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『『愚者』を探せ ―『世界』の悲劇― 』
ツヴァイ=XXIka2418)&クランクハイト=XIIIka2091)&シャガ=VIIka2292)&ルトレット=XVIka2741)&セレナ=XVIIIka3686)&ステラ=XVIIka3687)&バーリグ=XIIka4299

 ハロウィンの季節、届いた一通の招待状。
 送り主の名の代わりに押された『愚者』の刻印。
 「かくれんぼをしよう。見事『愚者』を探してご覧」そんな内容。
 ハロウィンにかこつけゲームでもいかが、ということらしい。場所はとある屋敷、そこに隠した『愚者』のカードを探すのが目的。
 カードを探す探索班、探索班を妨害する妨害班に分かれての勝負。妨害班の勝利条件は探索班を全員行動不能にすること。お祭り気分の遊戯にしては少しばかり過激かもしれない――が『愚者』の唐突な思い付きなどそういうものだ。
 いや、この際内容はどうでも良い。『愚者』の気紛れに付き合うのも六芒星を身に宿す我らが役目だと思えば。
 ただどうしても気になる点が一つある――ツヴァイは同封されていた地図を手に眉間に皺を刻んだ。そして彼にしては珍しく非効率的というか非生産的というかその地図を逆さにひっくり返したり、裏から灯りに透かしてみたりありとあらゆる角度から眺める。
 だが何度見ても地図が示すのは己が所有している森の中の屋敷。
 ちょっと待ってほしい。あの屋敷には貴重な書物を多く所蔵した書庫がある。何より読書に使う書斎の木漏れ日の差し込む具合が気に入っている。
 それを……。思い浮かべるのは同じく六芒星を宿す同僚の面々。奴らに解放するとなると……。
 結果は想像するまでもない。
 当日、色づいている木々の合間から覗く屋敷の様子にツヴァイは己の双眸が険しくなっていくのがわかる。
 蔦が這いまわる壁は煤で汚れ、所々に雷のような大きな罅割れが入っている。蜘蛛の巣が模様を描く窓辺に下がるのは破れたカーテン、日焼けで退色し毛羽立つ絨毯。機導術を用いたのだろうか、あちこちに浮かんで消える不思議な影。
 錦のトンネルを抜けると眼前に聳えるお化け屋敷よろしく改造された屋敷。静かに読書を楽しむための面影はそこにはない。
「……いつの間に……」
 暫し魂が抜けていたがはっと我に返る。そういえば『愚者』の命で暫くこの地を離れていた……と心当たり。
 ヒクリ、ツヴァイの蟀谷が痙攣した。ふつふつと腹の中湧き上がるのは怒りだろうか。
 屋敷を捉えた目は据わり、口角が引き攣れる。
 屋敷から聞こえてくる物音、既に準備している者もいるようだ。罠の設置や戦闘なんでもありとルールにあった。
 ツヴァイの役割は屋敷二階の妨害班。
 だがそんな役割なんの意味があろうか。
 ツヴァイは己が拳銃の握りを確かめた。
 企画『愚者』、故にこれは半ば八つ当たりに近いが。
 屋敷より響く派手な金属音。何が起きたのか――何が起きたにせよ自分に嬉しい事は何一つないのだけは確かだ。
 この屋敷の静寂を壊すもの全て、皆等しく敵である。

 ギギィ……と軋んだ音を立てて開く錆びついた門扉。
 屋敷の玄関へと続くスロープの石畳は崩れ、下草の生命力に波のようにうねっていた。
「うわぁっ!」
 挨拶代わりに目の前を通り過ぎていくカボチャお化けにバーリグが声を上げてのけ反る。が、カボチャお化けは面白がるでもなく無反応。
「雰囲気出てていいね〜!」
 体をすり抜けどこかへ飛んでいくお化けを見送るバーリグの声は弾んでいる。
「なんでこんな事をしなくちゃいけないんだ……」
 わくわくしてきた、と浮かれた様子のバーリグとは対照的にルトレットは憂鬱な顔だ。
「こーいうのはさ、楽しんだモン勝ちだよ。気楽にいこうよ、気楽に……ね」
 軽く背中を叩こうとした手は空振り。いつの間にか空けられている二人の間の距離。それ即ち心の距離。
「おいちゃん、寂しい……」
 空振った手を見つめ、しょんぼりとするバーリグに一瞥もくれずルトレットは腹の底から溜息を吐いた。
「今日は期待しているわ」
 壁役を――肝心な言葉は飲み込んでセレナがルトレットに微笑みかける。
「まあ、やるからには……やります……けど」
 やはり語尾に重なる溜息。
「ねーねー、セレナちゃん、俺には?」
「もちろん期待してるわよ」
 壁兼罠探知機として――ルトレットに対してよりも酷い扱いを心のうちにセレナはあくまで優雅に顎を引く。
 この三人が屋敷二階探索班だ。
 内心知ってから知らずか――たとえ知っていても女性の盾になることは厭わない性格だが、頼られたとポジティブな方向に解釈したバーリグは意気揚々と敷地内に踏み込む。
 門周辺に罠はなさそうだ――年甲斐もなく期待で輝く金の目は同時に、抜け目なく周囲を探っている。
「此処には何もなさそうだね」
 視界に疑わしきもが映らないことを確かめると、バーリグは一歩脇に逸れ恭しく頭を下げた。
「どうぞ麗しき月の君――」
「ありがとう」
 芝居がかった仕草に同じように返すセレナ。
 ルトレットが先行し、セレナを挟んでバーリグが殿。
 玄関までは何事もなく辿り着く。
「此処からが本番ってことかな」
「吊るされた男さん……さっさと罠を調べてください」
 言いながらもルトレットはその身長を生かし、高い所にある外灯などを覗き込む。妨害班の面子を思い浮かべるに警戒に警戒を重ねていく必要がある――とあまり乗り気ではないのだが、結構本気だ。
 罠を調べる男二人を安全距離を取り眺めるセレナ。
 それにしてもよくもツヴァイが屋敷の改造を許したものだ、としみじみ屋敷を見上げた。
「じゃあ行くよ……」
 一同に宣言したバーリグがドアノブに手を掛ける。ドアノブを軽く回転させると同時に鍵穴から飛び出した針がバーリグの腕を掠って背後の樹木に突き刺さった。
「えぇ……結構本気の罠?!」
 驚くバーリグがついうっかりドアを思いっきり開く。
 歓迎の紙吹雪代わりの粉が上から降り注いだ。
「うわ……っぷ、なに、これ?!」
「……粉? でしょうか……」
 もくもくと立ち上る薄茶色の煙幕はあっという間に玄関周辺を飲み込んで、背後にいたセレナも包み込まれる。
「毒ではなさそうだけど……っ?!」

 開いた扉の向こう、暗がりに光る金色の点々。

 ニャァ……。

 高く可愛らしい声。猫だ――と思う間もなく、先程の可愛らしい鳴き声なぞ忘れたといでもいうように「ぅにゃあああ!!!」興奮した野太い声で一斉に猫がとびかかって来る。
 猫達は我を忘れ三人によじ登ろうと爪を立てたり、足元に纏わりついたり。飛び上がって肩に乗っかろうとしたり……。
「やめて、パンツ、パンツ脱げちゃうからぁ〜っ!!」
 ベルトに数匹ぶら下げたバーリグが情けない声をあげて駆けまわる。
「痛、い ……」
 まとめた髪を玩具と勘違いされ躍りかかられたルトレットは既に成すがままだ。
「おいたは、だめよ?」
 一番被害の少ないセレナですら露出した肌に赤い爪の痕が浮かんでいる。

『ようこそ「愚者」のカードが眠る屋敷へ……』

 落ち着いた声が玄関ホールに響く。

「ハイト……? ということはこれは……マタタビ?」
 声の出現位置を探るセレナは天井近くにスピーカーとカメラを発見。わざわざ仕掛けたのだろうか。

『はい。皆さまのおかげで存分に遊ばせてあげられます。ああ、倒けつ転びつ懸命に遊ぶ姿……とても可愛らしいですね。癒されます』
 ほぅ、と感極まった吐息がマイク越しに聞こえてくる。
 続いてひらひらふわふわと羽が舞う。
 動く物に目がない猫達は大騒ぎだ。人間だろうと柱だろうと壁だろうと、構わずそれを取ろうと爪を立ててよじ登る。ちょっとした狂乱状態。
『精々頑張ってください』
 更に神経を逆なでする語尾に「♪」がつきそうな楽し気な声が上から振って来る。
 だがその様子が変わった。
『……部屋に入るときはノックをしなさいと教わりませんでしたか?』
『自分の家だ。誰に断る必要がある。それよりもあの猫たちは……』
『私の可愛い猫達です』
『あ……あぁ、絨毯が、壁が……』
『猫の爪が描く模様は芸術の一つですよ。それすらもわからないとは、哀れな性悪眼鏡男ですね』
 スピーカーを通じて聞こえる銃声続く、喧騒。
 どうやら放送室(仮)に乗り込んだツヴァイとの間に戦闘が発生したようだ、とセレナはみた。
(どうやら……あちらは一枚岩ではないみたい……)
 ならば人数の少ない不利を覆す方法はいくらでもある。

 ギシッ……ミシッ……

 明らかに猫によるものではない家鳴りのような音に最初に気付いたのはバーリグだ。
 足元に落ちた金具の破片。顔を上げればホール天井吊るされたシャンデリアが揺れている。
 既に支えている三本鎖のうち一本が千切れていた。先程の金具はその一部だろう。シャンデリアを支えている残り二本の鎖も時間の問題に見える。
 シャンシャンガシャン……硝子製のパーツがぶつかり合う高い音を合図に、シャンデリアが落下。
 危険を察知しあっという間に散っていく猫のうち一匹にローブの裾を引っ張られ壁際に寄るルトレット。
 シャンデリアの真下にいるのは――セレナ。
「セレナちゃん、危ない!!!」
 セレナ目掛けバーリグが横に飛ぶ。
 だがバーリグが突き飛ばすよりも早くセレナは避けていた。
「へ?」
 勢いを止められないバーリグはセレナの無事な姿に微笑みを浮かんだまま絨毯にスライディングをかました。背後で激しい音を立て、床に激突するシャンデリア。

『好き勝手に……いい加減にしろよ……!』
『なっ……お待ちなさい。なんて――ザーーーッ………』
 銃声が何発も響き――そしてスピーカーが沈黙する。

 もうもうと立ち込める埃、硝子の破片が燭台の灯りを反射して煌く向こうに浮かぶシルエット。
「誰も落とせなかったか――まあ、そうこなくっちゃな。面白くねェ」
 パンと手を叩くような乾いた音が響く。首筋に『?Z』を刻んだ六芒星。戦車――シャガが落ちたシャンデリアに片足乗せていつの間にやら立っていた。
 一段高い所から三人を見下ろす金色の双眸は好戦的な光で彩られている。
「さあ、ヤろうぜ?」
 にやり、口端を上げ楽しそうに告げた。

 屋敷内の使われていない部屋に各種機材を持ち込み屋敷内をくまなくチェックできるようにしたのはクランクハイトだ。
 玄関の猫トラップも彼作である。
 遠隔地の映像を写す機材、遠隔地と音声でやりとりするための機材、それなりの出費を伴ったが可愛い猫達が楽しく遊ぶ姿を見るためならば痛くも痒くもない。何せ出費したのは『恋人達』だから。クランクハイトの懐は全くもって痛まない。
「フフフ……」
 三人と戯れる猫達の姿に、愉悦を含んだ笑みを浮かべる男の眼鏡がモニターの白っぽい光を反射して光る。
 そんなウッキウキ猫ウォッチングを邪魔する者が現れた。
「……部屋に入るときはノックをしなさいと教わりませんでしたか?」
 出入り口、銃を手に立つツヴァイと相対し眼鏡をクイっと上げる。
 振り返った拍子にマイクのスイッチを入れていたことに気付いていない。
「自分の家だ。誰に断る必要がある。それよりもあの猫たちは……」
「私の可愛い猫達です」
 その可愛い猫達マタタビで感極まってが絨毯や壁で爪を砥ぐ姿が映し出される。
「あ……あぁ、絨毯が、壁が……」
「猫の爪が描く模様は芸術の一つですよ。それすらもわからないとは、哀れな性悪眼鏡男ですね」
 なんてことだ、と愕然とするツヴァイに向けてクランクハイトは肩を竦めた。
 貴様を排除する……マイクも拾えないほどの低い声で告げたツヴァイが引き金を引く。
 記念すべき第一線は仲間割れ。
 射程距離は断然ツヴァイが有利。だが家具を盾に取られると弱い。形あるものいつか壊れるのだから気にしなければ良いのに、などと思いながらもそれを利用しクランクハイトは距離を詰めていく。
 ツヴァイの右手のソファの影から身を屈め飛び出す。銃でガードしようにも間に合わない。そのまま拳が顎を捉えるか、というタイミングでシャンデリア落下の大音声。
「好き勝手に……いい加減にしろよ……!」
 肩を震わせるツヴァイの銃口がモニターに向いた。
「なっ……お待ちなさい。なんて――っ!!」
 機材を壊されてなるものかと踏み込むクランクハイトは雷撃に貫かれ、あえなく沈む。
 床でピクピクと痙攣するクランクハイトを無視し、立て続けに引く引鉄。
「貴様ら全員、ぶっ潰す……!」
 決意新たに宣言しツヴァイは放送室(仮)を後にした。

「行くぜ、オッサン」
 アックスを振りかぶりシャガがバーリグ目掛け突進する。実質三対一だというのに気にする様子もない躊躇いのない動きだ。
「え……待って、それ……」
 本気の武器じゃん、と声は重さを利用したアックスの斬撃に散った。刃を潰した訓練用じゃない。訓練用だとしても重量的にまともに喰らえば危ないというのに。
 ガっとシャガの足が絨毯を踏みしめる。絨毯が皺になろうが知ったことではない。手首を返し振り下ろしたアックスを斜め下からバーリグ向けて振り抜いた。

(あら、要注意ね……)
 爛々と金の双眸を輝かせるシャガをみてセレナは思う。幼馴染があんな顔をしている時は何か企んでいる時だ。
 きっと戦うために罠を沢山張り巡らせているのだろう。
 いきなり壁を持っていかれるのはごめんだが、シャガと直接戦闘もしたくはない。
 さてと、どうしようしようかしら……呟きながらセレナは二人から少しばかり距離を取る。

 唸りを上げて迫るアックスの軌道を所持していたナイフの腹で叩き横に流すが、勢いは殺しきれず蹈鞴を踏む。
 踵が糸のようなものを切った感覚。
 風切音にまずい、と思った時には天井にしかけられていたスパイクがバーリグ目指して飛んできた。
 スパイクの動きとは逆方向、床を転げなんとか避けるが一息ついている暇もない。
 立ち上がり様、シャガの髪とよく似た淡い光に包まれたアックスが迫って来る。本気の一撃だ。
「なんでガチで狙ってくるの!?」
 悲鳴に近い声を上げ、後ろに飛び退く。
「バーリグ、後ろよ」
 セレナの声。分からないままに咄嗟に屈むと同時に、壁に掛けられた絵画を突き破り放たれる一条の矢。
 どう考えても追い込まれている。罠のある場所に。今もセレナの一言がなければ危なかった。
「おいちゃん君になんかした!!??」
 ――とちょっと後頭部髪を持っていかれた気がするが……確かめるより先にシャガの追撃。
「いい加減観念しろッてェの!」
 水平に振られるアックスは確実に首を狙ってきている。
「ぅあああ……もう、もう……っ!!」
 やめてよーー絶叫と共に力一杯引っ張る絨毯。ちょっと涙目だ。だって同僚に本気の殺気を向けられるとか――。
 シャガが足を引っ張られ態勢を崩した。そこに近くにあった陶器製の像を思いっきり投げつける。駄々っ子攻撃。
 咄嗟にアックスを像に翳す。そこに隙が生まれた。
「仕方ないなぁ……。こう見えてゲームは本気でやる主義だから……」
 畳みかけるなら今だ。バーリグは一気にシャガとの距離を詰める。

 一応、一応仲間だ。バーリグは。ただでさえ自分たちは人数が少ないのに開幕いきなり一人消えるのは良くない。やる気ではなくともルトレットは職務に対し真面目だ。手は抜かない。これを職務というのかはこの際置いておく。
 だからバーリグのフォローに回ろうとした。だというのに。
 棚の影に隠れて周囲を見渡す。
 耳元で炸裂音、棚の一部が弾けて吹っ飛ぶ。
 いずこからかの狙撃。どこだ、と周囲を見渡すが相手は一撃ごとにポイントを変えているのか中々場所が掴めない。
(世界さんと死神さんは……今戦っているはず。ならば星さん……)
 物陰に、階段の上に彼女の姿を探す。シャガと連携を取られたままでは自分たちはジリ貧なのは確実。
 此処で動きを止めることができれば幸い。
(いた……)
 右手廊下に動く影。ルトレットは右手に意識を集中する。魔力の高まりとともに風が掌へと集まっていく。

 幼いころから一緒に悪戯などを繰り返していたせいか。打ち合わせも合図がなくともステラはシャガの動きがわかる。
 きっとシャガもステラの意図を組んでくれているのだと思う。尤も個人の楽しみを優先させている気もするが。
(それで充分……)
 ステラはバーリグのフォローに回ろうとしたルトレットの足元にワイヤーを飛ばす。
 引っ掛かり転んだルトレットが此方に気付く前に柱時計の影に移動し狙撃。
 シャガとは違い、本気でやるつもりはないから急所は狙わない。動けなくするだけで良い。
 ステラが本気を出すのはセレナに対してだけだ。そうステラの目的はセレナを男たちから切り離すこと。本気でやりあうために。
(君たちには早めに落ちて貰わないとね)
 棚の影に隠れたルトレットを銃撃で縫い止め、自身は奥の廊下へと走り込む。影に身を寄せルトレットの様子を確認した瞬間、視線が合ったような気がした。
「まずい……」
 銃を構える――がルトレットの魔法の方が完成が早い。

 シャガへ駆け寄るバーリグの流れる視界にルトレットそしてステラが映る。どうやらシャガとバーリグがやりあっている間二人も戦っていたらしい――とルトレットがステラに向けて風の刃を撃つ。
「ステラちゃん!!」
 考えるより先に体が動いていた。シャガの手前で片足に全体重をかけ無理やり方向転換。全力でルトレットとステラの間に飛び込んでいく。
 ザシュ――鋭い音に続いて赤が飛び散り、そして床に転がるバーリグ。バーリグの体の下、シャンデリアの破片が音を立てて潰れる。



 ホールに落ちる沈黙。



 一瞬誰しも我が目を疑った。その光景に。
 妨害班を探索班が庇う。庇い怪我をしたバーリグが無傷なステラに向けてサムズアップ。一仕事終えた男の顔だ。
 最初に沈黙を破ったのはシャガ――と思わせてセレナがバーリグに向かったシャガへ柱時計を思いっきり蹴倒す。
 飛び退くシャガ。すかさずルトレットがスリープクラウドを放つ。
「また後でね」
 セレナは廊下に隠れるステラに片手を振り走り抜ける。
 片膝をつくシャガを横目に三人は階段を駆け上っていく。

 一階から二階に上がる階段は途中踊り場があるくの字型。
 踊り場を抜け一気に二階を目指す三人、先頭を行くバーリグの爪先にぶつかる何か。
「な……に?」
 ザっと波のような音がする。二階から転がり落ちる大量の硝子玉。
 硝子玉は煌きながら階段を滝の如く流れていく。
「あぶな――ふぼぁっ……」
 後ろに続く二人に忠告しようとしたバーリが硝子玉に足を取られて滑り落ちていく。
 セレナは手摺に華麗に飛び乗り、階段の途中立ち止まったルトレットは落ちてくるバーリグを支えずに避けた。
「生きて、ますか?」
 踊り場にてのびるバーリグにかけるおざなりな声。

 コツ、コツ、コツ……。響く足音。廊下に影が映る。
「此処から先……進めると思いましたか?」
 暗がりから現れる黒衣の死神。
「もう少し皆さんの健闘ぶりを楽しんでから出ようと思っておりましたが……」
 眼鏡のブリッジを中指で支え、二階から睥睨するクランクハイト。まるで物語に出てくる悪の組織の幹部だ。神父だが。
 白い手袋の裾を引っ張り、具合を確かめると階段を蹴りルトレット目掛けて跳躍した。黒衣が羽のように広がる。
「こういう機会でもなければ、皆さんには殴り掛かったりしませんよ。折角ですし、一発いかがですか?」
 背後は手摺、逃げ切れない。一発貰う覚悟で顔の前、腕を十字に交差しルトレットは死神の一撃に供えた――だが……。
 トン、と傍らに落ちる柔らかい着地音。耳朶に感じる笑気。
「え……?」
 何事かと顔を向ければ、思いのほか近くにあるクランクハイトの銀色の瞳と視線が重なった。神父――に相応しい柔和な笑みを口元に浮かべるクランクハイト。
「何を考え――っ」
 にゅるり――襟元から背筋に落ちてくる冷たく柔らかくぬめっとした感触。
「……っぅ……ぅぁあ……」
 その気色悪さに思わずルトレットは口元を抑えて蹲った。そうすると更にそのぬるぬるとしたものが背を伝って落ちてくる。
「ひっ……!!!」
「まったく、そういう顔をされると虐めたくなるじゃあないですか?」
 クランクハイトはやはり穏やかな笑みのまま一歩下がる。
 ヴォン――大気を震わせてルトレットとクランクハイト目掛け投げつけられる何か。それは蹲るルトレットの頭上を抜けてクランクハイトへ。死神はふわりと宙に身を躍らせ踊り場――バーリグの上へ着地した。
 勢いのまま天井に当たった何かが陶器の破片を降らせる。
「覚悟はできてるな、クソガキィ」
 眠りから回復したシャガの怒鳴り声。
「まったく、わんこさんは良く吠えますね」
 シャガの投げた陶器で頬を切ったクランクハイトがバーリグの上に乗ったまま見下ろした。「ぐぇえっ!」足元潰れた蛙のような声を上げているバーリグは無視だ。
「ねぇ、おいちゃんの扱い酷くない?」
「死んだら花くらい贈ってあげるわ」
 手摺から踊り場に降りたセレナが小さく首を傾げる。
「俺はわんこじゃねェ! チャリオットだ!」
「あぁ、そうでしたね。チャリわんこ……略してチャリンコでしたっけ」
 何故か探索班を置いてきぼりで喧嘩を始める二人。クランクハイトの足元からそっと抜け出したバーリグと共に三人は二階へコマを進めた。
 二階廊下、まだ二人の喧嘩の喧騒が聞こえてくる。どうやら口喧嘩から戦闘に移行したようだ。
「妨害班を妨害します」
 ルトレットが言う。まだ二階に来たばかりだが相手が本気で掛かって来る以上、此方としてもそれなりの対処をしなくてはならない、と。
 ルトレットが警戒しているのは現在進行形で仲間割れ中のシャガだ。彼には聴力と嗅覚を強化する力があったはず。戦線復帰したシャガに先回りされては厄介だ。
 ルトレットは二人を残し、身を隠しながら進む。
 シャガの鼻を確かめるために室内に身に着けたものを隠したりしつつ探索を進める。とある部屋から聞こえる物音。誰かいるのだろうか。
 ドアに耳を近づけるルトレット。
「全員潰す……徹底的に潰す……。跡形もなく綺麗さっぱり掃除してやる……」
 聞こえてくる怨嗟の声に背筋を冷たい汗が伝う。
(世界さん……だ)
 姿を確認しなくとも分かった。今回の一番の被害者ツヴァイだ、と。
 このまま無視していきたい――だが敵味方区別なくバーサーカー状態は放置しておけば危険だ。
 先程シャガに使ったスリープクラウドをドア越しに使おうと試みる。
 だが――……。
 興奮状態のツヴァイには利かなかった。近づく足音。
 かくなる上は短期決戦。ドアを開け、一気に拳を叩き込む。心に決めてドアノブを握って開く。ツヴァイが銃を構えるより早く――。
「塔の――か……」
 ツヴァイがゆっくりと銃口を向けて踏み出す。ユラァリ……禍々しい陽炎を纏っているように見えた。
 桃色の双眸は怒りのせいか瞳孔が開いている――正直とても怖い。ツヴァイの置かれた立場には同情するが怖い――。
「……し、失礼しま……え、え……え?」
 扉を閉めてみなかったことにしようとしたが、いきなり目の前からツヴァイの姿が掻き消えた。
 部屋に入ってすぐ、床に黒々と口を開ける落とし穴。ひらりと舞った『?]<運命>』のカードが穴へと吸い込まれていく。
 どこまで続いているのだろう、そっとルトレットは穴を覗き込んだ。
 どうやら穴は一階を通り越して地下まで続いているらしい。落ちたツヴァイの様子は暗くて見えなかった。

 安全を確認するために先行したバーリグが扉を開いた先にいたのは、窓枠に軽く腰掛けているステラ。
「やあ、バーリグ。先程はありがとう」
「ステラちゃんに怪我がなかったのなら何よりだよ」
「お礼といってはなんだけど、少し休憩でもしていかないかい?」
 ステラが傍らのテーブルにはティーセット。どう考えても怪しい。これを怪しいと思わない方が怪しいというレベルで怪しい。
 だがそこで怯むバーリグではなかった。
 ゲームには勝つ。だが折角の女の子からの誘い。断って面子を潰すなんてとんでも――……。
 いきなり視界が落ちる。落とし穴二つ目。しかしツヴァイが落ちたものより小さ目でちょうど腰の部分で止まっている。
「僕の誘いも罠だと分かっていただろう?」
「でも女の子からの誘いを断るなんて男が廃るでしょ?」
 肩を震わせて笑うステラに腰から下穴に嵌ったままステラにウィンクを送る。
「そうだね。そんな貴方も嫌いじゃないよ」
 此処だけの話、なんて唇に人差し指を充てたステラが人の気配に開け放した窓から外にひらりと身を躍らせた。
「……何、してるんです?」
 ステラの代わりに部屋にやってきたのはルトレットだ。とても冷めた目でバーリグを見下ろしている。
「良い所に……! 助けて!!」
「……置いていきますから」
 ヘルプミー、手を差し出すバーリグの横を素通りしティーセットの影に自分のハンカチを隠してそのままステラが出て行った窓伝いに隣の部屋へと消えていく。

 所変わって一階。
 落とし穴で一気に地下まで落ちたツヴァイは一階に上がってきていた。
 一階と二階でグループが違う、とかゲームのルールなんてどうでも良い。全員潰す。それだけだ。
 来賓が来た時に使用するダイニングで食器が割れた音が聞こえた。
「本当にいい加減に……!」
 勢いよく開く扉。だがしかし――……。
 手にしたモップで掃除をしている白衣姿の小柄な同僚の姿。
「その……なんというかすまん」
 同僚はツヴァイの姿を認めると申し訳なさそうに頭を下げる。
 今まで好き勝手にしている連中ばかりだった。だからそうやって素直に謝られた上に掃除までされるとなると……。
「いや……此方こそ煩わせてすまないな」
 毒気が抜け銃を下すツヴァイ。そこに床が抜ける音が重なる。
「くそっ、今度は誰だ?!」
 食堂から飛び出すツヴァイを白衣の同僚はそっと見守った。

 ルトレットが去ったあと、突然蹴破られる扉。バーリグの声を聞きつたシャガだ。
 床に嵌っているバーリグを一瞥して「ブハッ」と笑う。
「ダッセェなァ、オッサン!」
 アックスを肩に担いだまま周辺を見渡す。
「此処にはオッサン以外いねェのか」
 外れか、と舌打ち。どうやら床に嵌って戦えないバーリグに興味はないらしい。

 天井からぶら下がる男の下半身ツヴァイは眩暈を覚えた。こんな趣味の悪いオブジェを屋敷に設置した覚えはない。
 迷わず引鉄を引く。

 上半身はといえば……。
「痛いっ! 何、何?! おいちゃんの下半身虐めてるの誰?!」
 ばたつかせる足。銃声ということはツヴァイだろうか。
 平静を失っているせいか、狙いが今一つ定まらず致命傷は受けていない。だが掠っただけでも痛いし、可能ならば打ち抜こうという本気が伝わって来る。
「な……なんで……」
 彼の屋敷でのゲーム大会。折角仲良くなるチャンスだと思ったのに。悲しい。
 階下から滲む殺気に筋肉質な体を小鹿の様に震わせた。

 飛来する銀の盆がバーリグの太腿を狙った一撃を防ぐ。
 悠々とした足取りで姿を現すのは皆の恋人を自称する男。
「毛を逆立て爪を立てる子猫ちゃんも愛らしい……そして……」
 いつの間に居たのだろうか……。眼鏡の奥、値踏みするように目を細めツヴァイは男の動向を見守る。
 男は天井から生えている下半身の元へといくと――。
「小鹿の様に震える子猫ちゃんも愛らしい。此処は俺の顔を立てて二人とも俺に愛でられるというのはどうだい?」
 手を伸ばしその突き出した足の脹脛をツ――っと人差し指で撫でた。
「うぉぁあ〜……!!!? 何が起きたの?!」
 ゾワっとキたあああ、大音声と共に天井から足が抜ける。
「……おや、残念」
 肩を竦める男に温度の無くなった双眸とともに向ける銃口。ツヴァイが引き金を引くより先に、男はテーブルを盾に逃げおおせた。
 隣の部屋、ソファの裏に隠れたルトレットがシャガの様子を探る。ハンカチに反応をしていないところをみると嗅覚強化は使用していないらしい。
 ならば聴覚はどうか。
 階段にて拾ってきた硝子玉を一つ、床に投げる。
「隣かッ」
 聴覚は強化しているようだ。すぐさま勢いよく扉を押し広げシャガがやって来る。
「どこに隠れてやがるッ?!」
 振り回されたアックスが空を裂く。
 罠を気にしてもいないのかズカズカと入り込む。カーテンを揺らし、そちらに注意を惹きつけ先制をしかけようと思っていたが、シャガはルトレットの隠れるソファの前を通り抜け窓際へ。
「ァ? ……こいつ、は」
 窓から身を乗り出して下を覗き込むシャガ。どうやら一階に誰かをみつけたようだ。
「ヘェ……。あの二人とヤんのも楽しそうだなァ」
 楽しそうに口角が上がる。下に気を取られているうちにと彼の足に狙いを定めウィンドスラッシュを仕掛けた。
 風を切る音、シャガが咄嗟に反応し身を捩る。命中はしなかったが太腿を風の刃が抉った。
「不意打ち上等。相手になってやろうじゃねェか」
 血は流れるままに痛みを感じてないのかシャガがアックスを構え、凶悪な笑みを浮かべる。
 ホールのような場所ならばともかく室内でシャガのアックスは取り回しがし難い武器だ。とはいえルトレットの武器は杖。硬度はそれなりにあるがあの重たい刃を受け止め切れる自信はない。
「僕の仕事は……カードを探す、ことです。戦闘は範囲に入っていません……」
「ハッ、真面目腐ンなよ、ガキっ!!」
 ルトレットが蹴倒したスタンドをアックスで一閃。シャガが突っ込んでくる。
 唸る戦斧をギリギリで交わす。髪をまとめているリボンが刃に引っ掛かり千切れた。
「逃げてるだけじゃ話になンねェぜ?」
 ソファがルトレットの代わりに真っ二つに割れる。屋敷の損害なんて少しも考えていない戦い方だ。
 どうにかしてもう一度スリープクラウドをかけたいがシャガも警戒しているのか集中する時間をルトレットに与えない。
 部屋の外に逃げるべきか――ちらりと視線をやったドアの向こう。セレナがこっちに来いと手招いている。
「屈んで」
 声に反応して屈む前にルトレットはいきなり前のめりにつんのめり、顔をサイドボードにぶつける。目の前飛び散るお星さまたち。そして意識を手放した。
 ルトレットの足を引っ張ったのは探索班の男連中の脱落をもくろむステラだ。ずっと機会を狙っていた。
 そしてここぞとばかりにワイヤーを仕掛けて転ばせたのだ。
(セレナに付き合ってくれてありがとう……)
 せめてもシャガと誰かの闘いに巻き込まれぬようワイヤーを手繰り寄せ、ルトレットを部屋の隅に退けた。
(でもごめんね、貴方がいるとあの子と遊べなさそうだから……)
 嫌がりつつも真面目に仕事をこなしていたルトレットは隙あらば他所事に気を取られるバーリグより厄介な存在だった。綺麗に気絶しているルトレットに心の中で謝罪する。
 倒れたルトレットを気にせず、どこから持ってきたのかセレナがティーセットをお盆ごとシャガに投げつけた。
 食器の割れる甲高い音。
 さらにシャガとは逆方向に廊下に飾ってあった花瓶を床に叩きつけて割る。立て続けに起きる喧しい音。
「……いい加減に、しろ」
 復活のツヴァイ。同時にシャガも部屋から出てきた。
「シャガの乱暴者……」
 足元に散らばる破片に視線を落とし、棒読みの一言。だがツヴァイにはそれで十分だった。ターゲットはシャガに。
「利用できるものはね、全て利用するのが私のやり方よ」
 しれっとセレナが二人を残して先に進む。

 穴から自力で脱出できたバーリグはふるりと震えて自身を抱きしめた。脹脛をなぞった感触が未だに残っている。なんというか身の危険的なものを覚えなくもない――……。
「あ、セレナちゃん!!」
 ホール吹き抜けを挟んでの反対側の廊下にセレナをみつけバーリグが手摺から身を乗り出し手を振る。
 だが気付いたのはセレナだけではなく。
「ぐえっ……!」
 後ろから蹴られて危うく手摺から身を乗り出しそうになった。
「ちょっと、頭から落ちたらどうしてくれるの?!」
「適度な刺激で頭の回路が上手い事繋がってくれるかもしれませんよ」
 クランクハイト何事もなかったかのように立っている。
「でも失敗してしまったので、直接刺激を与えることにしましょうか?」
 白い手袋で包まれた手でゆっくりと拳を作りながら死神は宣言した。
 正面突き出された拳、掌底で横にずらす。だがそれも計算の内だったのか開かれた方の足を軸に回し蹴りが飛んでくる。
 手にしたドアノブ思いっきり引いてドアで蹴りを受ける。嫌な音を立て真っ二つに割れる木製のドア。
 ドアの割れ目から微笑むクランクハイトの顔がのぞく。
「ちょっとしたホラーだよねぇ」
 バーリグは周囲を見渡す。自分たちの目的はカードを探すこと。ルールには屋敷の外に出てはいけないと明記されていなかった。
 ならばステラたちがしたように二階の窓から逃げるか、と真っ二つに割れたドア、自分側からクランクハイトに向けて蹴り倒し。
 隣の部屋に走る。
「え……」
 隣の部屋、開けた途端に「にゃぁ」と可愛らしい声の歓迎。
 何故か猫だらけの部屋だった。クランクハイトの飼い猫の控室だろうか――。
「もう逃がしませ……っ、なんですかこの部屋は?!」
 割れたドアを踏み越えやってきたクランクハイトの声が突然裏返る。どうやら違うようだ。
「これは私の夢でしょうか?」
 一匹の猫がクランクハイトの足元にすり寄る。あぁ……途端に恍惚の声を漏らしふらふらと猫部屋に吸い込まれるクランクハイト。
「あ、これ……」
 『?]<運命>』のカードを発見するバーリグ。これは罠だ。でもそんなことクランクハイトには関係ない。
「なんてぷっくりと可愛らしい肉球、さあさあその可愛らしいお手てで私を踏んでくださいな。可愛い御鼻は下から見上げれば人をダメにする茸のようです。三角お耳の愛らしい事。いいえ、カールもとても素敵ですよ。ふさふさ尻尾の豪奢さ。鍵尻尾の愛嬌のあることといったら……!!!」
 心の底から賛辞をおくり猫と共にゴロゴロ床を転がる。
 ちなみにクランクハイト、セレナとステラ二人には猫耳と猫尻尾が似合うのではないかと密かに思っていた。白猫と黒猫……甲乙つけがたく両方可愛い。
 皆違って、皆良い……!! 猫さいこー!!!
 クランクハイト今回の中ではまともだと思っていた時期がおいちゃんにもありました……。以前何処かでみたような光景にバーリグは遠い目をする。
 そして合流したセレナにクランクハイトは捕縛されたのだ。
「なんと卑怯な……」
「終わったらまたあの部屋に放牧してあげるわ」
「なら良いでしょう」
 即答。変り身早い。
 セレナは新しい壁を手に入れた。
「残りは一番北側の部屋ね」
 最後の部屋は書庫だ。
 罠を警戒し進むバーリグが足を止める。
 部屋の前、無数の縄で作られた輪の中央にカード。
「まさか『愚者』のカードとか?」
 そう忘れがちだったが自分たちはカードを探しているのだ。
 しかしカードの周囲の輪は罠であろう。しかし輪の中に入らなければカードを捲ることはできない。
 そもそも輪を通り抜けなければ書庫につかない。
 バーリグは慎重に、慎重に爪先立ちで輪の隙間を潜り抜けそしてカードを手にした。
 カードの絵柄は『?V<女帝>』。
「ということはこの罠は……」
 彼女からのプレゼントか、と慈愛に満ちた微笑みを思い出すバーリグは気を抜いた。
 輪を踏み抜いたのだ。
 グイっと足を引っ張られ――。
「これはまた随分と派手なミノムシがいたものです……」
 クランクハイトがぷらーんと揺れるバーリグの顔を見下ろす。先代「吊るされた男」には世話になったというのにクランクハイトは容赦がない。だが縛られているクランクハイトも格好ついてないから多分引き分け、とセレナは思う。
 名実ともに『吊るされた男』となったバーリグの横をクランクハイトとセレナが通り抜けていく。
「我が選択に悔いなし!!」
 『女帝』のカードを胸にバーリグは力強く言い切った。彼女の罠が空ぶりに終わらなくて良かった、と。
 悲しむ女性の姿はみたくないのだ。

 書庫の前に立つセレナと繋がれたクランクハイト。シャガがいれば「犬はどっちだ」と笑ったことだろう。
「扉に罠はないよ」
 内側から静かな声が告げる。
「そう……」
 セレナがドアノブを回した。開けた途端飛び込んでくる分厚いハードカバー。
「残念。私の盾は二枚だけではないの」
 セレナがクランクハイトを押し出す。見事クランクハイトの額を打ち抜くハードカバー。
 気絶したクランクハイトを捨てセレナが一歩、書庫に足を踏み入れた。
「私ね……望む物は全て欲しいの……」
 抑揚のないセレナ声が恋人のステラを前にした今だけは歌うように紡がれる。
「だからステラの可愛い洋服姿……みたいな」
 今回のゲームの主催は組織のボスたる『愚者』だ。勝利者には当然見返りがある。その見返りとして着飾る事を厭う恋人に可愛らしい服装をさせたいと強請ることくらい可愛いものだろう。
「やれやれ……セレナ……君が欲張りなのは知っているけど……」
 膝の上広げていた本を閉じ、書架へとしまう。高い書架から本を取るための梯子からステラが音もなく飛び降り、セレナの前に立つ。
「まぁ……偶にはこういうのも悪くないかな?」
 喉の奥小さく笑みを零してワイヤーを指に絡めた。
「あら……」
 セレナが初めて己が武器である鞭を抜く。
「今の私に勝てるの?」
 声音も浮かべる笑みを優しい。だが双眸に宿る月が本気だと告げていた。
 愛しい人が本気ならば本気で応えるのが当然だ。手抜きはしない。
 先端に小さな分銅のついたワイヤーをセレナの手元狙って飛ばす。鞭が弾く、それが合図となって二人の闘いは始まった。

 星と月、二人を彩る光の欠片が舞う。
 セレナの鞭がステラの肩を割く。熱を持った痛みが広がる。
 だがセレナからの攻撃だ。例え骨が砕けようが気にならない。
 この身に残る傷になろうとも――。
 滲む血を拭った指を舐める。鉄の味も彼女によるものだと思えば甘い。
 書架の影に転がり込むステラを追いかけ、セレナの鞭が撓る。
 乾いた音を立て、本がステラの代わりに背表紙から抉られた。
 踊るように軽やかにステップを踏み巧みに攻撃を避けるセレナの足をステラは狙うが、照準が定まらない。
「逃がさない……から」
 セレナが振るう鞭に書架に並べられた本が一気に雪崩を起こしステラへと。隣の書架に手をかけ体を持ち上げ雪崩を逃れるステラ。
「書架を台無しにされた本の虫が怒るよ」
 山積みとなった本の上に立ちステラが肩を竦める。
「また買えばいいじゃない。それに折角二人きりなれたのに他の人の事を話題に出すなんて……」
 妬けるわ……低温のだが確実に炎の灯った声が告げる。
 カードの事は忘れて二人の世界だ。もしもここにルトレットがいたら「二人ともイチャつかないで仕事してください」と生真面目にツッコミをいれてくれただろうが残念ながらここには居ない。
 しかし――……。光の三角形が広がり二人を襲う。
「どいつもこいつも……!」
 今までの中、一番怒りに満ちた声でツヴァイが踏み込んできた。いきなり発砲をしなかったのは此処を書庫と思ってのことだろう
「表に出ろ……」
 抑えていてなお震える声は内側に今にも噴火しそうなマグマを抱えていることを伺わせる。
「まったく……」
 大きな溜息を吐いたのはステラだ。
「せっかくの楽しい時間に水を差さないでほしいな?」
 良い所だったんだ、と言ったところで今のツヴァイに通じないことはわかっていた。
 だから「貴方に贈り物をあげよう」胸の前手を置いて一礼とともに一歩下がる。

 ドガァッアア!!

 轟音を立て書架と共に崩れる棚。
「逃げてンじゃねェよ……!」
 崩れた壁の向こう、アックスを振り下ろしたシャガが顔を上げツヴァイを捉えた。
「貴様ら全員、此処から無事に帰れると思うな」
 ツヴァイの視線が三人を睨め付ける。
 シャガはといえば、本気の闘いができればそれでいいのだ。そして一応幼馴染に花を持たせてやろうくらいの意識はある。
「アー?上等じャねェのクソメガネ!」
 ガっと音を立て柱に戦斧を叩きつツヴァイの意識を自分へと向けさせる。
「達者なのは口ばかりかァ? 掛かッて来いよ」
 足元の本一冊蹴飛ばして、にやりと口元を歪めた。
「まずは貴様から……だ」
 書庫だというのにツヴァイが銃を撃つ。身を屈ませそれを避けながら懐に入り込むとアックスの石突で顎を下から狙う。
 直撃を避けたが顎を掠められ脳を揺らされたツヴァイがふらつく。だが目は死んでいない。
「遊びは楽しんだモン勝ちだぜ?」
 来いよ、クイっと掌折り曲げて挑発。
 二組が入り乱れての戦闘。
 きっと全員の頭からカードのことは抜け落ちていた。
 広めの書庫は既に書庫であったかすらも怪しいありさま。本も無事なものは一冊もないだろう。
 無傷な者も誰もいない。
 そのうち、罠にかかって脱落した者、気絶した者それぞれが集まり書庫の外からそれを眺めていた。
「これ……どう収拾つけるんです?」
「好きにやらしておけばいいでしょう」
 うんざりした様子のルトレットにクランクハイトは「それよりも猫部屋行ってきていいですか」とそわそわ落ち着きがない。
「そーいやさ……カード、どこにあるんだろーねぇ?」
 後探してないのは書庫だと思うんだけど、探すのヤだなぁ、とバーリグ。
 そうこうしているうちに、外から「火事だぞ!!」声が聞こえた。
 窓の外を見れば黒い煙が上がっている。
「私は猫を救いにいってきます」
 人間、同僚たちは殺しても死なないから大丈夫。それよりも猫だ。大切なのは猫。
 脱兎のごとく駆けて行くクランクハイト。
 「火事」の声も煙も意識に入っていない様子の四人にバーリグが「えっと……一応助けないとね」大人として弁えた発言をする。
 だが体を張って止めるのはちょっとやめたい。
 結局ルトレットが四人纏めてスリープクラウドに絡め取る。それぞれの闘いにムキになっている四人は案外あっさり眠ってくれた。そして二人ずつ抱えて――誰を抱えるかひと悶着あったが――二階の窓を割って、飛び降り逃げだしたのだ。
 結局火事はボヤで済んだ――済んだのだが……。
 目覚めたツヴァイは変わり果てた屋敷を前に呆然としたまま座り込む。
 そんなツヴァイの足元にバーリグは逃げるとき書庫でみつけた『愚者』のカードを置く。ルール的に妨害班の勝利とは言い難いかもしれないが……。
 探索班に『愚者』のカードを渡さなかったとでも主張し、勝利の褒美として屋敷をどうにかしてもらってください、と。余計なお世話かもしれないが彼なりの優しさだ。
 だがしかし……
「立て直したらお祝いするわね」
 セレナがツヴァイに追い打ちをかけていた。
「もう……ヤだ……」
 顔を覆うツヴァイの背後忍び寄る『恋人達』の影。まだ一波乱ありそうだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ツヴァイ=XXI(ka2418)
クランクハイト=XIII(ka2091)
シャガ=VII(ka2292)
ルトレット=XVI(ka2741)
セレナ=XVIII(ka3686)
ステラ=XVII(ka3687)
バーリグ=XII(ka4299)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
この度はご依頼ありがとうございます。桐崎です。

皆でわいわい『愚者』探し、いかがだったでしょうか?
ツヴァイ様のお屋敷がその後どうなったか気になります。
現状復帰してもらえたのでしょうか?
部屋の位置関係や時系列はやんわり薄目で見て頂けると嬉しく思います。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。

VIG・パーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2016年12月15日

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