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『ファミリーズ・コミュニケーション 』
十影夕aa0890)&天狼心羽紗音流aa3140hero001


 賑わう街に、乾いた風が吹く。
 いっそ雪でも降ったなら、少しは和らぐだろうキリキリとした寒さ。
 十影夕は、鼻先までマフラーを持ち上げながら色素の薄い空を見上げた。
 用事を済ませ、あとは家へ帰るだけ。
 一人暮らし――とはいっても幼少時からの付き合いである英雄が一緒だから、かといって家事が軽減されることは無いのだけれど――寂しさという感情は薄い。
 できることが増える、というのは存外に楽しいものであり、生活そのものが楽しく感じられる。
(昼飯……何にしよう)
 思いの外、用件は早く終わった。
 どこかに寄って行くか? 日が暮れてこれ以上寒くなるのもいやだし、家に帰って何か作るか……?
 手ごろな店は無いだろうかと、夕の金色の瞳が左右に動く。その端に、縁起でもないものが映った気がして正面へ戻した。

「よー! ユースケじゃねーの! ひとりかよ!」

 ……気のせいじゃなかった。
 夕の後見人である男性の、英雄・天狼心羽紗音流。派手な和装、高く結った赤髪、右目の眼帯。悪目立ちが服を着て歩いているような彼は、夕との付き合いも随分と長い。
「ユースケじゃないよ。ひとりだけど」
 ユウという響きだけじゃ何か足りないのか、紗音流はいつも夕の名を適当にアレンジして呼ぶ。夕が都度訂正を入れるのも、お約束の流れになっていた。
 少年の主張を無視し、紗音流は豪快に笑いながらその背を叩く。
「蟹食おうぜ! 蟹すき! 昼飯なら付き合うだろ!」
「かに……」
 その二文字は、夕の心を大きく揺さぶった。
 夕はその昔、享楽的な紗音流に喰われそうになったことがある。
 その時の紗音流が本当に本気だったのか、今の夕であれば危うげなく跳ねのけられるのか、踏み込んで確かめることはしないけれど二人きりになることは避けてきた。
 ……が。

 かに。

 まごうことなき高級食材。
(……あ。土鍋、まだ買ってなかった)
 そして家に帰っても、寒い夜でも、まだ『鍋』ができない事実を思い出す。
 鍋で、蟹。そういうのを『家族のごちそう』というのだろうか。
 施設育ちの夕にとって、縁遠いものだ。
「蟹より優先しなきゃならんことでもある?」
「…………ない」
 本心の見えない紗音流を、正面からじっと見つめて。間を置いて、ようやく夕は首を縦に振った。




 若者が入るにはチョットお高い雰囲気の店。
 かといって、イカニモな敷居の高さも感じさせない。
 昼間から営業している店らしさというのか、適度に健全だ。
(サネルさんは、色んな場所を知ってるな)
 店員へ上着を預け、通された個室を見回しながら夕はそんなことを考える。
 紗音流が、夕の後見人と契約を交わしたのは20年ほど前。夕の人生よりも長い。
「最近どーしてんの? 金が欲しかったらいつでも抱いてやるからな!」
「そういうのいいから」
 見直しかけた感情を心の底に沈めつつ、夕はノリの軽い英雄を受け流す。いつもの調子、いつもの会話。
 過去の一件以来、相手方が冗談めかしていようが本気の表情を見せようが、考え無しの返事はしないようにしている。
 親しいとは表現しにくいが、夕にとって昔馴染みで、憎めないところのある紗音流。
 距離感について安心しきることはできないけれど、たまにはまあ、こうして食事も悪くないだろうか。
 掘りごたつで足を伸ばし、鍋がセットされていく様子を見守りながら、夕はそんなことを考えた。


 蓋をされた土鍋から、ほかほかと湯気が上がり始めた。
 もうそろそろ食べ頃だろうか。
「二重誓約その後、うまくやってんのか? JCとは」
 一足先に熱燗を流し込んでいる紗音流が、面白十割で話を切り出した。
 二重誓約――ひょんなことから契約を交わすこととなった夕の英雄とは、外見年齢が近いことで接し方に戸惑っているところだった。
 タイミングの良い話題に、夕が鍋から顔を上げる。
「あ、ちょっと困ってる」
「なんだ!? 孕ませたか!?」
「そういうのいいから」
 せっかく真面目に話そうとすればコレだ。身を乗り出してくる紗音流を片手で制し、夕は流れを切りかえる。
 熱い緑茶を一口飲んで、呼吸を整える。
「引っ越したいなと思ってるんだ。今の部屋じゃ、手狭になってきたし」
 これまでは性別を感じさせないチビとの暮らしだったから、何も感じることは無かったが……夕は夕なりに、思うところのあるこの頃。
 先の、二人目の英雄に関わってくる部分だから露骨な話題転換でもない。
「ほおん? 一人暮らしを始めた傍から前向きだな。目星やら希望やらはあるのか?」
「ん。2DKぐらいで、できればスーパー近くて、学校も遠くないとこ。サネルさん、いいとこ知らないかな」
 なかなかに贅沢なオーダーだ。紗音流は顎鬚を撫でる。
「予算は?」
「今と、そんなに変わらない感じで。謎の人脈でどうにかならないかな、サネルさん」
「ワシのツテだけが目当てなのね!?」
「ごめんね。あ、鍋そろそろ食べられそう」
「おぬし適当に話流そうとしてるだろ」
「うん」
 大袈裟に嘆いて見せる紗音流を適当にスルーして、夕が土鍋の蓋を持ち上げた。
 湯気と共に蟹の甘い香りがフワリと広がる。夕の瞳が微かに揺らいでいるのは湯気のせいだけではないだろう。
「はー。ほんと可愛いよな、ユーサクは!」
 普段は実に淡々としていて、表情にわかりやすい変化など見せないというのに。蟹鍋の前ではこうだ。
「ありがとう」
 紗音流の言葉の真意を汲み取ろうともせずに、夕は淡々と切り返すと鍋を取り分け始める。
「チューしよっか!?」
「いらない」
 でも、ありがとう。
 心持ち多めに盛り付けた器を紗音流の手元に置いて。
「……あったかい」
「火傷に気を付けろよー? あっ、ワシに惚れた段階でしてるか!」
「すごい、身がぎっしり詰まってる……うわ、甘い……出汁がすごい。おいしい」
「聞いて? せめて何か言って!!?」
 コミュニケーションは大事よ!!?
「サネルさん」
 ほう、と頬を上気させた夕が、器を置いて顔を上げる。

「今度、土鍋買おうかな。家で蟹は無理でも、冬は鍋だよね」

 賑やかな英雄たちとも鍋を囲んで。囲めるような広さの、部屋を。ひとりではできない、『鍋』を。
「むぅ……ユージローがそこまで言うなら……少し張り切ってみるか……」
 昔のほうが可愛かったが、まだいける。
 テーブルの下で拳を握りながら、紗音流が心の中で叫んでいることを夕は知らない。




 〆の雑炊もしっかり堪能し、文字通り身も心も暖まる。
 会計を済ませて店を出る。風の冷たさは相変わらずだが、今は心地よいものに感じられた。
「ごちそうさま、サネルさん」
「こんなでよければ、いつでも誘ってやるわ。チュー1つでな!」
「自宅で作るのに、良い参考になった」
「オッサンの純情を弄ぶのは反対よ!?」
 どこに純情なんて残っているのか。
 己が身を抱く紗音流を冷ややかに見ながら、夕は口の端を微かに上げた。彼には珍しい笑顔だ。
(普通だったら『お父さんとごはん食べた』みたいな気持ちになったりするんだろうか)
 お母さんとは内緒、男同士の時間みたいな?
 想像してみるが、夕には父の記憶も母の記憶もない。『世間一般』の雰囲気自体は理解できるが、自分の身に置き換えるとピンとこない。

「『オッサンと援交』っぽい感じしかないな」

「!? ユータロー、ワシ以外のオッサンと援交はやめとけ!!? 困ってるなら、いつだって相手してやるから!」
「いや、そうじゃなくて。サネルさん近い近い近い。街中でやめようよ」
「街中じゃなければ可と受け取っちゃうぞー?」
「だーかーら」
 思わず口に出してしまった連想に過剰反応した紗音流が夕に抱きつく、それに対して夕が全力で抗う。一進一退の攻防である。
(こいつ警戒心がなくてチョロいトコあるからなー。心配なのよねーー)
(あ。俺、けっこう力ついたかも)
 互いの心情は並行の一途を辿りつつ、微笑ましい二人の姿に通行人たちが笑いをこらえて通り過ぎてゆく。


「部屋の件は考えといてやるよ、いいトコ見つかると良いな」
「うん。ありがとう、サネルさん」
「貸し一ってことで。なぁに、金は取らない。おぬしの体d」
「そういうのいいから」
 御礼はちゃんとするから。
 ググイと紗音流の腕を押し返す夕の表情は、やはり淡々としている。

 いつも通り、小気味良いやりとり。
 『サネルさんと、二人で蟹鍋』。増えた思い出が、ひとつ。




【ファミリーズ・コミュニケーション 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0890    /  十影夕  / 男 / 17歳 / アイアンパンク 】
【aa3140hero001/天狼心羽紗音流/ 男 / 45歳 / シャドウルーカー 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
ほっこりホカホカ、冬の蟹鍋をお届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
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2016年12月26日

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