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『確たる明日を見る 』
白鳥・瑞科8402
 厚手のコートを羽織っているというのに、その魅力に溢れた女性らしい膨らみは存在を主張し人々を魅了する。スレンダーながらも出るところは出た恵まれた体から溢れる色香は防寒具などでは隠しきる事は叶わず、彼女が歩くたびに男達の視線がその後を追った。歩く彼女の周囲に降る粉雪すらも、まるで彼女の魅力を引き立たせるためだけに降っているのではないのではと見ている者は思わず錯覚してきてしまう。なにせ、白鳥・瑞科にはその名の通り白がよく似合うのだ。
 無遠慮な視線に構う事はせず、ただ毅然と瑞科は歩みを進めている。毛先まで手入れの行き届いたふわりとした茶色のロングヘヤーを、冷たい冬の風が悪戯に撫でた。
(久しぶりの休日、目的も決めずにただそこらへんを散歩するのもいいものですわね)
 パン屋の横を通り過ぎた瞬間に仄かに鼻をくすぐった香ばしいサンドイッチの香りに、帰りに買っていこうかしらと瑞科は頬を緩める。よく行く紅茶の専門店の横にいつの間にか出来ていた占いの館はなかなかに繁盛しているらしく、少女達が列を作っていた。楽しげな彼女達の様子に、思わず瑞科は(賑やかですわね)と微笑ましそうに瞳を細めた。
 小腹がすいてきたし、そろそろ喫茶店にでも入ろうか。そのあとはお気に入りのブティックにでも立ち寄ろう。先月購入した冬服に合うストールを探したいし、小物も見繕いたい。
(そうですわ、その前に本屋へ行きましょう。読書をしながらのティータイムというのも、いいものですもの)
 久方ぶりの休日、やりたい事は次から次へと浮かんでくる。普段は仕事で危険な場所へと赴く事もある彼女だが、ショッピングやお洒落に心を踊らせる様は年相応の女性らしさが垣間見えた。むしろ、人並み以上にお洒落の類にはこだわりのある彼女だ。機嫌がよくなるのも無理もない話であろう。
 けれど、そんな穏やかな時間も今日はこれで終わりのようだ。突如、彼女の所持している通信機は着信を告げる。人けのない場所まで移動し、通信を繋げた彼女は今すぐ「教会」までくるようにと告げた相手の言葉に頷いた。そして、桃色の唇を開き言葉を返すのだ。
「了解しましたわ、神父様」

 ◆

 見慣れた道を歩き、瑞科が辿り着いたのは屋根の上に十字架がそびえ立ちステンドグラスが眩い教会――ではなく、普段彼女が勤めている会社だった。一見何の変哲もない、ただの企業。しかし、それは表向きの姿に過ぎない。
 会社の中へと入ると、彼女は慣れた足取りで奥へ奥へと向かう。一部の者しか通る事を許されていない廊下を抜け、辿り着いた先にあった一室へと足を踏み入れれば、落ち着いた物腰の一人の男がそこで待っていた。彼こそが、敬愛すべき神父様だ。
「よくきてくださいました、シスター白鳥。早速ですが、任務の話をしましょう」
 任務……優しげな目つきのその男の口から出るには、少々似つかわしくない言葉だ。けれど、瑞科はそれに驚く事もなく凛とした面持ちで男の言葉を待ち始めた。なにせ、この神父が世間一般で言うところの普通の神父とは違う存在だという事を彼女はとうの昔から知っている。神父は神父である以前に、瑞科の上司でもあった。
「教会」はただの教会ではなく、魑魅魍魎や敵対組織を滅する事を主な目的とした、太古から存在する秘密組織なのだ。そして、瑞科はその組織で最も実力のある優秀な武装審問官なのである。
「この街で、最近失踪事件が相次いでいるのは知っていますね?」
「ええ」
 失踪事件。その最初の被害者は、子供であった。とある学校に通う一部の生徒達の行方が突然分からなくなってしまったのだという。一人、二人どころの騒ぎではない。数十人近くの生徒達が、全く同じ時期に一斉に姿を消してしまったのだ。
 それからだんだんと学生を中心に被害は広がっていき、最近では大人の女性や男性の失踪事件まで起こるようになった。ただの誘拐事件にしては、どうにも不気味であるし謎が多い。手がかりらしい手がかりも犯人からの接触もなく、捜査は難航しているという話を風の噂で聞いた事がある。
「わたくしに依頼という事は、この件の黒幕は魑魅魍魎でして? それとも、敵対する組織の者の犯行かしら?」
 瑞科も、薄々そうなのではないかと感づいてはいたのだ。もしかしたら、この事件は警察の管轄ではなく瑞科達「教会」の者にしか解決出来ないものなのではないか、と。
 神父は、首を縦に振り肯定してみせた。魑魅魍魎の類の犯行を疑った「教会」の調査の結果、最初に被害にあった生徒達が通っている学校に、魔法陣のようなものが描かれていた跡を発見したのだ。すでにそれは魔力を失っていたが、この事件の謎を解く大きな手がかりになるに違いない。
「シスター白鳥。今すぐに現地に趣き、その魔法陣について調査をしてください。そして、もし今回の件に関わったとみられる悪しき者と遭遇した際は、直ちにせん滅をお願いいたします」
 頼めますね、シスター。そう尋ねてくる神父に、瑞科は迷う事もなく頷いてみせた。
「もちろんですわ。わたくしにお任せくださいませ、神父様」
 せっかくの休日を邪魔され、危険な任務に赴く羽目になったというのに瑞科の顔に憂いはない。それどころか、彼女の瞳は自信に満ち溢れ、先程以上に楽しげに輝いていた。
(休日も楽しいですけれど、やはりわたくしは人々のために戦っている時にこそ一番安らぎを感じますわ)
 優しき彼女は改めてそう思い、今回の任務も必ずや成功させてみせると神に誓うのであった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年12月21日

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