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『―エキドナの胎動・1― 』
海原・みなも1252)&瀬名・雫(NPCA003)

「本当に? あたしが、そんな凄い事を?」
「ああ、この目で見たんだ。間違いないよ。けど……」
 ウィザードの証言を聞いて、自らの手を眺めながら、ラミア――海原みなもは目を白黒させていた。
 その隣で、ガルダ――瀬奈雫も『うんうん』と頷いている。どうやら、皆の錯覚ではないようだ。しかし……
「元のままだね?」
「うん、ステータスも何もかも、そのままだよ。姿かたちも……変わってないみたいだし」
 そう。襲い来るカーマの編隊を薙ぎ払った後、みなもは暫し変化したままの姿で横たわっていたのだが、やがて全身を覆っていた金色の輝きは消えてゆき、強化されたクローも元の長さになり……『いつもの』みなもに戻ってしまったのだ。
「体調はどう?」
「んー……何か、怠い感じは残ったままだけど。気になるレベルじゃないし、普通に過ごせるよ」
 その回答を聞いて、ウィザードは『変だなぁ』と考え込み、腕を組んだままみなもの顔を眺めていた。が、そこに雫が割って入り、顔を赤らめながら質問してきた。
「吐き気あったよね? もしかして、アンタたち……」
「無い無い!」
「な、何考えてるかなぁ君は!?」
 ジト目になって『本当?』と訊き返す雫に対し、みなもとウィザードは顔を赤らめながら必死に否定の意志を示した。然もありなん。雫が何を疑ったか、二人には直ぐに理解できたからである。
「必死になると、逆に怪しいよ?」
「だからぁ! 違いますってば、もう!」
「大体、ログインしている間は大概、君も一緒に居たでしょ」
 それでも、雫は二人を問い詰め続けた。それは半ばジョークであり、本気で彼らを疑った訳では無い。しかし、数日前に邂逅した神獣――海竜リヴァイアサンの子育てを目の当たりにしたみなもが『暴走』し、ウィザードに迫ったのも事実である為か、もしかして? と思ってしまう気持ちが何処かにあったのだろう。
「そんな事より……」
 このムードが長く続くと拙いと判断したのか、ウィザードが仕切り直すかのように言葉を挟んできた。
「クエストのポイントに着くよ。ルールとして、パーティープレイではなく個人での参加になるからね。船を港に預けた後は、暫く別行動を取る事になるから、注意してね」
「ん、分かってる」
「死ぬようなヘマはしないよ」
 ウィザードの注意喚起に、みなもと雫は各々に『自信あり』の意志を示すジェスチャーを見せ、一言ずつコメントした。
 エキドナの胎動――巨大生物の体内を模した洞穴に侵入し、その奥に潜む強敵を御してクリアとなる、中級者以上対象の運営イベントだ。これに参加する場合、他プレイヤーとの連携・通話等が一切遮断され、完全な個人プレイモードに移行するので、強制的にパーティーは分散され、協力プレイなどは一切不可能となる。その時点で外敵はエネミーのみとなり、非参加者がその様子を窺う事は出来ない。
 参加プレイヤー各々に個別のステージが用意される仕組みになっており、同一のルートを辿るのだがプレイヤー同士が干渉し、協力や妨害等は一切できない事になる。
 クリア条件は最深部に鎮座する難敵を倒す事で、これが無理と判断できた場合はリタイアを選択する事も出来る。その時点でクエストからは除外され、通常モードに戻る仕組みになっている。
 参加者全員が等しく『ラスボス』との対決まで挑むことが出来るが、クリアボーナス付与の都合がある為、その判定は運営に一任され、参加者全員がクリア出来た事が確認できた後、クリアまでに掛かった時間、被ダメージ値、ターン数などを元にして総合評価でMVPが確定される仕組みになっているようだ。が、MVPを逃したプレイヤーも、クリア条件さえ満たせば、ボーナスとして『上位種族への転生』か『大幅な能力アップ』の何れかを付与される事になっている。
「……気合充分、ってトコだね。じゃあ、受付を済ませたら暫くは会えないけど、皆がんばって!」
「勿論よ!」
「負けないからね」
 各々が一言ずつ言葉を残し、受付ポイントで『イベント開始』を宣言すると、突然視界がブラックアウトした。クエスト開始の合図、である。

***

 ブヨブヨと、まるで大雨の後のグラウンドを歩いているような感触。決して、気持ちの良いものではない。
 そんな洞穴の中を、みなもは独りで進んでいた。
 ――いや、正確には、同じ道を多くのプレイヤーが同時に進んでいる筈。しかし、その姿は見えないようになっているのだ。
(巨大生物のお腹の中、って感じね。まさに悪名高い『エキドナの胎動』だね)
 一度は収まった、得体の知れない嘔吐感が再びみなもを襲う。彼女の敵は、プログラムされたエネミーだけでは無かった。
(気持ちが悪い……これ、このダンジョンの所為だけじゃないよね。この間から、何か調子悪いんだよなぁ……)
 群がるエネミーなど、ものの数ではない。まるで蚊を叩き落とすが如く、軽々とそれらを薙ぎ払いながら、彼女は歩を進める。
(……! 広場に出るの? 急に明るくなって……風も変わった!?)
 食道から胃に出た、と云う感じであろうか。それまでの狭い洞穴とは違う、広大な空間が目の前に広がっていた。壁面から滴る液体は、粘着性があって実に気持ちが悪い。しかも……
「熱! ……この液体、まるで胃液みたい。触れたものを溶かしてしまう効果があるんだ……」
 みなもの言は的を射ていた。酸を含んだその液体は、素肌は勿論、低レベルな衣類や靴などを徐々に溶かし、ダメージを与える仕掛けになっているようだ。強靭なラミアの表皮でさえ、触れれば『熱い』と感ずる程の威力を、その液体は持っていた。
「壁と床に触れずに進むか、猛スピードで通り過ぎるか……さもないと、丸裸にされちゃうみたいね」
 強固な硬度を誇る鱗に覆われた下半身も、シュウシュウと音を立てながら薄く煙を引いている。まごまごしていたら、文字通り『消化』されてしまうだろう。此処はスピード勝負、止まったら負けのシーンらしい。
「出口はあそこか……よし!」
 目標点を定めると、みなもは防護皮膜を展開しながら猛スピードで『胃』の中を疾走し始めた。が……
(――ッ! また……気持ち、悪い……!)
 襲い来る、強烈な嘔吐感。それに加え、怠さも感じる。これも、ダンジョンの仕掛けなのか? と頭に疑問符を浮かべつつ、遥か遠くに見えている出口を目指して彼女は進む。しかし、体内から沸き起こる苦痛は凄まじいものであった。
(目が、霞む……冗談でしょ、まだ始まったばかりじゃない! しっかりしなさい、あたし!)
 自分で自分を叱咤しながら、みなもは進む。時折、腕や顔に跳ね上がる水滴を受けて苦痛に表情を歪めながらも、その足は止まる事なく床を蹴り続ける。
(もう、少し……)
 みなもは、眼前に出口を見たような気がして、安堵した。しかし、それは彼女の脳裏を過った幻覚であった。
(何で、何で……出口に手が届かない、の……)
 薄れゆく意識の中、みなもは必死に腕を伸ばして現実に抗った。だが、それは無駄な努力に過ぎなかった。
 溶解液は、次第にみなもの尾を、腕を、胸や腹を、そして顔を……容赦なく溶かしていった。
(う、そ……こんな処で……)
 遂に全身がドロドロに融解し、みなもは自分の『形』を維持できなくなった。
 しかし、意識だけは未だ『そこ』にある。
 彼女は必死に、元の姿に戻りたい……そう念じ続けた。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
県 裕樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年11月21日

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