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『てんしょく を しよう !! 』
海原・みなも1252)&瀬名・雫(NPCA003)
「欲しいネタは足で稼げがハードボイルド業界の掟だよ!」
 下のほうからすごく元気な声が跳んできました。
 声の主は瀬名・雫さん。投稿されたオカルト情報を紹介するホームページの管理人さんで、それを検証する突撃記者もしているアグレッシブな女子中学生です。
 あたし――海原・みなもは、雫さんのお手伝い――雫さんのページは有名なので、集まった情報を検証解明するにはたくさんの人のお手伝いが必要なのです――に駆り出されたりする中学生で、南洋人魚の末裔だったりします。
 と。前置きはこのくらいにしておいて。
 どうやら雫さんは昭和の刑事さんみたいに歩き回る予定みたいです。あたしはランニングシューズで来なかったことを後悔しつつ、とりあえず小首を傾げました。
「ハードボイルド、ですか」
 バイト先の所長さんもよく言っている気がしますけれども、なんでしょうねハードボイルド。野獣なんか死んじゃえ的なことらしいのですが……。最近あたし、人狼ならぬ人魚狼になったりしていますが、あの業界は確かにそんな感じです。
「――」
 ん? ちょっと悩んでいる間に、雫さんがなにか言ったみたいです。
「はい、なにかありました?」
「行くぜみなもちゃん!! あー、でっかい声出したらハードボイルド台無しだよもう」
 すみません。あたしは結構背が高くて、雫さんはかなり背が低いので、標高差が……。身長差カップルの大変さを感じつつ、あたしは雫さんの後を追いかけました。

 お休みの日とはいえ、古本屋街は人も少なくて落ち着いたものです。
 雫さんはあたしの袖をつまんで引っぱってくれていますけど、まわりの方々から寄せられる視線の生あたたかさが妙に痛々しくて困ります。姉妹でも親子でもありませんから!
「今日のネタはね、世にも怪しいゲームカセットだよ」
 大きめの声で雫さんが説明してくれました。
「カセットって、カセットテープのことですか?」
 あたしも大きめの声で聞き返します。
「あー、カセットテープのゲームもあったね。全盛期30年前くらいだけど」
 あったんですか! まったく想像つきませんけどどうするんでしょう? なにか聴くんでしょうか? って、それじゃゲーム性、まったくありませんね。
「あたしが言ってるのはROMカセットのこと。ゲームプログラムを記録させたちっちゃい基板っていうか。――で、今探してるのはそれじゃないんだ。カセットは検証依頼といっしょに届いてる。だから電気街じゃなくて古本屋街に来たんだ」
 ゲームの攻略本と言えば、有名なゲームが発売されると本屋さんの棚に並ぶ、大きな写真集みたいなあれのことですよね。
「みなもちゃんは知らないかー。分厚くて小っちゃい版の、白黒ページにびっしりデータが載ってる昔の攻略本」
 むう。雫さんとあたし、同年代のはずですが……。
「検証引き受けたのはいいんだけどさ。それには実際プレイしないといけなくて、でもゲームの難易度がヘンに高いらしくて。それで攻略本をねー。問題は物が20年以上前のやつなんで、見つかるかなって」
「ということは」
「手分けして古本屋を絨毯爆撃!」
 ですよね。
 この後、雫さんとあたしはローファーの踵を2ミリ程すり減らして、ようやくお目当ての本を見つけ出したのでした。


「よっし、始めよっか!」
 雫さんが実に四角い紅白カラーのゲーム機を指差して言いました。
 ここは雫さんのお部屋です。どうしてあたしがいるかと言えば、「プレイしていると奇妙なことが起きるゲーム」で検証する雫さんをオカルト的脅威から護るため。それと――
「はい。準備できてます」
 ――プレイ中たびたび遭遇する選択肢をまちがえると大変なことになるらしいので、こうして攻略本を見ながらナビゲーションするためです。
 ゲームカセットの端子をぶーっと吹いてからゲーム機にセットする雫さん。曰く、「おまじない」だそうです。
 電源が入って、デッデデーとしか言いようのない音が鳴り響き。
 カクカクしてはいますが認識できるくらいには人っぽいキャラクターが現われました。
「これが主人公か。男一択ね。ま、女の尻ずーっと見てるより楽しそうだけど」
 などと言いつつ、雫さんはプレイを進めていきます。
 最初の課題をクリアすると、場面はいきなり【てんしょく どころ】へ。攻略本によれば“攻略処”ということらしいです。
『おめでとう ございます !!』
『あなたは てんしょく できるように なりました』
『しょくぎょう を えらんで ください ( 2かい まで )』
 続けて表示される文章。選択肢は戦士、魔法使い、冒険者の三種類あるみたいですね。それを見ながら雫さんが背中で訊いてきます。
「オススメ職業ってなにー?」
「あ、はい。あの、なんでもいいそうです」
 魔法使いを選択する雫さん――
「ん? 入力受けつけないんだけど」
 雫さんはボタン連打しますが、三種類のどれも選択できません。
「これが不思議な現象なんでしょうか?」
「いやいや、これで終わっちゃったらただのバグだから――こうなったら無職でもなんでも」
『いいだろう !』
 ピロン!
『しずく は むしょく に てんしょく した !!』
 あ、受けつけたみたいですよ。
「はあああああ!? なんじゃそりゃあああああ!!」
 怒っても嘆いても無職。三択を提示しておいて三択外の職を押しつけるなんて、ゲームのくせにフリーダムすぎです。でも、それがまかり通るなら。
「あたしだったら水泳選手とか?」
『いいだろう !』
 ピロン!
『みなも は すいえいせんしゅ に てんしょく した !!』
 ……はい?
「なにやってんだよおおおおお! どうせなんでもありなら神様とか超魔王とかにしとけばいいのに!!」
 いえ、でも、ひとりプレイ用のゲームでふたりめのプレイヤーが登録されるなんて!
 うろたえるあたしを尻目に、雫さんが薄暗い顔でつぶやきました。
「パーティー――そっか、パーティー組まされたんだ」
 パーティーといえば、RPGなんかでおなじみの、何人かで組むあれのことですね。ボケているとお話が進まないので、超理解力を発揮してみました。
「こうなったら絶対クリアしてやる」
 雫さんがたぎった目で拳を握り締めました。
「あとふたり見つけて、すげー職業になってもらうよ!」
 このゲームのパーティーは四人。無職と水泳選手をカバーしてくれる職業をあっさり口にできる人って、常識的にはどうなんでしょう?
 ともあれ雫さんとあたしは縦に並んで、雫さんの十字キー操作(今、コントローラーを使わないと足踏みしかできない状態です)で町へ繰り出すのでした。


 職業選択は第一声で決まるらしいので、あたしたちはいきなりすごいことを言いそうな人を探して回りました。
 結果、夢追い人(34歳男性)とカレーライス(4歳男子)が増えましたよ。もうどうしたらいいのかわかりませんが――とにかく。
 あたしたちは町を縦一列になって練り歩きつつ、どこから出て来たのかわからないモンスターと戦います。
「うりゃー!」
 無職の雫さんが“こいし(小石)”をスライムに投げつけて。
「フォローします!」
 あたしが肉球あるつもりパンチで攻撃。
「俺、宇宙飛行士になるんだ……」
 夢追い人が夢を語り。
「おれね、あまくち! あまくちがすき!!」
 カレーライスが香辛料控えめを訴えるという、ある意味ベタベタな展開に。
 カレーライスはちょっと未知数すぎるので置いておきますけれども。夢追い人はギターを装備できるはずなので、背中にかついでいるギターで戦ってほしいのですが。
「無理だね。こいつは俺の夢の象徴なんだ。宇宙飛行士になるっていう夢のさ」
 夢がブレないのはすばらしいですけど、ギターとの関連性がさっぱりわかりません。あと、モンスター倒した後に出現する小銭をすばやく着服しないでください。カレーライスの教育に悪いじゃないですか。
「みなもちゃん、レベルいくつになった!?」
 雫さんがテテテテーテーテーみたいなファンファーレをバックにレベルアップしていました。快調ですね。これで武器防具が装備できる体だったらよかったのに――!
「その……4です」
「低っ」
 雫さんがレベル25、夢追い人がレベル13、カレーライスはレベル19ですから、あたしの成長、相当遅いです。
「なにか水泳にちなんだことすれば経験値上がるかもしれませんけど……」
「うーん、ご家庭用ゲーム機のゲームで、そこまでのちがいが出せてるとは思えないんだけどねぇ」
「やってみろよ。夢は夜空の向こうで光ってるわけじゃない。俺たちの目の前できらめきながら、つかみ取られる瞬間を待ってるんだぜ?」
 夢追い人がかっこいいことを言って。
「とりのむねにくをうしのかたロースにくだってだますママより、いつもだまされるおれでいたいよね」
 レベルアップで取得した『スパイシーなかおり』を振りまきながら、カレーライスが静かにうなずきました。
 カレーライス、いつも騙されてるんですね……。あと、このにおいってカレーライスが好きな甘口カレーじゃなくてインドカレーですけど問題ないんでしょうか。


 室内プールでレベル6まで上がったはいいんですけど、そこからがまた大変でした。
 頭打ちになったので海へ行って海だーっ」って叫んで7、海を泳いで9、スイカ割りで13……今、冬なんですよ。水泳選手は室内プールがメインのはずなのに、どうして海でレベルが上がる? 泳ぐよりスイカ割りのほうが経験値高いのなぜ?
 そもそも南洋人魚って、あったかい海にいるんじゃないでしょうか。寒い寒い、寒いです!
 と、その間にも雫さんや夢追い人、カレーライスはごりごりレベルが上がって行きます。
「あたしの場合、どんなことも経験に変えてるって感じかな」
 雫さん、能力値もレベルもパーティー最強ですけど、手に職がつきませんから……未だに棒とか石以外装備できません。
「追われるよりも追いかけていたいのさ。主に銀玉の行方を」
 夢追い人はギャンブルに人生賭けるより定職に就いてください。
「おれ、カレーのことばっかかんがえてるよ」
 カレーライスはまあ、栄養バランスが気になりますけど……なつやさいカレーとか言っていましたし、大丈夫だと信じましょう。
 問題は、まだまだあたしです。

「バタ足キック!」
 適当に言いながら、あたしは“きまぐれザメ”を蹴りつけました。
「もう一回! もう一回!」
 雫さんがサメに砂をかけながら言います。まったく役に立ちません。
 夢追い人とカレーライスはもっと役に立ちませんけど。
 ランダムエンカウントの合間に、あたしたちはバーベキューでお肉を焼いて(お肉も道具も、モンスターを倒したお金で購入しました)、波打ち際で追っかけっこしたり夕日の前でジャンプしたり、その写真をSNSにアップしたりして、なんとか魔王と戦えるレベルにまで成長しました。
「カレーのごくいはちゅうからだよね」
 成長の結果、『スパイシーのかおり・極』を身につけたカレーライスが言い放ちます。肌もすっかり浅黒くなって、そろそろ額に第三の眼が開きそう。
「やっとわかったぜ。俺はもう夢、つかんでたんだってな。嫁の稼ぎで夢を追うっていう、壮大な夢をよ」
 夢追い人は遠い目をして言いました。世の中には一定数の“ダメ男好き”がいるそうですので、それはそれで割れ鍋に綴じ蓋ってことなんでしょうけど。
 あたしは絶対、ちゃんとした人を好きになります。……頭の隅にちょっとだけ、自称探偵のあの人の顔が浮かびましたけど気のせいです。おそらくきっと絶対に。
「魔王戦の打ち合わせなんだけどさ。攻略本だとどうなってる?」
 ……そういえばありましたね攻略本。展開がアレすぎて、まったくその存在を忘れていましたけれども。
 あたしは攻略本をめくって目当てのページに行き着いて。
「電撃と火炎の魔法が有効だ! だそうです」
 って、魔法使えるメンバー、いましたっけ?
「あたし無職だから」と雫さん。
「火なら点けられるぜ? オーディエンスの心にな」と夢追い人。
「カレーたべたい」とカレーライス。
「えっと、クロールでも平泳ぎでも背泳ぎでも……なんでしたらバタフライもいけますけど」とあたし。
 絶望に満ち満ちる海辺の夕暮れ。
 雫さんが顔を上げて。
「とにかくこのメンバーでやってみるしかないんだし、あたしの部屋まで帰ろっか」


 そしてあたしたちは雫さんの家に集合です。
 夢追い人の目がちょっとやばいです。カレーライスはまわりにカレーがないので無感動です。
 テレビ画面には魔王が映し出されていて、『われ と たたかう のか ! みのほどしらず が !』などと言っています。まったくです。ぐうの音も出ないくらい正論です。
 ともあれ、あたしたちは順番にコントローラーを握って、魔王に攻撃していきました。
『むしょく が いし を なげた !』
『まおう には きいて いない !』
『すいえいせんしゅ が バタあし で けった !』
『まおう には きいて いない !』
 レベル的に問題ないはずなのに、まったく効きません!
 あたしたちは着実にダメージを受けて、追い詰められていきます。
『おまえたち が まけたら いし に かえてやる ! えいえん に くるしめ !!』
 ゲームがゲームだけに、あたしたちはHPがゼロになった瞬間、本当に石にされてしまうでしょう。
 焦るあたしと雫さん。
 この状況をひっくり返してくれたのは、なんと夢追い人でした。
「こいつを使う日が来るとはな……」
 彼が取り出したのは、電子ライターを改造して造ったスタンガン!
 パチっという音がして、魔王は大ダメージを受けてひるみました。
 なるほど、魔王といっても電気信号です。イタズラ程度の出力でもすごく効くわけです。
「おれ、カレーだすしかできないから……」
 スパイス香全開のカレーライスが指先からカレーを噴射! 彼は直前のレベルアップで身につけていたのです。『カレー創造』のスキルを!
 どりどりどり。ゲーム機の隙間から中辛カレーが侵入して。
 ゲーム機が爆発しました。
『うぎゃーーーー』
 魔王の断末魔。
 ああ、電撃と、火炎の魔法ですか……。
「みなもちゃん水! 水かけてー!!」
 大騒ぎになる中、あたしはちょっとだけ思いました。
 ゲームの中での転職、確か2回まではできるんですよね。だったら転職しなおせばよかったのではなかったでしょうか……?
 こんなこと、今さら言えるはずがありませんけれどもね。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年12月09日

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