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『―エキドナの胎動・3― 』
海原・みなも1252)&瀬名・雫(NPCA003)

(彼女は……)
 薄暗い通路を踏破しながら、少年は考え事をしていた。
(入り口で別れる前は、普通の状態だった……だから大丈夫な筈、なんだけど……)
 そう、確かにダンジョン入り口で、彼女――ラミアに扮する、海原みなもは笑顔さえ見せていた。だが、それ以前に起こったある一件が、どうにも引っ掛かっていたのだ。
(クリアボーナスの先取り? いやいや、そんな真似が出来る筈ないじゃないか。落ち着いて、よーく……考えさせろってんだよ、この雑魚が!!)
 つい、眼前まで迫ったエネミーに、苛立ちをぶつけてしまう。沈着冷静な彼が、此処まで焦燥するのだ。これは只事ではない。
(……なら、あの時見せた謎の力は、一体どう説明すればいいんだ?)
 幾ら考えたところで、その答えが見える筈は無かった。だが、考えずにはいられない。
 ほぼ無意識のうちに雑魚敵を薙ぎ払いながら、彼――ウィザードはダンジョンの奥深くへと歩を進めていった。

***

 同じ頃、ガルダに扮する彼女――瀬奈雫も、群がるエネミーたちを叩き落としながら、同じ事を考えていた。
 但し、これはレベルの差から出る違いなのであろうが……
「えいっ! ……もぉ、ちょっとは休ませてよぉ! 考え事が出来ないじゃないの!」
 ――些か、苦戦しているようであった。しかし、腸に相当する位置までノーダメージで踏破できていたのだから、彼女の腕前も満更ではない、と云うところであろうか。
(みなもちゃん、へばってなければ良いけど……って、人の事気にしてる場合じゃないかな!?)
 やはり、船上で見せていた不調が気になるのだろう。自分がピンチになりつつも、みなもの事を考えずにはいられないようだ。
(……無理しちゃダメだよ、ヤバいと思ったらリタイアするんだよ!)
 もはや、ダガーで捌ききれるレベルを越えた敵が登場し始めた為、攻撃手段を魔力による光の矢に切り替えて、彼女は前進を続けた。現在位置は腸の真ん中あたり、ウィザードよりやや遅れての行軍であった。

***

(……何も見えない……)
 そして、肉体を溶かされ、挙句に卵の中に閉じ込められてしまった、噂の中心人物――海原みなもは、完全に視界を封じられた状態で、ただジッとしているしか無かった。
(ドキドキって音が聞こえる……これ、心臓の鼓動?)
 未だ、手足は無い。だから『手探り』で周囲を窺う事も出来ない。尤も、出来たとしたって、それは殻の内部での事である。
(気味が悪いよ……お願い、早くここから出して!)
 そう願っても、叶えてくれる者は誰も居ない。彼女は、状況を受け容れて、時が経つのを待つしかないのだ。
 ただ、真っ暗な視界の中で、響き渡る心臓の鼓動。
 目は、開かない。いや、未だ『無い』と表現するのが正しいだろう。彼女は今、胎児の如く、その肉体を再構成している最中であり、それを保護するために固い殻に覆われているのだ。
 時折、ゴンゴンと外側から響く音も聞こえて来る。恐らくは、殻の外からエネミーが攻撃して来ているのだろう。
 尤も、彼ら如きに打ち破れるほど、脆い外殻では無いのだが。
 身動きも取れず、ジッとしているだけしか出来ない彼女にとっては、それも大きなストレスとなった。
(もし、殻を破られちゃったら……あたし、どうなるの?)
 不安は募る。いや、既にそれは恐怖となって、彼女を襲っていた。
(やめて……叩かないで! お願い、叩かないで!)
 無論、そんな叫びが届く訳では無い。何せ相手は、プレイヤーを発見したら体当たりをしてダメージを与えるようプログラムされたエネミーだ。頼んだところで、攻撃を止めてくれる筈も無い。
 しかし、彼女は叫ばずにいられなかった。『叩かないで』と。

***

「っしゃあぁぁ! やっと外に出られたぜ。着順は……250人中57位か。まぁまぁ、かな」
 パーティーの中で、脱出一番乗りを決めたのはウィザードであった。ラスボスである、回虫を模した気味の悪いモンスターに手傷を負わされたのか、肩部の着衣に破損が見られた。が、ダメージはその個所のみであった。
 暫くすると、彼は傷だらけになって飛び出して来た雫と落ち合った。彼女は受けたダメージも相当あったが、何よりラスボスの容姿が趣味に合わず、酷い嫌悪感を露わにしていた。
「あーーーーー気持ち悪い! 何なのよ、あの趣味の悪いデザインは!」
「ま、まぁ、無事で何よりだよ。このクエスト、完走率はそんなに高くない。クリアできただけでも優秀なんだから」
 その言葉が、耳に届いたかどうか。雫はひたすら、思考を散らすかのように頭を振りながら『悪趣味!』と繰り返していた。
 が、此処ではたと両者は気付く。
「彼女は?」
「え? ま、まだ出て来てないの?」
 そう、雫より数段強い筈のみなもが、まだゴールしていないのだ。参加者リストから、既にゴールしている者を検索してみるが、やはり彼女の名前は無い。
「リタイアも、してないよね?」
「まさか、途中で気絶して……?」
 良からぬ予感が、彼らの脳裏を過る。しかし、イベント参加中のキャラに干渉する事は絶対に不可能なので、様子を窺う事も出来ない。
「……調子、悪そうだったよね」
「参加を止めるべきだったかな……」
 既にゴールした二人が、未だ中に居る仲間の事を気遣い、顔を青くする。自由意思でリタイア宣言をすればゲームオーバーにはならないが、ライフポイントがゼロになれば『戦死』……アカウント凍結のペナルティである。
「大丈夫、だよね?」
「そう、願いたいね……」
 そうして互いに声を掛け合うが、不安は拭いきれない。彼らは固唾を呑んで、出口付近を見守っていた。

***

「――!!」
 強い衝撃が、外殻に与えられた。そのショックで、固い殻に亀裂が走る。
(助けて、助けて……いま殻を破られたら、あたし……!)
 未だ自然に『孵化』するには些か早いタイミングで、そのハプニングは起こった。
 一定時間以上同じ位置に留まり続けた場合に発生する、一種の警告――そう、やや強力なエネミーによる『催促』が始まっていたのだ。しかし、手足の無い『卵』となってしまった彼女にとって、それは酷な仕打ちであった。何しろ彼女は、自ら望んでそうなった訳では無いのだから。
(ああ、亀裂が……殻が、殻が破られる!)
 悲痛な叫びが木霊する。殻が破られるのが先か、孵化のタイミングが訪れるのが先か。自分ではどうにもならない、神頼みの勝負が頭上で行われる様を、みなもは黙って見ているしかなかった。

***

「……え?」
「――? 何?」
「何か言った?」
「いや? 俺は何も……待て、何か聞こえる!」
 ダンジョンの出口を見守っていた雫たちが、ほぼ同時に悲鳴のような雄叫びを聞いたその刹那。地面が揺れ、強い振動が彼らを襲った。
「地震?」
「違う、強いエネルギー波が押し寄せて来てるんだ!」
 魔導士ゆえに感じることが出来る、その異変。しかもそれは、相当な規模であるらしい。
「間に合わない、飛べ! 飛ぶんだ!」
「な、何なのよ!?」
 咄嗟に、ウィザードを抱き抱えて雫が目一杯の力で羽ばたく。間一髪、崩落する岩場からは脱出することが出来た……が!
 彼らは思わず、我が目を疑った。いや、そこに居たプレイヤー全員が、同じ思いだったかも知れない。
「何、あれ……?」
 岩肌を破って飛び出した、光の玉……その正体を見た時、彼らは思わず驚愕した。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
県 裕樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年11月28日

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