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『そして少女は英雄と出会う 』
大門寺 杏奈aa4314



 地獄の在り処を知っているか。



「お母さん! ただいま!!」
「おかえり、杏奈」

 その日、少女はいつもと変わらない日常を過ごしていた。

「今日はおやつがあるのよ〜?」
「えっほんと?! なになに?」
「パウンドケーキ。母さんが食べたかったから焼いちゃった」
「わぁ! やったぁ!!」

 学校から帰宅し、玄関をくぐったところで、少女の鼻腔を甘い香りがくすぐる。
 大好きな母親が焼く、大好きなお菓子の香り。少女の表情は自然とほころぶ。
 思春期に入った年齢の少女だが、反抗期はまだ先の様子。母親も素直な娘の反応に朗らかに笑っていた。

「先に手ぇ洗ってきなさい。切っといてあげるから。飲み物はミルクティー?」
「うん!!」

 ぱたぱたと足音を立てて走っていく少女。
 弾む足取りで自室へ行き、カバンを置いて大急ぎで部屋着に着替え、ぱたぱたと走ってダイニングへ。
 落ち着きのない娘に対し、母親はただ微笑ましげに笑うのみだ。

「今日はお父さんの帰りも早いみたいだから、晩ごはんはちょっと豪華にしようと思うの」
「ほんと?!」

 当たり前のように席に座った娘に「いつもの」ミルクティーを出してやりながら、母親は笑う。

「だからお手伝いしてね」
「ええー」
「そのくらいしなさい」

 笑いあって、おいしいねって言って、ちょっとだけ文句をこぼして。
 そんな、なんてこと無い日常を。



 一瞬にして灰燼と化す存在が知ることを、少女は、この日、初めて知ったのだ。



「―――――え……?」

 地獄の在り処を知っているか。
 もしもそう問われれば、少女は「今、目の前に」と答えただろう。

「な、に――……?」

 言葉に言い表すことのできない衝撃と、熱。
 少女が認識できたのはそれだけだった。

 身体が動かない。
 かろうじて左腕と首は動かせるが、右手に至っては感覚があるのかどうかすら怪しい状態。
 視線を動かせば、己の右半身を押しつぶすように折り重なった瓦礫が見える。

 不思議と痛みはなかった。
 それを感じるだけの余裕が、少女になかったのかもしれない。

「杏奈!!」
「どこだ! 杏奈!!」
「!! お母さ……!! お父さ、ぁ!!」

 けほ、と、何か水っぽいものが少女の口からこぼれ落ちる。
 うまく声が出ない。
 どうしても身体が動かない。
 父と母のもとへ行きたいのに。

 空が赤い。
 今、夜の帳に覆われているはずの空が、まるで夕日に照らされているかのように、赤いのだ。
 瓦礫の隙間から見えるそれが、少女の不安を掻き立てる。

 何があったのか。
 自分は、自分たちは、ただいつもどおりの日常を過ごしていただけなのに。

 右半身の感覚がない。
 からくも、頑丈な作りのダイニングテーブルが支えになって、身体全体を押しつぶされることは免れたようだ。が、机からはみ出した右腕が、瓦礫の下敷きになっている。少女にそれを確認するだけの冷静さはなかった。
 ただがむしゃらに、父母の許へと向かおうと、動かない身体で必死に暴れる。

「! 杏奈!?」
「どこにいるの?!」

 自分と違って、両親は無事らしい。
 移動する声がそれを知らせてくれる。

「おか、さ……!!」

 ぶつり、と、怖気の走るような音がした。
 動かなかった右半身が、急に軽くなった。
 ぼたたた、と、粘度のある液体が大量にこぼれ落ちる音がする。

 どうしてだろう、なんだか、とても、寒い。
 でも動けるようになったよ。
 ねえ、今行くよ。だからいつもと同じように笑ってよ。

「あ――」
「! お父さん!!」

 ずり、と、どうして酷く動かしづらい身体を、なんとか引き上げた時だった。
 父親の声が、急に、ブツリと途切れた。

 同時に襲ってくる、喪失感。
 意味がわからない。理由がわからない。
 けれど、少女は止まらなかった。
 ……否。止まることなどできなかった。

「――ここには、私たち以外、誰も居ないわ」
「―――――?」

 母親の声がする。
 同時に、聞いたことのない、耳にするだけで心臓が凝るような、音がした。
 少女にはそれが「声」だと認識できない。
 それほど、異質な「音」だった。

 身体が竦む。
 恐怖からではない。姿の見えない母親からの、無言のプレッシャーを感じ取ったのだ。
 身体が震える。それでも、少女は地上へ出ようともがいた。

「もう、誰も、いないのよ」

 母のその声が。
 どうしてか、今でも、ずっと耳の奥で反響している。



「――いたぞ! 生存者だ!!」

 まぶたを焼く強い光を感じて、少女はゆっくりと目を開けた。

 目に飛び込んできたのは、いつもと変わらない、青い空。
 それだけだった。

 身を寄せ合うように建っていた住宅も。
 見上げる鉄塔も、電柱も。
 コンクリートでできたビル群も。

 何も、何も、見えない。

「医療班! 重傷者だ!!」
「衰弱が酷いな……おい、大丈夫か。意識はあるか?」

 ああ。もう、何もかもが、遅い。

「……どうして」

 どうして、この場所だったのか。
 赤く染まる空を背景に、自分に気付かず通り過ぎて行ったバケモノを思う。

 何故、自分たちだったのだろうか。
 必死に這いずりだした少女が見たのは、原型も分からぬ肉塊で。

 ああ。
 もう、なにも、感じない。
 恨みすら、今は、感じられない。

 ただ、酷く、疲れた。

 呼びかけるエージェントの声は、少女に届かない。
 ただ、伸ばそうとした右手が、なくなっているのを無感情に眺めて。

 少女は意識を失った。



 ――地獄の在処を知っているか。

「ええ。よぉく、知っている」

 ――地獄の在処を知っているか。

「ええ。だから、もう二度と」

 ――この世の地獄を、知っているか。

「もう二度と、あの光景を生み出させない」

 なにもできなかった無力な少女はもういない。
 大門寺 杏奈(aa4314)の傍らには、今日もゆったりと微笑む英雄の姿がある。



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【aa4314/大門寺 杏奈/女性/16歳/アイアンパンク】
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2016年12月19日

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