▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『理想と現実 』
黒峰・誠士郎8845)&阿翔玲・−(8849)


 黒峰誠士郎は探偵である。
 業界での覚えは悪くなく、食えていける程度には仕事がある。
 普段の業務はペット探しや不倫調査などの至って平凡で地味なものではあるが、現実は得てしてそういうものだ。

 理想と現実。探偵という職業ほどそのギャップが凄まじいものもそうあるまい。
 華々しく異常事件――大抵は殺人を解決していくヒーロー。『探偵』という単語が持つそんなイメージとは裏腹に、現実の仕事は泥臭く地味な積み重ねが殆どだ。
 辛抱強く足で稼ぎ、人に当たり、厄介に首を突っ込み、地道に信用を稼ぐ。
 小説のような礼賛など望むべくもない。

 いざ生業にしてみて、誠士郎がその落差に不満を覚えなかったと言えば嘘になる。
 しかし考えてみれば当たり前だ。
 法治国家の我が国において殺人事件、それもテクニカルな、がぽんぽん発生しても困るのである。加えて司法という国家が持つ三権の一つに、民間人が気安く介入出来てもそれはそれで大問題だ。
 なんというか。そんな『探偵』が現実にいたとしたら普通にオカルトだ。でなければサイコパスである。

 そんな感じで、誠士郎は現状に納得している。
 依頼がなければ動けないのが『まともな』探偵の現実である。こうして今日も仕事があるということは、大変素晴らしいことなのだ。

「って、まあ。俺のやり方も『まとも』じゃねえか」
 独りごちて、益体もない思考を放り投げる誠士郎であった。今日の睡眠時間が足りないせいだろうか、我ながら随分つまらないことを考えたものである。
「なんじゃご主人、藪から棒に」
 助手席に座った助手が怪訝な顔で誠士郎を見る。陶器のように滑らかな白い肌を惜しげもなく晒した装いの少女である。
 おおよそこの世のものとは思えない絶世の美少女は、確かにこの世のものではなかった。

 名を阿翔玲というこの少女は、誠士郎の愛車に宿った物の怪である。
 そんな存在を助手にしている時点で、誠士郎も大概オカルティックな探偵なのであった。



 今朝のことである。
 昨晩の仕事が思いの外長引いて、今日は惰眠を貪るぞと決意をしたのが午前四時のことである。その誓いというか願望は、わずか四時間でたたき切られることになった。
 午前八時。
 健全な社会人なら家を出るかどうかの時間に、誠士郎の携帯がけたたましく鳴り響いたのである。
 寝ぼけ眼を擦りながら携帯を確認して、誠士郎はぎょっと目を見開いた。

『よう、オカルト探偵。ちょっと頼まれてくれるか』

 相手はとある『偉い人』であった。具体的な詳細は憚られるので濁すが、主に誠士郎の『副業』で世話になっているとだけ述べておく。
 仕事の危険度は跳ね上がるが、その分報酬も跳ね上がる。そういう類の相手だ。

『なんだ寝起きか? 社会人だろ、しゃんとしろ』
「大抵の企業ならまだ始業前ですよ」
『違えねえ。が、残念ながらお互い自由業みたいなもんだ。時間がねえから手短に行くぞ』
 ちょっとした軽口なら許される。『同好の士』であるから、その程度の信頼関係は保てていた。
 しかし忘れてはならない。少しでも蔑ろにしようものなら、血の制裁が待っている。誠士郎の意識は、自ずとクリアになっていった。


「……ちょっとイキのいいガキンチョを懲らしめろ? なんじゃそれは」
 阿翔玲は寝ている間に崩れた着物の襟元を正しながら(と言っても胸元ははだけているのであるが)、不機嫌そうにそう聞き返した。
 霊体なのに睡眠欲があるのか、それとも寝起きはそういう精神状態だと定義されているのか、まあそれはどうでもいいとして。
 そういえば助手にしてから『この手の』依頼は初めてだったなと思いながら、整理の意味も込めて誠士郎は説明することにした。

 たとえば依頼人を『本店』とすれば、問題のガキンチョ共は言うなれば『支店』だ。
 この支店は営業成績がよかったらしいのだが、それで図に乗ったのか暴走。本店のあずかり知らぬイケナイ営業をどうやら行っているらしい。

 今時は彼らも品行方正な振る舞いが求められる時代である。法的に、だ。
 それが彼らのスタンスにそぐわないものだとしても、そうでないと生きていけない世の中になっているのである。
 故に、大人の努力を台無しにする悪ガキは徹底的に懲らしめる必要があるのだった。
 とはいえ大人が動くわけにはいかないので、あくまで司法のもと、お巡りさんと協力してお仕置きしましょうという話である。

「――まあ、こんな感じだ」
 そういった諸々のオブラートはとりあえず剥がして、誠士郎は簡潔に説明した。
 すると阿翔玲は呆れかえった表情で、
「なんじゃそりゃ。映画みたいにカチコミかければよかろうに、浪漫がないのう……つまらん現実じゃ」
 そんなコメントを残した。



 いかにも下町、といった風だった。
 表通りは綺麗になっていても、一つ裏道に入ればご覧の通りである。
 おそらくは高度成長期の好景気に浮かれて乱立したものの、そこで時代が止まってしまっているのだろう。

 問題の『支店』は古びた雑居ビルの中に入っていた。
 通りがかるだけでは目にも留めないような、しかし留めてしまえば猛烈に嫌な感じのする立地だった。
 霊感――というよりは、まっとうな人間の防衛本能だろう。明らかにカタギお断りの空気が漂っている。
 まだ日の明るい昼間だというのに、どこか、暗い。

「とはいえ、よくないものも集まっては来ているだろうけどな」
「うむ、くだらない木っ端ではあるが面倒じゃ。絡まれたくはないのう」
 愛車とそんな軽口を叩き合ってから、誠士郎は件のビルに乗り込んでいった。



『のう、こういった人間について知らんか?』
 霊体として車に乗り移った阿翔玲は、道行く車や動植物に片っ端から聞き込みをかけていた。
 ――あっちによくあつまってるよ
 ――よくあそこにむかってるよ
 ――こそこそなにかやってるよ
 無機物との対話、阿翔玲の特性である。土地そのものから情報を吸い上げるようなものだ。
 ただし阿翔玲のように確固たる人格を持っている対象は稀なので、一つ一つは小さな物なのが難点ではあるが。

 誠士郎との約束は二時間。その間に集められる情報を拾おうと、阿翔玲は張り切っていた。


 ……ところで、この区域は駐車違反の警戒区域でもあるらしかった。
 見れば路上駐車に軒並み違反切符が切られている。表通りにしゃれたショップやカフェが建っている手前、駐車場代をケチった結果だろう。
 とはいえその駐車場代もバカにならない。足下を見ていることを隠そうともしないその値段設定に、誠士郎は拍手を送りたくなった。

 育て上げた愛車に不憫な思いはさせたくない。さりとて節約できる出費は避けたい。経費で落ちるとも限らないからだ。
 捜査にかける時間は長ければいいというものではないが、やはり三十分や一時間で済むものでもない。ちなみに駐車場は軒並み十五分刻みである。
 以前はそれでも泣く泣く料金を支払っていた状況だったろうが、それは今の誠士郎にとって無用の心配となっていた。

「ん、んん? あ、あれ? あのワンボックス、誰も乗ってなくね?」
「えー? 何ソレ。超ウケるんですけ……あ、あれ? マジ?」

 いくら対話が出来るとて、自分が動かなければ意味がない。いわば車の精霊である阿翔玲は、自分の身体をゆっくり動かしながら聞き込みを行っているのであった。
 もちろん端から見れば『徐行運転している車』だから駐車料金は必要ないし、よくよく見てみれば『誰も乗っていない謎のボロいマシン』である。


 こうしてここに怪談が一つ生まれることになるのだが、二人には知るよしもないのであった。



 夕暮れ時。
 一通りの聞き込みと仕込みを終わらせた誠士郎は、その足で警察署に向かっていた。
 既に連絡は付けてある。後は稼いだ情報を知り合いの刑事に引き継げば、これで今回の事件は解決だ。

「? いや待てご主人、捜査パートと解決編をすっ飛ばしてないか?」
「お前は何を言っているんだ。俺の出来る権限はここまでだ。あとは警察の仕事だよ」
 そう。本来、探偵に捜査権はない。
 それにガキンチョとはいえ、暴力を生業にしている連中と正面からやり合うのはやや骨だ。そういった諸々は、本職の警察に任せるのが民間人としてのあるべき姿である。
 まったく、つくづく小説のようにはいかない職業である。

 誠士郎は運転を阿翔玲に任せると(夢のリモート走行である)、タブレットPCを取り出した。
 ――そこにはあのビルの内部と、阿翔玲が突き止めた『たまり場』の映像が流れている。
「?」
 首をかしげる阿翔玲に、誠士郎は肩を竦めた。
「安物だが監視カメラをちょっとな。あとレコーダー。連中の一挙手一投足、筒抜けだ」
 あとはこれを警察に引き渡して監視してもらえば、それで証拠の完成である。
 ……法的には色々問題があるが、そこをどうにかするのは外部に協力要請したお巡りさんの仕事である。誠士郎の知ったことではないのだ。


 そして後日。
『金は振り込んでおいた。確認しといてくれ』
 依頼人からの連絡で、成功を知った。
「ありがとうございます。で、その、焦げ付いたりは?」
『まあ、所詮はガキの火遊びだからな。そんなことでいちいち突っかかってくるほど警察も暇じゃねえのさ』
 至極どうでもよさそうに言って電話が切れる。お縄になった連中は、いともあっさりファミリーから除外ということらしい。
 はぐれ物の受け皿である彼らの手からもこぼれ落ちたガキンチョ連中が今後どうなるのか。
 まあ、自業自得としか言いようがないのだろう。そしてそんなことに気を揉むほど、誠士郎も暇ではないのであった。

「ご主人ー、早く早くー。準備はばっちりじゃ!」
「あー、はいはい。今行くから。ちゃんとパジャマは着るように」
 誠士郎はコーヒーをぐいと飲み干すと、助手の待っている寝室へと向かうのであった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
むらさきぐりこ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年11月02日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.