▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『君にありがとう 』
サラ・マリヤ・エッカートjc1995)&ミハイル・エッカートjb0544

(これにするか――いや、ただ高いだけではダメだ。飲みやすくなければな)

 かなり高いシャンパンを手に持っていたミハイル・エッカートだったが、それを棚に戻して腕を組んだ。全体を見渡すために棚から一歩下がり、端から順に目で追っていく。

(度数は低めで、食前酒ではあるが一応、様々な料理に合って、そこそこ上等であればいいが――)

 目で追っていたミハイルが「おっ」と言って目を止め、手に取ったシャンパン――サーモンピンクが美しい、薔薇のような色をしたラベルのシャンパンを手に取り、まじまじと眺めていた。


「淡い薔薇のような色をしたこいつなら、いい。彼女に似合うぜ」


 それを手にレジへと進み、ついでにとリボンラッピングして箱へ入れてもらった。

 次に向かったのが、花屋であった。


「やはり古今東西、女性に贈る物の代表と言えば、花だからな。それも定番中の定番、薔薇に決まりだ」


 と、ここでは迷う事無く薔薇で花束を作ってもらう気でいたミハイルだったが、ふとレジ横に貼られた手書きのポスターに目が留まった。


「色と本数で花言葉があるのか、それは困ったな……あるのならば、適当は許されないぜ」


 日めくりのような作りをした分厚くて種類も豊富なポスターを1枚1枚めくって、その意味を調べつつ、良いと思うものがあれば心のメモ帳に記入していく。

 あまりにもミハイルが熱心すぎるのを見かねてか、店員が「意味に合わせてお作りしましょうか?」と申し出てくれるのだが、ミハイルは首を横に振った。


「楽をするのも一つの手だが、彼女のために俺が骨を折るべきだからな。今の気分を現した、最高の花束を作ってやるぜ」


 カッコよくビシッと決めたが、花束の方はなかなか決まらない。1枚ずつめくっては何枚か前に戻ったりを繰り返し、だいぶ時間がかかったようだが、やっと顔を店員に向けた。


「一重、棘なしの薔薇で緋色、紅色、黒赤色、帯紅、赤の蕾を各2本ずつ、それにブライダルピンクを1本いれた11本の花束を作ってくれ」


 かなり細かい注文だがそれでも店員は笑顔で「はい」と応え、ミハイルの希望通りの花束を作ってくれる。支払いを済ませ花束を受け取った時、サービスですと胸ポケットに白い枯れた薔薇を刺してもらった。

 意味を知らなければ商品にもならないクズを押し付けられたと腹を立てる所かもしれないが、今のミハイルにはその意味が分かるだけの知識があった。

 白い枯れた薔薇――生涯を誓う。


「感謝するぜ」


 花屋を後にするミハイルの背に「がんばってください」とエールが送られ、ミハイルは花束を掲げて応えるのだった。そして今、最愛の人の所へと向かう。

 愛してる、愛を誓おう、ものすごく愛してるという気分を片手に――




 時計をチラチラと見ながら、部屋の隅々まで拭き掃除をしている真里谷 沙羅。普段から綺麗な部屋が今日は一段と綺麗になっていた。


「何度も確認してしまいますわね……まだ来るはずありませんのに」


 来るはずがないと分かっていても、今すぐ会いたいと思ってしまう自分はなんて自分勝手なんでしょうと自分をたしなめつつ、台拭きを絞り、洗濯かごの中へ。

 そして部屋をぐるりと見渡して、どこもおかしい所がないか念入りにチェックをする。クッションの曲がりを気にしたり、カーテンを下にひっぱってみたりと、普段なら全く気にならないところまで気にしてしまい、何度も色んなところに手をくわえてしまう。

 そうこうしているうちに、時計を見て「そろそろ作り始めませんといけませんね」と、キッチンに立つ。作る物も決まっているし、レシピも複雑なものではないので、すぐにできる――が、沙羅の気合は十二分に高まっていた。

 もちろん、食べさせる人の事を思うからというのもあるが、1つの使命感が沙羅にあったからだ。


「まずはこれからですね」


 そう言って手を伸ばしたのは緑色の代表的な野菜、ピーマンだった。

 もちろん、ミハイルがピーマンを苦手としているのは知っている。知っているからこそ、食べさせたかった。もともと教師だっただけにその使命感がなおさらであった。

 ミキサーにかけてまで食べさせても意味はないからと、食感が分かる程度の大きさにカットし、ほうれん草、しめじ、ベーコンを少し大きめに切っていく。バターでソテーしてさっと塩胡椒すると、グリルパンにあらかじめ耳を切って三角に切りそろえた食パンを並べ、その上にまずピーマン、それから他の物で隠すと卵とチーズと牛乳を溶いたものを流し込んで、コンロへ。軽く焼いてからグリルの中へと入れるのだった。

(おいしいと言ってくれますかね)

 ミハイルが口に運び、美味しいと笑ってくれる姿を想像するだけで耳が赤くなり、口元がほころぶ。

 そして焼き上がるまでの間、テーブルに花瓶とシャンパングラスをセットしたというところでチャイムが鳴って、沙羅の心音が一気に跳ね上がった。

(もう、そんな時間でしたか?)

 時計を確認すると、約束の時間までわずかにというか、結構早い。時間にきっちりしていて、訪問のマナーも心得ている彼がまさかと思ったのだが、それでも期待してしまう。

 グリルの火を止め、玄関へと急ぐ。モニターで見ればすぐなのだが、だが、それよりちょっとでも長く期待したいし、見るならば自分の目で直接確認したかった。

 玄関でスリッパを脱ぐのももどかしく、らしくもなくスリッパで土間の上にあがり覗き穴に身を寄せて、勢いがつきすぎてドアに額を打ってしまう。


「っ〜〜……」


 額を押さえる沙羅だが、覗き穴から一瞬見えたその姿に、そんな痛みなんてすぐに吹っ飛んでしまう。チェーンを外し、ロックも外すとドアを自ら押し開ける。

 11本の薔薇の花束が沙羅の前に差し出された。


「こんばんは、沙羅。お招きありがとう――時間より早く来るのはマナー違反だが、少しでも早く、そして長く君に逢いたくてね」


 精一杯のカッコをつけ、虚勢を張るミハイルだが、開いた瞬間から漂う香りだけですでに内心、ドキドキと舞い上がってしまっている。
 それに玄関で出迎えてくれる沙羅の姿はまるで――


「ミハイルさん?」


 ハッとしたミハイルが咳払いし、「なんでもない」と朱色の頬を見せないように花束を沙羅の顔の前にまで持ち上げる。ミハイルの誤魔化しに気づこうともしない沙羅は花束を受け取るのだが、その時に手が触れあい、それだけでお互いの心音が高まる。

 それで払いのけたり引っ込めたりするほどの初心さはなかったが、お互い、緊張のし過ぎで動きがぎこちなかった。

(こんな反応、子どもじゃあるまいし……まったく、今日の俺はどうにかしてるぜ)

 招かれるままに部屋へあがり、ダイニングに通されたミハイルの前に「焼き立てです」と取り分けられたキッシュが置かれ、冷蔵庫から出されたサラダやチーズなどもテーブルの上を彩る。もちろん、花瓶に挿されたミハイルの想いも彩の一つである。

 席に着いたミハイルが、箱から取り出したシャンパンもテーブルに並べた。


「君に合わせた1本だ、気に入ってもらえると嬉しいぜ」

「ミハイルさんとならなんでもお気に入り――です」


 沙羅の声がどんどん小さくなり、気恥ずかしげな様子にミハイルの口元は弛まずにはいられなかった。

 開けたシャンパンをグラスに注ぎ、美しい透き通るサーモンピンクの液体は2人に飲まれる事を歓迎するかのように、シュワシュワと小気味よく弾ける。

 2人が「いただきます」とシャンパングラスを傾け、そしていよいよキッシュにナイフが入る。断面にはほうれん草の緑に隠れ、ピーマンが存在をわずかに主張している。

 緊張する沙羅。

 沙羅の緊張が、美味しいと言ってもらえるかという緊張なのだろうといい方に解釈したミハイルは、沙羅の顔を見つめたまま、キッシュを口に運ぶ。


「……美味い。沙羅の作ったものだからなのと、沙羅と一緒だから、なおのこと美味い」


 ほっと胸をなでおろし、笑顔の沙羅は「――嬉しいです」と自らもキッシュを口に運ぶ。

 会話こそ少なかったがそれでもミハイルは酔ったかのような、ふわふわとした幸せを感じるには十分な食事の時間を過ごし、リビングのソファーに腰を下ろしていると食器を下げている音に混じり、ダイニングから沙羅のクスクスという笑い声が聞こえる。


「ピーマンのお味、どうでしたか?」


 沙羅に言われ、そういえばキッシュにわずかな苦みがあった事を思いだし、その正体がピーマンだったのだと気付くと数秒固まるが、沙羅の料理をよく味わいたいと噛んでいるうちに甘くなった事も思い出し「……美味かった、よ」と、ピーマンは天敵と豪語してならないミハイルらしからぬ発言をするのであった。

 愛がピーマンに勝った瞬間である。

 リビングに戻ってきた沙羅と緊張しながらもゆったりとした談笑をし、その会話の途中で出てきたヴァイオリンに惹かれ、ミハイルは「聴かせてくれ」と頼む。

 もちろん沙羅が断るはずもなく、調律したのちに少し緊張した面持ちながらも、慣れた手つきで弓を弾く。

(この曲を、貴方に――……)

 ミハイルを見つめながらも、沙羅は最初の一曲を披露する。自分の想いのたけを音に乗せ、ミハイルの耳を通して心に響けと願いながら。

 一曲が終わり、緊張も解けた沙羅はそこからヴィヴァルディの「四季」で春のパート、小さな夜の曲という意味のアイネ・クライネ・ナハトムジークト、ベートヴェンのロマンス第2番など有名な曲を披露する。

 沙羅の優しくてロマン溢れる旋律に、ミハイルはソファーに深く沈みこんで目を閉じ、今にも眠ってしまいそうな心地よさに身を委ねるのであった。




 何曲目かを終えたところで、沙羅は時間に気づき「そろそろ……」と自分から言い出しておいて寂しげな声が出てしまう。


「ん? ……ああ、もうこんな時間か。そろそろお暇しないと、沙羅の睡眠時間を削ってしまうな」


 腰を上げ、玄関へと歩き出す。ミハイルの後を追かける沙羅だが、何度も手を伸ばしそうになりながらも、その手を自制する。


「それじゃ、また明日。学園で――そういえば、最初に演奏した曲名は、なんだったんだ?」

「あれはエルガーの……タイトルは内緒です」


 唇に指を当てて内緒のジェスチャーをするさらに肩をすくめ、「おやすみ、沙羅」と言った。


「はい――おやすみなさい」


 言ってからも2人はしばらく見つめ合っていたが、やがてミハイルが外へ出て、勝手に閉まるドアをゆっくりと閉めていく。そして閉じきる間際に手を振り、沙羅が振りかえしたその瞬間、無情なドアはパタンと閉まる。

 ミハイルの足音が遠ざかっていくドアをしばらく眺めていた沙羅だが、やっと動き始め、食器を洗い始めた。洗い物が終わり、手を拭きながらテーブルに目をやれば、ミハイルの想いが詰まった薔薇の花束と目が合った。

 ミハイルが選び、贈ってくれた――それだけでこれは何よりも特別なものになる。

 そう思うとミハイルに向けるのと同じ笑みがこぼれ、そして幸せを噛みしめた。


「……ミハイルさん、私を選んでくれて――」




 浮かれ気味ながらも寂しい気持ちを抱えたまま、イルミネーションが灯る街を歩くミハイル。記憶の中では色あせて見えていたイルミネーションの前で立ち止まっていた。

(去年と同じもののはずなのに、今は心躍る光に見えるぜ)

 次は沙羅と一緒に見に来ようと誓っていると、ふと、聞き覚えのある旋律に目を向けた。少女が道端でヴァイオリンを演奏しているのだが、そんなことよりもその曲だった。


「お嬢ちゃん、その曲のタイトルは何ていうんだ?」


 声をかけられた少女は手を止め、ミハイルに向かって答えた。


「エルガーの『愛の挨拶』です。キャロライン・アリス・ロバーツに婚約記念で贈った曲で、エルガーの代表曲でもあります――最初から、弾きますか?」

「いや、タイトルさえわかればいい。彼女の音の余韻を楽しみたいのでね――かわりに、ご機嫌な俺のために別の何かを弾いてくれ」


 地面に置かれたヴァイオリンケースへ諭吉を投げ入れると少女は頭を下げ、「ではスウィングジャズで数曲」とミハイルの要望通り、ご機嫌な旋律を奏でる。

 目を閉じ、耳を傾けるミハイルは自然と足でリズムを取り、口元は綻んでいた。

(愛の挨拶、か――沙羅の愛、しっかりと感じ取ったぜ)

 微笑む沙羅を思い浮かべ、ミハイルのにやけが止まらない。幸せすぎて、今の自分が怖いくらいである。


「……沙羅、俺を選んでくれて――」





『ありがとう』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb0544 / ミハイル・エッカート / 男 / 31 / 君と幸せに 】
【jc1995 / 真里谷 沙羅 / 女 / 28 / 最高の幸せを約束された】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
甘いノベルを書かせろというわりに長らくお待たせしてしまいました、楠原です、すみません。
今回はとにかく甘くという事でしたので、幸せを十二分に感じて頂けるものと、そして切なさもお伝えいたしました。
タイムリーでもあり、間が悪いとも言えた時期でしたが、出来としてはいかがなものだったでしょうか?
またのご発注、お待ちしております
WTツインノベル この商品を注文する
楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年12月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.