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『笑顔大作戦 』
エステル・ソルka3983

 辺境の赤き大地に吹く風。
 エステルの青い髪を揺らすそれは冷たくて、もうすぐ冬が来ることを知らせている。
「うーん。どうしてですかね……」
 少女はそれに気づく様子もなく。眉根をきゅっと寄せて、小さくため息をついた。
 ――彼女は、ここのところずっと悩んでいる。
 大切なお友達であるオイマト族の族長、バタルトゥが全然笑ってくれないからだ。
 元々無表情だったり、難しい顔をしていることが多い人なのだが……。
 彼の補佐役のイェルズによると、彼はずっと昔からこんな感じらしい。
 ……エステルが最初にバタルトゥを見た時は正直怖くて泣きそうだったし。
 笑ったらもっと素敵になると思うのに……。
 ――何故、ここまで彼の笑顔が気になるのか。その理由はエステル自身も気づいていないのだけれど。
 とにかく、笑いは幸せの元だ。笑った方がいいに決まっている。
 そう思って色々作戦を立てて実行するも、今のところ連敗中である。
 だが、今回立てた作戦は一味違う。
 今回は! 今回こそは成功させるです!
 エステルはぐっと握り拳を作り、オイマト族の逗留地に足を踏み入れる。

●作戦1:睡眠学習
 その日の夜。いつも通り自室で床に就いていたバタルトゥは、人の気配で目が覚めた。
「……誰だ?」
「……笑顔さんは幸せさんです」
「その声はエステルか……? こんなところで何をしている……」
「むにゃ……笑顔さんは幸せさんです……」
 寝台から身を起こし、暗がりに目をこらすバタルトゥ。
 目に入る見覚えのある蒼い髪。目をこしこしとこすりながら何事か呟いている少女に眉根を寄せる。
 ――どうしてこうなっているかというと。
 エステルは笑顔作戦の1つとして、まず『睡眠学習』を思いついた。
 寝ている間に聞いた言葉は意識下に深く刷り込まれるとか、そんな話を幼馴染から聞いた。
 寝ているバタルトゥにエレメンタルコールで呼びかけ、頭の中に直接『笑顔は幸せ』と刷り込めば、きっと笑ってくれるはず!
 そんな訳で、イェルズに協力を要請し、夜中に起こして貰って実行したのだが……。
 元々用心深く、眠りが浅いバタルトゥ。ふらふらとして入ってきたエステルに気づかない訳もない。
 そんなこんなで彼の寝室に入ったまでは良かったが、普段から健康的な生活を送っている少女。
 いつもならばっちり寝ている時間で、眠気には勝てないらしく……。
「……笑顔さんは……」
 言いかけて、その場にぱたっと倒れ込む少女。バタルトゥが慌てて受け止める。
「……エステル。大事ないか……?」
 返事の代わりに聞こえてくるすやすやという寝息。
 自分の寝台を明け渡す決意をした彼は、起きる様子のないエステルにそっと布団をかけて……。

 ――翌朝、目を覚ましたエステルが外に出ると、手引きしたイェルズがバタルトゥにがっつり叱られていた。
 エステルはというと、『女の子が夜中に出歩くのは危ない』と若干ズレた注意を受けた。
「イェルズさん。ごめんなさいです。わたくしのせいで……」
「ん? ううん。いいんだよ。気にしないで。族長もちょっと笑った方がいいと思うしね。……次はうまく行くといいね」
 イェルズによしよし、と頭を撫でられて、こくりと頷く少女。
 エステルは、自分のせいでイェルズが説教を食らう羽目になったことと、結果的にバタルトゥから布団を取り上げてしまったことで、深く反省し……作戦1も、残念ながら失敗に終わった。

●作戦2:ミサンガの願い
「……何だ? これは」
「切れると願いが叶う紐です。バタルトゥさんにあげるです」
 そう言いながら、バタルトゥの手首に淡い青の組み紐を巻くエステル。
 ――イェルズに聞いたら、バタルトゥは空の色が好きだと言っていた。
 だから、空に近い色の組紐を探してきた。
 その青が、何だか自分の髪の色と似ていてちょっとだけ嬉しい気持ちになる。
「さ、バタルトゥさん。お願い事をします」
「願いごと……?」
「そうです! 言いながら結ばないとダメです! お願いごと言ってください!」
「そうだな……。……辺境の赤き大地から歪虚が消えて、皆が安心して暮らせるようになること……だろうか」
「……それ、バタルトゥさん自身のお願いじゃないです」
「……そうか? そんなこともないぞ……。……俺は、部族会議の大首長で、オイマト族の族長だ……。皆の幸せが、己の幸せに繋がる……」
「そうなんです?」
「……ああ」
 迷うことなく頷くバタルトゥに、小さくため息をつくエステル。
 ――自分の為とは言うが、結局他人の為の願いだ。
 自分のことは二の次。人のことを考え、大局で物を捉えるバタルトゥらしいと言えばそうなのかもしれないけれど。
 もっと、個人的なお願いを聞いてみたかった気もする。
 ――だって、そうでなければ。自分が叶えてあげることができないではないか……。
 でも、それが彼の願いだと言うのなら――。
「……じゃあ、わたくしも歪虚さんが消えるよう、お手伝いします」
「……エステルが?」
「はい! これでも力の制御は覚えました! 魔術師としての力も大分ついて来ましたし、歪虚さんとも戦えます!」
「……お前のような小さな子を戦わせるのは忍びないんだが……」
「わたくし小さな子ではありません! 13歳です! レディです!」
「そうか……。気持ちは有り難いが、無理はするな……」
 子供扱いされてぷくーと頬を膨らませるエステル。
 その行動が子供扱いされる所以なのだが……。
 有り難い、とは言ってくれたもののバタルトゥから少し困ったような雰囲気を感じて……。
 やはり今回も笑ってはくれることはなく、作戦2も、残念ながら失敗に終わった。

●作戦3:好物をあなたに
 これまでの作戦が失敗に終わり、エステルは追い詰められていた。
 オイマト族の逗留地にいられる時間もあとわずか。
 ここで彼女は最終兵器を持ち出した。
 それは、以前イェルズに会った時に聞いていた、バタルトゥが好きなもの……。
「……甘いもの、です?」
「そう。本人は見た目とのギャップを気にしてあまり言わないんだけどね」
 だから俺が言ったことは秘密ね……と口に人差し指を立てたイェルズ。
 確かに、あの外見で甘いものが好き、というのはちょっと驚いたけれど。
 やたらと手の込んだお菓子を作るのは手先が器用なだけではなく、本人の趣味もあったのかもしれない。
 ……彼にも人間らしいところがあるのだと少し安心した。
 エステルは深呼吸をするととたとたとバタルトゥに駆け寄り、包みを差し出す。
「バタルトゥさん、これどうぞです」
「……これは?」
「わたくしが作ったアイシングクッキーです。……あの。お味見してくれたお兄様も『美味しい』って言っていたので味は大丈夫だと思うです」
 目を瞬かせるバタルトゥ。渡されたクッキーを見ると、茶色の体に鮮やかな黄色の鬣の馬がアイシングで綺麗に表現されていて……それが、オイマト族の祖霊である馬だと気づいて、少し表情が緩む。
「……アイシングは手間もかかるし、集中力もいる。作るのは大変だっただろう……」
「いっぱいいっぱい練習したです。お兄様も手伝ってくれて……お陰で、クッキー作るの得意になったです」
「……そうか。……戴いてもいいか?」
「はいです! 食べてくださいです!!」
 こくこくと頷くエステル。クッキーを口に運ぶバタルトゥを固唾を飲んで見守る。
「……うん。美味い」
「よかったです……」
 ほっと安堵のため息を漏らす彼女。バタルトゥは、相変わらずの仏頂面だが……その目が少し、不思議そうな様子を見せる。
「……エステルはこの間から何を必死になっているんだ? ……俺に何かしたところで得になるようなこともあるまい……」
「損得とか関係ないです! バタルトゥさんは大事なお友達です! ……笑ってくれるといいなって、思ってるです」
「……そうか。すまんな……。元々笑う方ではなかったのだが、色々とあってな。……笑い方を忘れてしまった」
 遠い目をする彼。それに、エステルは橙色の目をきらりと輝かせる。
「……昔は笑えてたです?! じゃあ思い出せばいいです! わたくし協力します!」
「……エステル。俺は……」
「大丈夫です! 楽しいことも嬉しいこと、いっぱいいっぱい教えてあげるです!」
 希望が見えたことが嬉しいのか、微笑むエステル。
 バタルトゥは小さくため息をつくと、少女の頭をそっと撫でる。
 ――その瞳はいつもより、ずっと穏やかに見えた。

 こうして、エステルによる笑顔大作戦オイマト族逗留地編は終わりを迎えた。
 今回も、残念ながら笑顔は見られなかったけれど。
 それでも、希望を感じることができたから……。
 この先も、彼女の作戦は続いていくのかもしれない。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ka3983/エステル・ソル/女/13/笑顔を振りまく少女

kz0023/バタルトゥ・オイマト/男/28/仏頂面な族長(NPC)
kz0143/イェルズ・オイマト/男/18/元気な族長補佐(NPC)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お世話になっております。猫又です。

エステルちゃんの笑顔大作戦、いかがでしたでしょうか。
バタルトゥがここまで笑わないのも色々あったからなのですが……それもいずれ、どこかで出していけたらと思っております。
少しでもお楽しみ戴けましたら幸いです。
好き勝手色々書いてしまいましたが、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
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ファナティックブラッド
2016年11月11日

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