『月が咲き、花が咲く 』

木霊・C・リュカ（aa0068）＆オリヴィエ・オドラン（aa0068hero001）＆凛道（aa0068hero002）＆紫　征四郎（aa0076）＆ガルー・A・A（aa0076hero001）＆ユエリャン・李（aa0076hero002）

●おてつだい
　大晦日、それは一年の最後の日を言う。この日に大掃除を一気にしてしまうとなると、かなり大変なことになるのだが、それでも、日に追われ、時間に追われる状況にならなければ、日々の雑事の中で家の細かなところまでの掃除というものにはなかなか手が回らないものである。
　古本屋『金木犀』の主人（あるじ）、木霊リュカも同様であった。とはいえ、彼には心強いご近所さんがいた。
「邪魔するぞ」
　店の扉から中へと入り、奥の住まいへ続く扉も慣れた手つきで開いたガルーが中へと声をかけた。
　ガルーの足音に続き、「お邪魔します」と愛らしい声も聞こえる。
　リビングに入ってきた気配を感じて、リュカはガルーたちの方へ顔を向けた。
「いらっしゃい」
「……なんだ、その格好？」
　自分の家の大掃除は前日までにしっかりと終わらせたガルーはリュカの格好に目を細める。
「ふとんの中に丸まったままなかなか起きてこなかったから、強制的に体温をあげようかと……」
　オリヴィエが答えた。
「リュカ、もっこもこなのです！」
　征四郎が興味深げにもっこもこなリュカを見つめる。
「オリヴィエの愛が詰まっててあったかいよ~」
「いや、それじゃ動けねーだろ？」
「でも、あったかいよ~~~」
「確かに、温かそうなのです！」
　セーターを着た上に半纏を二着着込み、暖かそうなズボンを履いたリュカは本棚の整理をしているものの、それは亀やナマケモノのような動きだった。
「それで大掃除とか、ムリだろ」
　ガルーはリュカの半纏を剥ぎ取るように脱がすと、持ってきた貼るホッカイロをリュカの体中に貼り、最後に半纏を一枚だけ着せた。
「これで大掃除も進むな！」
　動きやすくなったリュカは、脱いだもう一枚の半纏を征四郎の後ろにいたユエリャンに渡した。
「はい。オリヴィエの愛情のおすそ分け」
「今日は比較的暖かいから、リュカ以外に半纏は必要ないと思うぞ」
　そう言って半纏をリュカの手から受け取ろうとしたオリヴィエの手よりも早く、ユエリャンが半纏を奪い取るように掴んだ。
「色男は気が利くな！　我輩も寒いと思っていたのだ！」
　オリヴィエは真意を探る眼差しをユエリャンに向けたが、ユエリャンはリュカに寒さと半纏の温かさについて語るばかりだった。
「オリヴィエの愛情が詰まった半纏は今日の着物にもよく似合うな！」
　ユエリャンが機嫌良くしているところに凛道が顔を出した。
「征四郎さん！　ユエさん！」
　賑やかな声を聞いて、自室から出てきた凛道は二人の姿を見つけて嬉しそうな表情となる。
「凛道もお部屋の掃除をしていたのですか？」
　征四郎の言葉に凛道はキラキラと瞳を輝かせて言った。
「アイドルのブロマイドの整理をしていました！」
「そうなのですね」
「親友のユエさんには是非、僕のコレクションを見ていただきたいです！！」
　そう言うなり、凛道はユエリャンの腕をしっかりと掴み、嫌がるユエリャンを引きずるように自室へと戻った。
　そうして、ユエリャンを犠牲者として、他の者はそれぞれの作業を始める。
　ガルーは台所へと向かう。「手伝う」と、オリヴィエも台所へついて行った。
「……」
　征四郎は本の整理に戻ったリュカの隣に座り、すこし頬を染めた。しかし、重度弱視者のリュカにはピンク色の頬は見えない。
「せーちゃん？」
「征四郎はリュカのお手伝いをするのですよ」
「ありがとう」と、リュカは柔らかく微笑んだ。
「ガルーちゃんのおかげで動きやすくなったことだし、お店のほうの整理もしようかな」
　リュカは立ち上がると、慣れた足取りで店へと向かう。目が不自由ではあっても、勝手知ったる我が家、間取りも物の配置もリュカの頭のなかにちゃんと記憶され、体の感覚が正確に覚えている。
　廊下をスムーズに進み、店へと向かうリュカの背を、征四郎はすこし寂しく見つめる。
　リュカが自分を頼るのは、慣れない場所だけ。こうしてよく知っている場所であれば、彼は普通の大人のように子供である自分に頼ることなど決してない。
　その隣に、自分のような非力な存在がいる場所はあるのだろうか？
「……」
　征四郎がじっとその背中を見つめていると、リュカがふいに足を止めて征四郎を振り返った。
「せーちゃん、どうしたの？」
　リュカの手が征四郎に伸びる。
「お兄さんは片付け下手だから、お手伝い期待しているよ」
　向けられた視線。心。伸ばされたその手が嬉しくて、征四郎は廊下をリュカに駆け寄る。
　その手に手を重ねて、征四郎は気持ちを切り替えた。
「任せてくださいなのです！」

「にんじんは花形にカット」
「猫型もな」
「こんにゃくは手綱にして」
「猫型もな」
「かまぼこは紅白交互に」
「猫型もな」
「リーヴィ、しつこいぞ」
「肉球模様でもいい」
「んな特殊なかまぼこありません」
「いや、ある！」
　オリヴィエは慣れた手つきでタブレットを操作すると肉球模様のかまぼこを表示した。
「……今からじゃとてもじゃないけど、お取り寄せは無理です」
「……」
　無表情ではあるが、あからさまにオリヴィエのテンションが下がる。
「……かまぼこは無理だが、うずらの卵と人参で肉球模様を作ってやるから落ち込むな」
　無表情のままだが、瞬時にオリヴィエのテンションは上がった。
「そのかわり、しっかり手伝いを頼むぞ」
　オリヴィエは深く頷いた。
「黒豆と田作りは作ってきたし、数の子はだし汁につけてあるから、昆布巻きの準備と栗きんとんから作るか」
　オリヴィエが昆布を軽く拭く作業を行っていると、ドタドタとうるさい足音がなだれ込んできた。
「助けろ！　大型犬！！！」
　台所に飛び込んできたのはユエリャンだ。その後ろには頬を上気させた凛道。
「このど変態をいますぐこの屋敷から……おチビちゃんとオリヴィエから引き離せ！」
「そんなに心配なら、お前が見張ってればいいだろ」
「こんなど変態の謎の語りなど聞いていたら、我輩の耳が腐ってしまう！」
「ユエさん！　まだ聞いてほしい話があるんですよ！」
　凛道がユエリャンの腕にしがみつく。
「ああ！　離せ！！！」
「りんりんの年下趣味はわからんが、可愛い女性、綺麗な女性に魅かれる気持ちはわかるぜ。だから、話は後で俺が聞いてやるよ」
　凛道との親睦を深めたいガルーの申し出に、凛道はさっと手のひらをガルーに向けて拒否を示した。
「いえ、結構です。貴方は先輩のお手伝いをしていてください」
「……いや、俺がガルーを手伝っているんだが……」
　困った表情でオリヴィエがそう答えると、凛道が目を潤ませた。
「先輩の謙虚さ、尊いです……貴方は先輩の爪のアカを飲むべきです！」
「それに関しては激しく同意する！」
　ユエリャンと凛道はがしっとお互いの手を強く握った。
「先輩。征四郎さんはどちらですか？」
「征四郎なら、リュカの手伝いをしているだろ……店の方じゃないか？」
「征四郎さんのブロマイドもコレクションに加えなければ！」
　凛道は急いで店舗の方へ向かう。
「待て！　おチビちゃんに近づくな！」
　ユエリャンは凛道を追う。
　二人はガヤガヤと騒ぎながら廊下を進んでいく。
「……にぎやかだな」
「本当に、去年の大晦日と年明けよりも、今年はずっと騒がしくなりそうだな」
　オリヴィエとガルーは再び手元の作業に意識を戻した。

●こころ
「リュカ、この本の作者の名前が読めません」
　征四郎がそう言うと、リュカは「どんな字？」と手のひらを出した。
　征四郎はリュカの手のひらに指で作者の名前を書く。
「ああ……これは芥川龍之介だね」
「あくたがわ……じゃ、あ行の作者さんの棚に入れますね」
「うん。お願いするよ」
「この人はどんな本を書いた人なんですか？」
「そうだね……芥川龍之介は、人の心のことをよく書いた人なんだ」
「人の心？」
「そう。弱く、汚れやすくて、砕けやすい人の心を……」
「弱く、汚れやすく、砕けやすい心……」
「その心が、どんなに儚く、懸命で、尊いものなのか」
「……尊い？　弱くて、汚れやすくて、砕けやすい心が、尊いんですか？」
　そんな心など、ないほうがいいはずなのに？　と、征四郎は思う。
「強さも、美しさも、潔さも大切だけれど、それは弱くて、汚れて、砕けたことがある……その心を、大切に救ってあげた人が持つものだと思うよ」
「救う？」
「そう。自分の心だからとないがしろにしないで、ちゃんと丁寧に、愛情を持って包み、救ってあげることが大切なんだ」
　それは、自分自身を甘やかすということだろうか？
　征四郎の無言の疑問に、リュカは答える。
「それはね、自分を、心から愛してあげるということだよ」
「……」
「誰だって……大人だって、そういうことが大切なんだと思うよ」
「……征四郎は、征四郎を救ってもいいんでしょうか？」
　ちっぽけで、弱く、目の前の人への気持ちを持て余している幼い自分の心。
　征四郎は自分の胸に……心に手をあてた。
　リュカは見えない目で、征四郎の心をまっすぐに見る。
「せーちゃんは、真っ先に、せーちゃんを助けてあげなきゃだめだよ？」
「……」
「こんなにも懸命で、まっすぐで、美しい心を、ちゃんと愛してあげなくちゃ」
　目の前にいる大好きな人に、征四郎が抱きつきたくなったその時、廊下を走るけたたましい音が聞こえてきた。
「おチビちゃん、逃げろ！」
「征四郎さん、あの、もし、よかったら……ブロマイドくださ」
「黙れ！　このど変態！」
　ユエリャンと凛道の様子に、リュカはにこりと笑って言った。
「二人とも、古書の整理のお手伝いをお願いするよ。せーちゃんはガルーちゃんのお手伝いをお願いできるかな？」
「はい、なのです！」
　ユエリャンが凛道を抑えている隙に、二人の横を通り過ぎて征四郎は台所へと向かった。

「お手伝いに来たのですよ」
　征四郎が台所に入ると、ガルーが振り向いて聞いた。
「リュカの方はいいのか？」
「ユエリャンと凛道がお手伝いするのです」
「そうか」
「懸命は美しいのです」
「ん？　どうした？　急に」
「征四郎は懸命にお手伝いするのです」
　ガルーはいつもよりも凛と綺麗な眼差しの征四郎に微笑んだ。リュカはいったいどんな魔法を使ったんだろう。
「ああ……それは助かる」
　征四郎はガルーの手元を覗き込んだ。
「征四郎も栗の皮むきをするのです！」
「いや、これは危ないからいいよ」
　栗の皮は茹でても硬く、大人が剥いていても怪我をする可能性がある。
「征四郎はリーヴィと一緒に猫型の型抜きでニンジン、こんにゃく、かまぼこの型抜きをしてくれ」
　ガルーの言葉に征四郎はオリヴィエの手元へと視線を向けると、猫の顔型のニンジンが量産されていた。
「可愛いのです！」
　征四郎の喜びの声も聞こえぬように、オリヴィエは黙々と可愛い猫を量産していた。

「……これは、なんとも艶めかしい絵ですね」
「なぜ、こんなおチビちゃんたちの教育によろしくないものがあるんだ？」
「艶かしい……ああ、古い春画？　春画とはいえど、当時を知る貴重な資料とも言え、芸術作品とも言えるからね」
「これが芸術？　解せぬ」と、ユエリャンの眉間に深い皺が寄る。
「ここ、よく見てください！　小さい人がいますよ！」
「猫まで……ますます解せぬ」
「それは鈴木春信の『風流艶色真似ゑもん』だね」
　ユエリャンと凛道は春画を見つけては口々に勝手な感想を言い、リュカはひとつひとつの作品について解説を加える。
「ユエちゃん、買ってく？」
「こんな卑猥なもの、我輩はいらぬ。下手すると、我輩までこのど変態と一緒かと勘違いされかねないしな」
「なかなか二人は気が合っているように思えるけどね……破れ鍋に綴じ蓋、みたいな？」
「そうですよね！　マスター！」
「貴様の目は節穴か！　この……」
　唐変木！　と、叫びたいが、オリヴィエが日頃世話になっている相手にそんな言葉を使うこともできず、ユエリャンはただその眉間に深い皺を刻んだ。
「凛道、その春画は一番奥の棚の一番上の方にしまっておいてくれる？」
　凛道が春画を持っていったところに征四郎が顔を出した。
「ユエリャン、大きな声が聞こえましたが、どうしたのですか？」
「せーちゃん。ごめん。俺がユエちゃんに失礼なことを言って、怒らせちゃったんだ」
「リュカが？」
「おチビちゃんが気にすることではない」
「ユエリャン、リュカを許してくれますか？」
　征四郎が眉尻を下げてユエリャンを見上げてくる。
「……ああ、そんな目をするな！　そもそも色男に怒ってなどいない！」
「そうですか？　それなら、よかったです」
　征四郎は明るい表情を見せて、台所へと戻った。
「……色男、卑怯だぞ」
「えー？　やっぱり、ユエちゃん怒ってるね」
「怒ってなどいないが、卑怯だぞ！」
「ごめんごめん。じゃ、お詫びにこれあげる」
「……なんだ？　これは」
「永井荷風の『四畳半襖の下張』。非常に魅惑的な官能小説だよ」
　ユエリャンはそっとその小さな文庫本を受け取った。
「春画は子供の視界にもダイレクトに飛び込むから教育上よろしくはないけど、これはうっかり見られても昔の語り口で内容がすぐには理解できないから、すぐに隠せば大丈夫。文庫でコンパクトだしね」
「あ」と、リュカは言葉を付け足す。
「でも、堂々と読むのはご法度だよ。こういうのは、こっそり読むことに意義があるんだからね」
　ユエリャンは渋い顔をしつつも、その本をそっと着物の懐にしまった。
「……こんなところにこんな本があっては、オリヴィエの教育にもよろしくないからな。我輩が預かってやろう」

●ちゃんねるとそば
　古書店の整理を終えると、リュカは凛道とユエリャンに手伝ってもらって、途中になっていた住まい側の掃除を行う。
　その際に住まい側にあった本を古書店の方へ持っていくと、結局はたくさんの本が整理されないままカウンターの上に積まれるということになるわけだが、それが毎年の恒例であるので、リュカはさして気にせずそれはそのままにすることとした。
　住まいの掃除が終わったところでガルーが「準備できたぞ！」と声をかけた。
「ん~~~！　美味しそうだね！　すきやきかな？　おせちは？」
　テーブルの上にはすきやきの材料や茶碗蒸し、お酒のつまみなどが並ぶ。
「おせちは正月に食べるものだと、ガルーが言っていた」
　割り下を入れた鍋に具材を丁寧に入れていたオリヴィエがリュカの質問に答える。
「ガルーちゃんはそういうところしっかりしてるよね~」
「色男は目が見えないのではないのか？」
　なぜテーブルの上に並んでいる料理が想像できたのか疑問を持ったユエリャンがそう聞くと、リュカは微笑む。
「そうだよ。でも、そのおかげで、美味しそうな匂いには敏感なんだ」
「音にもな」と、オリヴィエ。
「そうだね。ジュ~と美味しいものが焼けてる音とかいいよね~」
　リュカはオリヴィエの隣に座り、もたれるようにして笑った。
「……仲がいいな」
　ユエリャンはまぶしいものを見るように二人を見た。
　障害を「おかげ」とさらりと言えるリュカとともにいるオリヴィエはきっと、これまでもたくさんのことを学びとってきたのだろう。
　自分がそばにいない間の『我が子』はきっと、純真なまま成長したのだと、ユエリャンの口元はゆるりと震える。
　願わくば、自分がその道しるべとなりたかった。
　しかし、今、目の前にある風景は確かに幸せなもので、確かに自分が与えてあげたかったもので、ユエリャンはリュカに銚子を向けた。
「飲め！　色男！」
「わぁ~~~！　ありがとう~！」
「おい、待て」とツッコミを入れたのは料理を運んでいるガルーだ。
「俺はまだ仕事中だ。ちょっとは料理番を敬え」
「貴方のことなど敬えません」
　凛道がひどいことを言いながらテレビのリモコンをぴこぴこいじる。
「凛道、チャンネルを変更するな。動物番組の特番がもうすぐはじまるんだ」
　オリヴィエの言葉に、凛道はショックを受けた表情となる。
「これから愛らしき天使たちが集まる番組があるのですが……」
「そんなものは見なくてもいい。尊いオリヴィエの願いを叶えるのが正義だぞ！」
　自身も大の動物好きのため、ユエリャンは迷うことなくオリヴィエの味方である。
「大晦日といえば紅白に決まっているのです！」
「お兄さんも大晦日は紅白かなぁ」
　征四郎とリュカは大晦日という一年に一度だけの日を存分に味わいたいと思っている。
「征四郎は子猫が見たくないのか？　可愛い子猫に勝てるものなどないだろう？」
「見たいのです！　見たいですが、それは録画でいいじゃないですか~~~！」
「もちろん、録画もした！」と、どこか得意げなオリヴィエ。
「じゃ、いいじゃないですか！」
「紅白も録画でいいだろう」
「紅白は大晦日に見てこその紅白なのですよ！」
　力強い征四郎の言葉に頷くリュカ。
「では、アイドルたちを録画で！」
「「それはいらない」のです」と征四郎とオリヴィエの声がかぶる。
「まぁ、まぁ、俺もアイドルでいいよ」
「「ガルーには聞いてない」のですよ！」と征四郎とオリヴィエの声が再びかぶる。
「リュカ、酒をくれ」
「はい。ガルーちゃん」
　日本酒一升瓶がすっとガルーに渡された。
「じゃ、30分ごとに切り替えるっていうのはどう？」
　リュカの提案に、オリヴィエと征四郎は渋々了承した。
「「……わかった」のです」
「では、アイドルも！」
　凛道の勢いある挙手は、「それはいらないかな」と、リュカにやんわりと拒否された。

　もめてた割には、征四郎は猫の出産シーンに夢中になり、感動の涙を流し、オリヴィエは普段聞き馴染みのない歌に興味を持って耳を傾けていた。
　新しい年が一時間後に迫ると、ガルーは再び台所に立った。
「ガルーちゃんのおそば、楽しみ~~~♪」
　明らさまにお手伝いしない気満々の態勢でリュカは待つ。
「誰も料理しねーから、俺がすることになるんだ……」
「薬味はこれでいいか？」
　ぶつぶつと呟くガルーの隣に立ち、オリヴィエは薬味の準備をする。
　刻みネギに生姜にミョウガとシソ、ゴマと七味に一味もある。
「リーヴィ、お前さんはテレビいいのか？」
「……ガルーひとりじゃ大変だろ」
「……ありがとな」
　ガルーは手際よくそばを茹でる。
「今年もいろいろあったね。凛道とユエちゃんが来て賑やか度が増したよね」
「端的に言えば、うるさくなったってことだな」
　そばを持ってきたガルーが言う。
「なんだかんだ言って、大型犬が一番うるさいであろう」
「いや、お前だろ」
「いや、貴様だろ」
　そんな言い合いをしながら、見る間にユエリャンのどんぶりは空になる。そして、「おかわり」と、ガルーにどんぶりを差し出した。
「早すぎだろ。一味、入れすぎだし」
「年越し蕎麦とは何度もおかわりするものなのだろう？」
「それはわんこそばな」
「俺のはすこしでいいぞ」と、オリヴィエが横から言う。
「お前はもっと食べろ。そんな量じゃ、チビのまま……ぐっ」
　オリヴィエの腹パンは年々キレを増す。
「なぜ、エビ天がないのですか？」
　凛道が不満そうな声をあげる。
「征四郎もエビ天食べたかったのです」
「夜遅くに油ものとか、体に悪いだろう？」
「でも、エビ天があったほうがよかったのです」
「また今度作ってやるよ。これはこれで、さっぱりして美味いぞ」
　ガルーが征四郎のそばにゴマやネギなど薬味を足す。
　征四郎はそばをひと口食べて、口元を緩める。
「美味しいのです！」
「だろ？　リーヴィが薬味をいろいろ用意してくれたからな」
「先輩、さすがです！」
「さすが、オリヴィエであるな！」
　凛道とユエリャンは薬味を大量投入し、「おいしい」「おいしい」と繰り返す。
「……リュカちゃん、お酒ちょーだい！」
　リュカにお酒を注いでもらい、ガルーは再びやけ酒をグビッと呷った。

●ゆくとしくるとし
「今年は凛道が来てから俺の活躍が減ったな……」
　ふいにそんなことを言ったのはオリヴィエだ。
「でも、そのおかげで自由に使える時間も増えたでしょう？」
　拗ねている様子のオリヴィエにリュカはポジティブな点もあげてみた。
「自由とは言っても……」
「暇してる間は二人で猫カフェ行ったり、お菓子作りしたりしてるだけだけどな」
　だいたいはオリヴィエと同じタイミングで暇を持て余すガルーの言葉に過剰反応したのはユエリャンだ。
「貴様、そんな幸せな時間を過ごしていたのか！？」
　我輩が変態の相手をしている間に！　と、ユエリャンの羨む気持ちがヒートアップする前に、征四郎が努めて明るい声で言った。
「新しい一年も、こうして皆で楽しく過ごせたらいいのです！」
「そうだね」とリュカも微笑む。
「来年も、皆でいろいろなことに挑戦できたらいいね」
「……年の終わりというのは、こうして皆で語り合うものなのですか？」
　凛道が不思議そうに聞いた。
　自分には語り合えるほどのものなどまだない……　と、凛道は思う。
　周囲が決めた『正義』に疑問も持たずにその柱を担っていた日々、そこに信念などなく、語る言葉など持たなかった。だからこそ、無垢に見えるもの、その存在だけで『正義』と言える存在に魅かれるのかもしれない。
「うん。こんなことあったねーとか、くだらない雑談とかね」
　リュカの言葉に、征四郎も付け足す。
「来年はこんなことしたいなーというのでもいいのですよ」
　そう言ってから、征四郎ははたと去年胸にあった思いを思い出した。
　たしか、新しい年には実家に堂々と帰れるだろうかと……去年はそんなことを考えもしたはずだった。そして、この一年、夢中で駆け抜けたけれど、家には帰れていない……それどころか、帰りたいという思い自体が、薄れている。
「……」
　征四郎は語り合い、笑い合っている皆の顔を見る。
　このまま、この優しい人たちと一緒に時を過ごせることができたなら、それが幸せ……そんな気がしている。
　征四郎が物思いにふけりかけた時、「来年、僕は……」と凛道の神妙な声が聞こえた。
「ぜひ、征四郎さんのプロマイドをいただきた……」
「黙れ！　このど変態が！」
　ユエリャンが凛道の口にスルメを突っ込んだ。凛道の変質者っぽい発言に瞬時にツッコミを入れられるあたり、いいコンビである。
「俺は、来年はリーヴィにもうちょっと料理らしい料理を教えようかね」
　ガルーの言葉に、オリヴィエよりも征四郎が先に反応する。
「え！　お菓子でいいですよ！」
「征四郎のお菓子食べ過ぎ防止にもなるだろ？」
「そんなに食べてないですし、依頼から帰ってきてお菓子があるとほっとするのです！」
「俺も、お菓子作りでいいけど……」と、オリヴィエも言う。
「こうやって皆で集まる時の料理は、ガルーが作ってくれればいいだろ」
「いつまでも俺に頼るなよ」
　そうガルーがため息をつき、オリヴィエはすこし緊張する。
「……」
　これ以上近づくことを望んではいない。けれど、同時に、距離ができることなど1ミリも望んでいない……。
　変わらぬ距離感。変わらぬ関係。変わらぬ情……進むことも、後退することも望んでいないのに。
「……そうだな……」
　変わらぬものなど、ないのかもしれない……。そう、オリヴィエが気持ちを押し込めようとした時、ガルーが言葉の続きを言った。
「もうちょっとしっかりした助手になってくれれば、二人で作れるものが増えるだろ？」
「……」
　ガルーの言葉に、オリヴィエはきょとんっとその顔を見る。
「……どうした？」と、ガルーが首を傾げる。
「オリヴィエ。ガルーちゃんから料理の技をしっかり盗むといいよ！　それでさ、二人でもっともっと美味しいもの作ってよ」
　リュカの言葉に、オリヴィエはやっとガルーの言葉の意味を理解し、ガルーに返事を返した。
「……そういうことなら、学んでやってもいい」
「おう」と、ガルーはにかりと笑う。
　ガルーも、征四郎と同じことを願っていた。
　このまま、来年も今年と同じように続けばいい。その次の年も、その先も、このまま、こうして穏やかな日々が続けばいい……それでも、もし変わるなら……すこしでもいい方への変化を。
　……それは、贅沢な願いだろうか？　と、ガルーは酒の水面に視線を落とした。

「あ、そろそろですよ！」
　征四郎の声にガルーがテレビへ視線を向けると、年明けまでの秒数が表示されていた。
　もうすぐ、新しい年が明ける。
「６」とリュカが言う。
「５」と征四郎も続く。
「４」とガルー。
「３」とオリヴィエが続いて、ユエリャンを見る。
「２？」と小首を傾げてユエリャン。
「１？？？」と凛道も続いてみた。
「「「「あけましておめでとう~~~~~！！！」」」」
　リュカ、征四郎、ガルー、オリヴィエの重なる声に、ぽかんとするユエリャンと凛道。
「新しい年に入ったら、あけましておめでとうございますって挨拶するんだ」
　リュカが説明する。
「そして、これからがさらなるお楽しみなのです！」
　征四郎は初詣に行くためにコートを着る。
「これから……どこかに出かけるのですか？」
　凛道をリュカが急かして立たせる。
「こんな遅くにか？」
　征四郎がユエリャンの上着を持ってきた。
「この世界にはまだまだ楽しいことがある」と、ガルーがニヤリと笑う。
「……また今日から、一緒に体験していこう、な」
　普段クールなオリヴィエの優しい言葉に、ユエリャンと凛道は過剰に感動する。
「オリヴィエ~~~！」と、ユエリャンはオリヴィエに抱きつき、「先輩、尊いです！！」と、凛道もすがりつく。
「お前ら、リーヴィのこと好きすぎだろ！！　俺の親友を離せ！」
　ガルーに「俺の」と言われて、さらに後ろから抱きしめられるような格好になり、オリヴィエの頬が少しばかり色づく。
「ん？　どうした？　リーヴィ？」
　オリヴィエの表情の変化に気付き、ガルーが首をかしげてオリヴィエを覗き込む。
「貴様！　我輩のオリヴィエを離せ！」
「先輩を穢すな！！！」
　オリヴィエ愛好者の二人がさらに騒々しくなる。
「オリヴィエ、大人気なのです」
　征四郎の言葉に「そうだね」とリュカが笑う。
「俺たちは先に歩きだそうか？」
「はい！」
　靴を履いて外に出ると、ひんやりと冷たい夜風が肌を冷やす。
「リュカ！　星が綺麗なのです！」
　征四郎が後ろを振り向くと、リュカも夜空を仰ぐ。
　そして、その目に星が映っているかのように、微笑んだ。
「うん。月も、綺麗だね」
「……」
　月は、雲が隠してしまって、淡い光を地上に届けるばかりで、『綺麗』とまでは言えない。
　それでも、リュカの目には綺麗な星も、月も見えているのだ。それは、リュカの心が『綺麗』だからだと、征四郎は思う。
「……綺麗です。すごく、綺麗なのです」
「せーちゃん、今年もいろんな景色を俺に見せてね」
　下手に気遣う大人たちよりも、見たままの景色を伝えてくれる征四郎やオリヴィエの目は、リュカに多くのものを見せてくれる。
　しかし、リュカもまた、こうして征四郎に見せてくれるのだ。
「リュカも」
「え？」
「リュカも、いつも征四郎にたくさんの綺麗なものを見せてくれているのです」
　征四郎の目には今、雲に隠された月ではなく、優しい光を放つ美しい月が見えている。
「……今年も、よろしくね」
　今年も、優しい君が隣にいてくれたなら、きっと俺の世界も優しくあるだろう……。
　そんな思いで、リュカは征四郎に手を差し出した。
　自然に、当然のように、差し出されたその手を征四郎は嬉しく思う。それは、この新しい一年もまた、隣にいてもいいと許されたような、その確約の証のようで。
「今年もよろしくお願いします！　なのです！！」
　征四郎はリュカの手を握り、花が咲くように鮮やかに笑った。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【aa0068　／　木霊・C・リュカ　／　男性　／　29　／　攻撃適性】
【aa0068hero001　／　オリヴィエ・オドラン　／　男性　／　11　／　ジャックポット】
【aa0068hero002　／　凛道　／　男性　／　23　／　カオティックブレイド】
【aa0076　／　紫　征四郎　／　女性　／　8　／　攻撃適性】
【aa0076hero001　／　ガルー・A・A　／　男性　／　31　／　バトルメディック】
【aa0076hero002　／　ユエリャン・李　／　?　／　28　／　シャドウルーカー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
この度はご依頼いただきまして、ありがとうございます。
大好きなPCたちのゆく年くる年を書かせていただき、とても楽しかったです！
楽しみすぎて、いろいろな想いを詰め込みすぎた感がありますが……私は満足しております！←
タイトルの『月』と『花』には、『年月（月＝月、花＝年）』の意味を重ねてつけさせていただきました。
リュカ家、征四郎家の大晦日は私の強すぎる思い入れもあり、このような内容となりましたが、ご期待に添えていましたら幸いです。
今後も6人の活躍を楽しみにしております♪

八福パーティノベル

gene

リンクブレイブ

2017年01月16日