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『黒との邂逅 』
尾形 剛道ka4612

 ――ああ。これは夢だ。
 剛道は瞬時にそう判断した。
 何故なら目の前にあの男――剛道が追い求める黒い歪虚が立っているから。
 極力表舞台に立たず、裏から手を引くのを好むあの男のことだ。
 こんなところにのこのこ姿を現すような、中途半端な真似はするまい。
 そんな真似をするとしたら、誰かと契約しているか、余程の勝算があるかだが……。
 ――まあ、どちらだって構わない。自分がこの男に逢ってやることはただ一つなのだから。

 反射的に動く身体。折れそうな程に細いピンヒールで大地を蹴る。
 同時に大太刀を抜いた剛道。風を切る音。身の丈と同じくらいあるそれを、彼は易々と振り下ろす。
「青木、青木だろう。なァ、おい!」
 その問いに答えず、一撃を避けた黒い歪虚にニヤリと笑う剛道。
 急速に変わってゆく瞳の色。
 それが赤くなったと同時に、彼の視界がぼやけて――そして、感じる匂い。
 間違いない。この空気……彼が追い求める黒い影のもの。
「……この匂い、やっぱり青木か。会いたかったぜ、色男ォ!」
「……誰かと思えば尾形か。匂いで正体が分かるとはまるで犬だな。どうした。殺されに来たか?」
「ハッ。冗談じゃねェ! 俺ァ死にたい訳じゃねェって言ってんだろうが!」
 返す刀。渾身の力で振り上げたそれを、青木と呼ばれた歪虚は少し身を傾けて避ける。
 己の一撃をこうも簡単に避ける。
 そんな相手に会うのは久しぶりで――全身の血が沸き立つような感覚に襲われる。
 
 ――剛道はずっと、満たされない『もの』を抱えている。
 食うか食われるか。そのギリギリを求める渇きに似た黒い情熱。
 人はそれを、殺戮愛好と呼ぶらしい。
 普通の人から見れば『異常』そのもの。
 己が異常であることは剛道も知っている。
 理解したからとて、それを止める理由にはならない。
 強い相手と戦いたい。
 殺したい。殺されたい。
 ただ傷つけ合うだけでは駄目なのだ。
 本気で。命を、魂を。全てを蹂躙し、奪い尽くす相手でなくては――。

 ……かつて、剛道には愛した存在がいた。
 同じ『異常』を抱えた人。
 誰よりもお互いを理解して、欠けたものを埋めるように傷つけ合って、愛し合って――それ故に、消えてしまった。
 そして、剛道はまた求めた。
 喪ったあの人のように。
 身体の中で燻り続けるこの渇きを満たしてくれる存在を……。
 そんな時に出会ったのがこの黒い歪虚……青木だった。
 ただひたすらに強く、全てを蹂躙するその姿に、魂が震えた。
 虚ろな己を満たしてくれる。そう思った。
 実際に刀を交えて……その理不尽なまでの残酷さと圧倒的な強さを知って、それは確信に変わった。
 己を満たし、死線を超えた高みまで連れて行ってくれる相手が最早『ヒト』ですらないとは……。
 ピンヒールから出る高い乾いた音。踏み込み、一気に間合いを詰める剛道。
 揺れる空気。大太刀と槍がぶつかって火花が散る。
 息がかかる程に近くにいる剛道が笑っているのに気づいて、青木は眉を上げる。
「……何が可笑しい」
「本気で命を取り合える相手がもうテメェくらいしかいねェのかと思うと、滑稽でなァ」
「人は脆いからな」
「テメェだって元々はヒトだろうがよ」
「違う。ヒトと一緒にするな。俺は既にヒトを超えた」
「テメェはテメェだろ。違いやしねェ……!」
 跳躍し、距離を取る青木。相手をするのが面倒だとでも言いたげな雰囲気を察して、剛道は更に追い縋り、刀を振り下ろす。
 それを槍で受け止めて、青木は短くため息をつく。
「……お前は本当にしつこい男だな。死に急いでいるようだが、何故俺に執着する」
「何度も言ってるだろうが。俺はテメェと命の取り合いがしたいだけだ」
「今のお前に勝ち目はないと思うが……それは死に急いでいると言うんじゃないのか?」
「違ェよ。俺ァ死ぬのは怖くねェが、死にたい訳じゃねェ。ただ……どうせ死ぬなら、テメェみてェな強い奴がいい。そんだけの話だ」
「どう違うんだかな」
「あァ。テメェは何も分かっちゃいねェな」
「お前と分かりあうつもりはない。問答するだけ無駄だな」
「同感だなァ……!!」
 それ以上の言葉は不要とばかりに、刀と槍をぶつけ合う2人。
 剛道は、目の前の男を刺し、叩き、斬りつけ――そして相手の一撃が肩に、腹に。足に。腕に……。
 そこかしこから溢れ出る赤。呼吸をするたび肺が焼け付くようだ。
 四肢の感覚が徐々麻痺して……この男の攻撃一つ一つが自分に刻まれていくのが分かる。
 途方もない強さ。それでもこの男は、更に強くなろうとしている。
 何がこいつをそんなに駆り立てるのか。こいつの目には何が見えているのか……。
 赤い視界。聞こえるのは鼓動と呼吸。己から、そして相手から感じる濃密な死の匂い。
 あぁ。そうだ。この感覚こそが、己の求めていたもの――。

 ――お前の想いにかかって死ぬなら、幸せだ。
 
 あの人が遺した言葉。
 呪いのように己を縛っていたそれも、今なら理解出来る気がする。
 こいつになら殺されても後悔はない。
 あの人もこんな想いで……。
 ――想い? いや。違う。
 この男に抱いているものは『違う』。
 では、今俺に宿っている『これ』は何だ――?
 分からない。分からないけれど。
 分かることは一つだけ。
 この男は俺に『死』を感じさせてくれる。
 それは甘美で、恍惚としていて……たまらない飢えを満たしてくれる。
 ――それ故に、俺はこいつを欲しているのだ……!

 途切れる思考。感じた衝撃。
 迸る赤。剛道の肩を貫く黒い槍。
 ――『死』を感じるのは、同時に『生』を感じることだ。
 何という愉しさ。あぁ、この時が、永遠に続けばいいのに……。
 頬が緩む剛道。真っ赤に濡れた手で、追い求める男の黒い短い髪を掴んで……口元まで強引に引き寄せて、掠れた声で囁く。
「俺の知らないところで勝手に死ぬなよ、青木ィ。……これは心配なんかじゃねェ、それぐらい」

「……ッ!」
 ガバッと跳ね起きた剛道。
 目に入るのはいつもの光景。住まいである廃墟の一室。
 そして……朝日に輝く指輪。
 左手の薬指にあるそれを見つめて、剛道は小さく息を吐いて再びベッドに倒れ込む。
 ――以前はいつ死んでも構わないと思っていた。
 でも、今は……。
 これは、約束だ。『生きる』という約束。
 そして、今俺に宿っている『これ』の答え――。
 何かが分かりかけている。変わり始めている。
 それでも……渇望する。
 あの男との戦いを。『死』を感じることができる瞬間を……。
 寝返りを打って、朝日から逃れるように枕に顔を埋めた剛道。
 心なしか、あの黒い男から貰った傷が、ズキリと疼いた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ka4612/尾形 剛道/男/24/変わり始めた男

kz0166/青木 燕太郎/男/27/追い求める黒(NPC)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。猫又です。

剛道さんと青木の物語、いかがでしたでしょうか。
剛道さんが徐々に変わり始めているところを表現できているといいのですが……。
少しでもお楽しみ戴けましたら幸いです。
好き勝手色々書いてしまいましたが、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
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ファナティックブラッド
2016年11月18日

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