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『ガラス細工の竜少女 』
ファルス・ティレイラ3733


「ほお、これは素晴らしい」
「まるで生きているようだ」
「今にも動き出しそうじゃないか」
「惚れ惚れする程美しい。見事なガラス細工の少女ですね」
 降り注がれる称賛の声に淑女は艶やかに一礼をした。その傍らに立つ像は、客人の称賛そのままの美しいガラス細工だった。少女から大人の女性へと、成長するその一瞬をそのまま閉じ込めてしまったような。少女の瞳からはガラスの涙が儚く美しい筋を作り、その背に広がる竜の翼は羽ばたく途中で止まっている。まるで自由を得るために飛び立とうと翼を広げ、しかしそれが叶う事なくこの地に繋がれてしまったような……。焦り、困惑、嘆き、救いを求める表情は痛ましくも愛らしく、見る者の胸になんとも言えぬ甘美な哀切を堪能させる。
「この柔らかな頬のラインが素晴らしい」
「この竜の尾や翼もほれぼれするよ。勇壮なのに繊細で、鱗の一つ一つまでとても丁寧に作られている」
「なんて可愛らしい少女でしょう」
「これを作った者は天才だ」
「我が家に持ち帰って眺めたいわ」
「金なら出すから譲って欲しい」
「いや、是非ともこの私に」
「僕に」
「私に」 
 途切れる事を知らないような客人達の申し出を、しかし淑女は取りつく島もない笑顔一つで断り続けた。残念ながらこの少女を差し上げる事は出来ませんの。優雅に微笑う淑女の傍らで涙を流すガラス像が、実は本当に「生きている」竜少女である事を、知っているのは笑みを絶やさぬ淑女一人だけである。

●遡る事数日前
「今日は、よろしくお願いします」
 ファルス・ティレイラはそう言って可愛らしく頭を下げた。なんでも屋を営む彼女の今日の仕事は花のガラス細工の作成。とは言ってもティレイラにガラス細工の技術なぞある訳ではないのだが。不安そうなティレイラに、ガラス細工の展示レンタルを生業とする女店主はクスクス笑う。
「こっちよ、着いてきて」
 水煙草をくゆらせる店主の後を着いて行くと、そこには溢れんばかりの大量の花と、奇妙な文様の施されたタイルのようなものがあった。首を傾げるティレイラに店主が仕事を説明する。
「これはガラス細工を作る魔法の道具。スイッチを入れるとシャボン玉みたいなガラス膜が出てくるから、この中に花を入れて頂戴。試しにこの花でお一つどうぞ」
 ティレイラは差し出された花を受け取り、女店主の言う通りに魔法道具を操作した。シャボン玉のようなガラス膜に花をそっと落とし入れると、中の花が膜に隠れ球体が徐々に萎んでいく。そして球体が完全に萎んだと同時に花のガラス細工が完成し、店主はガラスの花を持ち上げて指先でくるくる弄ぶ。
「簡単でしょう? でもこの量を一人でやるのは大変でね……代わりにお願いしてもいいかしら?」
「はい! 分かりました、おまかせ下さい!」
 元気いっぱいに女店主を見送った後、ティレイラは魔法道具と大量の花に向き合った。シャボン膜に花を入れるだけ。作業としては単純だが女店主の言うようにとにもかくにも量が多い。
 ティレイラはふんと気合を入れると、さっそく二輪目のガラスの花を作るべく魔法道具のスイッチを押した。

「はあ〜。これでようやく最後……っと」
 数時間後。最後の一輪をシャボン膜に入れティレイラはふうと息を吐いた。思ったよりも大変だったがとりあえず無事に仕事は終わった。女店主に報告に行きお代を頂く事にしよう。
 そう思いながらティレイラが大きく伸びをした、その時、気の緩みからかティレイラの足がわずかばかりふらついた。体勢を整えるべく足を後ろに引いた、同時に、足下から「カチリ」と散々聞き慣れた音がした。
「……え?」
 ティレイラが視線を下に向けると、そこにはこれまた散々見慣れた、ガラス細工を作るためのシャボン膜が湧き出ていた。あっと思った時にはもう遅くティレイラを包み込むように膜が大きく広がっていく。
「や、やだ、逃げないと!」
 ティレイラは咄嗟に翼を広げ脱出しようと試みたが、羽ばたこうとしたその瞬前に完全に膜は閉じてしまった。パニックになるティレイラを嘲笑うように膜は徐々に萎んでいき、ティレイラの細い足首が、柔らかなふくらはぎが、竜の尾が、翼が、感覚を薄れさせると共にガラス細工に変わっていく。
「や、やだやだ! 誰か助けて! 誰か、誰か、誰かぁっ!」
 ティレイラは泣き叫び大声で助けを求めたが、シャボン膜はもうティレイラの小麦色の腕さえ侵蝕している。そして宙へ伸ばされたティレイラのつるりとした指も、赤い瞳から零れ落ちた一筋の涙さえも、そのままの姿に留め閉じ込めガラス像は完成した。

「あらあら、まあまあ、これはどうした事かしら」
 意識を取り戻したティレイラのガラスの耳に聞こえたのは、自分の頬をゆるやかに撫でる女店主の声だった。滑らかな曲線美を描く頬や尻尾を撫でられる度ティレイラは「ぴっ!」と悲鳴を上げたが、どうやらそれが聞こえるのはティレイラ自身だけのようだ。
「素晴らしいわ。まさかお花のガラス細工を頼んでこんな逸品が手に入るなんて。ねえティレイラさん、お代は奮発してあげるから、しばらくこのままでいてくれないかしら。実はセレブの皆様をたくさんお迎えするパーティーがあってね……」
 その言葉に、ティレイラは再び「ぴっ!」と恐怖の悲鳴を上げた。この状態で衆目に晒されるなど当然断じてお断りだ。しかしティレイラの声は届かない。自力で逃げる方法もない。
「この造形美に可愛らしさ……きっと一番の注目を頂けるわ。安心してねティレイラさん。たくさんのお客様に可愛がって頂けるよう、一番素敵な場所に飾って差し上げますからね」
 そんなのはいいから助けて欲しい。しかし当然その願いが届いてくれるはずもなく。

●そして話は冒頭に戻る
「どうしても、どうしても譲っては頂けませんか?」
 優し気かつ麗しい美青年の懇願を、しかし女店主は首を横に一つ振っただけで断った。悲し気に肩を落とす青年を見送った後、女店主はティレイラのガラスの耳に口を寄せる。
「安心してねティレイラさん。いくらお金を積まれてもあなたを売ったりなんてしないわ。ああでも、お金持ちの家に貰われてずっと飾られてしまうあなたも、とっても魅力的で美しいかもしれないわね……」
 絶対にやめて欲しい。ティレイラはガラス細工のまま心の中でぐすぐす泣いた。後日、「とあるセレブパーティーに『日に日に魅力を増していく生きているようなガラス像』があった」と噂が流れたが、真偽の程は、さてさて。



【登場人物】

 3733/ファルス・ティレイラ/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)


【ライター通信】

 こんにちは、雪虫です。
 ご指定頂きました通り、ティレイラさんのオブジェ姿の美しさを最重点に書かせて頂きました。お気に召して頂ければ幸いです。
 この度はご指名下さり誠にありがとうございました。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
雪虫 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年12月22日

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