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『永久の友情の花咲く夜に。 』
ケイ・リヒャルトja0004)&セレス・ダリエja0189

 果たしていつからそこに居たものか、彼女達には判然としなかった。
 そこは、見渡す限り一面にスターチスの花が咲き乱れている、だがそれ以外には何もない場所だ。ふいと空を見上げればさやかに輝く星が煌めき、深い夜空が広がっている。
 いったい此処は何処なのだろうと、浮かんで当たり前の疑問はけれども、不思議とケイ・リヒャルト(ja0004)の胸にも、彼女としっかり手を繋いで傍らに立つセレス・ダリエ(ja0189)の胸にも浮かんでは来なかった。それはもしかしたら、深い夜空とは対照的な、可憐に咲き誇る鮮やかで華やかな花々の光景が、あまりにも現実離れしていたからこそ違和感を感じなかったのかも知れない。
 そんな幻想的な景色を、だからセレスとケイは酔いしれる様に眺めながら、しかしもしただの一音でも要らぬ音を立てればこれらの景色はたちまちかき消えてしまうとでもいうような、不思議な予感に打ち震えながら静かに、静かに見つめていた。風もないのにさやさや揺れるスターチスの花弁の上に、星の光が夜空の欠片のようにきらきらきらと降り注ぎ、あたかも自ら光り輝いているようなその、不思議な光景――

(――あれは………)

 その幻想的な花園の中、不意に白く輝く塊に気がついて、セレスはふと不思議に目を瞬かせた。――それは瀟洒なフォルムの美しい、まるで貴婦人のように優美な立ち姿を想わせる、一台の真っ白なグランドピアノだ。
 セレスが『彼女』に気づいたのと同じように、ケイもまた『彼女』に気づく。気づいたということが、しっかりと繋ぎ絡めた互いの手から伝わってくる。
 あれは、とケイがさやかに呟いた。否、それは正しくは音として紡がれることはなく、故にセレスの鼓膜を音として震わせることもなかったのだけれど、まるで互いの間にしか存在しない不思議な糸が在るかのごとく、確かにその想いが言葉として響いたような気がした。
 その、不思議な美しいグランドピアノ。いったい何故今まで気づかなかったのかが不思議なほど、夜空の光を静かに浴びて、彼女達の前に優美な姿を泰然と――鷹揚と現している、その――
 ふと、繋いだセレスの手がするりと滑り落ちたのを感じて、ケイは瞬くように親友を振り返った。そのケイの眼差しに気付いていたものか、セレスはケイに眼差しを返すことはなく、穏やかにスターチスの花をすり抜けて、1人ふぅわりと歩き出す。
 向かう先は、優美に輝く白いピアノ。貴婦人のたなごころに抱かれるように、麗しき繊手に招かれるように、『彼女』の傍らへと恭しく歩み寄り、滑らかな天板に指を這わせて慈しみ、そっと鍵盤の前に腰を下ろす。
 椅子はひどく柔らかく、けれども不要に沈み込むようなこともなく、あたかもセレスのためだけに整えられたかのような錯覚を覚えさせた。象牙の白に輝く鍵盤は、ずっと昔から知っていたかのようにしっくりと指に馴染む。

(もう、何年振りだろう……)

 鍵盤の上に指を滑らせひんやりとした感触を味わいながら、セレスは遥かな時間の果てへと想いを巡らせた。彼女がこの、ひやりとした滑らかな、それでいて時に暖かにも感じられる高貴な楽器から離れて、いったい、もうどれくらいの時が経ったというのだろう。
 あの頃は鍵盤に指を踊らせるたび、旋律を奏でるたび、セレスの胸には決して拭い去れない紙魚のようにわずかな、けれども確かな不協和音にも似た想いが湧き上がってきたものだ。その紙魚は無視しようにもあまりに存在感があり過ぎて――否、それより何より、奏者としてそれに気づいてしまったからには決して、気づかないふりをしたまま音を紡ぎ奏でることなど許されないのではないか、そんな想いすら抱かせてセレスを、ピアノから遠ざからせずには居られなかった。
 ――自分の音には『何か』が欠けている。
 そう気づいてしまったら、感じてしまったら、それでもなお奏で続けることは音楽に対するひどい冒涜とも思われた。音楽の女神(ミューズ)に対する、許されざる背徳であるように感じられた。
 嗚呼、けれども。

(今なら違う気がする)

 慈しむように鍵盤を見つめて、セレスは心の奥底から湧き上がる予感に胸を震わせる。あの頃は欠けたきり、補う術すら知らずにいた『何か』が、今ならこの胸に確かに存在している――そんな気がするのだ。
 ぽろん、と奏でた最初の一音は、ただそれだけに過ぎないのに、まばゆく輝くように感じられた。その輝きに確信を得て、奏でた和音はさらなる旋律へと繋がっていく。
 長らく鍵盤に触れて居なかったことなど微塵も感じさせはしない――否、むしろ以前よりも満ち足りたようにすら感じさせる、優美な旋律の流れはセレスにこの上ない喜びをもたらした。泉のように溢れ続ける音の煌めきは、確かに、かつては存在しなかった『何か』を内に備えている。
 嗚呼……喜びの吐息がセレスの唇から溢れ落ちたのを、ケイもまた喜びをもって見つめた。セレスが奏でる美しい旋律の泉――それが今、ただ自分のためだけに在ることをケイは悟る。
 美しい、美しい旋律――天上の調べが如き優しくも力強く、儚くも確固たる音楽。その全てが今、ケイのためだけに奏でられている――

(そうでしょう?)

 胸の内で問いかけた、言葉に返る応えはもちろんなかったけれども、そも、そんなものは今の彼女達の間に必要ではなかった。心と心が離れ、硝子の壁に隔てられた時はすでに遠く過ぎり、今や2人の間にあるのは確かな信頼と共鳴――それに相違ないのだから。
 だから、尋ねる言葉など必要はなくて。清らかな音楽の泉に満たされ、包まれ――

 ――………♪

 そうして胸に浮かんできた、言葉の奔流を調べに乗せて、ケイが紡ぐのはただ透明に伸びる歌声だ。透明に、繊細に、穏やかに――だが聴く者の心を揺さぶるような力強さの――それなのに賛美歌のように優しくも気高い――
 まるで伸びやかに泳ぐ魚のように、ケイは音の泉を自由に泳ぎまわり、セレスのピアノにさらなる息を吹き込んでゆく。その優しい眼差しはただ、セレスだけに向けられていて。
 嗚呼……幾度目とももはや知れない、嘆息が唇をついて零れた。

(大切な貴女……)
(あたしの大切な貴女………)
(私は貴女の為にこの音を紡ぐ)
(あたしは貴女の為にこの歌を歌う)
(それは………)
(それはなんて………)

 なんて幸せなひととき……!

 一面に揺れるスターチスの花、その可憐な姿に託されし「変わらぬ心」の言葉の通り、セレスとケイの間に今存在している絆もまた、不変のものであることを彼女達は、確かめるまでもなく確信していた。不変にして普遍――それが唯一無二の真実だということが、どんな物よりも確かなものとして魂の全てで感じられた。
 スターチスの花が夜風に揺れる。夜風に、そして2人の紡ぐハーモニーをささやかに祝福するように。
 美しく輝くひとときは、あたかも、永遠に続くかのように優しい時間を奏で――そうして知らず、共に現(うつつ)へと呼び醒まされる――





 ――夢の余韻に酔い痴れるように、ケイはひとごみの喧騒を遠く聞きながら密やかに微笑んだ。行き交う人々、風に揺れる葉ざやの音色、どこからともなく聞こえてくる小鳥のさえずり――そういったものが今日は何とは無しに、とても優しく世界を彩っているように感じられる。
 髪を揺らす風の柔らかさ。花壇に植えられた緑の鮮やかさ。見上げた蒼空の抜けるような透明さ――
 目に映るあらゆるものが、愛おしいほど美しく輝く理由をケイは知っていた。今朝見た優しい、美しい夢。その優しさが今もケイの胸にほのかな暖かさを宿し続け、穏やかにケイの世界に息づいているのだ。
 貴女はどんな表情をするかしらと、ケイは待ち人であり、夢の中で共に優しい時を過ごした親友の顔を思い浮かべてまた、うっとり微笑む。共に過ごした――正しくはケイが見た夢の中で共に過ごした、愛おしい彼女。
 セレスにあの不思議で優しい夢のことを告げたならどんな表情を浮かべるのだろうと、夢想することはなぜだかひどく心踊るものだった。目覚めたその時は僅かに、あの時間が夢だったことを知って喪失感に胸が痛みはしたけれども――それはすぐにケイの中で、穏やかな優しさに取って変わられたから。
 まるであの夢が現実だったかのような、不思議な充足感。この優しさをセレスと共有したいと思う、そんな気持ちに満たされてケイは、だから常になく美しい世界を見つめながら親友を待つ。
 穏やかに降り注ぐ陽だまりの輝き。初秋に僅かに色づき始めた木の葉の慎ましさ。どこからともなく聞こえてくる小鳥の囀り――
 その向こうに見えたセレスの姿に、微笑んで軽く手を挙げたケイに応えてセレスも、僅かに微笑んで見せた。心持ち急ぎ足で彼女に近づくと、当たり前にケイが目顔で彼女の傍らをセレスに示す。
 長く心が離れていた頃にはありえなかったその場所は、それなのに心が通った今となってはひどく心地良くしっくり来る。そうして、それが不思議だと思うことすらもはや、今の彼女達には難しい。
 だから当たり前にケイの傍らに居場所を移し、セレスは「今朝、不思議な夢を見たの」と口を開いた。

「とても不思議で……優しくて……」
「まあ……貴女も? あたしも今朝は、不思議な夢で目が覚めたのよ」

 そんなセレスの言葉を聞いて、ケイも驚きに目を瞬かせた。不思議な優しい夢――その話はまさにケイこそが、セレスに会ったらしようと考えていたものなのに。
 驚くケイの様子に、セレスも軽く目を見張った。貴女も? と零した呟きにはどこか、期待めいた予感の響きがある。
 ええ、と頷くケイの微笑みにもまた、同じ響きが含まれていて。ならばそれは確信と言っても誤りではなく、だがそうと言い切るにはまだピースが足りなくて――けれども。
 探るように、確かめるようにどちらからともなく口を、開く。

「その夢はもしかして、夜空の下の――」
「ええ、一面に咲く花が――」
「美しく揺れるスターチスと、白く輝くピアノ――」
「貴女はピアノを弾いて――」
「貴女はそれに歌を載せた――嗚呼!」
「なんて不思議なのかしら――」

 歌うように重ねる言葉がまったく同じ輪郭を紡ぎ上げ、夢と夢が重なって1つのカタチを創り出す。その夢のような現実に、現実の中に現れた夢のような出来事に、知らず2人は感激の吐息を漏らした。
 こんなことが果たして、本当に存在するのだろうか? 誰かがそんな話をしているのを聞いたならきっと、あり得ない夢想だと思ったことだろう。
 けれどもこれは、確かな現実。確かな夢。彼女達が今朝、同じ夢を見て――きっと同じ夢の中で共に時を過ごしたことは、誰より彼女達自身が疑うべくもない確かな記憶。

 今は、現実なのだろうか?
 それともまだ、あの夢の中で過ごしているのだろうか?

 そんな疑問は些細なことで、そうして彼女達にはもはやどちらでも良いことだった。それがどちらであったとしても、彼女達の『現実』は変わりはしない。
 現実のような夢――
 夢のような現実――
 それはこれから永劫に続く2人の未来を予感させていた。それを噛みしめるように、ケイとセレスはただ静かに、静かに見つめ合ったのだった。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名    / 性別 / 年齢 /    職 業     】
 ja0004  / ケイ・リヒャルト / 女  / 20  / インフィルトレイター
 ja0189  / セレス・ダリエ  / 女  / 19  /    ダアト

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
なかなか窓が増やせず、いつもお待たせしてしまい申し訳ございません……orz

ご親友同士のとある夢夜の物語、如何でしたでしょうか。
不思議な雰囲気を意識しながら紡がせて頂きました。
常にはない絆で結ばれた友情は、なんとはなしに宝石のような煌めきを持っているように感じます。
もしイメージと違うなどあられましたら、いつでもお気軽にリテイクをお申し付けくださいませ(土下座

お2人のイメージ通りの、永遠へ続く夢のような一夜のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年11月01日

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