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『それはいつか訪れる未来 』
東雲 マコトaa2412
 不意に腕を軽く小突かれて我に返った。視線をすぐ真横に向ければ、友人の一人が唇の端を吊りあげニヤニヤと不気味に笑っている。これは何か良からぬことを企んでいる時の顔だ、とマコトは考えるよりも先に直感した。なにせ、彼女とはそれなりに長く深い付き合いがあるのだ。さすがに相棒のように阿吽の呼吸とまではいかないが、相手の心情をそれとなく察するくらいのことは出来る。要するに彼女は大学の食堂で特定の話題になった時に挙動不審になったマコトの様子を見ていて、二人きりになったらそのことに言及しようとしていたのだろう。しかし残念ながら、その時々だが三人以上で行動することが多く、そして彼女の最寄り駅のほうが一駅早いのでマコトともう一人の友人はまだ電車の中だ。そちらは詮索してくるタイプではないので少なくとも明日の朝までは追求を免れることが出来る。とはいってもマコト自身、そうされることを嫌っているわけではない。大手を振って歩く気はないので能力者であることを隠してこそいるが、それ以外なら人並み以上に打ち明けてもいいと思える相手だ。それでも笑う彼女にいいともダメとも返せなかったのは、単に気恥ずかしいのとヘタな男よりも男前、などと周囲から評される自身の性格とは不釣り合いな気がしたからだ。それに、みんなの前で饒舌に語れるほど経験があるわけでもない。
 ――などと胸中で悶々と考えながらもホームに降りた友人を見送り、次の駅でもう一人とも別れる。相手に用事がなければ軽く相談に乗ってもらいたい気持ちもあったのだが、そうして何とも表現しがたい感情を抱えたまま、マコトは気分転換にと一人で駅ビルの中を見て回ってみることにした。特に目当ての品はないものの、気になれば何か買ってみるのもアリだ。
「何やってるんだろ、あたし」
 変に意識しているからか、すれ違う男性をふと目で追ってしまう自分に気付き、マコトは一人居たたまれない気持ちになって小さく呻くように呟いた。さすがに不躾に顔を見たりはしないが、匂いは無意識に感じ取ってしまうものだ。多分香水はつけていないだろう。けれど何故か少しだけ嗅ぎ慣れないいい匂いがするような。それが気のせいなのか、性差による習慣の違いなのかも定かではなかったが、思考が完全にその方向に――恋愛方面に流れてしまっているせいで、意識が彼方へ逸れていく。それもこれも修学旅行中の女子生徒よろしく昼休みの時にいわゆる恋バナで盛り上がったせいだ。マコト自身は適当にお茶を濁して別の子に話を振ったのだが。思考の流れを誤魔化す為に胸中で八つ当たり気味に怒ってみたものの、意識すればするほど脳内で勝手に映像が進んでいく。
 例えば、デート中に何かに夢中になって一人先に進んでいく。そうして恋人を放ったらかしにしていたら後ろから抱き締められ、自分と違う匂いが鼻先をかすめて。なに、と笑って言えば、構ってよと切なそうな声で囁かれる。いつもは自分のほうが甘える立場で、心身共に大人の彼が見せる弱々しい一面に胸が高鳴る。と、そこまで妄想が進んだところで我に返った。これこの前映画で見たやつそのままだ、と。積極的に恋愛映画を見るタイプではないが、避けて通るわけでもなく誘われれば普通に見に行く。その為ろくな前情報もなく見た作品がマコトの好みを直撃した。十九という半端な歳の自分より年上の男性が相手役で、普段は温厚だが彼女のこととなると嫉妬したり、紳士的に振る舞っていたのが妄想の中の彼のように弱さを垣間見せたり。主人公の女の子もまた共感出来る魅力的な性格に描かれていて、そりゃ話題になるはずだと一緒に行った人物と盛り上がったのはまだ記憶に新しい。ちなみに翌週再び見に行ったほどだ。
 気付けば通路の隅に立ち止まったままでいて、人通りが少なく誰も見ているはずがないと分かっていながらもマコトは軽く咳払いをし、手癖のようにトレードマークのキャスケット帽の位置を整えると再び歩き出す。何の目的もなくダラダラと歩いているのがよくなかったのだ。雑貨屋で猫グッズでも探してみようと思い立ち、途中でくるりと方向転換する。ロボットめいた、ぎこちない動きになったような気もしたが、気のせいだと胸中で言い聞かせた。鼓動が少し速いのも気のせい。戦いの最中なら、まだ助けるべき存在がいるかもと気を張っていて緊張が置き去りになることもしばしばだが、今はごくありふれた大学生の東雲マコトである。明後日の方向へと飛ぶ思考を御するのは難しい。
 ブランド品が並ぶ高級そうな店をガラス越しに見れば、腕を絡めて密着しているカップルがいて背中しか見えないだけに、眼に映る現実の二人ではなく自分と誰かに夢想してしまう。自ら暴露せずとも友人には知られていることだが、マコトの好みは年上でかつ大人っぽくて、更に長身の男性である。コンプレックスというほどでもないがマコトの身長は平均より少し高めだ。自分より少しでも高いのは最低条件、雑誌か何かで見た二十センチ差が最も望ましい。故に恋をしたい、のだが目下意中の人物がいないマコトが妄想する時は自身の理想をこれでもかと詰め込んだ架空の恋人が登場する。それ自体は多かれ少なかれ誰もがしていることだと固く信じているものの、現実に対するハードルが遥か上にそびえ立ちそうでちょっと怖い。でもやめられないのだからしょうがないと男勝りと評される思い切りの良さを発揮して、妄想を追いやると表情を引き締めつつ目的の店舗に辿り着いた。ここでなら多少おかしな顔をしていても可愛い小物類を見てテンションが上がっている女の子にしか見えない、はず。
「いらっしゃいませ」
「こ、こんにちは」
 店内に入ってすぐ、顔馴染みの店員に声をかけられて動揺のあまり返事が上擦った。それに気付いているのかいないのか、笑ってレジのほうへと歩いていく彼女を見送ったあと、定められたように足が左を向く。目的は当然美味しいものと同じくらい目がない猫グッズだ。全国区かは不明だが何店舗かあって、社長だかその家族だかも好きということでコーナーを設けて並べてあるというリアル猫の次に天国だと思える空間である。アクセサリーの中には即決出来ない値段の物もあるが見るだけならタダだし、色違いの小物類を一つずつ買って集めるのも楽しい。
 目の前には小さな鏡があり、幾つかのアクセサリーは手に取って自分に合うか確認出来るようになっている。ふと目を惹かれ猫の尻尾を模したペンダントを掬いあげてみた。飾りの部分が自分の胸の前に来るように持って鏡を覗き込み、マコトは音もなく息を継いだ。
 隣に立った彼が微笑み、似合うよと低くも柔らかい声で言ってくれるなら、自分は一体どんな気分になるだろうと思った。きっと暖かくて苦しいくらいに満たされるはずだ。平和でありふれた関係。その儚さ尊さをマコトはよく知っていた。過去を変えることは出来ないけど、未来はこの手で生み出せる。そう思うと感傷よりも勇気と期待が胸の内で膨らんでいくのが分かり、もう一人の自分を見つめながら笑った。鏡の中の瞳はキラキラとルビーのように輝いている。
 手にしたままのペンダントとは別に、集めている物ではないが以前から気になっていた足跡模様のマグカップを手に取ってレジに向かった。二人分のそれは、いつか理想の彼が現れた時に使いたいなと妄想を膨らませながら。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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aa2412 / 東雲 マコト / 女性 / 19歳 / 人間

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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友人関係だったりギャップ萌え的な妄想だったり、勝手に膨らませてしまった部分も多々あるのでイメージと違っていたら申し訳ないのですが、とても楽しんで書かせていただきました。
恋に恋する女の子はとても可愛いですし、理想が現実になる日を想像するのも楽しいですね。
この度は本当にありがとうございました!
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2016年12月19日

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