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『 何気ないそれは、楽しくも淡い、夢のような日々 』
鬼百合ka3667)&龍華 狼ka4940


 ホームルームの時間の、不意に空気が引き締まっていく時間が、鬼百合(ka3667)は好きだ。
 飛び交う会話がさあっと静まりかえって、また別の日常へと移り変わっていく、この時間。
 友人たちと言葉を交わす朝は嫌いではないが――独りを、自覚する時間。

 起立、と誰かが言う。
 礼、と同じ声で続く。
 着席、で締められる。

 教師が告げる、お約束事のような連絡事項を聞きながら、鬼百合が茫と窓の外を眺めていると。

「今配ったのは進路調書だ。誰でも埋められるようになってるから……まぁ、先生に相談したいことがある人は個別に声を掛けてくれ。締切は――」

 不意に聞こえた言葉に、思わず背筋が伸びた。
「進路、調書……」
 現実に引き戻された心地だった。


 なんとなく上の空のまま、昼休みの時間になった。
「……あ」
 開いたノートの上でぼんやりとペンを回していた鬼百合は、周囲の騒がしさにふと我に返った。
 すぐに鬼百合は鞄に入れておいた弁当袋を取り出す。示し合わせたわけではないけれど、食事を一緒に食べる友人がいるのだ。慌てて立ち上がり、急ぎ足で屋上へと向かう。
 平時であれば何でもない道行きなのに、今日は少しばかり、足が重い。
 ――結構、考えちまいやすね。
 考えがないわけじゃあ、ないけれど。考えれば考えるほどに、少しだけ、閉塞した気持ちになってしまう。
 それはどこか、焦りにも、似て。
 だから、扉を開いた時。
「遅えよ!」
 普段と変わりない様子の友人に、少しばかり、胸の奥が暖かくなった。少女のような顔に、少年のような無遠慮な表情が滲む、腐れ縁。
「腹ぁ減っちまったぜ……」
 恨みがましく言う“少年”――といったら、彼は怒るだろうか――に、鬼百合は苦笑しながら、その隣に胡座をかいて座り、包を開く。
 二段の弁当箱には、一口大の握り飯や卵焼き、残り物の煮物や、ほうれん草のお浸しなどが並ぶ。大味な料理が少ないのは、“姉”への配慮のためだ。鬼百合は自らの“姉”と自分のために弁当を作っているのだが、その弁当は、一人分にしては些か、多い。
 それは、この、友人のためではあるのだが。
「お。今日もいい感じじゃねーか」
 それらをすぐに覗き込んでくるあたりに、彼の飢えっぷりが伺えて、苦笑は混じりっけない笑みへと変わっていく。
「そんなに飢えるくらいなら弁当売らなきゃイイじゃねぇですか……」
 苦言を呈すると、彼は上の空な様子のまま、応じた。
「貴重な元手だからよぉ……」
 彼こそが、鬼百合の親友にして、ベスト・オブ・守銭奴。
 龍華 狼(ka4940)、その人である。



 男二人の食事だ。そんなに長い時間はかからない。魔法瓶に入れて持参した食後の茶を啜りながら、鬼百合はこう問うた。
「狼のトコでも調書、配られましたかぃ?」
「あー……」
 腹ごなしを済まして満足げな狼は暫く考え込むようだったが、得心がいったように、にやり、と笑む。
「なんだ、調子わるそーだと思ったら、ソレのことかよ」
「う……」
 狼はもともと目端が効きすぎるくらいに効くが、さすがにコレは響いた。呻く鬼百合をケラケラと笑った狼は、
「まー、配られたけどよ」
 おもむろに、構えを取った。剣道部のエースだけあって、堂に入った構えである。
「金は、稼ぎてえ、が、ドレが、イイか、悩むよ、な!」
「ブレねぇ……」
 素振りをしながら言い切る狼に、本日何度目かの苦笑をしてしまう鬼百合に、「そりゃそーだろ」、と狼は笑う。
「バイト先でも受けはイイし、ドコでも上手いことやれるっつーのも、考えもんだよなー」
「――たしかに、狼は外面いいですからねぃ」
「まーな。後は成長期さえくりゃぁ、モテモテなんだろうけど」
「いや、流石にもう背は伸びねぇと思いますぜ」
「……オイ、シバクぞ」
「狼こそ、バイトバイトと調子よかったですが……オレが副生徒会長ってことを忘れてねぇですかい?」
「……う」
 悪びれもせずに言う狼に、意趣返しをしたくなって、チクリと差し込んでおく。とはいえ、それも二人にとってはお約束のようなもの。良くも悪くも腐れ縁、である。
「ま、それは言いっこ無しだ……お」
 言い返そうとしたところで、予鈴が響く。昼休みも、終わりが近い。
「っと、しゃーねーなー」
 ぼやくと、狼は勢い良く立ち上がった。そのまま、鬼百合の背を力強く叩く。
「いでっ」
 思わず声を漏らす程の衝撃。随分と腰が乗っているのは彼が体育会系だから、というだけではなく、自分たちの身長差のせいではないか、と鬼百合は疑っている。身長160cm弱――狼の名誉の為にそう記す――の狼が座った、身長170cmの鬼百合の背を叩こうとすると、中々いい塩梅に踏み込みが出来るのだ。
「狼……っ!」
 反駁の声は。
「ま、あんまり気にしすぎんなよ」
 そんな声に、阻まれるのだった。
「……ぉ?」
 呆気に取られてるうちに機を逃し、そうこうしているうちに、狼は「じゃーなー」と扉を開けて階下へと消えていった。



 ――進路、ねぇ。
 授業中である。狼は英語教師の背中をぼんやりと眺めながら、胸中で呟いた。
 自分の進路は、まあ、どうでもいい。漠然と、独り暮らしをして、思うさま金を稼ぐ、ということは決めている。
 だから、気になるのは鬼百合のことだ。それが漠然としているにしても、意識していることは傍目にもよくわかった。
「…………」
 鬼百合の努力を、狼は幼少の頃から見てきたのだ。
 なにせ、腐れ縁であるから。
 捨て子だった鬼百合を引き取り育てた“義姉”に、溢れんばかりの感謝の念を抱いていることくらい、知っている。
 鬼百合の夢も――知っている。
 そのために部活動を辞して、勉学に打ち込んでいる鬼百合。義理の姉のために、家事が得意になった、鬼百合。
 二人が目指しているものは、似ているようで、違うのだ。

 鬼百合は、誰かのため。
 狼は、自分自身のため。

「……難儀なやつだよなぁ」
 だから、決めた。



「……え、帰るんですかぃ?」
「おう。寄り道してこーぜ!」
「や、部活はいいんで?」
「イイんだよ、一日くらい。風邪、風邪!」
「ウーン……」
 とんだエースがいたものだ、と思いながらも、鬼百合はそれを承けた。外面には非常に気を使う狼自身が良いというのだから。
「で、ドコに行くんですかぃ?」
 追求は無意味である以上、そう尋ねるのが建設的だろう。問われた狼は、満面の笑みで学生服のポケットから小銭を取り出した。
 弁当を売った、“元手”である。

「ゲーセンに決まってんだろ!」



 シンセサイザーのアルペジオが絡みつく四つ打ちのバスドラム。
 それを支えにでもするように、店内には、雑多な音が満ちていた。
「おおお……」
 目をパチクリと見開きながら、狼の背に隠れるように――否、決して隠れられはしないのだが――店内に入った鬼百合は、思わず感嘆の声をこぼした。
 騒々しい所は、彼の生活圏内には中々、ないもので。
 狼は慣れた様子で人混みを泳ぐように歩んでいく。歩調が緩やかなお陰で、後ろにできた隙間をたどる形で移動できた。
「な、なにをするんでさ!」
 声を張る鬼百合に、狼は振り返ってニヤリと歯を剥いた。
「そりゃあもちろん!」
 バァン、と指し示す先には、ゲームセンターの中にあってなお、存在感を示す大型筐体。
「……ぉぉ」
 最新のゲームには疎い鬼百合も、その名は、知っていた。

「UFO……キャッチャー……!」



 狼は、巧みにUFOを操り、景品を取った。取って、取って、取りまくった。
「や、上手すぎじゃねぇですか……?」
「へっ、欲しがる奴はゴマンと居るからな」
 そこで、鬼百合は狼が言う『元手』の意味が分かり――感嘆は、すぐに、呆れに至った。
「そーゆーことで……」
 狼らしい理由に、苦笑すらも悔しくて、渋い顔になる。
「……っし、こんなもんか!」
 戦利品を手当たり次第に鞄に放り込んでいく狼の頬は、うっすらと上気しているようですらあった。売りさばくアテもあるのだろうな、と、その横顔をみて確信し、鬼百合はなんとなくおかしくなってきた。
「ブレねぇですねぃ」
 くつくつと、笑う。
 すると。
「ほら」
「……どわっ!?」
 その所作が余りにも自然だったから、気づかなかった。
 投げ渡された『ソレ』を、慌てて受け止める。
 初めに感じたのは、柔らかな感触だった。存外、大きい。鬼百合の手にあまる程の大きさの、ぬいぐるみだ、と直感する。
「わ……!」
 手を開くと、見覚えがある人形がそこに居た。見覚えがあるのは当然のことで、狼がUFOキャッチャーに夢中になっている間、鬼百合もそれを見守っていたから、である。
 それは、妖怪の人形だった。一見すると和風の顔立ちや装いをした『ヒト』なのだが、身体の至る所に、ディフォルメされた目の紋様が描かれたそれが、鬼百合はどうにも気になっていた。

 ――百々目鬼。

 ふと、その名が浮かんで、首を振った。湧き上がってくる感情は彩りにあふれていて、向かう先も多方に過ぎる。渾然とした感情の中で、鬼百合はなんとか、狼を見た。
「ありが――」
 ありがとう、と。そう言おうとした。
 何故、此処に連れてきたのか。エース級の活躍を見せる部活を蹴ってまで、鬼百合を連れてきたのは、何故。
 親友の思い遣りに、感謝を告げようとした。

 その時のことだった。

「ん」
「お?」
 差し出された小さな手が、開かれている。
 その向こうに、狼の顔が見えた。
 嬉しげに、しかして薄く、紅くなった頬のまま、狼はくつくつと、笑っていて。
「あ。出世払いでいいぜ。それくらいは待ってやる」
 憎らしく愛らしい笑顔で、そう言った。
 鬼百合は、硬く瞑目する。
「ホント、ブレねえですねぃ……!」
 これは、良くない。不覚にも感動しすぎたあまり、感情が昂ぶって仕方ない。
 身体の奥に、煌々と灯る熱がある。
「お、おい、鬼百合……? お前、その入れ墨どうし……って!」
 狼の言葉は、怒髪天を衝いている鬼百合の耳には届かなかった。ただ、感情の赴くままに、
「狼の、バカーーーっ!!」
 叫んだ。





「……はっ!」
 狼はそこで、目を覚ました。身を起こせば、全身くまなく、冷や汗でしとど濡れていた。凍える大気が、ゆっくりとその身体を冷やしていく。
「…………なんだ、いまの」
 やたらキラキラしたところで、金目のものを集めまくり悦に浸る夢――だと思っていたのだが、途中で虫の居所が悪くなった鬼百合がわめきだし、ファイアボールを撃ち放ち始めるに至り、状況が一転した。
 戦利品ごと燃えていく――控えめに言っても、悪夢だった。
 見慣れない夢ではあったが、妙に、真実味があった。恨めしいことにすらりとした体型であったことを差し引いても、夢の中の鬼百合は実に鬼百合らしく、鬼百合が示した怒りもまた、あまりに彼らしくて。
 荒くなる息を整えながら、呟く。
「…………あんまり、からかいすぎねえように、するか」
 遠慮の要らない仲だからといって。猫をかぶらなくてもよい仲だからといって。
 親しき仲でも、なんとやら、という言葉を、独り噛みしめるのであった。




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka3667 / 鬼百合 / 男性 / 15 / 勤勉なるは、義姉のため 】
【 ka4940 / 龍華 狼  / 男性 / 15? / 強欲なるは、自らのため 】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。ムジカ・トラスです。
普段から仲がいいお二人の、異世界Ifストーリーをお預け頂き、ありがとうございました!

夢オチにしちゃうのは、それが便利だからというのもあるのですが、どうせなら現実(ファナティックブラッド)にも少し爪痕(←)が残るといいなあ、と思ってのもの、だったりします。

さて。
不明点ご自由に、という裁量を頂いたことをいいことに。
真面目に、果たしたい夢のために頑張る鬼百合くんは、一方でとても絆を大事にする気質なので、そういう小さな葛藤――不安や、惜別を抱いている形に、してしまいました。
一方で、そんな鬼百合くんと長い付き合いである狼くんも、そんな彼のことをよくわかっていて――という形で、ノベルにしてみました。

気に入って頂けたら、幸いです。この度は発注、ありがとうございました!
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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ファナティックブラッド
2016年11月25日

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