▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『お楽しみは…… 』
アリア・ジェラーティ8537)&石神・アリス(7348)
「むう」
 中学校の美術室、その窓から外の景色を見やりながら、石神・アリスは頬を膨らませる。
 この学校の美術部部長であり、その実、母が経営する美術館で“裏”稼業を取り仕切るバイヤーである彼女は今、とても悩んでいるのだ。
「――こうしてる間に、アリアさんはどんどん成長してしまう。今この瞬間にしかないかわいさがなくなってしまう」
 彼女の裏稼業。それは主に人間を石化し、命ある石像として好事家どもへ売り渡す非道なもの。
 そんな商売が成り立つほど、世界にはいかれた輩がひしめいている。
 そして彼女自身も、かわいらしい女子を石化して永遠に愛でたいという欲に突き動かされる、いかれた輩のひとりなのだった。
 だから。
「今すぐアリアさんの最高の一瞬を永遠に封じ込めなければ」
 アリスは催眠と石化の能力を宿す両の魔眼を細め、アリア・ジェラーティの笑顔を思い浮かべたが、しかし。
「問題はあのペンダントです」
 アリアは母親から、強力な守護の力を封じた鏡のペンダントを授かっている。それはアリスの魔眼をもってしても崩せない、まさに鉄壁の護り。
 ……アリスは美術室を出て、そのまま外へ向かう。
 アリアを石像に変える方法。じっとしていて思いつけないなら、外を歩きながら考えてみよう。
 裏稼業のことを含めて、アリスのほとんどすべてを知っているアリアだが、たったひとつだけ知らないことがある。――それがこの魔眼。
 この唯一のアドバンテージを生かし、なんとしてでもアリアを手に入れる!


 当たり前のことだけれど、街はとても騒がしい。考えごとをしながら歩き渡れるほど人波はやさしくなかったし、そもそも考え自体がまとまらなかった。
 アリスの足は自然と街の外れへ向かい、いつしか高台の公園へとたどり着く。
 ――ここは、アリアさんが。
 アリアが春と夏にアイスの屋台を出している公園だった。
 冬も近いこの季節、学校に通っていないアリアは実家でお手伝いをしているはずだ。
 そんなことはわかりきているはずなのに、無意識でここへ来てしまうとは……アリスは自分がどれくらいアリアを想ってしまっているのかを実感し、ちょっと赤くなった。
「……アリス、ちゃん?」
 幻聴まで聞こえて――幻聴?
 呼びかけられたほうを振り返れば、そこには幻ならぬアリアがいて。
「あ、アリ、ア、さん?」
「はい」
 右手を挙げて返事するアリア。
「ほんとにアリアさん、ですか?」
「はい」
 左手も挙げるアリア。
 両手を挙げたままコクコクうなずく少女に、アリスはおそるおそる近づいて、ぷにん。ほっぺたをつついた。
「アリアさんが、いる。どうしてこんなところに?」
「お仕事……休憩中だから。街とか散歩してたら、ここに来てた……」
 ぽそぽそとぎこちない言葉でアリアが説明した。
 アリスがなんとなくここへ来てしまったように、アリアもまたなんとなくここへ来てしまったらしい。先ほどまで同じ街にいたのに出逢えなかったのは悔しいが、それもこうしてふたりきりになれる場所で巡り逢うためだったとすれば、いるのかどうかわからない神様へ感謝の祈りを捧げてみようかという気にもなる。
 ――運命! これはつまり運命ですよね!
 心の中で自分へ「運命です運命!」、「おめでとうございます!」などとスタンディングオベーションを送りつつ、アリスはすました顔でアリアに手を伸べた。
「ねぇ。せっかくだからいっしょにお散歩しませんか?」
「賛成」
 挙げていた両手を下ろしてアリスの手を握り、アリアはコクコクうなずいた。

「あたたかい季節の景色もいいですけど、寒い季節の景色も悪くないですね」
 はらはらと散り落ちる褪せた紅葉の下をくぐり、アリスはアリアに語りかけた。
「……アイス、食べたくなる、ね」
 アリアの青い髪が風に吹かれてかろやかに踊る。
 氷の風みたい。アリスは熱を帯びる魔眼をあわててアリアから逸らした。
 まだだ。まだ、だめ。あのペンダントを外させないうちは、魔眼の呪いが届かない。この魔眼でアリアを操り、ポーズを取らせたうえで石に変える。そのためにしっかりと段取りを整えなければ。
 あてもなく歩くふりで、アリスは探し続ける。
 立ち止まってもおかしくない、しかも落ち葉がたくさん降ってくるところを。
 果たして。
「あそこから街が見えますね。もしかしたらわたくしのお家も」
「探す」
 そこは高台公園の内でいちばん見晴らしがよく、墜落防止用の柵の手前に大きな木が植えられている場所だった。
「わたくしのお家はあのあたりですよ」
「……どこ?」
 木へよりかかるようにして、アリスとアリアは眼下に広がる街並へ視線を巡らせる。
 その間にも葉が、雨のように降りそそぐ。
 そして。
「――アリアさん、お洋服に木の葉が」
 アリアの体に葉っぱがいくつかくっついた頃合いを見計らい、アリスが声をかけた。
「そのまま動かないで。わたくしが取ってあげます」
 高鳴りを隠してごく自然に指を伸ばし、アリアの頭や肩から葉っぱをつまみあげていく。
「これで、最後」
 魔眼を発動しながら、ついにアリアと鏡とを繋ぐ銀鎖に指をかけた――その瞬間。
「!」
 淡い日の光を反射し、鏡が白く輝いた。
 輝きはアリアとアリスの間で凍りつき、それ自体が鏡となってアリスを映し出した。
 これこそがアリアの母がアリアに与えた鏡の能力。氷の女王の末裔たる女の力が込められた、どんな魔力も呪いも跳ね返す氷鏡。
 すぐに眼を閉じようとしたアリスだったが、光よりも速く動くことなどできはしない。
「あ――」
 自らの魔力に侵され、深い催眠状態へと落ちていくよりなかった。
「……アリスちゃん?」
 なにが起きたかを知らないままのアリアが、突然しゃべるのをやめたアリスを見た。
 アリスはゆらゆらと揺れながら、呆とした声で「はい」。
「? アリスちゃん、どうしたの?」
「はい」
「???」
 なんだかおかしい。もしかして具合が悪くなったのかも。アリアはアリスを気づかい、とりあえず休めるところに連れて行くことにした。
「アリスちゃん……こっち、来て」
「はい」
 アリアに言われるままついてくるアリス。
 うん。やっぱりおかしい。
「アリスちゃん、座って」
「はい」
 焦点の合わない眼を前に向けたまま、アリスがベンチにすとんと腰を下ろす。
「アリスちゃん、立って」
「はい」
 アリスがすくっと立ち上がって直立不動。
 アリアは目をしばたたく。
 アリスちゃん、やっぱりおかしい。でも。
「私の言うこと……聞いてくれる?」
 アリスは光を失くした目をうつむけ、「はい」。
 アリアの胸がきゅうっと引き絞られた。
 胸が、ドキドキしすぎて痛い。ワクワクしすぎて苦しい。
 いつだったっけ? 私が何日も寝込んじゃって……その間中、ずっとアリスちゃんがついててくれて。私、その間のことぜんぜん憶えてないけど、目が覚めたときにアリスちゃんがいてくれて、すっごくうれしかったんだよ。
 カチリ。アリアの頭のどこかでスイッチが入る音がした。
「今度は私の番。アリスちゃんも喜んでくれるといいな」
 先ほどまでのたどたどしさは欠片もない、なめらかな口調で言い終えたアリアが妖しく笑み。今度は自分の能力で、氷の鏡を生み出した。
 そのスイッチは、彼女の祖先である氷の女王の遺伝子を呼び覚ますもの。これが入ってしまえばアリアは女王めいた“なにか”へと変わる。
「この前に立って。うん、すごく綺麗だよ。でも制服は邪魔かな。脱いじゃおうか」
「右手で後ろ髪をかき上げて――左手は体の後ろに。脚は内股にして、ぺたんって座って。体を少しひねって」
「――アリスちゃんはかわいそう。自分のことが見えないんだから。鏡に映る姿もすてきだけど、ほんとのアリスちゃんを見れるのはアリスちゃんじゃない誰かだけなんだよ」
 次々と指示を出しながら、アリアは言われるがままポーズを整えるアリスへ近づいていく。
 そして耳元でささやいた。
「でも大丈夫。誰にも見せてあげないから。アリスちゃんのこと、私だけがずっと見ててあげるからね」
 アリアに触れられたアリスの肌が、生命を吸い取られていくかのように凍りつき。
 未成熟な艶やかさを表情とポーズに映す、氷の少女像と成り果てたのだった。
「帰ろう。みんなが待ってるから。今日からアリスちゃんはお姫様だよ。王子様のキスでも目覚められない、小さな氷の国のお姫様」
 どこからか吹き寄せた吹雪がふたりを包み――収まった後にはただ、脱ぎ捨てられた制服だけが残された。


「お姫様のご到着だよ。みんなお迎えして」
 アリアの声が響くと同時に灯がつき、闇に沈んでいたすべてが浮き彫りにされた。
 そこはアリアが実家の地下に造った冷凍室だ。
 室内はアーティスティックに組み合わさった氷の結晶で飾られていた。
 そしてあちこちに踊るぬいぐるみたちがいて、花やお菓子が咲く小さな庭園があり、すべてが不可思議なほど透明な氷で覆われている。この氷がぬいぐるみのポーズを保ち、生物の鮮度を永遠に保っているのだ。
「ここにいる子たちはみんな、私の思い出が詰まったコレクションなんだよ。アリスちゃんはいちばん新しくて大切なコレクション」
 ぺたりと座り込んだ姿勢で後ろ髪をかき上げ、ねだるような上目づかいを見せるアリス。その冷たい額にアリアは口づけ、満足気に笑んだ。
「おねだりが上手だね。食べちゃいたい。でも、まだがまんするんだ。楽しいことは最後までとっておきたいから」
 指の腹でゆっくりとアリスの首筋をなぜ、彼女の肌のすべらかさを味わう。そのために芯まで凍りつかせずすませたのだ。だから数日で解凍され、氷像からアリスに戻るだろう。でも。
「それまでは私だけのアリスちゃんだよ?」
 首筋の次は髪を。髪の次は鎖骨を。鎖骨の次には、胸元を――熱で氷が溶けてしまわないよう位置を下へ下へとずらしながら、アリアの指はアリスを這い、余さずに愛でていく。
「ここも、私だけのもの――」


 次の日、アリアはいつもどおりに自分の部屋で目を覚まして――おののいた。
 私、すっごいこと、しちゃった……?
 スイッチが切れ、すっかり元の彼女に戻ったアリア。昨日自分がアリスの氷像にしでかしたことを思い出し、ベッドの上をころころしたが。
「とにかく、行かなくちゃ」
 急いで冷凍室へ降りていけば、そこには昨日と同じ姿勢でアリスが待ち受けていた。
「……どうしよう」
 とりあえずアリスの頬をつついてみた。固くて冷たくて、すべすべだ。腕も脚もお腹も、それに胸も。
「アリスちゃん、ほんとに綺麗、だね。アリスちゃんも、見たい……よね」
 アリアは氷の鏡を生成し、アリスの正面に置いた。
「アリスちゃんの……美術館に、飾ったら……すぐ盗まれちゃう、ね」
 アリアは花園からクッキーを手折って食んだ。
 五歳のとき、家の手伝いをしていた彼女が初めてもらった“お駄賃”。忘れたくない思い出の一枚だったけれど、その極上の甘さがアリアの欲を昂ぶらせ、同時に鎮めてもくれる。
 アリスを魂の芯まで凍りつかせ、一生涯共に過ごしたい非常識な欲と激情。
 アリスをすぐに解凍し、ゆるしを請うてすがりつきたい常識と愛情。
「……どうしよう」
 もう一度つぶやくアリア。
 でも、どちらに身を任せることもできないまま、アリスの美しさに目を奪われ続けることしかできない。
 電灯の光を受けてきらめくアリスの髪をなでた。
「ごめん、ね。まだ、決められないから」
 スイッチの入ったアリアの命令で、アリスの唇はすぼめられている。まるでそう、アリアのキスを待つかのように。
 昨日は後の楽しみのため、がまんした。
 でも今日は――今は――
「がまんするよ。だって……だまってしちゃったら、ずるい……もんね」
 アリスの頬に口づけて、アリアは冷凍室を飛び出した。
 このままではもう、がまんできなくなりそうだから。


 数日の間、アリアはアリスの姿をあらゆる角度から鑑賞し、手指と唇で愛で続けた。ただし、口づけていいのは唇以外の場所だけ。そう決めて。
 そしてアリアが仕事へ出かけたある日。
 アリスがついに、自らの催眠と氷の拘束から解かれて自由を得る。
「アリアさんって、実は情熱家だったのですね……」
 アリアへの怒りや恨みはない。
 氷像と化している間にも、アリスは自我を保っていた。なによりも大事に扱われ、愛でられたことを、その感触を、すべて憶えている。だから思ってしまうのだ。美術館に据えられたどれほど高価な美術品よりも幸せだったと。
「ただ、納得はいきませんけど」
 アリアの趣味でとらされたあのポーズ。アリスならもっとなまめかしい誘惑を表現できたはず。四肢や体の角度もまるでバラバラで、黄金律が保てていなかったし。
「そうしたらアリアさんもがまんしきれなくて、わたくしのこと――」
 ばふっ。アリスの顔が真っ赤になって。その手がばたばたと頭の上を掃き散らす。とはいえ思わず浮かべてしまった想像は、そんなことでは払えなかったけれども。
「――アリアさんを石に変えることができたら、アリアさんが生身に戻りたくなくなるくらい大事にして、いっぱい愛でてあげますからね」
 あのときのように。いえ、あのときよりももっともっと。
 アリアが寝込んでいたという数日間、アリスは眠る彼女を見守っていたわけではない。
 アリスはアリアを愛でていた。アリアをさらい、その体を石にして。何度も何度も、飽きることなく愛で尽くしたのだ。
「あの日々のこと、アリアさんは憶えていないようですけど。次は意識を保ったまま石になってもらいます。そしたら――」
 くしゅん。言葉を紡いだのと同じ唇から、かわいらしいくしゃみが飛び出した。
 情熱を燃やすには、ここはちょっと寒すぎる。
 とりあえず体に巻けるものを探しながら、アリスは空想の内のアリア、その鼻先にキスをする。
 本当のキスは、アリアが石になってから。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年11月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.