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『刃の誓い 』
夜刀神 久遠aa0098hero002)&八朔 カゲリaa0098
 かつて《神癒》の蛇としてひとつの悲劇を演じた妹蛇が降り立ったのは、果てなき戦場であった。
 空を裂く剣閃。
 地を割る砲火。
 海を覆う骸、骸、骸。
 生者はことごとく戦い、死者を足場に前へ踏み出し敵を斬る。そしていつしか他の生者の足場と成り果てる。
 沸き立つ生と、降り積もる死。
 それもまた二極の対と言えるのだろうが、人の死を通じて“思い”に触れてきた妹蛇には、命を奪い合う中で綴られる二極の有り様がひどく穢れたものに感じられてならないのだ。
 ……愚神なるものによって引きちぎられた彼女の命は、兄の思いと魂で繋がれた。
 彼女は時のない虚無の底で兄の思いと語らい、独り思いを馳せ、思わぬ事件に心動かされて虚無より踏み出した。
 どこでもいい、思いが満ちる場所へ――そう願ったはずなのに、なぜこのような世界に引かれてきたものか。
 在って無き者と成り果てた彼女に戦火が及ぶことはなかったが。それゆえに彼女が求める答も見つけられぬまま、妹蛇はあてもなく千の戦いをすり抜け、万の死を見過ごした。
 そうして、どれほどさまよったものかを妹蛇が思い出せなくなったあるとき。
 ……もう戦えぬ。もう振るわれぬ。この身ここで朽ちる。
 淡々と紡がれる言の葉が妹蛇の耳を揺らした。
 この世界に降り立ってから初めて出遭った思いの込められた声音をたどって進み、妹蛇が見出したものは――両腕を失い、今にも死に行こうとしている軍装の女だった。
『あなた様は――?』
「この身はひと振りの刃。戦の内に振るう主を失くし、主の無念を繋ぐべく主の身を模した刃」
 語る間にも、傷口からは鮮血ならぬ鋼の欠片がこぼれ落ち、乾いた大地に尖ったきらめきをばらまいていく。同時に女の姿がかすれ、刀身を半ばから失った剣の姿が露われた。
 ああ、本当にこの方は剣なのですね。
 妹蛇は悟った。ここは、いつか誰かに振るわれた武具が、主に成り代わって戦う世界なのだと。
「主を守ることもできぬまま戦い、誰を守ることもできずに朽ちる。刃と生まれしこの身の務めを全うできずに、逝く」
 女が――剣が涙する。傷の痛みでも死の悲しみでもなく、剣としての役目を果たせなかった無念に。
 いつしか妹蛇は剣を抱いていた。
 彼女の《神癒》は混沌を消すばかりの薬。そもそも今の彼女は在って無きが存在である。どちらにせよ剣の命を繋ぐことなどできようはずもなかったが……なによりも大切なものを失くした剣を、ただ見送ることはできなかったのだ。
「主。今、参ります。願わくば再びこの身を主が手に――」
 剣の思いが妹蛇へ染み入ってくる。
 妹蛇は在って無き心身でそれを受け止め、受け入れた。
 思いは器なき妹蛇へ注がれ続け、やがて満たし……女だった剣が全部砕け落ちて、そして。
 銀髪赤眼の女――剣の化身の姿を写し取った妹蛇が静かに立ち上がった。
「あなた様の思いが器を失くしたはずの私を満たし、形を与えた。その思いと形を共連れて参ります」
 私を“在る者”へ戻すほどの思いが、世界にどれほどの意味を持つのかを見定めに。
 癒やしの牙を殺しの刃に換えた妹蛇は、剣の記憶に導かれるまま戦場へ踏み入っていった。

 妹蛇は刃と化したその身を振るい、戦場を渡る。
 同じ剣と戦った。
 槍、槌、弓、さらには銃、砲をも相手にして戦い抜いた。
 しかし。誰と幾度戦おうと、剣の残した思いの意味を探ることはできなかった。
 この世界に武具たちを戦いに駆り立てる理由はなく、ゆえに武具たちは戦うための戦いに明け暮れる。
 あるはずなのだ。戦う理由が。どこかに。
 妹蛇はなにを見出すことなく戦い続け、なにへ行き着くことなく探し続けた。
 そして幾日、幾月、もしかすれば幾年が過ぎた後、無為な日々は唐突に終わりを告げる。戦場に割り込んだ異形どもが、武具たちへ襲いかかったのだ。
 当然武具たちは無粋な闖入者を迎え討ったが……個の念に捕らわれた彼らは連携をとることができないまま、群れとなって迫る敵に一体、また一体と屠られていく。
 妹蛇は異形から這い出す臭いを知っていた。これは、愚神を称する奴原の、臭い。
 それがわかったところで、どれだけ斬ろうと貫こうと地平の果てより際限なく押し寄せる異形の波に抗うことかなわず、追い立てられ、追い詰められた。
 かくして逃げ場を失くした妹蛇は、はからずも他の武具たちと肩を並べながら苦い笑みを漏らした。
 ――結局のところ、私はなにを得ることも与えることもできぬまま滅するばかりというわけですか。
 なにひとつできなかった自分に無念を語る資格はない。
 迫り来る死をまっすぐ見つめる妹蛇、その眼前で。

“門”が開いた。


“門”は傷ついた武具たちを強引に引き寄せ、喰らった。
 異世界と呼ぶよりない奔流に流された妹がついに吐き出された先は――
 やはり戦場だった。
 ただし元の戦場ではない。見たことのない空の青と、見たことのない砂の白が拡がる世界。どうやら別の世界へ落とされたようだ。
 元の世界へ戻りたいわけではないが、とにかくこの戦場がどのような場であるものかは知らなければなるまい。
 妹蛇は先ほどまでいた荒れ野とは異なる砂を踏みしめた。……綿を踏むように頼りない。
 ――私の体はいったい。
 あらためて確かめれば、彼女の体は白い靄となっていた。
 せっかく形を得ておきながら、また形を失ったのか。死んだつもりはなかったが、もしかすれば自分はすでに死んでいるのかもしれない。
 そんなことを思いながら、彼女はおぼつかない足取りで戦場を歩く。
 ここで争っているのは人と異形。
 異形のほうは、姿こそちがえど愚神に連なるものであることはすぐに知れた。問題はそう、人だ。
 この場にある人は、人でありながら人ではなかった。本来ひとつきりであるはずの魂をふたつ持ち、それを重ね合わせている。まるでふたりでひとりを演じているような……。
 戦火をすり抜け、妹蛇は進む。
 足を止めるつもりにはなれなかった。どこへ行こうと戦いは在り、それに伴って死が在る。一度死を受け入れた彼女にこれ以上戦う気力はなく、ほかの誰かの死を見届ける覚悟もなかった。

 そうして逃げるように歩き続けた彼女が至った、戦いの途切れた場所。
 そのただ中を。
 少年は歩いていた。
 背後に突き立つ柄のない剥身の刃から、急ぐこともなく遠ざかっていく。
 見たわけではないが、妹蛇は確信した。
 彼は戦っていたのだ。その果てに敵を殺し、歩き出した。……勝利に酔わず、敗者を思わず、前へ、前へ、前へ。
 気がつけば、妹蛇は少年に並んでいた。
『敵を殺したのですか?』
「ああ」
 血と共に応えを吐き出した少年は、無造作に腹に空いた穴を服で縛った。
 あまりに普通の顔をしていたせいで気づかなかった。彼が普通であれば動けるはずのない深手を負っていたことに。
 そして今なお気づいていなかった。彼が形なき靄であるはずの妹蛇へ、あたりまえのように言葉を返していることに。
『それほどに傷ついても倒さなければならない仇、だったのですか?』
「あいつは俺の前に立った。だから戦って倒した」
『では、倒せなければ――』
「俺が死ぬだけだ」
 まるで元の世界の武具のようなことを言う少年。戦う理由もなく戦うだけの――しかし。
 少年の目に灯る意志の光が、言葉を支える覚悟の熱が、妹蛇に少年を無意味なものだと思い切らせない。
『死ぬのは、怖くありませんか?』
 妹蛇が蛇だったころ、幾度となく人にかけた問い。
 少年は初めてかすかに笑み。
「怖いさ。俺には残して逝けない奴がいるから」
 慈しみを映した目を半ば閉ざし、少年は空を仰いだ。
「でも、今日を生き抜いたっていつかは死ぬ。だったらそれまでに成すんだ。残していくそいつに残せるなにかを。……怖さに竦んでる暇なんかないんだよ。だから俺は怖れない。死ぬことにも、生きることにも」
 死ぬのが怖いからこそ、怖れずに生きて進む。
 生きて進み続ける怖さを知るからこそ、怖れずに死んで消える。
 たかが十数年の人生の中で、彼はいったいなにを見て、決めてきたというのか。
『あなた様はここからどこへ行かれるおつもりですか?』
「たった今の、その先へ」
 妹蛇は突き動かされるままその身を万の刃に変え、少年へ降りそそぐ。
 少年は自らへ迫る刃の嵐を見やることなく歩き続けた。進むと決めた、その意志のままに。
 少年の眼前へ、最後に突き立った刃が妹蛇の声で語りかけた。
『命を失くせばもう進めない。それでも進まれるおつもりですか?』
「それでも進む。進まなければ――前へ手を伸ばさなければ届かない。届かないなら意味がない」
 すべてを是としながら、ただひとつの願いを胸に抗い続ける矛盾。
 なんという純真。
 なんという宿業。
 この揺るぎない命が、思いが、妹蛇に強いた。
 跪くことを。
 唯一無二の誓約を。
『あなた様の進む先を照らす灯とはなれずとも、その行く手を拓く刃となりましょう。ですからどうか、何処までも進み続ける、変わらぬ貴方を愛させて』
 兄に生かされた彼女は無償の愛を知った。
 人の死を見送った彼女は残される思いを知った。
 剣の心と形を写し取った彼女は守るべきものを失くす悲哀を知った。
 それらすべては相手あってのものだ。与えるものと与えられるもの――まさに二極の対。
 もう、なにものも逝かせるものか。この剣と化した身をもって守り抜く。少年の思いを、人々の思いを。
 妹蛇はようやく思い至った。あの世界になかったものは、武具たるこの身を振るう主であったのだと。そして今こそ探し求めてきた“手”を得たのだと。
『私をあなた様の思いを貫くためにお振るいください。私は私の思いを貫くため、あなた様の手を使わせていただきます……主様』
 これまで数多の命から与えられてきたものを、これからは自分が数多の命に与える。思いと誓いを込めて妹蛇は言い募った。
 彼女の思いと誓いを差し出された少年は歩みを止めぬまま剣を引き抜き、その手に収めて。
「好きにしろ」


 果たして妹蛇――夜刀神 久遠は八朔 カゲリという主を得た。
 彼女の狂おしいまでの情は、それもまたそうしたものと肯定する少年により、彼とあまねく命をその内に包みこもうと伸べられる深き情愛へ形を変えた。
 カゲリの影としてその歩みを支える久遠は思いを馳せる。
 ――主様すらも使ってすべてを守りたいなど、結局のところ私は昔と変わらず欲深いままなのですね。でも……こんな私をお笑いにはならないでしょう、兄様?


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【夜刀神 久遠(aa0098hero002) / 女性 / 24歳 / カオティックブレイド】
【八朔 カゲリ(aa0098) / 男性 / 16歳 / 絶対の肯定者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 なによりも強き欲の裏に在るもの、それはなによりも優しき深情け。
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2016年12月26日

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