▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 君の名に未来を託す 』
黄昏ひりょjb3452)&天城時雨jc1832


 日暮れがずいぶんと早くなった。
(もうすぐ冬が来るんだな……)
 黄昏ひりょの見上げる先、黄金色に染まった銀杏の梢はもう闇にかすんでいた。
 乾いた風が上着の襟をはためかせ、ひりょはわずかに肩をすくめる。
 この寒さも、生きているからこそ。
 今日も仲間とともに、生きて帰ってこられた。
 ふと安堵の笑みを浮かべたひりょだったが、背後から呼びかける声にはじかれたように振り向いた。
「よう、黄昏の小倅。依頼の帰りか? 精が出るな」
 薄い笑いを浮かべた四十がらみの男は、天城時雨だった。薄暗い闇の中に真っ白な髪が明るく見える。
「こんにちは、天城さん」
 時雨の少し馴れ馴れしく思える口調に対し、ひりょの返答には硬さが残る。
 何かあるとひりょに声をかけてくるこの男のことが、嫌いなわけではないのだが。
 ただ、なんとなく苦手意識を持っていた。どういうわけか、ひりょは時雨には頭が上がらないのだ。
 威圧感を与えるほどの、堂々たる体格のせいだろうか?
 それともひりょを見つめる、物言いたげな瞳のせいだろうか?
 不思議に思いながらも、やや苦手という程度なのであまり確かめようとも思わないまま、今日まで来ている。

「ま、元気そうで何よりだ」
 時雨は今日もまた何かを迷っているように視線をそらし、ひりょの隣に立った。
 そして同じように銀杏を見上げる。
「随分と立派な銀杏だな」
「そうですね。何かの記念みたいです」
「へえ、そうなのか?」
 ひりょが指差すほうを見ると、なるほど石碑がある。
 まだ僅かに残る夕暮れのほのかな名残で文字を追えば、何かの戦いで命を落とした学園生を偲ぶために植えたものらしい。
「……銀杏の花言葉は鎮魂、か……」
「そうなんですか?」
 ひりょが思わず聞き返すと、時雨は表情の消えた顔で頷いた。
「ここにそう書いてある」
 石碑をよく見ようと屈むひりょに、時雨は場所を譲る。
 そして時雨の視線は、ひりょの横顔をじっと見つめ続けていた。


 時雨が、今のひりょより少しだけ年上ぐらいだった頃。
 時雨の瞳は、今よりももっと暗い気配を湛えていた。
 ――力が欲しい。だれにも負けない力が。
 飢えのような欲求に身を焼くほど、時雨は力を欲していた。
 己の手を血に汚して生きると決めたからには、当然の欲求ではあっただろう。

 そんなある日、彼に依頼が持ち込まれた。
「脱走した造反者を始末してほしい」
 こういう仕事では普通、依頼主のことを深く聞くことはない。
 だが相手の提示した報酬が予想外のものだったため、時雨は警戒した。
「天魔の力を手にする手段、だと?」
 ようやく天使や悪魔の存在が、現実のものとして知られるようになった頃である。
 人類はまだ弱く、呪いや祈祷など、効果があるか怪しい対抗手段も多かった。
 時雨は話にならんと、断ろうとした。
 だが相手は食い下がった。
 自らの身分を、とある陰陽師の家系に連なる者だと明かしたのだ。
 そいつが言うには、代々受け継がれた悪鬼調伏の呪法や、己の力を高める術式などを研究する組織が存在するのだという。
「で、その成果を俺に?」
 ――面白い。
 仕事自体はさほど難しくない。
 陰陽師とやらが紛い物ならば、この依頼人を恐れることもない。
 本当ならば……恩を売っておけば得になる。
「わかった。その話、受けるとしよう」

 だが時雨は、まだ若かった。
 古来歴史の裏側で暗躍してきた陰陽師達が、一筋縄ではいかないことを見抜けなかったのだ。
 研究機関から逃げた造反者とやらを探し出し、潜伏中の隠れ家に踏み込んだ時には、ターゲットは虫の息だった。
「……どういうことだ?」
 血の海に倒れる男の傍に屈みこむと、薄目を開けて時雨を見る。
「き、きみ、は……」
 ひゅうひゅうと死にゆく者に特有の息に交じって、言葉がこぼれた。
「お前を殺す為に来た」
 時雨がそう答えると、男は苦痛に顔を歪めた。
 いや、よく見れば――笑っていた。
「何が可笑しい?」
 時雨は今わの際で笑う男を、さすがに不気味に思ったのだ。
「きみは、騙された……んだよ。私を、殺しに来た、連中が……連中は……全てを、君に、押しつけ……」
 ごぼり。
 男の喉から赤い液体が溢れ出る。
 時雨にもようやく事情が呑み込めた。仲間割れの責任を押し付けられる役割だったらしい。

 これでは報酬をまともに払うつもりもないだろう。
 そう苦々しく思いながら立ち去ろうとした時、死にかけの男が呼びとめる。
「すまない……私の、この……」
 もう力の入らない指で、自分の身体の下の真っ赤に染まった敷物をめくれと訴える。
 と、どこからか赤子の泣き声が聞こえてきたではないか。
「空耳……ではないな」
 耳を澄ますと、死にゆく男の身体の下からだ。
 敷物をめくると、物入れらしき扉がある。そこも血に濡れていたが、どうにか開くと、中から赤ん坊が出てきたのだ。
「どうしたんだこの赤ん坊は」
 時雨が尋ねると、男は指を伸ばし、赤子の頬に触れる。
「か、かわいそうな、子だ……私にはもう、耐えられ……せめて、その子……に、未来を……」
 それが最期の言葉となった。男の手は力を失い、はたりと床に落ちる。
 よく見ると、赤子の首にはネームプレートらしきものがかけられていた。
「Hiro……か」
 時雨の腕の中で、赤ん坊は安心したように眠っていた。
 ネームプレートの文字の「r」と「o」の間には、まるで血文字のように、赤ん坊を守って死んでいった男の血が固まりかけている。

 時雨は赤ん坊を抱く。
 ――お前は一度死んだ。
 だから、今日から始まるのは、まったく新しい人生だ。
 あの男の血が、お前を未来へと導くんだ。
 だから――。

 とある孤児院の門前に、赤ん坊が捨てられていたのはその翌朝のこと。
 所持品はほとんど何もなく、ただ一枚の走り書きのメモだけが赤ん坊の傍に置かれていた。
 『Hiryo』
 職員の女が赤ん坊を抱き、メモをのぞきこむ。
「ひりょちゃん、っていうのかしら? お母さんはどうしたのかしらねえ……」
 こうして赤ん坊は新たな名とともに、新たな人生を歩み始めたのだった。


 時雨は鎮魂の木の前で静かに目を閉じる。

 あの後、口封じのために差し向けられた追手により、時雨は瀕死の重傷を負った。
 勿論それは予測していたことだ。だからこそ赤ん坊を先に手放したのだ。
 しかし追手の力量は予想以上だった。
 天魔の研究を続けてきたというだけあって、その時点での時雨には対抗するすべはなかった。
 彼が今こうして生きているのは、内輪揉めの始末をつけにきた陰陽師一族の当主のおかげである。
 時雨は自分の見聞きしたこと全てを彼に伝えた。
 その後、かの一族の分家による研究機関は消滅したと風の噂に聞いたが、それは時雨にとってもはやどうでもいいことだった。
 時雨が望むのは、生き残った赤ん坊の明るい未来だけ。

「銀杏は銀杏。それでいいと思うんですけど」
 ひりょがぼそりとつぶやいた。
「なんだって?」
 時雨が聞きなおすと、ひりょはまた木を見上げた。
「銀杏は自分のためにここに立ってていいんじゃないかって。鎮魂なんて、人間の都合を押し付けるのはかわいそうな気がします」
「ああ。そうかもしれん」
「でも……」
 ひりょは少し悲しげに見える笑みを浮かべていた。
「失ったものを、何かきれいなものに託して思い返したい。そういう気持ちもわかります」

 また時雨は、喉まで出かかっていた言葉を呑みこんだ。
 そう、あの時の子供は、こんなにも優しく、大きくなっていた。
 思い付きで残したメモの通りに「ひりょ」を名乗る青年に出会ったとき、時雨はどれほど驚いただろう。
 それ以来、いつか本当のことを伝えたいと思い続けている。
 赤ん坊への贖罪のため、命を賭けた男のことを。
 新しい人生をと願いをこめた名前のことを。
 だが――。
(こいつはこいつのためにだけ、生きていけばいいのかもしれん)
 大人の感傷を彼に背負わせる権利が、誰にあるというのか。
 
 時雨はふっと笑みを浮かべた。
「だが小僧。生きている人間には、やるべきことがあるんだ」
「やるべきこと、ですか?」
「そうだ。食って、力をつけて、生きていく。大事なことだろう? それにいつまでもこんなところに居たら冷えるぞ」
 困ったような顔になるひりょを、時雨はおかまいなしに追い立てていった。

 これからも時雨は、ひりょの傍で迷うのだろう。
 青年の未来に賭けたものの重さを、どう伝えるべきかと。
 だが今は、ただ傍に居る。
 逞しく歩み続ける姿を、眩しい思いで見つめながら――。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb3452 / 黄昏ひりょ / 男性 / 19 / 陰陽師 / まっさらな道を往く】
【jc1832 / 天城時雨 / 男性 / 45 / 阿修羅 / ただ傍に居る】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
大事なエピソードをお任せいただき、大変光栄です。
しっかりと決まっている物語をアレンジするのは、迷いもありましたが。
傍で見守る方にとってもひとつの答えとなればと思い、銀杏を登場させました。
お気に召しましたら幸いです。
ご依頼、どうも有難うございました。
WTツインノベル この商品を注文する
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年11月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.