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『それは、どこにでもある普通の話 』
ラファル A ユーティライネンjb4620


 俺は約束を守った。
 約束通り、勝ちをもぎ取ってきた。

 下手なドラマだったら、ここは文句なしのハッピーエンド。
 期待されたのも、そんな陳腐なストーリー。

 だが現実は――


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 ラファル A ユーティライネン(jb4620)は義体特待生。
 耳慣れない言葉だが、要するに高価な義手義足その他人工パーツの代価を身体で支払うシステムのことだ。
 身体で払うと言っても、おおかたのスレた大人が想像するような方法では、もちろんない。
 メンテナンスと称した改造実験や、それに伴って取得された各種データの提供、新機能の開発協力、耐久試験への参加、数字だけでは読み取れない部分に関する所感をまとめたレポートの提出――その他諸々。
 彼女が生きて稼働し続けることこそが、その代価と言っても良いかもしれない。

 別に、そうまでして助けてくれと頼んだ覚えはなかった。
 天魔の襲撃を受けて意識を失い、次に目が覚めた時にはこうなっていたのだ。
 医師や技術者達には助けたことを感謝しろと恩着せがましく言われたが、そんな義理もない。
 彼等にしてみれば、ラファルは自分達の腕や技術力を試すための、絶好の実験台だったのだろう。
 元々はどうやっても助からないと思われていた命なら、失敗しても自分達の汚点にはならない。
 結果的に手術は成功し、彼等は無垢な少女の命を救った英雄として讃えられ、その技術の高さを認められることとなったのだから、ラファルにしてみればむしろ「てめーらが俺に感謝しやがれ」と言いたいくらいだ。
 おまけに、その後には死んだ方が遙かにマシだったと思えるほどの壮絶なリハビリが待っていたのだから、逆に恨みを買っても文句は言えないだろう。

 しかし、それはそれとして。
 今こうして生きていることで、得られたものは多い。
 恋人に、親友、仲間達――そして思い出の数々。
 良いことばかりではなかったが、悪いことにもそれなりの意味があった。
 どれもこれも、こうして生き延びて復帰を果たしたからこそ手にすることが出来たものだ。

 だから、声をかける。
 病室のベッドに身を横たえ、虚ろな瞳で天井ばかりを見つめる者達に向かって。

「こんなトコで諦めてんじゃねーぞ」

 生きていれば必ず良いことがある、なんて台詞は陳腐で使い古された表現だが、使い古されるほどに使われ続けた言葉にはそれなりの根拠がある。
 自分という先人の存在も、その根拠のひとつと言って良いだろう。
「俺に出来たことが、おめーに出来ないはずがねー……なんてことは言わねー。人それぞれ出来ることは違うモンだし、それが当たりめーだ」
 でも、それなら自分にとってはものすごくキツくてしんどくて、死んだほうがマシだと思ったリハビリも、楽にこなせる奴がいるかもしれない。
 自分以上にすごいことが出来る奴だって、いるかもしれない。
「だから、諦めんな。天井なんか見たって、なんも書いてねーぞ?」
 未来地図も、励ましの言葉も、そこには書かれていない。

「起きて、前を見ろ。周りを見ろ。そうすりゃ、死んでる場合じゃねーって思えてくる」

 殆ど毎日のように行われる、専門病院での傷病撃退士に対する慰問やケア。
 それも義体特待生としての義務のひとつだ。
 おかげで彼女とデートする暇も、友達と遊ぶ暇もない――と言っても、その程度の時間をヒネリ出すのはそれほど難しくないが。
 それに、もしそれが義務ではなかったとしても、ラファルはここに足繁く通っていただろう。

「ドブに落ちた犬は沈めるが、その前に掴める藁の一本くらいは差し出してやるぜ。てめーが犬じゃねーなら掴むことくらい出来んだろーが……ま、その気がねーならそのまま沈んじまいな」
 口ではそう言うが、実のところ差し出しているのは頑丈な命綱。
 しかも相手がそれを掴むのを待つどころか、自分から手を掴んで引っ張り上げ、落ちないようにしっかり括り付けてやる。

 そうして救った命は多い。

 救えなかった命も、いくつか。


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「なんだ、おめープロレス好きなのか」
 ある時、病棟にひとりの少年が運び込まれて来た。
 撃退士でなければ、まだ何も考えずに無邪気に転げ回っているような年頃の子供だ。
 どうやら相当な無茶をしたらしい彼は、緊急の手術でどうにか一命を取り留め、こうして会話が出来るまでに回復していた。
 しかし、このままでは撃退士としての前線復帰はおろか、まともな日常生活を送ることも出来ないだろう。
 今も会話は言葉ではなく、目の動きだけでキーボードを操作し、それを人工音声に変換した形で行われているのだ。
 寝たきりにならずに済む方法は、ただひとつ――ラファルのように、身体の何割かを機械化すること。
 ただし、彼の場合は機械化の割合が更に多く、しかもデリケートな部分まで人工の部品に交換する必要があるらしい。
 当然、手術もそれだけ難しく、成功率も低い。
 無事に成功したとしても、それで彼の生活の質が向上するとは、必ずしも言い切れない状況だった。

 それでも、人生は何が起きるかわからない。
 後悔するのは出来ることを全部やりきってからでいい。

「だったら、約束だ」
 少年の真上に屈み込み、ラファルは親指をぐっと上げた腕を突き出した。
「ちょうど今、プロレスの依頼が出てる。俺はそいつに勝って、MVPをもぎ取って来る」
 そう言った途端、少年の瞳に陰りが見えた。
 それもそのはず、今はラファル自身が安静を必要とする入院患者なのだ。
 だが、完治を待っていたら参加枠が埋まってしまう。
 それに少年の手術は早いほど良い。
「大丈夫、これくらいのハンデがあって丁度良い……義体ってのは、そんくらいスゲーもんなんだぜ?」
 超絶やせ我慢だ。
 しかし、それを顔に出すことはない。
 顔まで作り物だと感情が上手く伝えられずにもどかしい思いをすることも多いが、こんな時にはとても便利だ。
「俺は絶対に勝つ。だからおめーも、勝って来い」

 少年は、まぶたの動きだけで答えを返した。
 わかった、と。


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 約束通り、ラファルは勝った。
 記念のメダルを枕元に置いて、少年は手術室へ運ばれて行った。

『いってきます』

 人工音声で、そう言い残して。

 あと何日かすれば、自分の声で「ただいま」と言えるはずだった。
 その声が聞けるはずだった。

 なのに――

「……なんで、おめー……そんなとこで寝てんだ?」

 今、ラファルの目の前にあるのは四角くて細長い、木の箱。
 中には花が敷き詰められ、紙のように白い顔だけがそこから覗いていた。
 表情はない。
 少なくとも、ラファルには何も読み取ることが出来なかった。

「……持ってけ」

 仮面のような顔の脇に、両親から返されたメダルを落とす。
 彼等にはありがとうと言われたが、自分は何もしていない――いや、自分のしたことは、何の役にも立たなかった。
 手術室に向かう時、多少は不安が薄らいでいたかもしれない。
 だが、その程度のちっぽけなことだ。

 結局、美談なんてそうそうありはしない。
 考えてみれば、当たり前のことだ。
 プロレスの勝敗と手術の成否には何の因果関係もない。
 ただ、気分の問題だ。

 試合に負けても手術は成功したかもしれない。
 ふさいだ気分で手術室に入っても、明るい顔で出て来たかもしれない。

 失敗したおかげでマスコミの餌食にもならず、技術屋の宣伝材料に利用されることもなくなったのだと考えれば、これで良かったのかもしれない。

 かもしれない。

 かもしれない。

 結局は全部、神様の気分次第。
 賽の目の出方で全てが決まってしまう。

 勝っても負けても、何も変わらない。
 だったら……無理して頑張る必要がどこにある?

「……顔が作り物だと、こんな時には便利だぜ」

 涙が溢れてくるのは、線香の煙が何かの回路を刺激したせいだ。


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 その後も、ラファルは試合に出続けた。
 しかし思うように戦績が伸びなかったのは、神様の気紛れなのか。

 それとも――


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb4620/ラファル A ユーティライネン/女性/外見年齢16歳/どこにでもいる普通の少女】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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エリュシオン
2016年11月08日

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