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『幸福顛末 』
春都jb2291


 綴じたのは想い出の欠片。
 挿んだのは心の栞。



 あなたは誰?

 私は――、




 此れは珀の後日譚。

 本日の日和は金狐の“ほろう”を外し、マリーゴールド仕立てのニットワンピースに身を包んで。
 彼女――春都(jb2291)は軽やかに外へ出た。





 独りで。
 友達同士で。
 家族で。
 恋人同士で――様々な店が立ち並ぶ商店街は、今日も今日とて道行く人で賑わっている。

 その通りを眺めながら、春都は、ある教師との待ち合わせ場所で視線を落としていた。
 一時間待ちぼうけで頭を垂れ――ているわけではない。その足許。春都は右足を、ふぃ、と僅かに上げ、傾けた足先を「えへへ♪」と、細めた双眸で眺めた。

「おニューのブーツ、思いきっておろしちゃいました。オシャレは足もとから、とも言いますし……ん、折角の“機会”ですしね」

 履き口にアンティークレースが施されたショートブーツを、爪先ぴん、と伸ばして。丈の長いワンピースとペチコートの白レースが、春都の仕草で可憐に揺れた。

 ふと、通りを秋の風が吹き抜ける。
 春都はすぐさま両手を頭へやったのだが、彼女のまんまる帽子は指先をすり抜け、綿毛のように空へ浮いていってしまった。

 、

 ふわり、ふわふわ、

 ――ひゅっ。

 ピンクの綿毛に伸びたのは、筋張った大きな手。

「――っと。
 へえ、バスクベレー帽か。いい趣味してんな。ほれよ」

 その声は、春都の耳に安堵した。
 一瞬で、ぱ、と、花で咲いた彼女の面が“彼”を仰ぐ。が、彼の勢いのよい帽子の被せられ方に首が縮む身長縮む。

「あ、悪ぃ」
「いえいえ! よく弾む帽子なので、捕まえてくださってありがとうございます!」
「お前さんと一緒だな」
「むぅ、でも実はよく言われます」

 帽子で飾った頭に手を添えながら、春都は、えへへ、と、顎を上げる。そして、待ち人――ダイナマ 伊藤(jz0126)の瞳へ視線を合わせると、ぺこり、お辞儀をした。

「今日はよろしくお願いします! 実は、アルバム作るの……一人じゃ自信なかったんです。カバーの色もワンポイントも、私よりダイ先生の方が皆さんを知っていると思うので。ですので、色々とお任せします! ――いえ、させてください。はい」
「いきなり畏まんなよ。ま、オレで手伝えることがあんなら嬉しい限りってな。つーか、遅れて悪かったわね。女待たせるなんて情けねぇわ、マジ」
「そんな! 全然問題なっしんぐなのですよ〜! だって今はまだ、待ち合わせ時間の一時間前ですから!」
「……“時間”に問題ねぇのはわかるんだけどよ」

 パズルのピースが良い具合に噛み合っていないが、それもまたよし。
 ということで。
 先ずは探しに行こう。あの日の、あの約束の続きを――。





 大切な思い出を形に。

 綴じる台紙はどんな素材で、何色がいいだろう。
 黒はシンプル。白は明るい。
 だが、表紙が普通過ぎでは中身の出来栄えも半減してしまうというもの。可愛くするか、クールにするか、渡す相手の雰囲気や色――これからも、思い出を仕舞えるようにと。そう願って、彼や彼女の宝箱を想像する。

「あ! このクラフトパンチの形、可愛いです! フレークシールの種類もたくさんある……わ、フォトカットテンプレートとか……! 私、フリーハンド苦手なのでコレは絶対使えます! というか使います!」

 ――だろうな。
 その言葉が無意識にダイナマの口を衝きそうになったが、堪える。
 ダイナマの脳裏に思い起こされるのは、春都が自分の為にと作ってくれたアルバム。彼女なりの一生懸命な手製さで溢れていた。ワンポイントの潰れた大福――ではなく、彼のペットのラムレーズンも。

 このアルバムは今、ダイナマの部屋のリビングに飾られているのだが、表紙のワンポイントを眺める度に二度見が抑えられない――ということは、春都には内緒。

「おっ、和柄のマスキングテープなんつーのもあるんね。ルカや凛月のアルバムに合いそうだな」
「ほんとですね! きっと素敵だと思います♪ そういえば、お二人のワンポイントはもう考えていらっしゃるんですか?」
「そーねー。……まあ、ルカは桜餅かしら」
「ですかね」
「……」
「……」
「やっぱ、桜にしとくか」
「……はい」

 桜餅でも間違ってはいないのだが、なんとなく。

「御子神さんはやっぱり兎さんでしょうか? お月さんも神秘的なイメージでお似合いだと思うのですが」
「――あ、そういや。凛月といえばよ」
「はい?」
「この前アイツに会ったんだが、ちょい聞いてくれよー。凛月ったらひでぇんだぜ」
「え? え? なんです? もちろん聞きますとも!」

 そんなこんなで会話に花咲き。
 素材に色咲き。
 アルバムに花を咲かせる為――買い物を済ませた二人の足は歩調並ばせ、次の目的地へと向かっていった。




 休日の学園はちょっぴり新鮮で。

 だからであろうか。
 保健室の香りも、何時も感じる空気とは違っているように思えた。



「――ただいまさん、と。茶ぁ淹れるから適当なトコ座っとけ」
「……」
「おい、春都?」
「え? あ、おろ? ――はい! あ、いいえ、お構いなく!」
「どっちなんだよ。まあ、取り敢えず大人しくしてろ。ラムみてぇにちょろちょろしてたらケージ突っ込むかんな」

 ひどい。

 むぅ、と膨れる春都などお構いなしに、ダイナマは上着を脱ぎながら奥へと向かう。
 彼の後ろ姿が消えたことを確認すると、春都は、ほ、と、溜息をついた。そして、やや慎重さを含ませた表情で椅子に腰を下ろす。

「っ……!」

 直後、春都が小さな声を発した。
 そして、恨めしそうな目許で、そろり、と。重心を掛けた両足――右の踵へ目線を落とす。学園の上靴に履き替えてはいるものの、擦れる部分――靴擦れを起こしてしまった箇所はどうにも穏やかではない。

「うぅ……やっぱり、足に馴染んだ靴を履いてくるべきだったのかなぁ……。でも、今日は少しでもオシャレしたかったのです……むう」

 奔るような痛みに上靴を脱ぎかけるが、戻ってくるダイナマの気配を感じ、慌てて姿勢を正した春都が面を上げる。と、目の前には既にダイナマの姿――よりも重要視されるスイーツがテーブルで輝きを放っていた。

「こっ、これは、都内の有名パティシエが作るマカロン……! こちらのモンブランは一日二十個限定の新商品じゃないですか! 私、初お目見えです!」
「めちゃ詳しいわね。まあ、痛ぇ足引き摺って頑張ってたかんな。ご褒美だ」

 ――、

 スイーツに気を取られていた所為か、春都は蕩けた微笑みのまま、思わず彼の言葉をスルーしてしまいそうになった。だが、此方が反応を示す前に、彼は春都の足許に膝をついて「ちょい失礼」と、丁寧に彼女の右足を掬い、上靴をほいっと外す。

 春都は只、瞠目することしか出来なかった。

「幸い水疱にはなってねぇが……けっこー無理して歩いてたんだろ、お前さん。ったく。隠そうとする努力は買ってやるが、ツラかったら素直に甘えとくもんだぜ?」

 手際の良い処置。
 動作や温もりに不思議と痛みはなかった。
 最後に上靴ではなくスリッパを履かせると、温厚な眼差しが、ふっ、と、春都を仰ぐ。腰を上げたダイナマが、彼女の頭をがしがしと撫でた。

「ほら、とっとと食え」

 春都の目はまん丸く、頭は何故か空回っていた。





 紅茶の香りに無言の空。
 窓辺から差し込む夕の色。
 手許に溢れるのは重なる思い出――そして、記憶のカタチ。

 祈り綴って、届きますようにと。

 ふと。
 茜を背に、春都が薄れるような声音でぽつりと零した。

「アルバム、一緒に作ってくださって……本当にありがとうございます」
「あん? なんだよ改まって」

 マスキングテープでフリルを作っていたダイナマが視線そのまま、眉を浮かせる。「いえ、アルバムを作ろうとした理由なのですが」と、春都は控えめに前置きをすると、湖面のような静かな面持ちで心の内を告げた。



「形に残すって……大切だと思うんです。……人の記憶は……脆い、から……」



 ――春都の母は変わってしまった。

 いや、変わったのは春都の“在り方”。
 失ってしまったのは“肯定”。

 母を愛していた。
 母に愛されていた。

 だが、あの日。
 あの瞬間。
 事象は母を襲った。残酷な出来事が春都の胸を、心を刺す。砕かれたのは春都と母のカタチ。

 母は春都を――自分の娘を忘却してしまった。
 記憶を、存在を。

 多忙であった母。だが、抱いた幸せな想いは確かに在った。僅かでも重ねていた。しかし、春都を“知らない”母の瞳に春都は映っていなかった。共にしてきた“形(思い出)”は、母に唯一つとして遺ってなどいなかった。

「私は……母に存在を否定されたんです」

 私とは。
 自分とは。
 春都とは――。

 何処へ行き、何をすればよいのか。
 全てがわからない。
 わからなかった。

 だが、

「この学園で、大切だと思える人たちに出会えました。たくさん、たくさん……色んなものを与えてもらいました」

 自分で在っていいという、巡り。
 その出会いのお陰で、漸く“春都”は自身の表面――影を形づけてきた。ぼやけた輪郭を捉え始めた。

 しかし、ふと、幼い自身が問うのだ。



 あなたは誰





 私は……










「――ほおわっ!? だめです、だめだめ!」

 不意に訪れた心地を、春都は勢いよく頭を振って掻き消した。そして、掌で両頬をぱんぱんと弾き、沈んだ“臆病”に蓋をした彼女は平素の笑顔を灯す。

「えへ、私にシリアスは似合わないですよね。すみません。ただ、私……皆さんが幸せを感じるきっかけを作りたかったんです。写真なら後で皆と振り返ることが出来るから……きっとその時間も、楽しくて新しい思い出になるから……」

 色褪せない記憶。
 崩れない形。
 例え、誰かが。
 私が。
 貴方が。
 今在る幸福を忘れてしまったとしても、何時か何処かで巡り会えたその時――笑っていられるように。

「なんて!」

 春都がおどけた風に肩を浮かせて白い歯を見せる。
 瞬きの先に交わした彼の視線は、春都が知っているダイナマらしい眼差しのままであった。飾ることも、偽ることも、同情することもせず、只、薄く唇を開いて静聴を解いた。

「記憶っつーんは消えたりしねぇんだぜ? だから、春都は自分の“しあわせ”に怯えんな。お前さんが“誰”かになったら、そん時はオレが“春都”を引っ張り出してやんよ。だから安心しろ」

 ――OK? と、ダイナマは揺るぎない目線を春都に合わせ、ふっ、と、息で笑んだ。





 あなたは、どうして――。
 細く吸い込んだ息が、どうしようもなく震えた。





 夕暮れが、黝い色彩に呑まれてゆく。

 テーブルには散らばった素材。
 二つのカップ。
 そして、大切に積まれた数冊のアルバム。

 春都は椅子の背凭れに身体を預けながら「ん〜〜〜っ!」と伸びをし、緩く息をついた。熱中していた時間に冷めてしまった紅茶を淹れ直そうと、春都は席を立つ。二つのカップを指先にかけ、電気ポットのあるテーブルまでスリッパぱたぱた。

「(おおっ! 色んな種類の紅茶のティーバッグがありますね。どれがいいかな……ダイ先生お疲れでしょうし、甘いミルクティーとかがいいかな? えーと、ミルクティーに合う茶葉は……茶葉は……うん)」

 多分これかな?
 勘で選んだティーバッグの袋をちょい、と摘まんで。

 コポコポコポ……。

 丁寧に湯を注いだ。
 保健室に温かい蒸気と香りが漂う。

「わ、いい香り♪」

 口許を綻ばせ、ミルクと砂糖で安らぎを加えた。
 二つの揺れる液面を交互に見ながら、春都は慎重な足取りで彼の許まで持って行く。アルバムに気をつけながらカップを置き、何とはなしに傍らのダイナマを窺った。

「あ……」

 傾けた首に、顎を引き。
 おりていたのは薄い瞼。
 すぅ、という静かな寝息――。

「ふふ。お疲れ様でした、ダイ先生」

 ベッドの上に畳まれていたブランケットを広げ、春都はそっとダイナマの肩にかける。

「……本当に、ありがとうございました」

 思い出作りも。
 優しい言葉も。

 ――寄りかかってしまいそうで。

 本当は、反対のことをしたかった。
 あなたに。
 例え僅かな温もりでも、添いでも、今日、彼が甘やかしてくれた逆のことを少しでも返せただろうか。

 ブランケットの上から、春都の右手がダイナマの背を優しく撫でた。















 だが、

「…………えへ♪」

 いやいやいや。
 まさかこんな時にも悪戯を仕掛けるとかそんなことない。
 眠っている彼に猫耳装着したとかそんな彼を撮影したとか春都ちゃんに限ってあるはずな、あ――。

 弾んだのは誰かの笑い声。
 ぱたぱた羽ばたき、

 形(思い出)――二つ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb2291 / 春都 / 女 / 18 / おれんじれでぃ】
【jz0126 / ダイナマ 伊藤 / 男 / 30 / しえんどくたー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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愁水です。
とある依頼の後日談、お届け致します。

アドリブOKとのお言葉に心が弾み、発注文から膨らんできたシーンを随所に書かせて頂きました。お気に召して頂けましたら幸いです。
春都様の記憶が、思い出が、何時までも幸で輝きますよう。
素敵なご依頼、誠にありがとうございました!
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エリュシオン
2016年11月07日

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