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『黄金の猫 』
デルタ・セレス3611)&石神・アリス(7348)&SHIZUKU(NPCA004)

 石神・アリスは、手の中にある指輪をじっと見つめていた。
 触れたものを黄金に変えるという、ミダス王の指輪だ。
「これで、金に、ね」
 パッと見、アンティークな指輪だとしか思えない。だがしかし、指にはめて触れれば、たちまち黄金に変わるのだという。
「指輪にするとは、考えたわね。これなら、黄金にしたくないときは外せばいいし、黄金にしたいときははめればいい」
 最初から指輪を願えばよかったのよ、とアリスは呟き、笑う。そうすれば、ロバの耳にもならなかったはずだから。
 ミダス王の指輪は、依頼者に頼まれて取り返したものだ。つまりは、アリスのものではない。依頼者に戻さねばならないのだ。
 アリスは今自分がいるアトリエ内をぐるりと見渡し、指輪を入れる箱を探す。誰かが誤ってはめて、触れるものを黄金にしてしまわないように。
 かつて、ミダス王が娘を黄金にしてしまった過ちを繰り返さぬうちに。
「……娘を、黄金に」
 ぴたり、と箱を探す指が止まった。
 どうして気付かなかったのだろうか、とアリスは思う。黄金に変わった娘は、さぞ美しかったであろう。それこそ、美術館に飾ればどんなに素晴らしいか。
「わたくしの、美術館に、美しい黄金像が」
 アリスは呟き、ぶる、と小さく震えた。
 ふふふ、と小さく笑うと、アリスは携帯電話を手にした。発信先は、四つ。
 一つ目。
「わたくしの事、知りたいと言っていたわよね? ほら、あなたのお友達について。今夜、教えてあげますよ」
 二つ目。
「お姉さんの事を教えてほしいと、言っていましたよね。ええ、あの晩、わたくしはあなたのお姉さんと会っていました。その事について、お話しします」
 三つ目。
「怪奇探検クラブの副部長さん、ですよね。以前言われていた、わたくしに聞きたい事について。ええ、今晩なら空いていますから、いいですよ」
四つ目。
「この間、おかしなことを言っていたでしょう? そう、彫刻専門店だから分かる、とかなんとか。それについて、お話ししたいことがあります」
 四つ目の電話まで終え、アリスはにっこりと笑った。
「さあ、楽しい楽しい美術品を作るお仕事が、始まりだわ」
 ミダス王の指輪を手に取り、そっと光にかざす。キラキラと光に反射する指輪は、どこか愉しそうだ。
 黄金を生み出しましょう、とアリスは小さく呟き、目を細めるのだった。


 月が昇る頃、アリスのアトリエには四人の男女が揃っていた。
「私の友達について、話してくれるって言われて」
 恰好は女性なのに、声は低い。他三人の不思議そうな顔に、自分は女の子の格好が好きな男、いわゆる男の娘なのだ、と告げた。
 数か月前、同じ女装仲間だった友人が「美術館に行ってくる」とだけ残して消えてしまったのだという。そのことについてアリスに聞いていたのだが、毎回はぐらかされていたのだという。
「私も、お姉ちゃんのことについて話してくれるって言われて」
 少女は不安そうにそう言った。彼女はアリスと同じ部活動だった姉が、突如帰宅しなくなったのだという。いなくなる前、同じクラブの女の子と最近特に仲がいいのだと話していたのだという。
「そうだったんだ。あたしは、掲示板を見て。なんだか黒いうわさがあるんだよね、美術部。だから結構頻繁に部長さんに聞いていたんだけど、暖簾に腕押しって感じでね。だけど、今晩ならいいって言われて、来ちゃったんだ」
 あはは、と明るくSHIZUKUは笑った。怪奇探検クラブ副部長として、美術部の噂の解明に挑んでいる最中なのだという。
「あ、僕も……そんな、感じで」
 デルタ・セレスは、おずおずと三人に賛同した。詳しく話そうかとも思ったが、内容はほとんど他の三人と同じだ。あえて話す必要はない、とセレスは判断した。
「それにしても、アリスちゃん、遅いね。自分から呼び出したのに」
 腕時計を見ながら、SHIZUKUは言う。
「臆している……ってことはん、ないよね」
「だったら、一人ずつ呼ぶんじゃないですか?」
 男の娘と少女が言う。
 ううん、と悩む三人を見、セレスはぞくりと背筋が震えるのを感じた。
(本当に、ただ話があると呼び出したとは思えません)
 セレスはアリスとちらりと話した時のことを思い出す。
 彫刻専門店の店員をやっているから、ちょっと気になったのだ。この美術館を訪れた時に展示されていた石の彫刻が、まるでそれまで生きていたかのような表情をしていたことに。
 彫刻では出し切れない生き生きとした、また見ているだけでぞくぞくする恐怖の表情が、セレスの目をとらえて離さなかった。
 だからこそ、たまたまそこを通りがかったアリスに尋ねてしまったのだ。
「これ、本当に彫刻ですか? 彫刻で、こんな風に、作れるんでしょうか?」
と……。
 アリスは答えなかった。ただ冷たく微笑み、軽い会釈をし、その場を離れた。
 ただ、それだけだ。
「あの……もしかしたら」
 悩む三人にセレスが口を開いた瞬間、ガラ、とアトリエの戸が開く。
「お待たせしました」
 パタン、と後ろ手にアリスは戸を閉め、続けてガチャリ、という金属音を響かせた。鍵を、かけたのだ。
「あ、あの」
「誰にも邪魔されたくない話なんです」
 何かを言おうとする少女の言葉を、アリスはぴしゃりとさえぎった。
「さて、みなさん。今日は集まっていただき、ありがとうございます」
 アリスは喋りながら、ゆっくりと四人に近づく。
「ところで、諺、ご存知ですか? 好奇心は、猫をも殺す。フフ……今の状況、まさしくあなた達は、罠にかかった猫そのものです」
「一体何を……」
 男の娘が尋ねようとした瞬間、アリスは彼にそっと触れる。
「さあ、お鳴きなさいな」
 アリスがそういった瞬間、男の娘は動かなくなった。いや、動けなくなったのだ。言葉を発することも出来ず、指一本動かすこともできない。
「きゃああああああ!」
 少女が叫び、その場に尻もちをつく。
 窓から差し込む月光に照らされる彼は、黄金に輝いていた。呆然とした表情のまま、キラキラと輝く黄金に。
「鳴く暇もありませんでしたか、子猫さん。では、あなたはどうでしょうか」
「いやいや、やだやだ! 助けて、助けて!」
 少女は泣き叫ぶ。逃げ出したいのに、足が全く動かないようだ。
 アリスは微笑み、少女と目線を同じくする。そうして頭を撫でるかのように、指輪がはめられた手で、そっと少女の頭に触れる。
「良い鳴き声ね」
 あ、と少女は声を漏らした。彼女が発することができたのはそれだけだった。あとはそのままの姿のまま、彼女もまた黄金へと変わっていた。
 SHIZUKUとセレスは、両手で口を覆っていた。一体目の前で何が起こっているのか、脳の理解が追いついていなかった。
 アリスは、触れただけだ。男の娘に、少女に。あの指輪のはめられた手で、そっと触れただけだというのに。
「……ミダス王の、指輪」
 ぽつりと、SHIZUKUが呟いた。アリスはそれに気づき「あら」と言って微笑む。
「さすが怪奇探検クラブの副部長さんね。とても博識です」
「触れたものを黄金に変える、指輪」
「はい」
「本当に、存在していたなんて」
 SHIZUKUの言葉に、アリスはにっこりとほほ笑んだ。
「SHIZUKUさんは、素晴らしいです。かわいいし、博識だし、動じないし」
「逃がしてくれる気、ないよね?」
 アリスは答えない。答えず、そっとSHIZUKUに向かって手を伸ばす。
「本当に、素晴らしいです」
 きゅ、とアリスはSHIZUKUの手を握る。すると、SHIZUKUと触れていた部分からじわじわと黄金へと変わっていく。
 手、肩、胸、首、腹、足……。SHIZUKUは徐々に動かなくなる体に、輝いていく己に恐怖しつつ、アリスをにらみつける。
「素敵な、目」
 馬鹿言わないで、と言わんばかりのSHIZUKUの表情のまま、全身が黄金と化した。つい先ほどまで、当たり前のように話して動く、人間だったというのに。
「あ、あああ」
 セレスは震えながら、じわじわと後ろに下がる。
 このアトリエには、四人いた。
 あとからアリスが入っていたから、五人になった。
 それなのに、今やどうだろう。三体の黄金像と、アリスと、自分しか残っていない。
「ど、どうして」
「……何でしょう?」
「どうして、こんな、事を」
 震える声で尋ねるセレスに、アリスは「どうして」と繰り返す。後ろへ後ろへと下がっていくセレスをゆっくりと追いかけるように、一歩一歩近づいていく。
「好奇心」
「え?」
「好奇心が、そうさせたんですよ。あなた達の好奇心が、猫を殺しちゃったんです」
「僕たちが、猫、だと、言うんですか?」
「さあ、どうでしょう」
 セレスが「あ」と声を上げる。もう下がる場所が、背にはなかった。いつの間にか窓の方に追い詰められていて、月明かりが室内を照らしている。
 ゆらゆらとカーテンが揺れる。光の入り具合が変わり、室内にある三体の黄金像が様々なきらめきを見せる。
 その様は恐ろしいはずなのに、どこか美しかった。
 アリスは微笑んでいる。セレスはアトリエの入り口の方を確認するが、到底たどり着けそうもなかった。
 まず、震える足で逃げたとしても、アリスに触れられたらそれだけで終わりだ。万が一すり抜けられたとしても、戸には鍵がかかっている。アリスの事だ、簡単には開けられない鍵だろう。
「……いい表情ですね」
 はっと気づくと、すぐそばにアリスの顔があった。形の良い唇が、愉しそうにかたどっている。
 ゆっくりとアリスの手が伸びた。そっと触れられた頬から、徐々に黄金となっていく。
 柔らかかった肉は一瞬の間に硬質の金へと変わり、髪の毛の繊維一本一本までをも硬くしてゆく。着ていた柔らかな服までも、皮膚と同じように黄金へと変わっていく。
 何とか動かせそうだった足も、徐々に動かなくなってゆき、震えることすらできなくなった。
 セレスは、理解する。
 もう、自分の意思で、なにも動かすことはできないのだ、と。どうすることもできないのだ、とも。
「にゃーお」
 セレスが最後に聞いたのは、どこか悪戯っぽいアリスの声であった。


 四体の黄金像が、アリスの前にあった。
 呆然とし、立ちすくむ男の娘の像。
 恐怖におびえ、座り込んだ少女の像。
 にらみつけ、闘志を燃やすSHIZUKUの像。
 愕然としながらもどこか受け入れてしまった方な、セレスの像。
 その一つ一つを確認し、アリスは小さくため息をついた。
「やっぱり、コレクションには向いてないみたいね」
 四体のうち、男の娘と少女の像を見ながら、アリスは呟いた。残念そうな、そして冷たい表情であった。


 アリスの美術館は、今日もオープンした。
 目玉は運命に抗おうとする黄金のSHIZUKU像と、運命を受け入れる黄金のセレス像だ。
 二つは対になるように置かれ、それぞれが人々を感嘆の表情へと変えた。
 アリスは人がいったん途切れた際、セレス像の前へと行く。メンテナンスをするふりをして近づき、そっとセレスの耳元へと唇を寄せる。
「人、たくさんいるでしょう?」
 返事はない。黄金像だから。
「人に見られているのに、助けを呼べないのね」
 返事はない。黄金像だから。
「気分は、どう?」
 返事はない。黄金像だから。
 だけど、返事はないのだが、黄金像だからできないのだが、どうだろう。
「あら……この黄金像、どことなく泣いている気がしない?」
 美術館に訪れた客の一人が、セレスの像を見て言う。アリスは客から見えないようにそっと口元だけで笑い、照明に輝く黄金像を見つめた。
 なんと美しい猫だろう、と思いながら。


<にゃあ、と微かに響き・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年12月01日

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