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『 奇縁と神議りとハロウィンと 』
松本・太一8504


 ■1■

 多忙を極めた夏を経てようやくとれた季節外れの夏休み…というか既に秋なのだけれど――まぁ夏休みを返上したのもこの時期に休暇を取ったのも相応の理由がないわけではないのだが――とにかくまとまって休みの取れた神無月。街はオレンジと黒に飾りたてられ楽しげに賑わっていたのだが、太一の胸の内はといえばせっかくの夏休みを前にそこまで晴れやかなものでもなかった。自分の中のもう一つの人格…とでも呼ぼうか異世界から落ちてきて迂闊にも太一の体を乗っ取り損ねた女悪魔にこう囁かれるからだ。
『体を寄越せ(※意訳)』
 時はハロウィン、所は東京。巷にはさまざまな仮装に身を包んだ老若男女が溢れかえるこの季節。つまりは要するにそういう事なのだ。正直体を貸し出した女悪魔の新米魔女の姿は50も近くなった中年男性には“恥”の一字に尽きるのである。太一としては勘弁願いたいのだが、まぁ、この時期なら多少は譲歩出来る――かもしれないかもしれないかもし…(エンドレス)。
 とにもかくにも太陽が中天にかかる頃、昼ご飯を求めて太一は街に出た。
 ハロウィンといえば厳密には10月31日に行われる収穫祭から端を発しているのだが信仰心がカオス化している日本では概ね10月中はまるまるハロウィンみたいなざっくりとしたところがある。クリスマスも12月25日のはずがイブからイブイブ、クリスマス週間、クリスマス月間とイベントは長く開催されるのが常だ。一応、当日が山場であることは間違いないのだろうが。
 近所の商店街でも既にハロウィンの準備は万端なようで仮装をした子供たちや大人たちが普段以上に――という程普段の賑わいを知っているわけでもないのだが――ごった返していた。
 そんな中、彼は彼女に出会った。
 誰もがいかれた格好をしている中、彼女の見た目が突出していかれていたわけでも特に目立っていたわけでもない。見た目の年は15、6といったところか。太一の少ないファッション知識で説明するならゴスロリと呼ばれている服だ、たぶん。黒のミニのスカートに赤いリボン、とにかくふんだんに使われたレースのドレスを小柄な肢体に纏っている。それから雨が降っているわけでもないのに小さな傘をさしていた。
 そんな彼女と目が合った。目が合った瞬間、見なかった事にして遠ざかろうとした太一に反して彼女はおもむろに太一に近づいてきた。人がこんなにたくさんいなければ逃げ仰せたであろうものを…。
「そなた、我が見えるのか?」
 太一は見えないフリをした。聞こえないフリもした。無駄な努力だった。
「そなた、変わっておるな……ふむ、人の子か?」
 彼女は太一を上から下までまじまじと見つめながら言った。恐らく彼女には太一の中に住まう魔女――夜宵の姿も見えているのだろう。
 太一は半ば諦めたような態で「はあ…」と後頭部を掻いた。
 行き交う人々は彼女に気づいた風もない。見えてすらいないのだろう。それでも何故か彼女にぶつかることなく彼女を避けるようにして通り過ぎていく。
「そなた、出雲は知っておるか?」
 彼女が尋ねた。
「出雲? って、島根のですか? あれ、鳥取だったかな? まあ…たぶん?」
 首を傾げ曖昧に応えた太一に彼女が命じる。
「案内いたせ」
「はい?」

 それは長いような短いような季節外れの夏休み1日目の出来事であった。



 ■2■

 真っ赤なスポーツカーを所望した夜宵であったが、残念ながら彼女の前にあるのはシルバーのセダンだった。免許証写真当人でありレンタカーの手続きをした太一のチョイスなのだから仕方がない。
 運転するのは自分なのに、と夜宵は思ったがこの件に関してはどうしようもなかった。

 出雲までの案内を頼まれ、若干彼女の持つ気というか格というか力というか、そんなようなものにあてられ、とにかく倦怠感で使い物にならなくなってしまった太一に変わり、ある意味当初の予定通りに夜宵が彼女を案内することになったのである。
 “彼女”。出雲に用があるというのだから恐らくは“神”に属するものだろう――確かにその存在は高位のもののようであった――彼女は「ミヨ」と名乗った。たまたま彼女の傍を横切った少女が“みよちゃん”と呼ばれていたのを見たからである。
 神の名を恐れ多くも呼ぶ事は憚られ、逆に彼女に真名を呼ばれる事は彼女への従属を意味する。とすれば、この一時には不都合であったから、互いに仮の名というのはちょうど良かったろう。太一は名乗る前に夜宵と入れ替わっていた。
 出雲では神在月に神議(かみはかり)が行われ、八百万の神々が一同に会し、人と人、人ともの、ものともの、との縁を結ぶ。但し、神在月(神無月)といっても実際に神が集うのは旧暦の話なので新暦においては12月頃に行われるものだ。だからここからは太一の推測である。彼女はどうやら日本の神ではなさそうだ。日本もグローバル化が進み、結ばれる縁は日本人同士とは限らなくなった。そこで諸外国の神々とも神議を行わなければならなくなったのだが、他国は唯一神など扱いの難しい神も多い。一度に集めることも出来ない上に、相手の都合もある。そこでそれぞれに時期をずらして神議を行っているのではないか。かくてハロウィンのこの季節に丁度降りたつ彼女らが呼ばれたというわけである。
 ハロウィンに降り立つのはどちらかといえば神ではなく悪霊ではないのか、と夜宵は首を傾げたが、太一は笑顔で言ったものだ。
『菅原道真もかつては怨霊ですよ。それを鎮めるために天満宮に祀られているんです。日本では人智を超えた力は概ね神の御業なんですよ』
 大雑把でアバウト。それが日本の神道ってやつだ。死神、貧乏神、疫病神。悪魔だって場合によっては神である。もちろんそうじゃない人々の名誉のためにも例外が在ることは付言しておくが。
 この理屈でいくと夜宵も十分この国では神としての資質があるのかもしれない。

 閑話休題。
 出雲に向かうにあたり「アレに乗ってみたいぞ」とミヨは車を指差した。夜宵は「喜んで」と応えた。
 太一は内心ホッとした。もちろん最初は「魔法でひとっ飛びじゃダメなんですか!?」と思ったりもしたのだがミヨの存在が高位過ぎて難しいと言われたら仕方がない。ゴスロリ少女は人様に見えないと思っていたのに「不便じゃな」とか言い出して何故か見えるようになっているし、自分はというか夜宵はというか、彼の乏しいファッションセンスで説明するならハイレグ水着の腰から下にマントと袖が付いただけのような――せめて燕尾服を着たバニーの裾と袖がドレス風になっているくらいの表現力はなかったのかと不満げな夜宵はさておき――そんな姿で電車に乗ったり歩き回ったりなど考えたくなかったからである。ちなみに着替えを所望した太一の言は夜宵に即座に却下された。神へのおもてなしには正装で、というのが夜宵の主張である。
 まぁ、車の中ならさほど人目に付くこともあるまい。太一は自分に言い聞かせた。
 かくて夜宵の運転で車は走り出したのである。



 ■3■

 太一がセットしたナビ通りに街を抜け一行を乗せた車は東京と名古屋を繋ぐ高速道路を一路西へと走った。オフシーズンの平日の午後は特に渋滞もないが、とにかく大型車が多い。助手席でわくわくしながら車窓を眺めていたミヨが大型車に抜かれたのを見て「負けるでない! 飛ばすのじゃ!」などと煽り始めると、夜宵も「お任せあれ!」とノリノリでそれらと謎の競争を繰り広げた。太一は意識の片隅でオービスが光らないことをただただ祈っていた。夜宵は写真には写らないから大丈夫と笑って請け負ったが、誰も乗っていない車が高速道路を爆走している写真なんてそれこそホラー…問題だ。
 やがて車は第一サービスエリアに到着した。陽は西に傾いた午後3時。レンタカーを借りたのが1時間程前だった事を考えるとここまで相当のスピードで走ってきた事になる。太一はあまり深く考えない事にした。
 夜宵とミヨはメロンパンと肉まんを買ってサービスエリアを後にする。
 第二サービスエリアはそれから1時間ほどで着いた。そんなに頻繁に休憩をとる必要があるのかと思っていたら、このサービスエリアには宿泊施設があるのでここで一泊するという。まだ4時じゃないかと最初は思った太一であったが、露天風呂に温泉があると聞いて考えを改めた。
 せっかくの休みなのだ。ゆっくり温泉につかる。悪くない。
 だが、いざその時になって太一はようやく事の重大さに気づいた。
『もしかして、まさかとは思いますけど…女湯に入る…つもりですか?』
 太一は恐る恐る聞いてみた。
 ――もちろん?
 夜宵のそれは即答だった。 
『……』
 予想内の返答であったのに太一は咄嗟に言葉を失った。ミヨと意気揚々と支度を始める夜宵に慌てて言葉を絞り出す。
『いやいやいや、当たり前じゃありませんよ!』
 ――どうして?
『私は男ですよ』
 ――私は女性だけど? それに体も今は女性だし。逆に聞くけど、この姿で男湯に入れと?
 それはそれで大騒ぎになるだろう事は想像に難くない太一ではある。だが、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。
『……一晩くらいお風呂に入らなくても死にませんよ』
 太一が言った。そもそも、まだ4時だ。夜通しとばせば明日の未明には目的地に着けるのではないか。いや、夜宵のスピードなら今日中にも着けるに違いない。ここで一泊する理由などないではないか。もちろん、道中を一切楽しまないという条件が付くのだから、魔法が使えなかったとしても飛行機でさっさと行くという選択肢もあった事を考慮すると、せっかくの車旅と言われたら…。
「どうしたのじゃ?」
 太一と脳内バトルを繰り広げ、どこかぼんやりしている風に見えたのだろう夜宵にミヨが怪訝な顔を向ける。
「なんでもありません」
 夜宵がにっこり笑みを返した。
「温泉につかりながらの夕焼け、見せてあげたいじゃない」
 そう呟く夜宵と、それからレンタルタオルを抱えて楽しそうにしているミヨの姿が視界に入って太一は諦念に満ちた溜め息を吐いた。恐らく初めてだろう温泉にミヨを1人で入らせるのも心許ないのは事実だ。この時間、2人以外の客はいないかもという一縷の望みに全てを託して太一は不承不承折れたのだった。
 夜宵に体を使われている時は、いっそ記憶も意識も抹消されればいいのにと思わなくもない。もちろん、太一が意識を手放したら2度と体は返してもらえない可能性も高そうなのだが。
 太一は意識の目を両手で塞ぐ。
「ミヨ様って意外とお胸があるんですねー」
 と言う声と共に手のひらに柔らかい感触があるようなないような、太一は心を無にした。
「夜宵の方こそ大きいではないか」
 という声と共に胸を揉まれる感触があるようなないような、太一は般若心経を唱え始めた。
 流し合いっこと言う太一にとっては苦行の後、露天風呂から単一峰富士に沈む夕焼けを望む。海の方には白い月が顔を出していた。



 ■4■

 第二サービスエリアで1泊し早朝、まだ夜が明けぬ時間に車は再び西へ向けて出発した。名古屋に近づく頃、高速道路と併走し横切る新幹線を見てミヨが言い出した。
「アレにも乗ってみたい」
「では乗りましょう!」
 夜宵は意気揚々と応えた。太一は何も言わなかった。目的地はもうすぐだと思っていた。
 レンタカーを大阪で乗り捨て2人というか3人というかは、新大阪の駅で天むすと豚まんを買いこむ。ハロウィンという時期と大阪という街が2人を受け入れていたが、太一は入れそうな穴をずっと探していた。
 それも新幹線ホームにあがるまでの事か。
 のぞみ700系。鉄オタでなくとも理系なら少なからずわくわくする流線型のボディがゆっくりとホームに入ってくる。その姿に見惚れていた太一をよそに夜宵とミヨはさっさと乗り込んだ。
 車よりも格段に速く流れる車窓を見送り1時間足らずで岡山駅に着く。もう終わりかと残念がるミヨと太一だったが新幹線が終わりなだけでここから出雲市まではまだ特急で3時間以上かかるのだ。
 この3時間が2人というか3人の想像を絶するものとなった。
 特急やくも。別名……はさておくとして、とにかく揺れる。振り子式列車で高速カーブを実現し右に左に減速せず曲がりくねるのだからたまったものではない。
 新幹線で食べた天むすと豚まんを何度なくリバースしかけた。
「うぅっ…これは、いつまで続くのじゃ」
 ミヨが口元を押さえながら息も絶え絶えに尋ねた。神様でも三半規管は弱いものなのか。普段の移動が神通力ならしょうがない。のかもしれない。
「後…1時間くらい…うっぷ…」
 夜宵は緊急用の袋を手に青ざめた顔で応えた。
 夜宵の力をもってすれば乗り物酔いなどスルー出来そうなものである。他人事のように太一はそれを傍観していた。夜宵は真名ではない。にも拘わらずミヨに呼ばれる度に力の増大を感じているようだった。それと同時に鎖のようなものが絡みつき封じられていく感覚もあるようだ。その影響があるのだろうか。
『……』
 そんな事よりも、だ。東京や大阪と違って人も少なく仮装で盛り上がってる感じもしない田舎に近づくにつれ、夜宵らの姿が奇異の目を集めている事の方が太一としてはよっぽど耐え難い件について。
『そ、そんな目で、見ないでくださいー!!』
 そんなこんなでようやく出雲市に着いた頃には3人はげっそりとやつれていた。
 さあ、目的地はもう目の前だ。
 通称ばたでんに乗り換えようやく出雲大社にたどり着く。
「ありがとう。楽しかったぞ」
 そう言ってミヨは1人鳥居の奥へと消えた。
 そういえば彼女は一体どんな神様だったのだろう。結局、聞きそびれてしまったな、と太一は思う。
 彼女はどんな神議を行うのだろう。彼女とのこの縁は……。

 ――ミヨ…ヨミ…黄泉…なんてね。

 夜宵は太一に体を返し、太一は出雲大社を参って帰路につこうとした。
 だけど季節外れの夏休み、せっかくだからもう少しだけ足をのばしてみようと思った。そんな気分にさせられたのはたぶんと夜宵とミヨとの縁があったから。

 人見知りだけど、彼女たちと出会わなければ得られなかったであろう縁を探しに。



 ■大団円■
PCシチュエーションノベル(シングル) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年12月20日

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