▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 おとぎばなしをご一緒に 』
アティーヤ・ミランダja8923)&天谷悠里ja0115)&シルヴィア・エインズワースja4157)&フィオナ・アルマイヤーja9370)&ジェラルディン・オブライエンjb1653)&ニグレットjb3052)&グリーンアイスjb3053)&ブルームーンjb7506


 宵闇に包まれる街に、オレンジ色の明かりがいくつも並ぶ。
 あっちの窓際、こっちの店先。
 笑っているのはカボチャのおばけ。
 魔女や黒マントの吸血鬼に扮した子供たちも、笑いながら走っていく。
 ハロウィン間近の街はお祭り騒ぎ。
 それはもちろん、子供たちだけではなくて――。


「まあっ素敵……!」
 ジェラルディン・オブライエンは部屋じゅうを埋め尽くすような色とりどりのドレスに、思わず声を上げた。
「ハロウィンシーズンだからね。おとぎばなしや伝説の主人公をイメージしたドレスをそろえたんだって」
 アティーヤ・ミランダがくすくす笑いながら、ジェラルディンを背後から抱きしめて耳元に囁きかける。
「どう? 素敵だよね」
「ええ、とっても!」
 こういうハグにもすっかり慣れ、毎回のサプライズにもびくびくせずに、思い切り楽しむようになっているジェラルディンだ。
 頬はバラ色に紅潮し、これから起きる出来事に胸は高鳴るばかり。
 アティーヤは満足そうにジェラルディンの柔らかな金髪に頬を寄せ、傍で呆然と立ち尽くしているフィオナ・アルマイヤーを横目で眺める。
「ふふっよかった! フィオりんはどう?」
「えっ、ええ……相変わらずすごい、ですね……!」
 フィオナは思わず表情を引き締めた。自分でもかなり緩んでいたと思うのだ。

「フィオナはどんなドレスにする? 一緒に決めてあげようか」
 グリーンアイスがフィアナにぴとりと身体をくっつけてきた。
「あんたのセンスに任せられるわけないでしょ。フィオナ、私がとびきり素敵にしてあげるから安心してよね?」
 負けじとブルームーンがそっと白い指をフィオナの手に絡めてくる。
「ちょっと! 何を勝手に決めてるのよ!」
 フィオナを挟んで、グリーンアイスとブルームーンがそれぞれ腕をからめてフィオナの腕を引っ張りはじめる。
「あ、あの、ふたりとも……お願いですから、仲良く……!」
 真面目な性格のフィオナは、いつも通りのふたりのやり取りに困り顔で仲裁しようとする。
 そんなフィオナがグリーンアイスとブルームーンは大好きだ。
 本気で困らせない程度にからかって、反応を楽しむのが恒例になっている。

 ニグレットがわずかに首を傾げ、フィオナに助け船を出した。
「ふたりとも、ほどほどにしておくがいい。フィオナが己自身で決めねば、この店の趣旨に反するであろう?」
 自身は常にクールなニグレットだが、フィオナの性格には自分と近い物を感じている。だからこういう場合、どう『困っている』のかもなんとなくわかるらしい。
 グリーンアイスがちらりとニグレットを斜めに見て、仕方ないというようにフィオナにもたれるのをやめる。
「分かってるわよ。でも一緒に回るぐらいはいいよね?」
 ブルームーンは妖艶な笑みを浮かべ、ダンスの相手をするようにフィオナの手を取った。
「どんなドレスが好きか、当ててあげるわ。フィオナのことは分かるのよね」


 ここは魔法の貸衣装店。
 壁一面に蔦を絡ませた古びた洋館は、なぜか昼間には決して見つからない。
 辿りつくためには条件があるからだ。
 まず綺麗なドレスが大好きな女の子であること。
 次に、綺麗になること、そして誰かを綺麗にすることを心から楽しめること。
 そんなゲストが訪れたときにだけ明かりは灯り、秘密の扉がそっと開く。


 天谷悠里はおずおずと、マネキンが身につけたドレスに手を伸ばした。
「いつ来ても不思議なお店だよね……」
 上質な絹地の滑らかさ、柔らかさに、いつまでも触れていたくなる。
「ユウリはどんな衣装にするか、決めているのですか」
 シルヴィア・エインズワースが穏やかな微笑みを向ける。
「えっ! えっと……おとぎばなし、なんですよね。どうしましょう……」
 本当はとっくに決めている。
(でも子供っぽいと笑われないかな?)
 そんな内心の声が届いたかのように、シルヴィアがくすっと上品に笑う。
「どんなドレスでも、ユウリが選んだものが一番だと思いますよ」
「ありがとうございます……!」
 悠里は真っ赤になりながら、目の前のドレスから手を離す。
(先輩はどんなドレスにするのかな。何を着ても素敵だけど)
 自分のドレスを選ぶのはもちろん楽しいが、この美しい人がどんな装いをするのかも楽しみで仕方がないのだ。
(私も先輩と並んで、少しでも恥ずかしくないようにしなくっちゃ!)
 顔をあげてドレスを探し始める悠里を、シルヴィアは優しい目で見守っていた。

 アティーヤは部屋の中を見渡して、満足そうにパン、と手を叩く。
「じゃ、いつもの通り、ドレスアップしたら集合ってことで。またあとでね!」
 軽くウィンクして見せると、ジェラルディンとニグレットの腕をとってドレスの並ぶ壁際へ。
 それを合図に、全員がそれぞれにお目当てのドレスを探し始める。



 悠里が惹かれていたのは、透き通るような水色のフリル。
 大好きな色にまず目を止め、それから光を弾く独特の質感が気になった。
 ラックから取り出すと、胸に当てて鏡に向かう。
 基本のラインは思ったよりも身体の線の出るマーメイドラインだった。スカート部分には薄青の透ける生地を幾重にも重ね、その複雑な陰影が海を思わせる。
「人魚姫ですわね」
 いつの間にか、鏡越しにシルヴィアが見ていた。
「やっぱり、そうでしょうか」
 悲恋を思い起こさせるモチーフに、悠里は少しだけ迷う。
 なんだか今夜の催しに水を差してしまいそうだと思ったのだ。
 でも――
(どうしよう、このドレスしか考えられない)
 迷いが悠里の顔にはっきりと浮かんでいた。
 シルヴィアはしばらく見守っていたが、やがて静かな声で語りかけた。
「人と人の出会いが運命であるように、衣装との出会いも運命ですわ。ユウリがそのドレスに惹かれたのなら、きっとドレスもユウリに着て欲しくて呼んでいるのです」
 悠里はびっくりしたように目を見張る。
「そう、でしょうか?」
「ええ」
 シルヴィアが頷く。
「だから思いを遂げておあげなさい。一度袖を通すだけでいいのですから」
「はいっ……!」
 悠里はシルヴィアの言葉に背中を押されたように、フィッティングに駆け込んでいった。
「きっとよく似合いますよ」
 シルヴィアは悠里の背中にむけて、そっと囁く。

 悠里はドキドキしながらドレスに袖を通す。
 繊細な銀糸の刺繍が、波のようにも、鱗のようにも見える。
 グラデーションになったフリルが、まるで半透明の鰭のようにあちらこちらにあしらわれていた。
「綺麗……」
 鏡の前で身を翻すたびに、水の中を泳ぐように光が踊る。
 もう悠里にはこのドレスしかなかった。
「よく似合っていますわ、ユウリ」
 フィッティングにシルヴィアが入ってきたのだ。
「うれしい、です……!」
 微笑む悠里は、まるで運命を見出した人魚姫そのもの。
「ところで先輩はどんなドレスを?」
 悠里が興味津津という顔で、シルヴィアの抱えたドレスを見つめる。
「見てのお楽しみですわね」
 珍しく悪戯っ子のように目を細めてみせるのも、悠里だからこそ。
 するりと躊躇することなく衣装を換え、ドレスを纏ったシルヴィアは、近寄りがたい程の気品を漂わせていた。
 首元は繊細な銀糸のレースに覆われ、細身のドレスは裾に向かって流れるように優雅に広がりながら、蒼から宵闇の黒青へと変わってゆく。
「夜の女王……でしょうか?」
「近いですわね。これは私の故郷の偉大な文豪の作品に登場する、妖精の女王ティターニアをモチーフにしたもののようですわ」
「素敵……! 先輩にぴったりです」
 気高く誇り高い、妖精達の女王。
 まさにシルヴィアそのものだと悠里は思う。
「ありがとう。では髪を整えましょう」
 シルヴィアは悠里を促し、優雅に裳裾を引きながら隣室へと向かう。



 フィオナはブルームーンとグリーンアイスに引っ張られるようにして、棚の前にやってきた。
「あのっ……! すみませんが!!」
「なあに?」
 顔を覗き込んでくるグリーンアイスに、フィオナは必死で訴える。
「両手がふさがっているとドレスが選べません。申し訳ないのですが、手を使えるようにしていただけませんか」
 あくまでも礼儀正しく、フィオナの顔は真剣そのもの。
「……ぷっ」
 ブルームーンが遠慮なく噴き出す。
「いいわよ。しばらく好きにさせてあげるわ」
「ありがとうございます」
 なんでふたりの許可がいるのかよくわからないが、フィオナはそれどころではなかった。
 普段はクールで生真面目で、サバサバした印象のフィオナだが、内心にはきれいなもの、可愛い物への憧れを秘めている。
 この屋敷の中では、そんな夢を現実にできるのだ。
 しかも今回の『おとぎばなしの主人公』をモチーフにしたドレスは、ウェディングドレスやパーティードレスでは滑稽に見えてしまうようなデザインもOK。
 これが興奮せずにいられようか。
 ――という気持ちはなるべく表情に出さないようにしながら、フィオナはそれはもう熱心にドレスを見て回っていく。
 面白そうに自分を眺めるブルームーンとグリーンアイスのことも、いつの間にか忘れていたほどだ。
 やがて。
「…………」
 そうっと気に入ったドレスを取り出して、鏡の前で身体に当ててみる。
 かなりボリュームのある白いドレスだった。
 しかも胸元が結構あいている。
「…………」

 ブルームーンがグリーンアイスに囁く。
「迷ってるのね」
 グリーンアイスが頷いた。
「すごく迷ってるみたいだね」
 ふたりは笑いをこらえ、フィオナの両側に立つ。なんだかんだでこのふたり、いいコンビなのだ。
「着てみるだけ着てみたらいいんじゃないの?」 
「そうよ。誰も見てないんだから、気に入らなければ換えればいいのよ」
 そこでブルームーンは白いドレスをしげしげと眺める。
 袖口にも裾にもたっぷりのレースがあしらわれ、大きく広がったスカートはクリノリンが入っている。コルセットのついた上半身が細身のバッスルスタイルのドレスは、『これぞお姫様』という豪華さである。
「なんだろこれ。シンデレラ?」
「は、はいっ!」
 反射的に答えるフィオナ。
 変身願望と不遇な過去の清算の象徴とでもいうべき、王道のお姫様だった。
「とりあえず着るだけ……着てみるだけ、行ってきます」
 そそくさとフィオナはフィッティングへ。

 後に残されたグリーンアイスは、軽く肩をすくめる。
「シンデレラねえ。じゃあ、あたしはどうしようかな」
「フィオナにあわせようと思ったんだけど。踊り繋がりでいいかな」
 ブルームーンの目標、可愛いドレスで歌い踊るアイドル達。
 それとはちょっと違うけれど、華麗な踊りを魅せるバレエで統一してみることを思いつく。
「バレエねえ……他に何があるんだろ」
 グリーンアイスは、備え付けてあった本をパラパラとめくる。
 お姫様が登場する世界中の物語が、簡単に紹介されている本だ。
「あー、あたしこれでいいや」
 何かを見つけ、グリーンアイスはすぐに棚に向かった。

 その頃、フィッティングルームのフィオナは。
「うわー……!」
 金糸の刺繍やクリスタルに飾られたシンデレラのドレスを身につけ、感動に立ち尽くしていた。
(わかります。わかりますよ、シンデレラ! この変身を遂げた時の、あなたの気持ちが!!)
 そこにブルームーンとグリーンアイスが顔を出した。
「似合ってるじゃないの、フィオナ」
 そう言うブルームーンは、黒地に金のレース、黒の羽飾りが豪華なドレス姿。
「そ、そうですか? ところでブルームーンのドレスのモチーフは何ですか」
「これ? 白鳥の湖の黒鳥オディールよ」
 ふふん。と、流し目をくれるブルームーン。
「ではグリーンアイスが白鳥ですか」
「なんであたしがあわせなきゃならないのよ」
 入ってきたグリーンアイスは、淡いグリーンを基調とした、すらりとしたデザインのドレス姿であった。
「えっと、それは……」
「眠りの森のオーロラ姫。ずっと寝てられるなんて、素敵じゃない?」
「ぶっ……! あっ、すみません」
 フィオナが噴き出したのも無理はない。グリーンアイスにぴったりすぎるのだ。
 ブルームーンが一応補足した。
「フィオナがシンデレラだったから、バレエの主人公にしようと思ったんだけど。白鳥は気に食わないし、アホな王子はもっと気に入らないから、蹴り飛ばして白鳥にくれてやった黒鳥よ」
(蹴り飛ばす……って、32回転でですか!!)
 フィオナはこれもまたブルームーンにぴったりだと、壁に縋って肩を震わせている。

「なんだか受けてるみたいね」
「ま、いいんじゃないの」
 フィオナは必死で真顔を作ってふりむき、ふたりをせかした。
「すみません、それよりも髪とメイク、アクセサリーを早く選びましょう」
 ブルームーンがフィオナの髪を両手で持ち上げ、妖艶なまなざしを向けた。
「ねえフィオナ、私がとびきり素敵なティアラを選んであげるわ」
「ずるい! あたしも選ぶんだからね」
「ええと……それじゃあ、それぞれ選びっこしましょうか。私がオーロラ姫のアクセサリーを選びますね」
「へえ? それは楽しみ。期待していいのかな」
 グリーンアイスがブルームーンを見る目は、なんだか得意げだった。



 レースにフリル、ふわふわオーガンジーにサテンのリボン。
 花が咲いたようなドレスはどれも魅力的で、思わず頬ずりしたくなるほど綺麗だ。
 だがジェラルディンは、優しい色合いのドレスが並んだ棚を逸れて、敢えて暗く重い色のドレスが並んだ一角へと向かう。
「あら」
 そこにはすでに先客がいた。ニグレットである。
 すでにお目当てのドレスが見つかったようで、腕に抱えて振り向いた。
 ニグレットはほんの少しだけ眼を見開き、ジェラルディンがここに居ることを珍しく思ったようだ。
 ジェラルディンが目を輝かせる。
「素敵な色のドレスですね。きっとよくお似合いですわ」
 実際、光沢のある深いワインレッドの生地は、ニグレットの雰囲気によく似合いそうだ。
「好みの色のドレスが見つかってよかった。だがきみは、もっと明るい色を選ぶと思っていた」
「ふふっ」
 ジェラルディンがくすぐったそうに笑って肩をすくめる。

 実際、きちんとしたパーティーなどに出席するなら、自分のイメージ通りに着飾っていただろう。
 だがこの店では好きなものを着ていいのだ。
 ドレスの魅力にすっかり取りつかれたジェラルディンは、自分のイメージを打ち壊すような、意外なドレスを望んでいた。
「でもお姫様って案外難しいですよね」
「好きなドレスを選んで、モチーフを後付けにすればいいじゃない」
「きゃっ!?」
 相変わらず神出鬼没のアティーヤである。猫のように音もなく忍び寄り、ジェラルディンを驚かせる。
「あ、ごめんね。驚かせちゃったかな?」
「いえ、大丈夫です。……アティーヤはもう決めましたか?」
「もちろん。早速着てくるね!」
 明るい黄色のドレスを抱え、アティーヤは足取り軽くフィッティングへ消えていった。
「……私も早く決めなくちゃ!」
 ジェラルディンは結局、アティーヤのアドバイス通り、『まず好きなドレスを選んで、モチーフを考える』ことにした。

 どうにか一枚を選び出し、急いで着替えに向かう。
 アティーヤとニグレットは既にドレスを身に着けていた。
「あらっ、アティーヤ。ずいぶんかわいらしいドレスなんですね!」
「ふふっいいでしょ?」
 そう言って、大きく広がったドレスの裾を軽くつまんで、アティーヤはくるりと回って見せた。
 タンポポのような明るい黄色のドレスは、幾重にもドレープが重なってなんとも華やかだ。すらりとした上半身は肩を大胆に出し、健康的な美しさを感じさせる。
「美女と野獣の、ラ・ベル(美女)のつもりだよ」
「まあ、ぴったりです!」
 賢くて大胆で自由奔放。アティーヤのイメージにぴったりだ。それに、小麦色の肌には黄色がよく映える。
「後は髪をどうしようかなって考えてたんだ。下ろしたままでもいいかなって」
「少しカールして、トップだけゆるいポンパドール風にしてもエレガントですよ」
 ジェラルディンも貴族の娘、こういうことなら慣れている。
 それにああでもない、こうでもないとドレスアップについて語り合うのが、とても楽しいのだ。
「んじゃそうしてみようかな! ジェラルディンも早く着替えてドレッサーにおいでよね」
「ええ、すぐに行きますね」
 そのとき、すっと通って行くのはニグレット。
 すらりとした長身に、ワインレッドのドレスはぞっとするほど似合っていた。
 もの問いたげな視線に気づき、ニグレットはすっと指を伸ばし、ジェラルディンの頬に触れる。
「女吸血鬼だ。ぼんやりしている美しい娘は贄としてしまうが、構わないのか」
 冗談めかして言うと、そのまま次の部屋へと消えていく。
 後に残されたジェラルディンは、しばらくぽかんとしていた。
「皆様、すごいですわ……」

 そしてしばらく遅れて、ジェラルディンも後を追う。
「待ってたんだよ! おーっ、なんか珍しいドレスだね?」
「おかしい、でしょうか……?」
 ジェラルディンは、かなり古風な深い緑のベルベット地のドレス姿だった。
 膨らんだ袖には凝ったスリットが入り、広がった袖口からレースがのぞく。
 コルセットで形を整えた上半身は胸元が強調され、肌の白さが際立っていた。
「似合ってるよ! なんのお話なの?」
「ふふ。三銃士に登場する悪女、ミレディーです」
「面白いね。じゃあメイクも思い切り大胆にいってみようか!」
 アティーヤも楽しそうだ。何よりも、仲の良い友人が楽しそうにしているのが一番うれしい。
「髪も思い切り巻いて! 小道具は何があるのかな?」
「ここに剣やマスケット銃などがあるな。血糊……まであるようだ」
 ニグレットもなんだかんだでノリノリである。

 こうしてあちこち大騒動のうちに、支度が整って行く。



 姫君たちが次々と応接室に集まってきた。
 その目元には、意匠を凝らした仮面をつけている。
 姫君として集い、姫君としてふるまうために、普段の自分は仮面で覆い隠すのだ。

 だが、あんまり普段と変わらない姫もいる。
「王子がいないのですから、あたくしは起きられないはずですわね」
 オーロラ姫は早々に手近のソファに寝転がってしまった。
 一応は口調こそ姫君らしいが、それで一層残念さを増しているのは気のせいだろうか。
「王子? そう言えばそんな御仁もいらっしゃいましたわね。……もう過去のことですわ」
 オディールは黒い羽扇を揺らして、くすくす笑う。
 すらりと伸びた足が、黒いドレスからのぞいている。これが王子を蹴飛ばした足らしい。
「王子様……確かに、舞踏会は憧れでした。でもきっと私は……本当の私の望みは、変わることだったのです。12時になれば元に戻ると分かっていても」
 シンデレラは切なげにそう言って、白いドレスの裾をわずかに持ち上げた。
 キラキラ輝くガラスの靴は、しっかりと両足を支えている。
「このドレスが私に歩きだす力をくれました。なんて素敵な魔法でしょう」

 人魚姫が悲しげに眼を伏せる。
「そう、ひとときの夢。きっとそれで充分だったのです」
 優しい家族も、海の王国も、美しい声も、全てを捨ててまで得たかったもの。
 幸せだったかと問われればきっと幸せだったと答えるだろう。
 たとえ残ったのが、足の痛みだけだったとしても。
「でも夢はいつか覚めますわ」
 ティターニアが憐れむかのように、人魚姫の肩を優しく抱く。
「夢を見るために全てを賭けるのは構わないのです。それは自分のためですから」
 ただ、夢は自分のためでなければならない。
 誰かに夢を託すのは虚しいことなのだ。
「目覚めたとき、素敵な夢だったと思えなくては」

 女吸血鬼は赤く塗られた口元を、赤い扇で隠して微笑む。
「夢を夢のまま終わらせぬ。その覚悟がなくてどうするのか」
 白い肌は透き通るよう、結いあげた髪は宝冠のよう。
 いかなる犠牲を払ってでも、いや、犠牲を払ったからこそ、夢は近付く。
「迷うこと自体が愚かなことであろうよ。夢に敗れて散る覚悟も含めてな」
 その言葉にあわせ、低く笑うのは悪女ミレディー。
 千変万化の女賊は知恵と才覚と美貌でのし上がってきたのだ。
 だからこそ。
「立ち塞がる者は全て葬り去ればいいのよ。それができないなら、夢など見ないことね」
 美しい指が、マスケット銃を愛しげに撫でる。まるで、頼りになるのはお前だけだと言わんばかりに。

「そうね。でも私はどうせなら、美しい夢を見たいわ。悲しい夢や、辛い夢は沢山よ」
 美女は無邪気に笑う。
「だからみんなでとびきりの夢を見ましょう。誰かのためではない、自分の夢を」

 ――これからも、ずっとね。

 美女は赤い薔薇を一輪ずつ、皆に配る。
 それは夢が終わらない証。
 例え現実の世界での薔薇が朽ち果てても、胸の中で咲き誇る薔薇は永遠に瑞々しくあり続けるだろうから。




 お芝居の一幕のようなひとときが過ぎ、姫君たちは仮面を外す。
「いいわねこういうのも! なんだかちょっと感動しちゃった」
 美女ことアティーヤは薔薇の花を手に余韻に浸るように目を伏せた。
「強気なキャラってなんだか楽しいですわ」
 ミレディーのジェラルディンは、少し興奮しているようだ。
 真面目で、質素で、控えめな彼女の中に、悪女願望があったとは意外である。
「ふっふー。ジェラルディンは良い傾向だよね。また色々着ちゃおうね!」
 アティーヤは実に満足そうだ。
 意外な衣装を着せて恥ずかしそうにするジェラルディンも可愛かったが、積極的に楽しむ姿を見るのも楽しいのだ。
「すごい、凝ってますね……!」
 シンデレラのフィオナは、女吸血鬼ニグレットの小道具、血糊の付いたナイフをしげしげと見つめる。
 触れるのが怖い程に繊細できれいな細工の、鋭い光を湛えたナイフだ。
 ニグレットはフィオナのティアラを少し直してやりながら、赤い瞳でじっと見つめる。
「よく似合っているではないか。きみはもう少し自信を持っていいと思うが」
「えっ……」
 女性同士なのに、見つめられるとどぎまぎする。
「ほら、あたしの選んだティアラ、やっぱり正解だったじゃない」
「誰が選んだって? 私が先に見つけたのよね、フィアナ」
 むくれる黒鳥ブルームーンを相手にせず、眠り姫グリーンアイスはまたソファに寝転がる。
「あー、あたしずっと眠り姫でもいいかも。薔薇の香りに包まれて眠り続けるなんて最高じゃない?」
「あんたは年中寝てるくせに、何言ってるのよ」
 フィオナがまた笑いだした。

 ティターニアに扮したシルヴィアは薔薇を手に、すっと立ち上がる。
 宙をなでるようにして眼の上にかざすと、見えない妖精達がそこから飛び出したように、華やかな香りが広がっていった。
「なるほどこれは、つまらぬ薬などよりよほど心地よい夢が見られそうですね」
 そう言って微笑みかける先に、人魚姫の悠里がいた。
 人魚姫が自分ではない誰かを信じすぎたことは愚かだったかもしれないが、その純粋さ、素直さは、愛されるに値するはずだ。
「ええと、なにかありましたか……?」
 見つめるシルヴィアに、悠里が小首をかしげる。シルヴィアはきっぱりとした口調で言った。
「王子は人魚姫にふさわしくなかったのですわ」
 シルヴィアが差し出す薔薇を、悠里は静かに見つめる。
「私、思ったんですけど。きっと人魚姫も、次はちゃんと自分の夢を見るんじゃないでしょうか。目覚めても心が満たされるような夢を」
「では私が約束しましょう。きっと目が覚めても、幸せが続きますよ」
 悠里は眼を閉じて確信する。
 きっとシルヴィアの言う通り、今見ている幸せな夢はずっと続くだろう。


 それから少し後のこと。
 それぞれの部屋に、記念の品が届けられた。
 おとぎばなしの本に似せたアルバムには、夢見る姫君たちの姿が収められている。
 姫君たちが将来、辛い出来事に出合ったとき。
 アルバムを開けば、一夜の夢の記憶が鮮やかに蘇ることだろう。
 ――自分のために素敵な夢を見ましょう。
 きっと薔薇の香りが、優しく囁いてくれる。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja8923 / アティーヤ・ミランダ / 女 / 23 / ラ・ベル】
【ja0115 / 天谷悠里 / 女 / 18 / 人魚姫】
【ja4157 / シルヴィア・エインズワース / 女 / 23 / ティターニア】
【ja9370 / フィオナ・アルマイヤー / 女 / 23 / シンデレラ】
【jb1653 / ジェラルディン・オブライエン / 女 / 21 / ミレディー】
【jb3052 / ニグレット / 女 / 26 / 女吸血鬼】
【jb3053 / グリーンアイス / 女 / 18 / オーロラ姫】
【jb7506 / ブルームーン / 女 / 18 / 黒鳥オディール】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
長らくお待たせいたしました。
今回もドレスでいっぱいのハロウィンノベルをお届けします。
お任せ部分についてはかなり悩みまして、若干苦しい解釈もあったかもしれませんが。
ご依頼のイメージを損ねていないようでしたら幸いです。
またのご依頼、誠に有難うございました。
VIG・パーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年12月13日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.