶目っ気を感じさせる。
 何よりも、頭の上に生えた犬耳……いや、恐らくオオカミ耳が、なんだか可愛らしい。
 なんだかおかしくなって、小さく笑いそうになったゼノビアだったが、その笑いは引っ込んでしまった。
「可愛らしいですね」
 千冬がこんなことを言いだしたからだ。
 思わずゼノビアは、辺りをきょろきょろと見回す。
 だが千冬の青い目が見ているのは自分だと気付いて、思わず目を見張る。
「赤ずきんですね。よくお似合いですよ」
 ゼノビアは、自分の頬がぱあっと熱くなるのを感じた。
 それが少し恥ずかしかったので、小走りで前に出る。それからスカートの裾を摘んでくるりとターンしてみせて、千冬に向き直ると舞台女優のように少しだけ腰を落としてお辞儀してみせる。
『ありがとうございます』
 薄紅に染まる頬が輝いていた。

 くすぐったいような緊張は、そこで消えた。
『千冬さん、あれ見てください! 面白いです!』
 ゼノビアが千冬の袖をひっぱり、残る手で忙しく話しかける。
 ちっちゃな白雪姫を、その女の子のお父さんらしいでっかい小人(?)が♪ハイホーと歌いながら肩車していた。
「ひとりで七人分、ということでしょうか?」
 白雪姫がこちらを見た。ゼノビアと千冬が手を振ると、姫はぶんぶんと元気よく手を振ってくる。
『素敵! 可愛いですね!』
 ゼノビアは嬉しくなって、ますます指を忙しく閃かせる。
 そしてもっと色々見てみようと、辺りを見回しながら歩いていた。
「ゼノビアさん、気をつけてくださいね。公園ですから、木の根なんかが……」
 そう言いかけた千冬の目の前で、赤いフードが人の波に沈んだ。
「ゼノビアさん!?」
 人が多すぎて、立ち止まることも難しいほどになっていた。
 つまずいたゼノビアが完全に転んでしまったら、踏みつぶされてしまいそうだ。
『すみません、ちょっとくじいてしまって……』
 語る指が、不意に止まる。
「すみません、少し失礼します」
 千冬のその言葉と同時に、ゼノビアの身体がふわりと宙に浮いたのだ。
 驚きの余り目を見開いたまま、ゼノビアは千冬の両腕に横抱きにされたまま運ばれていった。



 パーティー会場のホールまで辿りつくと、千冬は連れが怪我をしたこと、休める場所を貸してほしいことを告げる。
 すぐに静かな救護室に案内された。
「痛みますか?」
 千冬に尋ねられ、ゼノビアは首を横に振る。
「少し腫れていますね……ちょっと待っていてくださいね」
 千冬は部屋をそっと出て行く。
 ゼノビアはさっきまでの元気はどこへやら、しょんぼりとソファに座りこんだ。
 痛くないなんて、本当は嘘だ。足はもちろん、なんだか胸まで痛い。
 ハロウィンパーティーを楽しむために来たのに、自分のせいで千冬に心配させてしまった。
 なのに、ゼノビアの胸の中にはわけの分からないモノがあるのだ。
(どうして私、こんなにドキドキしているの……?)
 胸の中で、がっかりよりも、ドキドキがどんどん大きくなっていく。
 思わずフードを深くかぶって、ギュッと目を閉じた。

 と思うとノックの音がして、千冬が戻ってくる。
「お待たせしました。私が出来る事など、この程度ですが…」
 ゼノビアの前に膝をつき、保冷材をくるんだタオルを足首に巻いてくれる。
 またゼノビアの頬がかっと熱くなった。
 保冷材なんて持ってるはずがない。どこかで貰ってきてくれたのだろう。
 その優しさが嬉しい。機転が頼もしい。
 申し訳ないと思いながらも、ゼノビアの中でそんな感情がどんどん膨らんで行く。
 千冬は更に自分のハンカチでしっかりと患部を固定した。
「帰る頃には少しましになっているといいのですが。なるべく無理はしないほうがいいでしょうね」
『有難うございます。……ごめんなさい』
 ゼノビアがうつむく。
「どうして謝るのですか? それよりも折角ですから、パーティーも楽しみましょう。椅子席を用意してもらいましたから、お連れしますね」
 千冬の腕がまた、ゼノビアの背中に回される。

 そのとき、ケープが引っかかって、赤いフードがはらりと背中に落ちた。
 ゼノビアのむきだしになった髪の間から、ぴょこんとオオカミの耳が飛び出す。
「赤ずきんでオオカミなんですか? 可愛いですね」
 千冬が小さく笑った。
 他の人の前では秀麗な固い表情を崩さない千冬が。
 その笑顔はゼノビアのすぐ目の前にある。
 思わず息を呑んだ。
 ――近付きたい。触れられるほどに。
 ゼノビアにはこの衝動の意味がわからない。
 混乱した頭で思いついたのは……
「……がおー……」
 口の中に仕込んでいた小さな牙を見せて、千冬に近付く。
 ハロウィンらしい悪戯。
 オオカミ少女の襲撃ということで、一応は首筋を狙ったつもりだった。

 その瞬間。
 妙な拒絶の意識を感じる。

 ……不発。
(よく考えたら、首筋に噛みつくのは狼じゃなくて吸血鬼じゃないの!? もしかして千冬さん、びっくりしちゃった!?)
 なんだか中途半端な仕掛けに終わって、余計に恥ずかしくなった。
 ゼノビアはひざに抱えたかごの中からノートを取り出してペンを走らせる。
『これはハロウィンのイタズラです』
 真っ赤に染まる顔を隠すようにしてノートを千冬に向ける。いわずもがなの説明だった。

 ほんの一瞬、千冬は黙りこむ。
 自分が咄嗟に示した拒絶を、勘の鋭い少女は気付いたのだろう。
 本当はゼノビアの助けになれる自分が嬉しかった。
 近付く距離ゆえの可愛い悪戯が嬉しかった。
 だが、近付く距離におののく自分がいたのだ。
 ……本当に噛みついたりするはずはない。そんなことは分かっているのに。
 噛みつかれれば、ゼノビアに伝えていない真実に気付かれてしまう――気付けばゼノビアは自分から去ってしまうかもしれない――その恐れが、常識を飛び越えて、千冬の全身を強張らせてしまったのだ。
 千冬は小さく息を漏らす。なるべく笑い声に聞こえるように。
 そしてオオカミ耳の飛び出た小さな頭に、そっと手を置く。

 びくり。
 ゼノビアが身を震わせた。
 ノートの陰から、窺うような視線が覗く。
 千冬の顔に、他の誰にも見せたことのないような柔和な微笑みが浮かんだ。
「オオカミさんが赤ずきんの正体だったのですね。……本当に、可愛らしいですよ」
 そして改めてゼノビアをしっかり抱えあげた。
 ゼノビアはしばらくためらうように両手を宙にさまよわせる。
 今度は千冬も逃げなかった。
 それを確かめるように、ゼノビアは細い腕にしっかりと力を籠めて、千冬の首元にしがみつく。
「しっかりつかまっていてくださいね」
 こくこくと頷くたびに、飾りの耳が揺れる。

 一緒に時を重ねて。
 戸惑いも恐れも笑顔の光で打ち消して。
 そしていつか、全てをあなたに打ち明けられたら――。


 千冬は柔らかく儚いようなぬくもりを、どんな宝物よりも大切に抱え上げた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0626 / ゼノビア オルコット / 女性 / 16 / 人間・命中適性】
【aa3796hero001 / 千冬 / 男性 / 25 / シャドウルーカー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ハッピーハロウィーン!
タイトルにはtrickという言葉の、悪戯の他にもごまかしの意味も含んでおります。
どちらがどちらにごまかしたのか?
夏よりもぐっと近づいたようで、でもまだ壁があるようで。
そんな感じに仕上がっていましたら幸いです。
またのご依頼、誠に有難うございました!
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2016年10月31日

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