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『 昔、深い森で 』
黒の夢ka0187)&レイ=フォルゲノフka0183

●黒き秘宝

 それは、なんだか不思議な噂話。
 エルフの森の奥深く、不思議な集落があるという。


 元々、エルフたちは他の集落の住人とはあまり行き来せずに、それぞれの縄張りで暮らしている。
 だがさすがに同じ森に住むエルフ同士なら、互いの狩場や集落の場所ぐらいは知っているのが普通だ。
 だから父親に呼び出されたレイ=フォルゲノフが、疑わしそうな顔をしたのも当然だった。
「謎の集落の、生きた黒き秘宝……?」
 レイの父は盗賊団を率いている。いずれはレイが配下を受け継ぐことになるだろうが、父は実力のない者が淘汰される運命にあるのをよく知っていた。
 だから力を示すために、誰も見たことのない伝説の村の秘宝とやらを確認して来いと、まだ少年である息子に命じたのだ。
 厳格な父の命令は絶対である。
 レイはすぐに準備を整え、颯爽と深い森へと飛び出していく。

「つってもなぁ、集落の場所もわからんのやろ?」
 ぼやきながらも、レイは今まで踏み込んだことのないほうへと、見当をつけて分け入っていく。
 木々は互いに絡み合うように枝を伸ばし、びっしりと葉を茂らせ、森は昼間とは思えないほど薄暗く見通しが悪い。
 ときどき野ウサギや野ネズミなんかが足元を駆け抜け、鳥が羽ばたくほかは、レイが踏む落ち葉や枯れ枝の音だけ。それもしん、と静まり返った暗がりに吸い込まれて消えてゆくようだ。
 見知った森の、誰も知らない奥深く。
 エルフであるレイですら畏怖を覚えるほど濃密な植物の領域。
 圧倒されそうな自分を落ち着かせようと、深い深い息を吐いて、朽木に腰かける。

 が、それもほんの一瞬だった。
 レイは素早くダガーを構え、鋭い視線を一点に据える。
 暗がりの中、影がわだかまっているような気配。そいつがレイを見ていた。
「誰や」
 掠れた声を絞り出す。
 応えるのは獣の唸り声。音もなく金色の双眸が近付いてくる。
 それは二頭の獣を従えた、小さな女の子だった。
 レイは思わず息を呑む。
 一見して分かるほど上等の薄衣をまとい、細い手足に凝った細工のアクセサリーをつけている。おそらく念入りに手入れされているのだろう、長い漆黒の髪は艶やかにうねっていた。
 その姿はエルフの少女としか見えなかったが、たったひとつ……まるで影が集まって女の子の姿をとったような、漆黒の肌だけがあまりに異質だった。
 見たことも聞いたこともないような、不思議な姿の少女。
 レイは吐息のように囁く。
「お前が……生きた秘宝、なんか?」
 生きた秘宝。その言葉がそぐわないほど、少女の顔に生き物らしさは見られなかったが。
「……さあ」
 わずかに首をかしげる。言葉は通じるらしい。

 更に何かを言おうと口を開きかけたレイだったが、少女はすっと片手を延べた。
 その姿は生きた存在というよりも、森の精霊のようだった。
 指差しているのは、レイがやって来た方角だ。
「……行って」
 少女の言葉より早く、レイは誰かが近付く気配を察して身構えていた。
 少女が何か合図を送ると、傍らの獣はそれぞれ別の方向へと音を立てて駆けてゆく。
 まるでわざとそうしているかのようにも思えた。
 その間に、一陣の風の如くレイは姿を消していた。
「……さようなら」
 少女の表情は変わらなかったが、まばたきする長い睫毛にわずかな揺らぎが宿った。

 木々をかきわけ、下草を踏む物音に、少女は黙したまま振り返る。
 数人のエルフが慌ただしく駆け寄ってきた。
「こんなところまでおひとりで来るなんて! お探ししたのですよ」
 丁寧だが厳しい口調だ。少女はおとなしく首を垂れる。
「……ごめんなさい」
「さあ、戻りましょう。お怪我がなくてなによりです」
 護衛というよりも護送されるような少女の姿を、レイは木立越しに見送った。
(あの子、笑ったら可愛いんやろうけどな……)

 それはもう、今は昔の話。
 大人になったレイは自分の集落を出て、もう随分になる。


●みしらぬ邂逅

 森の中、魔女の棲む大樹があるという。
 全ての生命を愛し、魔女はいつも穏やかに微笑んでいる。
 彼女がどこからやってきたのかは、誰も知らない。


 黒の夢は大きな荷物を抱え上げ、思わず二・三歩よろめいた。
「おいおい、大丈夫かい?」
 店の主人が心配そうにのぞきこむが、当人はふんぬと鼻息も荒く、足を踏ん張る。
「だ、大事ないのなー! これしきのこと!」
 てへへと笑う顔は、明るく人懐こい。
 しなやかな長身、女性らしい豊満な体つきに似合わぬ、どこか子供っぽさを感じさせる笑顔だった。

 自由気ままな森のひとり暮らしは、買い出しが大変なのだけが難点だ。
 黒の夢は大荷物をどうにか抱えて歩きだす。
「ふう、さすがに買いすぎかしら……でもごはんは必要なのなー」
 大部分が食品らしい。豊満なボディラインを形作るには、それなりの熱量が必要なのだ。
 賑わっていた市場を出て、街を抜け、街道に出る。
 そこで黒の夢は少し立ち止り、取り出した奇怪な鳥の面をつけた。
「……面倒なことになった、かな?」
 少し離れてついてくる数人の気配を感じたのだ。
 足を速めると、向こうも歩速をあげる。
 そのうちのひとりが前に回り、声をかけてきた。
「お嬢さん、ひとり? 大変そうだし荷物持ってやるよ」
 若い男だった。黒の夢の全身を値踏みするように眺める目が、好奇の色を浮かべている。
 気がつけば他にも数人。黒の夢の背後にいる。

 ――ああ、いやだなぁ。
 美しく輝く漆黒の肌につつまれた若い女。
 それが珍しいほど、黒の夢という個人は消え失せ、まるでモノのように見られてしまう。
 幸い、泣き出しそうな顔は鳥の面が隠してくれている。
 黒の夢は返事もせずに、男の脇をすり抜けて駆け出した。

 森まではもうすぐ。
 男たちは森へ向かえば、人目に付かないと思って追いかけてくるだろう。
 だが黒の夢にとって森は自分の庭のようなものだ。
 縦横無尽に駆け回れば、生い茂った木々が彼女の姿を隠してくれる。
 いつもそうしてきた。
 ――の、だが。

「!!」

 森の中、細い獣道を駆ける黒の夢の後ろを、ぴったりと追いかけてくる男がひとりだけいたのだ。
「うなっ!? ……ま、撒いた筈じゃ!!」
 この森で、自分についてくるものがいることが驚きだった。
 どうやら只者ではない。
 木々を渡り、低い茂みを飛び越え、まるでこの森を知り尽くしているかのようだ。
(森の民か……ますます面倒な)
 横道にそれる。低い枝をくぐる。そこからまた曲がって曲がって……背後の気配が消えたと思った瞬間、大きな手で腕を掴まれた。
「はうぅ!?」
 荷物が散らばる。
 天地が回転する。
 背中に柔らかな下草を感じる。
(まさか、回り込まれたなど……!)
 頭の中がぐるぐるする。こんなことは初めてだった。

 そうしているうちに、突然視界が開けた。
 あっと思って我に返ると、暖かなオレンジ色の瞳が黒の夢をひたと見つめていたのだ。
「……なんや、可愛い顔してるやん」
 そんな男の声が聞こえたような気がしたが、ほとんど意味は残らない。
 素顔を隠す鳥の面を外され、泣き虫で臆病な素顔がむき出しになっているのだ。
 男の顔が近付く。
「……?」
 黒の夢は身じろぎひとつせず男の顔を見つめた。
 ――待って、何か。今、何かが……
 脳裏に走った予感とも記憶ともつかないものは、すぐに消え失せた。
 唇に触れる暖かな感触に、言葉も思考もぼやけてしまう。
 あんなに乱暴に扱ったくせに、震えるように繊細な口づけだった。


●森の記憶

「レイちゃん……」
 横になったレイの背中に、柔らかく暖かな身体が押しあてられる。
「なんや、アンノ。もう起きたんか」
 大きく伸びをすると、黒の夢はまるで猫のようにするりと腕の中へ。
「そろそろ、朝ごはんなんてどうかしらー?」
「あー、わかったわかった」
 身体を起こすレイを邪魔するように、黒の夢はくすくす笑いながら腕をからめる。
 レイはまじまじと女の顔を見た。

 夢を見ていた。
 森の中で、レイは彼女を追いかけていた。
 女は素早く、盗賊稼業で鍛えたレイが少なからず驚くほどだった。
 どこかで見たことのある女。
 だが何があったのか思い出せない。
 記憶をとらえようとするように、追いかけた。
 細い腕を捉えた。
 顔を確かめたくて面をとった。
 大きく見開いた金色の瞳は、驚きと怯えとをいっぱいに湛えていた。
 そして気がつけば――唇を重ねていた。

「レイちゃん? まだねむねむなのかなー?」
 黒の夢はきょとんとした顔で、小首をかしげる。

 包み込むような柔らかさが唇に蘇り、レイは思わず指で自分の唇をぬぐう。
 あのとき、こいつはなぜ抵抗しなかったのか?
 恐怖のあまり動けなかったのだとしたら、今、こうしていっしょにいる理由が分からない。
 ただの友人というだけでもなく、ただの男と女というだけでもなく。
 信頼し、愛称で呼びあい、身体を寄せ合っている理由が……。
 レイはふっと笑う。
「なんもない。朝飯は何にすっかなー!」
「レイちゃんのつくるごはんならなんでもおいしいのなー!」
 子供のように目を輝かせ、黒の夢はレイを見上げる。

 その目を見つめ、理由なんかどうでもいい、とレイは思った。
 くるくると表情を変える、天真爛漫な黒の夢。
 彼女が拗ねたり笑ったりしながらいつもそばにいる、今はそれだけで――。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0187 / 黒の夢(アンノウン)/ 女性 / 26歳 / エルフ / 魔術師 / 黒き秘宝】
【ka0183 / レイ=フォルゲノフ / 男性 / 30歳 / エルフ / 疾影士 / 掴んだ手】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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不思議な因縁が、今のおふたりのありように繋がっている。
そんな風に描写したつもりですが、ご希望から大きくそれていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠にありがとうございました。
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2016年11月16日

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