▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『●風のリグレット 』
ユリアン・クレティエka1664

 轍の跡がなければ、獣道と言われても信じただろう。ほぼ人の手の入っていない細道は轍を避けるように枯れ草が生え、蛇行を繰り返しながらと鬱蒼とした針葉樹の森の中へと消えていく。
 見上げれば空は確かに秋晴れで、抜けるような青い空が続いているというのに、深緑の森はユリアンの心を写したように薄暗くひやりとしている。
 ユリアンと愛馬のアルエット以外の生命がいなくなったような静寂。時折、踏みしめた枯れ枝がパキリとか細く静かな悲鳴を上げる以外、生き物の気配がしない細道だった。

 この道の話しを聞いたのは2度。
 1度目は冬の最中。豪雪地帯と知られるここ一帯は全てが白銀の世界だったという。吹く風は冷たく、音は雪に捕らわれ、瞼にさえ霜が降りる程。だからこそ、人の体温は暖かく、言葉は耳朶に優しく、目に映る物は美しかったと妹は言った。
 2度目は遅い春の到来と共に。花の香を乗せた風が吹き、芽吹いた緑が目に眩しくて、柔らかな日差しが、まるで全ての生命を祝福しているように燦めいて見えたと妹は言った。

 聞いた話しとは随分様相が違うとユリアンは森の奥へと視線を向けた。

 ――まるで冥途のようだ。

 帰りたくて帰れなかった人。
 命を削ってでも帰って命を全うした人。
 静かな幸せを願ったのに、苦しみ無惨に死んだ人。

 彼らの、彼女らの悲鳴が、悲痛が森の奥から聞こえてきそうで、ユリアンは思わず耳を塞ぐ。
 アルエットはそんなユリアンを気に留めること無く細道を進んでいった。
 流れる風景にこの世の無常と、無情と、己の無力さを思い巡らしながら、ユリアンはあの日以来すっかり凪いでしまった契約精霊を抱えて森の奥へと入っていく。


 どれほど進んだだろう。
 うつむき気味に暗い細道を進んでいたユリアンは、突然目の前が明るくなった事に驚いて顔を上げた。
 目に飛び込んで来たのは刈り入れが終わった小麦畑。その先に見える小さな農家と、さらにその奥には徐々に密度を増して建ち並ぶ民家。
 枯れ穂の匂いがする農道を進み、辿り着いた村の中心部は、今までの道中の薄暗さが嘘のように明るい活気に包まれていた。
 舗装された道を子ども達が駆けていく。紅葉した落ち葉が風に揺れて舞い、そのゆく先を目で追うと大きな施設の前に出る。その正面の扉から見知った顔が現れ、目を丸くした。
「フランツ伯」
「おや、もしや……ユリアン殿かね? おやおや、これは驚いた」
 ほっほっと笑うフランツに、「それはこちらの台詞です」と思いつつ丁寧に頭を下げた。
「ご無沙汰しております」
「こちらこそ、不精を働いておって済まないね……どこか行く宛でも?」
「いえ……」
 言い淀んだユリアンにフランツは目尻を下げる。
「ならば、こんなところで立ち話もなんじゃ、わしの私邸にご案内しよう」
「有り難うございます」

 華やかな香りの漂うティーカップをユリアンとフランツ前に置くと、恰幅の良い年配の女性使用人は丁寧に頭を下げて音も無く扉を閉めていった。
 カップを上げ、その香りを楽しみながら一口啜るフランツを見て、釣られるようにユリアンもカップに手を伸ばした。
 薄い琥珀色の液体がカップの中で揺れ、暖かな湯気と華やかな香りがユリアンの鼻腔をくすぐる。
「……カモミールと……何だろう」
 一口啜り、首を傾げた。恐らく根の部分を煎じたハーブが使われているのはわかる。
「あぁ、ユリアン殿は薬草にも明るいのでしたかな。いつだったか、カサンドラ様より戴いたハーブティで……気になるのなら、後ほど缶を持ってこようかの」
「あぁ、いえ、お構いなく」
 慌てて首を振り、もう一口啜ってその味を楽しむ。
「それで、今日はこんな“帝国の辺境”までどうなさったので?」
「妹が見た景色を見てみたかったのです、それと……少し、世界を見てまわろうかと」
 ユリアンの答えにフランツは頷いて、ぽつりぽつりと会話を交わし静かな時間が過ぎていく。
 ほっほっと笑うフランツを眩しそうに見た後、ユリアンはカップの水面に映る自分の暗い目を見た。
 フランツのような見識の広い人物がトップに立つこの村の人々なら、ゾンビが出て、それを退治した後、その親族や婚約者を更に追い詰めるようなことはしないだろうか。
「ユリアン殿」
 名を呼ばれ、ユリアンは我に返る。今にも割れそうな程にカップを握り締めていたことに気付き、ユリアンは慌てて紅茶を飲み干すと、そっとカップを元に戻した。
「……人は間違う。それは、無知から来る間違いのこともあるし、あらがえぬ恐怖から来る間違いのこともある。“こうあって欲しい”と願ったことが、正しくその者に伝わるとは限らず、正義の力でさえ、奮う時と場所を間違えればただの暴力じゃ」
「……はい」
「ただ、怒りや恐怖……負の力というのは人々に感染しやすい。わかりやすく、人の共感を得やすいからじゃ。逆に正義というのは時と場所により移ろうため、理解して貰うまでに時間がかかる」
 どこまで知っているのだろうとユリアンはフランツを見る。そしてその瞳の奥に鋭い光が宿っているのを見た。それはあの旧帝国時代を生き抜き、今もまだ己の正義の為に戦い続ける男の眼光だった。
「伯は、諦めた事は無いのですか?」
 ユリアンの問いに、フランツは眼光を和らげ目尻にしわを寄せる。
「あるともさ。……諦め、投げ出し。結果、わしは生涯仕えると誓った王の下から去り、この地に引きこもっていたのだから」
 だが、それも彼の王の娘がヴルツァライヒとして決起するとなり、それを支える為に立ち上がった。
「わしには『約束』があっての。その為にはまだ死ねぬなぁと思い出したんじゃよ」
 おおよそ15年、隠居生活を送っていたフランツを引き摺り出すだけの『約束』に興味が湧いたが、それをフランツは笑ってごまかし、決して話そうとはしなかった。
 人が出来ることは、ただ生きることだけ。
 だがユリアンはフランツもまた、誰か、何かの為に再び立つ事を決めた1人なのだと知る。


 翌朝。吐く息が白い中、ユリアンは出立を決めた。
 早朝だというのに起きて見送りに来てくれたフランツにユリアンは自然と頭が下がる。
「次はどこへ向かわれるのですかな?」
「エマさんのところに」
「ベンケンまで? 転移門を使わずに行くのは骨が折れる。これを持ってお行きなさい」
 差し出されたバケットの中には、パンとハムとチーズが入っていた。
「朝食用にと準備されていたものじゃ。わし1人には多すぎる」
 フランツの差し入れを有り難くいただき、ユリアンは再び来た細道へと入っていった。

「業風、という言葉をご存知かな?」
「ごうふう、ですか」
「何かを為した後の報いとして生じてくる禍福を風にたとえた言葉での。今はその風に身を任せるのも良いじゃろう」

 別れ際フランツに言われた言葉を思い出しながら顔を上げた。
 すると来る時は冥途の道のようだと思った暗い細道も、季節柄紅葉している木がいくつか見られ、深緑の合間合間に朱や黄色が混じる。
 その変化を目に楽しみながら見回せば、落ちている木の実をさらいにリスが駆け、遠くにカモシカの親子の姿も見えた。

 ――あぁ、美しいな。

 ユリアンは吐息と共に自然と口にしていた。
 何処かの大地を歪虚が抉ったとしても、誰が苦しもうとも、険しく豊かな命がここにもあった。
 妹に伝えなければ。
 秋の道もまた、素晴らしい景色だったよ、と。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka1664/ユリアン/男/外見年齢18歳/疾影士】
【kz0132/フランツ・フォルスター/男/70歳/辺境伯(NPC)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 『業風』には実はもう一つの意味がありますが、そちらの意味よりも文中の意味でユリアンさんのゆく先をおじいちゃん共々祈らせて頂きたいと思っております。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またファナティックブラッドの世界で、もしくはOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。
WTシングルノベル この商品を注文する
葉槻 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2016年11月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.