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『白い布の小さな染み 』
小鳥遊・沙羅aa1188hero001

「私は。いつ生まれたのかを知らない」
 化物は告げた。
「私は、なぜ生まれたのかを知らない」
 化物は悲しそうに少女に告げた。
「私は初めからここにいて。畏怖する人間達から隠れて生きてきた」
 足元の草花を枯れさせ、恐怖が尾を引くような、そんな耳をふさぎたくなる声で化け物は告白した。
「私の姿を見ただけで、みんな発狂してしまうから」

「なのに、あなたは」

 そんな私と友達になりたいっていうの?
 
   *   *

 見上げるような人型の何か、それが化け物に与えられた最初の姿だった。
 それはとりわけ、芸術的でも、可愛いわけでも。親しみやすいわけでもなく。
 ただただ、冒涜的。
 そう表現され人々に忌み嫌われてしまった。
 化物は悩んだ。苦しみ、悲しみ。
 そんな化物の苦悩を神様が知ったのか、化け物は新たな姿を与えられた。
 その姿に喜び勇んで化け物は、人里に下りた。
 そうするとどうだろう、化け物は石を投げられてしまった。
 次いで与えられたのは、人を畏怖させる悪魔の姿だったのだ。
 そこで化物は知った、自分は人とは相容れぬ存在なのだと。
 化物は湖面に映る自分の姿を見て思った。
 彼らとなぜここまでかけ離れてしまったのだろうと。
「ああ、この感情、一体なんというのでしょうね」
 化物に、それが寂しいという気持ちだと教えてくれる人は誰もいなかった。
 けれど化け物はその感情が、身を裂くようなこの感情が。
 誰かと相対している時だけ和らぐことを知ってしまった。
 だから化け物は恐れられることを知っていても、人里の付近の森から離れることができなかった。
 だから化け物はたくさん姿を変えた。
 いつか、人間たちに受け入れられることを信じて。
 何度も何度も形を変えて、最初のかたちすらわからなくなって。
 けれど。
 そのどれもがことごとく。
 誰の目にも。
 化け物に映ってしまうのだ。
 化物は悲しみにくれた。
 やがて化け物は森の奥ふかくから出てくることはなくなった。
 化物のいない時代は数百年と続く。そんなある日。
 月が爛々と輝く、魔力のあふれる美しい夜だった。
 化物が森を散歩していると突如背後で、草木をかき分けるがさがさと言う音が耳に届いた。
 化物は振り返る。リスか、狼か。
 そう何気なく振り返ったその視線の先には少女が倒れていた。
 自分を見あげ、その大きな瞳をいっぱいに開いて、歯の音をがちがちと鳴らしている。
 人間だ、久しぶりに見る人間。しかし化け物は少女に興味を示さなかった。
 いや、違うか。
 なるべく関わらないようにしたのだ。
 彼女の心が壊れてしまわぬうちに、化け物を見た人間と同じ末路をたどらぬうちに。
「この森からさりなさい」 
 そう踵を返す化け物。
 だがその直後、少女は驚くべき行動をとる。
「まって」
 ツインテールの幼い少女は喉よさけよとばかりに叫んだ。
「お願い、知っていたら教えてほしいの」
 化物は振り返らずにその話を聞いた。
 少女が言うには母が病に倒れ、その病をいやすために、水辺に咲く銀色の花が必要だという。
 その花になんとなく思い当たる節があった化け物は、体を起伏させ矢印を作って道を示した。
 そして化け物は告げる。
「それを見つけたら、去りなさい」
「あなた、本当に森の魔物なの?」
 次いでまた後ろ髪をひかれる化け物。
「なによあなた、まだ用があるの?」
「貴女はずっと一人なの?」
 一人、その言葉が化物の胸をえぐった。
「だったら何なのよ」
「寂しくない?」
「寂しくないわよ、私は化物なんだから!」
 そうぶっきらぼうに言い放つ化け物、自分の言葉で傷つきながら。
「そうなの? 嘘っぽい。あ、そうだ。お花探すの手伝ってくれたら、私が友達になってあげる」
「貴女ね……」
 いろいろ突っ込みたいところはあった、しかしその思考をかき消すように狼の遠吠えが聞こえる。
 獲物だと認識されてしまったようだ。化け物がではない、この少女が。
 放っておけば狼たちに食われてしまうだろう。
 かといって友達になるという、その行為の意味が解らなかった。
 化物はどうしていいか迷ううちに、ポツリポツリと少女に言葉をかけるのだった。
「私は。いつ生まれたのかを知らない」
 化物は告げた。
「私は、なぜ生まれたのかを知らない」
 化物は悲しそうに少女に告げた。
「私は初めからここにいて。畏怖する人間達から隠れて生きてきた」
 足元の草花を枯れさせ、恐怖が尾を引くような、そんな耳をふさぎたくなる声で言った。
「私の姿を見ただけで、みんな発狂してしまうから」
「私大丈夫だよ?」
 ツインテールの少女は言った。
「まだ大丈夫なだけよ、直に発狂するわ、あなたはそんな私と友達になりたいっていうの?」
「うん、そして一緒に探してよ、お花」
 そう屈託なく笑う少女は先ほど震えていたことも忘れて、化け物の周囲をぐるりと回る。
 この時初めて化け物に友達ができた。
 友達の少女は毎晩のように森を訪れて化け物と花を探すようになった。
 そして。その道中化け物は少女と沢山話をした。
「でね、大工さんがね、ドヤァって顔で縄を切った瞬間、足元の板が跳ねてね。スポーンって飛んで行っちゃったのよ」
「えええ、それって危ないんじゃ」
 たとえば村での暮らしの話、例えば狼が危ないって話。例えば美味しいパンの話、例えばこの森の向こうの村について。例えば幸せってなんだろう。という話。
「そうなの、あなたお医者さんの娘さんなのね?」
「うん、だから化け物さんが怪我したときには私が縫ってあげる」
「……」
「どうしたの?」
「いえ、何でもないわ。それに私が怪我したとしても触らないで、私の体液は人には毒よ。それより化け物って何とかならないの? 傷つくんだけど」
「うーん、今度会う時までに考えておいてあげるね」
「何を?」
「名前を」
 それまでは『お姉ちゃん』ねそう言って笑う少女。
「私、女なの?」
「うーん、たぶん?」
 その姿が化け物には眩しく見えた。
 やがて二人は開けた泉のほとりに出る、森をくまなく回って、ここが最後の薬草群生候補地。
 ここになければ、さらに遠い森まで行かなければならない。
(だったら、私一人で行かないといけないわね……)
 そう思いながら化け物は周囲を見渡す、すると。
「あ、ほらあそこ、みて!」
 湖の真ん中に、月の光を受けて銀色に輝く花があった。
「わーい、やった。お姉ちゃんとってきてよ」
「無理よ、私が触ると溶けるもの」
「そうなんだ、じゃあとってくるね」
 そう泳いで泉を渡る少女の姿を化け物はさみしく見つめた。
 なぜなら、今日でこの楽しいお花探しは終わりだから。
「これでもう、会うこともないわね」
 そうびしょ濡れになった少女に化け物は告げる。
「でも、遊びに来るよ」
「もう用事はないじゃない」
「だって友達だもん」
 そうあっけらかんと言い放つ少女。
 その笑顔に化物は胸を締め付けられる思いだった。
「貴女はもう、私と会わない方がいいわ」
 化け物は自分がどういう扱いを受けるか知っていた。
 一緒にいるだけで気が狂う。そう呼ばれる化け物と頻繁に会っている少女など、村八分にされるに決まっているのだ。
 だから一緒にいるところを見られるだけでもまずい。本来であれば。
 しかし、化け物は少女を拒むことが最後までできなかった。
 だから今日はきっぱりと、伝えなければならない、自分とあなたは住む世界が違う。そんな悲しい現実を。
「だめよ、次逢った時私はあなたを食べないといけない」
 けどうまく説明できそうにない化け物は、変な理由で少女を拒んだ。
「たべるの?」
「そうよ、本当はこんな肉のついてないがりがりな女の子食べたくないけど、食べないといけないのよ」
「私を食べるのは嫌なの?」
 少女はくりくりな瞳をさらに大きく開いて言った。
「いやね、もっとジューシーな人間が食べたいわ」
「あなたが嫌な思いをするのは嫌だわ」
「そうでしょう? だったら」
「でも名前を上げるって、言っちゃったわ」
「あ、えっと」
 化物は言葉に詰まる。
「約束を破ることはいけないことだわ」
 しばらく化け物は考えた。そして最終的にため息交じりでこう結論を出した。
「そこら辺の樹にでも刻んでおきなさい」

   *   *

 その次の夜だった、少女は化物の前に現れなかった。
 それが正しい決断だ、そう思いつつ、化け物は耐えがたい苦しみを全身に浴び、一歩もその場を動けなかった。
 少女の声が響く。
『寂しくないの?』
 そう、そうか、これが寂しいということなのか。
 化物はついに寂しさを知った。
 そしてこれから先この苦しみから解放されることもないと知った。
 化物は涙を流す、だが。
 更なる悲しみが化け物を襲うことを、この時彼女は知らない。
 少女の悲鳴が夜に響く。
 それは彼女の住まう村から響くことにすぐ気が付いた。
「あの子!」
 まさかという嫌な予感が全身を突き動かして化け物は夜の森を走る。
 そして村の中央広場、それが見通せる丘の上に立つ。
 その広場には十字架がたてられていた。そしてその十字架にはあの少女が磔にされていたのだ。
「私を癒すためだったんです、私が代わりに罰を受けます」
 母親らしき女性が、銃を握った男性たちに縋り付いている。 
 その男たちは呪詛のように繰り返し繰り返し同じ言葉を口にしていた。
「こいつは発狂してしまった」
「悪魔と交わった」
「殺さなければ村に災いが」
「化け物と接触するなど、許されん」

「違う、お姉ちゃんは悪い人じゃない!!」

 少女の叫び声が響く。
 その言葉に化け物は目を見開いた。
「化け物を人扱いか……悲しいな、聡い娘であったのだが……やれ」
 そして少女に向けられる無数の銃口。
「「やめて!」」
 そう間に入ろうと駆け出す、母親、そして化け物。
 しかし。その弾丸は化物の足より速く。
 その母親も、少女も、射抜いてしまう。
「え?」
 口からわずかに血を吹き出す少女、そして。

「ああああああああああああああああああ!」

 新月の晩に悲しい咆哮が轟いた。
 村人たちが空を見上げると、大きな翼を広げたシルエット。
 神話に謳われる、邪神が今村に降臨したのだ。
「ひいいい、化物だ!」
 そう放たれる銃弾は化け物にまったく効果がなく。肌に届く前に蒸発する。
 そして化け物は十字架から少女をもぎ取るように奪い走った。
「来てくれたんだ、お姉ちゃん、嬉しい」
「話さないで傷に触るわ」
 か細い声でそう囁く少女、その瞳はもう化け物を映してはいなかった。
「ねぇ、みんなが私のこと狂ってるっていうんだけど。本当?」
「……それは。私には分からない」
「でもね、お姉ちゃんは怖くないのに、怖がるのはおかしいよ」
 少女はそう、手を伸ばして化け物の手を撫でる。
「おかしくなってしまったのは、私なの?」
「今は黙って、死にたいの?」
 そう言いつつも、化け物はわかっていた。
 この傷、黒い血、少女はもう助からないことを。
「私ね、サラっていうの、いい名前でしょう?」
 いきなり話が変わったことに化け物はいぶかしみながら、ただただ頷く。
「お姉ちゃんにあげる」
「やめて、私にあげちゃったらあなたはどうするの? 名前を呼んでもらえなくなるわ」
「私は、だって。もう」

 それが、少女の最後の言葉になった。

 化物は人間の追っ手を撒くために住み慣れた森を突っ切って、断崖までやってきた。
 目の前に広がる海。
 そして腕の中で形を失った少女の残骸。
 骨と、わずかに残った肌、それ以外は全て、溶けてしまった。
「あああ。あああ」
 自分の腕は、両手は、この存在は、たった一人の友人を救うことも、形をとどめておくことすらできない。
 冒涜的で、恐怖滲ませる、実に、実にひどい存在だ。
 化物は慟哭した。
 少女の残骸を海へと放ち。この罪を忘れないように、彼女の名前を胸に刻む。

 その後化け物は世界を見て回った、そこで気が付いたのは自分のような存在は珍しくないこと、そしてそれらすべてが人間から忌み嫌われていること、
 この世界のどこにも居場所はない。
 この世界で生きる権利がない。
 そう思い化け物がやってきたのは火山口
 そこで化け物は溜息を洩らした。
 何者も自分の命を奪うことはできなかった。だが。6000度を超える炎ならば。そう一縷の望みを託して、化け物は、自分の身を火口に投げた。


 エピローグ

 化物は短い夢から無理やり揺り起こされるように目覚めた。
 瞼が重い、言うことをきかない、だが不意に感じた寒さと、胸からこみあげるような不快感に驚き、瞬時に覚醒する。
 ぼんやりと曇った焦点をゆったり合わせると、一人の女性その像が結ばれる。
「やっと目覚めたのねぇ」
 女性は告げる、すると化物の顎を掴み、ライトを当てる。
「正常ね、よかったわ」
「貴女触ると」
「あら、なにかしら」
 あっけらかんとしている女性。
 まさかと思い、自分の顔を触ると、異常なことに気が付く。肌がすべすべだ、髪の毛もある。人間になれた、いくら練習してもなれなかった人間に今化け物はなっていた。
「いったい何が起こってるの?」
「まさか、こんなぺったんこが英雄だなんてね」
 その言葉になぜかイラついた化け物は怒気を孕んだ声で告げる。
「あ? あなたあんまりふざけたことを言うと。ごぽ」
 その瞬間食道から溢れる血。喀血。
 そんな様子を見下ろしながら、女性はあらあらと言って笑った。
 直後、少女となった化け物の意識は電源の落ちたテレビのようにプツリと、沈むことになる。 

 これが『小鳥遊・沙羅(aa1188hero001) 』の物語、今は失われ、けれどかつて彼女を襲った悲劇のお話。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『小鳥遊・沙羅(aa1188hero001) 』
『サラ(NPC)』
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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2016年12月01日

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