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『一人で立ち上がれるように 』
世良 霧人aa3803)&世良 杏奈aa3447

プロローグ
 灰色のアスファルトを彩る桜の花びら。それをしおり代わりに本にはさみ『世良 霧人(aa3803) 』は校舎を見あげた。
 二年間通い続けたこの校舎だが、今年で最後になる。
「きりにい」
 そんな霧人を追いかけてくるのは『世良 杏奈(aa3447) 』
 短めのスカートと髪を揺らして、陽光と桜の花びらに飾られて、そんな彼女を最近、霧人は直視できなかった。
「なんで置いていっちゃうの?」
「今日は早いから」
「早くても、一緒にいくよ」
 そう霧人の横顔を覗き込む杏奈。
 小学生の時から見れば随分落ち着いた。と言ってもこの前ナンパ男の手首をひねっていたが。
「あと五分って言ってたのは、どこの誰だっけ?」
「もう」
 これが、霧人の手に入れた幸せの形。
 これだけじゃない。泣いて、傷ついて、自分を刺して。嫌いな自分を殺したあの夜。
 終わりのない孤独を覚悟した日々。
 そんな長いトンネルを抜けてみると、桜色の新学期があった。
(もう、僕は……)
 霧人は振り返る、自分の歩んできた道をそして。
(一人じゃない)
 杏奈に行こうと告げて、正門をくぐる。

前章

 霧人は高校三年生になった。受験を控え教師たちが壇上で進路と口にする機会が増える。
 それを自分には関係のないことのように聞き流していた霧人。
 彼には漠然とやりたいことが見えていた。そしてやらないといけないことも。
「世良、ノートみして〜」
「またわすれたの?」
「うーん、ごめん」
 そう前の席の友人が声をかけてくる。
 霧人はこのクラスの人間とはうまくやれていた。
 友達が多い方とは言えなかったが、行事にはきちんと参加し、打ち上げと称してお好み焼きなど食べに行く程度には皆と親しくしている。
「えー、これわからん」
「この前も教えたのに……」
 そう苦笑いを浮かべる霧人。
 家にいるとき以外にも笑っている時間が増えた。
 かつては座っているだけで、矢面に立たされる気分になっていた自分の席でも、今では気を抜いてぼんやりを周囲を眺めるだけ油断できる。それは素晴らしいことだとこの前やっと気が付いた。
(眠たい)
 そう霧人は目をこする。まだ時刻は三限目、ここから六限まで耐え。
 その後、進路別に設けられた特別授業を受けて受験の対策をし。家に帰ってからは母に勉強を教わる、そんな日々を繰り返す。
「教育大は家から通える範囲で二校。一人暮らしを視野に入れると五校」
 そう、友人がノートを写している間に、パンフレットに目を通す霧人。
 レベル、学部、自分がやりたいことができるかどうか。自分の専攻はどうするのか。小中高、どの教師を目指すのか。
 漠然とは決まっている。違う、本当はやりたいことは決まっている、行きたい学校も決まっている、そう進路はすべて決まっているのだ。
 ただ、おもいきれない。
 ただ、霧人の後ろ髪を引くのは彼女の存在。
「きりにい。お弁当忘れたでしょう?」
 その言葉に教室がざわめいた。席を立つ生徒までいる。
 あわててパンフレットを机の中に隠す霧人。そして。
「杏奈ちゃん、お兄さんに会いに来たのかな」
「あいつ、忙しいから今俺達と話してようぜ」
 そう杏奈の周りに集まる同級生たち。
「あんまりしつこくすると、手首ひねられるよ」
 そう、杏奈に群がる男子生徒を一蹴し、杏奈を人気のないところまで誘導する。
「あの、きりにい、私の評判が地に落ちそうなんだけど」
「ああでも言わないと、またしつこくされるよ?」
 そう、胸のもやもやを華麗に隠しつつ杏奈の手を引く霧人。
「うわ。ごめん!」
 そう階段踊り場で手を離す霧人に、杏奈はお弁当を差し出した。
「今日はどうする?」
 どうする? というのはもちろん。一緒に昼ご飯を食べるかどうかである。
「友達と食べようかな」
 霧人は間髪入れずにそう答えた。
「えー」
 杏奈は不服そうに声を上げる。
「最近付き合い悪いね?」
「勉強で忙しいんだよ、あと今年で最後だし」
 別れるのが惜しい、そう思えるほどに霧人はこのクラスが好きになっていた。
「ん、そっか」
 そう告げると潔く階段を下りていく杏奈。
「いじめられたら言ってね?」
 その言葉に霧人は苦笑いで返す。

   *   *


 杏奈は夜中唐突に目を覚ました。それは年末、クリスマスの夜。
 クリスマスプレゼントのものすごく分厚くて冒涜的な本を読んでいる間に寝てしまった杏奈だったが、唐突な喉の渇きに襲われて居間へと足を向ける。
 そこでは両親と霧人が何やら真剣なお話をしていた。
 空気でわかる、むしろ自分は味わったことが無い空気だ。
「どうしたのかな?」

「ボク、家を離れます」

 その声が奇妙に響き。杏奈の心臓が鋭く跳ねた。
「うん、私としてもそのほうがいいと思っていた。レベル的にも、環境的にも、どれ、昔馴染みが学校の関係者だ、何か困ったことがあれば助けてもらえるようにお願いをしておこう」
「ありがとう、母さん」
「生活費に関しては遠慮はいらないよ、息子ということもあるが、いい教育者を一人生み出せるのであれば、投資は惜しまない主義だからね、私は。存分に学ぶといい」
「それなんですが。社会勉強のためにも、生活費は自分で」
「だが、それだと効率が落ちる。稼ぐのは自分の遊ぶ金だけにしておくといい。そして、どうしてもやりたいなら後の自分に役立つ経験、そうだな。例えば家庭教師を……」
 杏奈の耳に、あとの会話は入ってこなかった。
 一つの言葉が胸で渦巻いて。何も聞き取れなくなってしまったのだ。
「なんで」
 杏奈は思う。そして蘇るのは霧人が中学に上がるときの記憶。
「なんで私には」
 そして最近の疎外感。自分を避けているような感覚。
「なにもいってくれないの?」
 そう杏奈はベットに潜り、滲んだ涙を枕で拭いた。


   *    *

 センター試験への会場はバスで向かうらしい。そのため少し早起きをしなくてはいけない。
 そう前日に霧人は言っていた。
 だから。
 杏奈はバス停で待ち伏せてやった。
「え?」
 受験票を片手に今年一番の呆け顔をさらす霧人、その表情が面白くて杏奈は一つ笑った。そして。
「どこ受験するの?」
 そう杏奈は単刀直入に告げた。
「…………」
 霧人はわずかな逡巡の後告げる。
「県外の教育大だよ」
 杏奈は霧人にゆっくり歩み寄った、まるで幼少期蜻蛉を捕まえるために忍び歩きで近づいたように。
「家から通うの?」
「家を借りて独り暮らしする」
「なんで」
 杏奈は霧人の袖をつかんだ、そして涙をこらえて告げる。
「なにもいってくれないの?」
 霧人は目を見開いた。
「また、私を置き去りにしていくつもり?」
 こらえきれずあふれた涙を杏奈は手袋で拭う。
「違う、そんなことは」
「きりにいが中学に上がるとき。寂しかった」
 杏奈は思い出す、霧人がいつものように公園に来ないかと、毎日、毎日ブランコに座って待ち続ける日々。
「そして、久しぶりに会えたと思ったら」
 霧人は病院で人形のように動かなくなっていた。
「目もなくして。それも話してくれないし。最近は私を遠ざけて」
 杏奈の震える肩に温もりが添えられた、霧人が手をかけたのだとわかる。
「私、家族じゃなかったの?」
「家族だと思ってるよ」
「けど……」
 杏奈は霧人の胸に額を押し付けて、あいている手で霧人の腹を殴った。
「ごふっ」
「私怖い……」
 杏奈は思い出す。あの日、クリスマスの日。
 霧人がまた遠くに行ってしまうと知った日。寂しいとも、何で教えてくれなかったのも思った、けど一番強く胸にあったのは恐怖。
 霧人が自分の知らないところで何かに巻き込まれ、そしてもう帰ってこないという妄想。
「もう、きりにいを一人にさせたくない、させたくないよ」
 そう杏奈が告げると、霧人は告げる。
「これは僕が立ち向かわないといけないことなんだ」
 ハッと杏奈は顔をあげる。
 その表情はとても穏やかで、力強さに満ちていた。
 そして意思の強さも感じ取れた。
 杏奈は一瞬で理解する。
 自分が何か言って、どうなるものでもないと。
「それにたかが遠くの学校に行くだけだよ、長期の休みには会える」
「本当?」
 杏奈が問いかけた。
「でも、それが終わったら僕は……」
 霧人は息をのんだ、そしてどこか遠くを眺めて、そして静かに告げる。
「戸森 大吾と決着をつける。その時は」
 霧人は杏奈の両目を見つめて言い放つ。
「その時は一緒にいて、僕の手を握っててくれないかい?」
「うん」
 そう微笑む杏奈。その視線の向こうからバスがやってくる。
「もう時間だ……」
 霧人が離れていく、バスに乗る。
「行ってらっしゃい」
 そう杏奈は告げると、霧人は到着したバスの扉が閉まり、そして発車した。

 エピローグ

 霧人は見事自分の志望先への合格を果たした。 
 そして春。沢山の思い出が詰まったアルバムを引っ提げて。
 霧人は新天地へと向かうべく。空を見上げた。
 蒼く晴れ渡る空の向こうに、なにが待ち受けているのか。霧人には分からない、けれど今までの人生、その酷い時よりひどくなることはないだろうと。
 なんとなく思えた。
「きりにい」
 そう声をかける杏奈。
「合鍵、用意しておいてね」
「いつまでに?」
「次の三連休」
 そう桜の花びらを纏わせて笑う彼女がとても美しかった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『世良 霧人(aa3803) 』
『世良 杏奈(aa3447) 』
『戸森 大吾(NPC)』


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、鳴海です。
 このたびはOMCご注文ありがとうございます。
 今回は二人の物語のラストということで、あまり描けなかった杏奈さん視点も沢山取り入れて見ました。
 気に入っていただけたなら幸いです。
 それでは長くなってしまったのでこの辺で。また本編でお会いできればうれしいです。それでは鳴海でした。
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2016年12月05日

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