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『 共ニ罪ヲ背負イシハ 』
ka3319


 その日、鵤(ka3319)は独りだった。
 とはいえ、これは正確ではないかもしれない。彼はいつだって孤独だ。だから、その日も、彼は独りだった。
 深々と静まり返った夜。宿の一室で煙草を吹かしながら、手元のそれを弄っている。
 手慣れた操作だ。遅滞なく分解していくが、それを眺める視線には、一切の色が欠落している。

 けれど、それこそが彼がもっとも慣れた時間だ。だからこそ穏やかに、作業に没頭する。
 ――どんなに細かな乱れであろうと。それは、仕事の乱れに繋がるわ。
 それは、彼のかつての相棒も言っていたことだし――と、不意に、声が蘇った。痛めつけられながら完璧な動作と知識を叩き込まれた記憶は、失った今となっては郷愁の先のもの。悠けき過去から、沁み入るように、痛みと何かが綯い交ぜになった感傷を、引き上げてくる。
 襲ってくる感情の波に晒されそうになった、その時だ。
 不意に、気がついた。
「……そういえば」
 人前であれば、もう少し砕けた口調になったであろうか。兎角彼は、ぽつりとつぶやいた。
「アイツは――」
 その手が、止まる。胸中を乱す悔恨を吹き飛ばして、何かが――。

 ――まーた、そんなしょーーもない得物を選んで、アンタはもーー!


 ソイツとは、何時も同じ場所で顔を合わせていた。
 同僚、と言えば聞こえはいいが、表立って口には出来ない“シゴト”に関わる輩だ。
 ろくな奴ではない。
「何度もいってるけどさぁ、もっとさぁ、RPGとかさぁ、変形銃とかさぁ、そういうのじゃないと全然アガんないんだけど!」
「……別に、お前を喜ばせるためにこの仕事をしてるわけじゃないんだが」
「アノネー」
 ソイツは、盛大なため息を一つ零す。雑に結い上げた髪を苛立たしげに触りながら――ああ、全く、ろくなやつではない。こんな稼業の人間に真っ向から近づいて、指を突きつける命知らずが、まともな神経をしている筈がない。
「アンタは客だけど、作るのはアタシなの」
「…………いやいや」
 ――同僚なのではなかったか。せめて、同じ方向を向いて欲しいところだった。
 胡乱げな視線を向けるが、意に介した素振りもない。いっそ、燃え滾っているようだ。瞬く間に睨み返されてしまった。美人というには、些か主張の強い三白眼に、目元の暗い縁取りが惜しい女だ。何より口を開けばこの調子なので、おおよそすべての人類にとって眼中に無いのは想像に難く無い。
 しかし、これでまあ、中々愛嬌がある。
 呆れ果てる胸中を知ってか知らずか、ソイツはなおも言い募る。
「そんな地味なもの、アタシは作りたくないわけ。もっと派手で、洗練された兵器の方がアタシ向きなの。だから――」
「なら、いい」
「へ?」
「いい。要らない。既製品で構わない」
 踵を返して、『開発室』を後にするべく歩く。
 こうなるとテコでも動かない事を、良く知っていた。
 何故か長い付き合いで、かつ、ありがた迷惑なことに親しみを籠めて、突撃してくるからこそ、苦い予感がある。
 故に、愚痴を聞く暇も――そのつもりもないし、加えて言えばニーズを相応に満たすものは出来上がってくるが、まとも、かつオーダー通りに作った試しは無い女である。
 この不満を見る限り、掛ける労に見合うものが上がってくるとは思えなかった。
 事実、どうしても必要な武器、というわけではない。手に馴染み、静音性に優れて、身体に馴染む――そんな銃なら、それでいいのだ。代わりは、無いことはない。
「………………へ?」
 退室する直前に。そんな声が聞こえた気がした。応答の代わりに、音一つ残さずに、扉を閉めてやった。


 扉を締め切って、一歩、進む。
 ――静かだ。
 先程の騒々しさを思えば、心地よい、とすら思う。二歩目を踏み出した時、
「良かったの?」
 気配が、沸いた。一瞬で身体が冷え込む。
 それは。
「…………相変わらず、趣味が悪い」
 それは、警句のような悪戯。あるいは、悪戯のような、警句。いずれにしても、ろくな奴ではない。
 その女は、正真正銘、『同僚』だった。さっきのイカれた兵器女とは違って、正真正銘の――相棒だ。殺しの腕でも、隠形の腕でも、俺の悠か先を行く、女。
 艶然と微笑むソイツは、あの部屋の事情をよく知っている。
「良かったの、と聞いたのだけど?」
「……確かに、有ればそれに越したことはない。だが、今は必要でもない」
「折角素直に聞いてくれたと思ったのに……残念」
 そもそも、『オーダー』の提案は、この女が興りだった。この稼業を続けるのならば、最後に身を助け、命を預け、判断を託すに足る武器を、という提案を俺は承けいれた。
 銃を扱い続けてるうちに、微細な領域が気になるようになっていた頃に告げられた助言だ。それは、存分に理解できる内容で、俺自身が納得が出来たものだったからこそ受けた。
 まぁ、結果はこの通りだったのだが。
「……日が悪かったんだろうさ」
「どうかしら」
 歩きだすと、ソイツも続いた。ヒト一人分の幅をあけて、並び歩く。
 不意に。
「……私の提案って、気づいていたのかもね」
 ぽつりと、言った。
「そんな訳無いだろう、大体……」
 たしかにアイツはコイツと折り合いは悪いが、そんなことまで気にするような奴じゃあない。アイツの性質とは真逆のオーダーが認容できなかっただけなのだろう。
「……そうかしらね」
 傍らで、ソイツが笑う気配が薄く広がって――消えた。


「……因果なもんだ」
 整備を続けながら、鵤は呟いた。飾りっ気のない無骨な銃。それでいて丁寧な機構に、必要十分な機能。徹頭徹尾完璧に、注文通りに仕上がった品。
 女は結局、この銃を作り上げた。鵤のための、質素な銃を。
「…………」
 ふと、鵤の手が、止まった。茫と、手元のそれを眺めていると湧き上がってくる、何か。胸中を濁らせる何かから、気持ちを引き剥がす時間が、必要だった。
「あいつは、元気かな」
 それでも、言葉が溢れた。誰もいない、音のない室内に吸い込まれていく、微かな言葉だった。


「……これ」
 その日のアイツは、酷い有様だった。肌は荒れ、髪は乱れ、きつめだった目元は腫れ上がり、困憊に曇っている。
 ソイツに差し出されたそれを見て、俺は息を呑んだ。
「――作って、くれたのか」
 掠れきった声が、溢れた。すぐに手に取り――瞬後に、それが俺のための銃であることを確信した。吸い付くように手に馴染む。構えても、身体の重心は揺るがない。射撃姿勢に即した重量が、奇妙な熱となって俺の身体に沁み込んでくる。
 声もなく感嘆している俺を見て、ソイツは笑った。
「ヒドい顔。ブサイク。もっと歓びなさいよね」
「……感謝、している」
「その顔。景気悪いったらありゃしない……まぁイイわ」
 女は、まっすぐに俺を見た。俺も、見下ろした。視線が交差すると同時に、ヒドい顔だな、と言いたくなったが、飲み込んだ。
 俺は、愚か極まる男だが。
 ――“仲間”である女の泣き顔に、ケチを付けるほど、愚かではない。
 涙を堪えながら、アイツはこう言った。 
「死なないで」
 祈るような声だった。
 同時に、赦しを請い願うような声だった。
「……ああ」
 頷いて、その場を後にした。長い道行きになるだろうが――今は、急ぐ必要があった。
 ――俺は今から、アイツを殺す。
 組織の裏切り者。
 俺の、元相棒を。




 そこで、鵤は我に返ったようだった。しばし、息を止めて思索にふけった後、作業を再開する。今夜は仕事がある。急がねばならない。
 鵤は最後に――誰に言うでもなく、こう呟いた。
「……なに、どうせ何時か地獄でまた会える」




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3319 / 鵤 / 男性 / 44 / 共犯者の銃】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お世話になっております。ムジカ・トラスです。この度は発注いただきありがとうございました。
 鵤さんの過去話パート2、頂きました。ありがとうございます。
 今回もかなりの部分を盛りめに盛ってしまいましたが……大丈夫かな、と思いつつ、納品させていただきます。
 昔の鵤さんに、どんな絆が在ったのかな、というのを考えながら書かせていただきました。お喜びいただけたら、幸いです。
 それでは、またのご縁がありましたら。
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ファナティックブラッド
2016年11月17日

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