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『宿命の果て 』
夜刀神 久遠aa0098hero002)&ナラカaa0098hero001
 今は昔。
 世界には“混沌”ばかりが在り、混沌は世界を侵し、犯し、喰らい続けていた。
 喰らわれるばかりであった世界はやがて、混沌の無法に対しうるもの、“秩序”を生む。
 永き争いの末、秩序は混沌を闇の底へと放逐し、秩序に護られし世界には人、獣、虫――あらゆる命で満ち満ちたが、しかし。
 秩序の神世にあったはずの世界へ、混沌の不浄を宿す白蛇が生じた。
 混沌の再来を恐れる秩序の神々に白蛇は語る。
『この身の不浄は、秩序をもってして殺しきれなんだ混沌を滅ぼす毒となろうがゆえに』
 かくて白蛇は、混沌が潜む闇へとその身を投じた。
 彼の不浄を癒やし、秩序へつなぎ止める唯一の存在たる妹蛇とともに。

 白蛇は混沌をその毒牙で次々と屠っていく。
 されど混沌は滅ぶことなく、どれほど滅してもまた現われる。
 世界が次々に繰り出す小蛇どもを従えて白蛇は争い続け。
 いつか闇の奥底にて浄化の焔持つ鷲とまみえることとなる。
 それはまさしく宿命……そう呼ぶよりない、別離のための出逢いであった。


「鷲よ、この闇底も久しく静やかよな」
 混沌の不浄をその身に宿す白き“蛇”が、その声音を鐘のごとくに鳴らす。
 彼が言うとおり、数えきれぬほどの混沌との争いを繰り返した世界の底には今、常闇――ただそれだけが満ちていた。
「蛇殿のお働きにて、混沌は潜む闇すらも失くしたものかと」
 浄化の焔を灯す翼を広げ、蛇の鼻先まで飛んだ“鷲”が応えた。
 その声音に潜められた必死に、蛇はゆるゆるとかぶりを振ってみせ。
「果たして釣り合うた、ということであろうよ」
 混沌を喰らい続けた蛇は今や、世界を取り巻くほどの巨体となっていた。喰らった混沌のすべてをその身に宿したかのごとく。
「すでに吾が身、混沌なり」
 蛇の噴く息が、鷲の金焔に焼かれて燃え落ちる。
 浄化の焔が焼くものは、不浄。それを見てなお鷲は拒んだ。
「否。蛇殿のお心は混沌ならず、蛇殿であられよう」
「吾は知ったのよ。世界が吾に望みしものとはすなわち、秩序ある混沌と成りおおせることであったのだと。闇底にて世界を支える吾の背にて、秩序はいっそう栄えるのだ」
 その心づもりを世界が先に知らせてくれておればな。吾も思い悩むことはなかっただろうに。
 蛇は舌先に自嘲を閃かせ、口を閉ざした。
 未だ若き鷲の直情に炙られ、蛇の諦念が沸き立ってしまった。語るほどに鷲は蛇の心中を察して苦しむ……わかっていたはずなのに、語ってしまった。
 ――これも未練、か。
 孤独であることは孤高である。蛇はそう思っていた。しかし、自らが唱えた二極の理が、皮肉にもそれを否定した。
 対となるものが在って初めて、万物は完全という名の円を描く。
 秩序の世に在ってはならぬものであった蛇は、等しく秩序の世に在るべきでなかった鷲と出逢い、完全と成ってしまった。
 蛇は知った。添うべきものを持たぬがゆえの孤独は、添うべきものを必要としない孤高とはなり得ないのだと。
 吾が進まんとする道は、どれほど寒く昏(くら)いものか。
 先を照らす金光あれば、どこまでも行けようがな。
 ……蛇は数多の思いを胸の底に鎮め、鷲に告げた。
「天上の三柱より知らせがあった。地上に新たな脅威が沸き出でたとな。彼奴らは自らを愚神と名乗っておるようだが……神の対となるものや否やは知れぬな」
「蛇殿――」
「吾が身を支えること、大地には耐えられまいよ。吾の代わり、愚神を焼き祓うてはくれぬか」
「しかし蛇殿」
「混沌なき今、世界を支えるに足る混沌は吾のみ。行け。世界が二匹めの吾を生み落とす前に」
 孤独を孤独と知らず、満たされぬ心を抱えてさまようばかりのものを、これ以上増やさぬために。
 言外に含めた蛇の思いを感じ、鷲はうなずくよりなかった。孤独というものを、蛇と同じほどに知ればこそ。
「かならずや戻りましょう。我が金光なくば、蛇殿は妹御の白鱗も愛でられますまい」
 言い置いて、鷲は闇底より飛び立った。
「……行かれましたね」
 兄たる蛇の背から頭上へと這い進んだ妹蛇が静かに言う。
 蛇は鷲の残した軌跡の残滓を見やりながら妹へ答えた。
「あれは未だ若いゆえ、道理をわきまえておらぬのよ。蛇と鷲、添うてよい間柄ではあるまいに」
 妹蛇は悟る。兄が鷲と行く道を違えようとしているのだと。
 こみ上げる情動を抑え、彼女は甘くささやいた。
「私はいつまでも、どこまでも兄様と共に」
 兄はあるべき様を選んだ。同じ孤独を抱えた鷲との会合を一時の安らぎとわきまえて。
 妹たる自分に鷲の代わりはできずとも、兄を支えることならば鷲より濃やかにやりおおせてみせる。そのためにこそ、自分は兄と共に生を受けたのだから。
 悦びに心震わせる妹蛇だったが、続く兄の言葉にそのすべてを打ち砕かれる。
「小蛇どもを引き連れ、上へ還れ」
「いやです! なぜそのようなことを……私と兄様は二極の対。共にいなければ」
「主に吾の不浄を癒やすことはかなわぬ」
 妹蛇の力は、兄の宿す不浄を浄化する癒やし。
 しかし蛇が肥大し、唯一にして純然たる混沌と化していくにつれ、彼女の《神癒》は兄を癒やしきれなくなっていた。
「いや、かなうてはならぬのだ。吾はすでに混沌。主が吾を癒やすほど、どこからか他の混沌が這い出すばかりであろうゆえな」
 低く喉を鳴らし、蛇が目を閉ざした。
 兄様、その瞼の裏になにを見ているのですか? 口にすることのできない問いが、金色の焔となって妹蛇を焼き焦がす。兄が見るものは、きっと――
「……吾の願い、果たしてはくれぬか」
 ふと。蛇が言った。
「日と月の光を浴び、雨風を嗅ぎ、水土を踏み――他の命と共に己が生を全うする。ただそれだけの時を過ごしてはくれぬか」
 さらに蛇は言葉を重ね。
「吾と主とは二極が対。主が吾の願いを叶えてくれるのならば、それは吾が叶えるも同じことよ」
 世界の何者より孤独に苛まれてきた兄が今、万物を支えるばかりの柱になろうとしている。誰も連れずにただの一柱で。
 そんな覚悟を、認められるものか。
 対たる自分が、孤高の座へ至ろうという相方の背を見送るものか。
 私は――私が――私――私私私私わたしががははがは――
「完全なる混沌と成り果てたなら、吾はこの地の底より底……底の底へ行こう。そこは時がなく、在るも無きも等しいものと成り果てるところ。なれば吾が混沌もまた在りながら無きものとなり、秩序を脅かすこともなかろうゆえ」
「そのような、場所が、ある、と、言うのですか」
 妹蛇が絞り出した問いに、蛇は「是」とうなずき。
「混沌へ近づくにつれ知り得ることとなった。混沌も秩序も、もとはその虚無と言うよりなきところより生まれ出でたものだと」
「兄様は、死ぬ、おつもりです、か」
「そこに生も死もない。望むならば生者を死者に、死者を生者に換えることもたやすかろうさ」
「兄様は……私を置き去り……」
「在って無きものとなる吾を思い起こすことはいらぬ。主は主の生を楽しめ。そうしてくれることこそが吾を癒やす薬となろう」
 妹蛇の内で、なにかが砕けた。
 ――私の楽しみが兄様を癒やすのならば、存分に癒やしてさしあげましょう。
 狂った妄執を抱え、歪んだ決意を秘めたまま、妹蛇は地上へと向かう。
 果たして小蛇どもが地に散じた後、彼女は天へと昇った。
 愚神退治に飛び回る鷲と再びまみえるために。
言の葉に含ませた毒を、無垢なる鷲へとすりこむために。


「お久しゅうございます、鳥の王」
「妹御! 汝は蛇殿と共におられるものかと」
「兄はすでに混沌。私の癒やしは毒となりますので」
「蛇殿は……ひとり闇底に残られたか。しかし、愚神どもとの争いで我が焔はより熱を高めつつある。じきに蛇殿の混沌を焼き払い、孤高の座に縛られし蛇殿を光の下へお還しできよう」
「なんと頼もしきお言葉でしょう! ……でも、秩序ある限り混沌もまた消えぬものと兄は申しておりました。それは王もご存じのはずでは?」
「それは、そうだが」
「私は思ってしまうのです。秩序の依り代たる神が消え失せたなら……兄は、混沌を抱え込むこともなかったのではないかと」
「妹御」
「詮ないことを申しました。卑小なる女子の戯れ言、どうぞおゆるしくださいませ」
「お気になされるな。妹御のお心、お察しいたす」
「ありがとうございます。――もしおゆるしいただけるのなら、これよりあなた様を私に癒やさせていただけませぬか。それは兄が私に托した望みでもありますから」


 鷲は飛ぶ。
 混沌に成り代わって世を侵す愚神を滅ぼし、愚神によって道を見失った人間を導くために。
 触れるほど、人という存在は鷲を魅了した。
 すぐに果てる命を懸命に燃やし、生きようとあがく魂の、弱く、儚く、一途なまたたきは、……や自分がかくありたいと願った理想そのものであったから。
 できうることならば、人のように生きたかった。……と共に、他愛のない時を。
 だからこそ、鷲は思うのだ。
 愚神から解かれ、秩序から解かれた人々は、より自由な生を得られるのではないかと。

 鷲は金焔に祈りを込めて人々を照らす。
 人よ、今は我が導きに従うがいい。
 そしていずれは我が羽とともに秩序を置き去り、己が足で歩き出せ。
 その背に宿る意志の強さと輝きは我を、……殿を照らし、導くだろう。
 ……殿。
 ……とは?


「愚神は滅びましょうか?」
 鷲の足元に這う妹蛇が鎌首をもたげて問うた。
「勢いはずいぶんと削いだ。あとは踏み裂き、焼き祓うのみ」
 目を閉ざした鷲の体を這い上り、妹蛇はささやいた。
「あなた様の焔を目にしてすくまぬ者などおりますまい。どのような愚神も、どのような……混沌も」
 鷲は目を開けず、平らかに応えた。
「そうであれば手間もかかるまいがな」
「そうに決まっています! だって、あなた様は唯一にして完全たる鳥の王なのですから」
 妹蛇は口の端に喜悦の笑みを浮かべ、そして鷲の首筋に食らいついた。

 彼女の《神癒》はあまねく混沌を打ち消す力だ。混沌の毒を消し、混沌のにおいを消し、混沌の気配を消す。
 妹蛇は愚神との戦で穢れた鷲の身を癒やし続けた。
 そしてなによりも強き癒やしの薬をしたたらせる牙で、その体を侵した。
 かくして鷲は癒やされ、忘れ去る。
 心の内に在る混沌を。
 無二の友たる混沌の蛇の姿を、声を、名を。
 まどろみに落ちる鷲の耳元、妹蛇がそろりと言った。
「人を脅かす愚神は悪。では、人を縛る秩序は……対たる混沌は、善なのでしょうか?」
 否。
 夢の内で応えた鷲の様に、妹蛇はまた笑んだ。
 鳥の王よ。その浄化の焔をもって兄たる混沌を祓い、秩序を滅ぼしなさい。
 すべてが消え去った後、時のない虚無の内で私は兄様を呼び戻す。兄様と私は世界に無きものとして在り続ける。
 あなた様は、そう。どこなりと飛び続ければいい。いつか添うたはずの誰かを思い出すこともなく、ただの独りで。


 妹蛇に癒やされた鷲は、さらなる苛烈さをもって愚神を攻め立てた。
 その中で妹蛇は《神癒》の力をより高めるためと姿を消したが、すでに趨勢の定まった戦局は覆ることなく、鷲はいくらかの傷を負いながらも争いに勝利した。
 ――我が愛しき“人”よ、惑うことなく進め。我は世界を汝らのために解く。世界を引き合う混沌と秩序を滅ぼし、汝らが自由に行ける道を拓く。ゆえに、あとしばし待て。
 傷ついた体を駆り、鷲は地の底へと向かう。


「混沌よ、初にお目にかかる」
 闇底より凄絶な輝きを放つ金翼を見上げ、蛇は喉の奥を低く鳴らした。
 そうか。それならばよい。いや、そうであるほうが、よい。
 鷲が蛇を忘れ果てたことは知れた。
 しかし、それは蛇を苦しめることなく、むしろ浮き立たせた。
 鷲が人にという儚くも強い存在に魅せられ、その可能性を愛したことは、時折訪れる小蛇どもの口から聞いていた。だからこそ、鷲が混沌の尾を断ち、秩序の鎖を断って人を解き放そうと思い立ったことが喜ばしい。なぜなら鷲はもう、独りではないのだから。
 ――鷲よ。正直に言えば吾は安堵しているのだ。孤独を抱えたまま独り永遠を行かねばならぬ宿命を終えられることを。ゆえに吾は貴公を言祝ぎ、贖おう。古き理を演じ、汝に滅ぼされることで。
「秩序の子よ、覚悟はできておろうな。唯一にして全たる混沌――“無限”を滅ぼす意味を」
「知れたこと。人はもう、世界を縛る理を必要としてはおらぬ」
 かくて鷲と蛇の争いが幕を開けた。
 闇底は焔の金と不浄の黒とで一瞬ごとに塗り替えられ続けた。
 焼くことが、噛み裂くことが。
 焼かれることが、噛み裂かれることが。
 等しく互いの心に染み入り、満たしていく。
 言葉を交わすよりも深い場所に、互いが降り積もっていく。
 いつしか鷲は泣いていた。
 いつしか蛇は泣いていた。
 いつまでもこのまま、交わしていたかった。
 なぜにそのようなことを思うてしまうかと、鷲は泣きながら己に問うた。
 やはりそのようなことを思うてしまうかと、蛇は泣きながら己を責めた。
 そして。
 鷲は自らの流した涙とともに、蛇を焼き祓った。
 ――さらば友よ。その翼はばたく先に、貴公と添うべき真の片翼が待つだろう。
「この声は……我は、この声を、どこかで」
 鷲は聞こえぬはずの言祝ぎに目線を巡らせたが……ついに声の主を捜し当てることはできなかった。
 代わり。
「――誰であろうと構うことはありません。あなた様は、それすらも忘れ果てるのですから」
 混沌の残滓に紛れて忍び寄っていた妹蛇が、鷲の頭に牙を突き立てた。
「汝……なにを……」
「混沌は滅びましたよ。新たな混沌が、愚神が攻め寄せる前に秩序を滅ぼさなければ。あなた様がご執心の人間の未来のため、早く」
 姿を消していた妹蛇は、今までその《神癒》をひたすらに高め、牙たる薬を研ぎ澄ましてきた。鷲の内に再び生じた混沌との縁を完全に浄化――忘却ならず、滅するほど強い薬を。
「最後の仕事を終えたら、どこかにいるかもしれない誰かの元へ行きなさい。私と兄様は、虚無の底よりあなた様の大願が成ることを願っていますよ」
 妹蛇の高い笑声が響き。
「あ、ああ、わ、我、は……わ、れは……」
 ぶつり。鷲の意識は途絶えた。


 次に目を開けたとき、鷲は地の上にあった。
「我は、なぜここに? いや、今はいい。行かねば。秩序の鎖より人を放つ」
 秩序を滅ぼさなければ人の未来が危うい……その焦燥が鷲を駆り立て、飛ばせた。
 同胞たる神々を滅ぼし、その長たる三柱を屠る間、鷲が唯一にして全たる混沌を思い起こすことはついになかった。――《神癒》の蛇の名すらも。


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【夜刀神 久遠(aa0098hero002) / 女性 / 24歳 / カオティックブレイド】
【ナラカ(aa0098hero001) / 女性 / 12歳 / ブレイブナイト】

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2016年11月24日

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