『Alptraum 』

松本・太一（8504）

「何で……何でっ！」
　私は鏡に映った自分を見て、目玉が飛び出そうな位に見開いた。
　鴉の羽を思わせる様な美しいロングストレートの髪、ぷっくりと膨らんだ魅惑的な唇、スッと細長い鼻筋、胸には２つの膨らみにモデルの様な腰から流れるようなヒップライン。
　その体に纏っているのはバニースーツ、足には網タイツに黒く艶やかに光るヒール。
「こんな、こんなハズでは……」
　両手で頭を抱えると私は、その光景から逃れる為に目を閉じた。
　思えば「何故、断らなかったのか？」と、頭の中で自分を責める。
　事の始まりは、自宅のポストに「誰でも一流のバニーガールになれる権」と書かれた封筒が届いた。
　ポストから封筒を取り出した私は「どうせ詐欺なんでしょう」と、思いながら部屋の隅にあるゴミ箱へと投げ入れた。
　翌日、会社に行くと同僚がイタズラの仕掛けを成功して嬉しそうな子供の様な笑顔で私に声を掛けた。
「よう、バニーガールになれる権の封筒来たか？」
「え？　ええ、来ましたけど？　どうして知っているのですか？」
　同僚の言葉に困惑しつつも私は答えた。
「あれは、インターネットで話題になっているサイトのレアな当選通知なんだぜ」
「でも、ただバニーガールになれるだけでしょう？」
　私は、脳内にゲーム等で知られているバニーガールを想像した。
　だが、私は男だ。
　男のバニーガールなんて、ただ気持ち悪いだけではないか？　と思った。
「コレは違うんだよなぁ。『見た目は本当にバニーガールになれる』んだよ。それに、そろそろ会社の月見会もあるだろ？」
「あぁ、もしかしてソレのネタですか？」
「そーゆうことっ！　じゃ、コンパニオンとして頑張れよ！」
　同僚は、私の肩に手を置くと笑顔で自分のデスクに座った。
　『まぁ、会社の行事を盛り上げるなら良いか』と、軽い気持ちで私は仕事をし、いつものように帰宅した。
「場所は……っと」
　ゴミ箱に手を入れて封筒を取り、ハサミで封を切り封筒から用紙を取り出した。

　そして、月見会当日。
　私は、用紙に書かれていたビルまで足を運んだ。
「当選おめでとうございます。松本太一様ですね。それでは、こちらの用紙に記入してから個室Ａにお入り下さい」
　受付の女性が笑顔で言うと、様々な項目が書かれた用紙を私は受け取った。
　ふと、用紙に視線を向けると質問と思わしき項目が視界に入った。
（コレはどういう事でしょうか？）
　『アナタの理想をバニーガール像を教えてください』との文字に、私は眉をひそめる。
「あの、これは……何ですか？」
「もちろん、普通のアンケートです」
　受付の女性が事務的な口調で返答するが、太一の目には見えないモノで押し潰されそうな程に圧力を感じた。
（ま、まぁ……無難な選択にチェック入れれば大丈夫でしょう）
　圧力に負けた太一は、アンケート用紙にボールペンを走らせた。
　書き終えたアンケート用紙を受付に提出し、同意書サインをしポンッと判子を押した。
「書類は以上です。後は、放送で部屋名とお名前を言いますので、それまではロビーでお待ちください」
　と、受付の女性は書類をファイルに纏めるとフロアの奥に消えていった。

（そういえば私だけかと思っていましたが、バニーガールになりたい人が意外といるのですね）
　太一は改めてロビーを眺めると、窓際に座ってぼーっとしている人、大型のテレビを暇そうに欠伸をしながら見てる人など、あまりジロジロ見るのも失礼だから直ぐに視線を大型テレビに向けた。
（１０人位でしょう。そんなにバニーガールになりたいのでしょうか？）
　ロビーにいる様々な年齢層の男性達をちらりと視線を向けた。
『松本太一様、Ａ室へお入りください』
　女性の淡々とした口調の放送が耳に入る。
　これも仕事だ、と自分自身に言い聞かせ病院の診察室を思わせるドアを軽くノックし、ドアをゆっくりと押しながら部屋に入った。
　部屋は想像した通り、何度か見たことのある病院の診察室だった。
「あ、あれ……？」
　突然、私の体からスッと力が抜け視界はぼやけ、膝はがくっと力なく床に着くと意識を手放した。

「担架に乗せ、整形室へ」
　凛とした声で白衣を着た女は部下に指示を出す。
（またも、か）
　バニーガールになれる権利、それを本気で望んで来る者、遊び半分で来る者、様々な人を見たが女は個人の結末がどうなるかは気にせずにただバニーガールにするのだ。
「まぁ、完璧な可愛いうさぎちゃんにしてあげよう」
　女は不適な笑みを浮かべながら手術台の上で眠る太一を見た。

「松本様、お疲れ様でした」
　助手らしき女性が私の顔を覗きこんでいた。
「……終わった、の……ですか？」
　私は首元に手を当てた。
　己の頭蓋骨を伝い鼓膜に響くのは、成人する前位の少女の声。
「まぁ、とても良いお声に」
「な、何を……っ！？」
　口を魚の様にパクパクさせるが、自分の胸に手を当てると柔らかいモノに阻まれる。
「それでは、ご説明を。松本太一様は、ここの最新機具で体の隅々をバニーガールとして形成しなおさせていただきました」
　女性は事務的な笑顔で私に説明をする。
「そ、そんな……あっ、あの、戻ることも」
「それは不可能です。１度変えたら死ぬまで松本太一様は、バニーガールとして生きなければなりません。あらあら、HPの説明にも書いてあります。『なお、１度バニーガールになると元に戻る事は出来ません』と……」
　私は胸に杭を打たれた様な衝撃を受けた。
（夢なら目覚めないと……）
　私は自分の両頬をパンッ！　と手で叩くが痛くて目尻から涙が流れバニースーツにシミを作る。
「ここに来たお客様は、皆さんバニーガールとして『ココ』で生きていますよ」
　と、目の前にいる女性は施設を歩き回る職員を指した。
「じゃ、じゃぁ……」
「だから、松本太一様。外が飽きたら『ココ』は受け入れますわよ」
　その言葉を聞いた私は、嫌な汗が女性の体となった全身に流れ冷たくなっていくのを感じた。

　もう、戻れない。

　女性の声が脳内で壊れたカセットテープの様に繰り返し響く。

　顔を上げ思い出す。

　会社の同僚、親しい友人、家族の顔が次々と脳内に浮かぶ。

「そうだ、同僚にワケを説明すれば……」
　私は鞄の中から携帯を取り出した。
「残念ですが、バニーガールとなった松本太一様は現時刻をもって、戸籍上から抹消されました。ですので、関係者及び親類の皆様はもう松本太一様の事は……覚えておりません」
　ぬるり、とした沼に落ちた感覚が私を襲う。
　そして、私はバニーガールとして生きる道を歩く事を強いられた。
　日常、家族、友人、そして思い出までも奪われた私には、施設を仕切る女性の下で働き。
　私と同じようにやってきた人、望んで来た人達をバニーガールにする悪夢の様な仕事を死ぬまでしよう、と感情を失った私は目の前の客に微笑んだ。

PCシチュエーションノベル（シングル）

紅玉

東京怪談

2016年12月19日