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『―擦れ違う親子の見解― 』
海原・みなも1252)&瀬名・雫(NPCA003)

「あのクエストで、不正スレスレの裏取引があったなんて……お陰であたしが、どれだけ恥ずかしい思いをしたか!」
「ま、待ちなさい、みなも! お父さんは良かれと思ってだね?」
「そんな言い訳なんか、聞きたくない! お父さんなんて大嫌い!」
 ――年頃の娘を持つ男親が、最も聞きたくない破滅の呪文。それを愛娘から面と向かって聞かされた彼は、当然と云うか……狼狽していた。
 然もありなん、ゲームがスムーズに進行すれば他のユーザーより優位に立てる。それを喜んでくれるかと思って画策した事が裏目に出たのだから、彼――みなもの父でなくとも慌てるであろう。
 バン! と、勢いよく閉じられたドアを見ながら、彼は『何が悪かったのだろう?』と考え込んでしまった。
 彼としては、最高のプレゼントを用意したつもりだったのだ。が、予想とは正反対の結果になってしまったのだから、慌てるのも当然と言えば当然であるのだが。何故にああまで怒るのか、彼は理解に苦しんでしまっていた。
 ゲームキャラに扮して参加しているプレイヤーと、裏方とでは見える世界が違うのか。ともあれ、普段は穏やかで滅多に怒りの感情を露わにしないみなもが、ああまで怒るのだ。これを鎮めるのは、並大抵の仕事ではないな……と、彼は項垂れた。

***

「珍しいねー、みなもちゃんの方から遊びに来るなんて」
「ちょっと、家に居たくなくて……」
 例の件で、父を罵倒してしまった等とは流石に言い辛いのか、みなもは少し焦点をずらしながら、遊びに来た理由を説明していた――が、瀬名雫には、凡その事情はお見通しだったようだ。無論、敢えてそれを口に出すような野暮はしなかったが。
 しかし、この状況で『魔界の楽園にログインしようよ』とは言いだし難く、さしもの雫をしても、この雰囲気を打破する為の話題提供には窮したようであった。しかし……
「そう言えば、『深海戦記』ってゲーム、覚えてる?」
「え? あぁ、あの軍艦を操るアレですよね?」
「そ。あのプロジェクトチームが独立して、新たに旗揚げしたってニュースがあるんだよ。どう?」
 『深海戦記』――『魔界の楽園』で培った技術を海洋エリアのマップ攻略に絞った、実験的なゲームのアルファテスト版の事である。
 嘗て、みなも達もこれに参加した事はあるのだが、マニアック極まる内容について行くことが出来ず、数回のプレイで挫折してしまったのだ。が、不評であった『艦船のカスタマイズ』に特化した内容から『海洋探検を楽しむ趣向』に路線変更した改訂版が出たという情報を、雫は掴んでいたのだった。
「んー、バトル要素が無いのなら、大丈夫かなぁ。とにかく今は、『競う』事から離れたいので」
「それは大丈夫。辺境の孤島に行って珍獣を探したりするのが趣旨らしいから」
 雫の説明を聞いて『それなら良いかな?』と判断したみなもは、ポーチからゲーム機を取り出してWi−Fiに接続し、そのゲームを試してみる事にした。

***

 船……と云うよりは、ボートに近い小舟。一応、長期航海に耐え得るだけの設備は整っているが、規模は6メートル級に満たない小さな舟。そんな乗り物に二人で乗り込み、彼女たちはマップ上に見える小さな島を目指して進んでいた。
「前とは全然、雰囲気違うんですね」
「アレはね、一部のマニアをターゲットにしたから。一般ウケしなくて、すぐ中止になったんだよ」
 成る程、あの内容では確かに女性ユーザーは取り込みにくいだろう。広く一般に浸透させるには、コアな知識が必要になる要素は出来るだけ避けるのが定石だ。寧ろ、あの内容でアルファテストにまで漕ぎ着けた企画陣の熱意の方が凄いと言える。
 みなも自身も、戦記には詳しくなかったし、艦船を用いたバトルでは上級ステージまで進める自信も無かったので、数回参加しただけでギブアップした経緯があった。が、今回のアップデートは画期的な程に思い切った刷新が施され、バトル要素は一切なくなって、『もし、この生態系が残っていたら』を主題にし、より珍しい珍獣を見付ければ高スコアに繋がると云ったアドベンチャーゲームとして生まれ変わっていたのだ。
「捕獲は出来ないんですね?」
「そりゃーそうだよ。珍獣を捕まえちゃったら、他の人が見付けられなくなっちゃうでしょ」
 これも尤もな仕様だった。リアルに再現された珍獣に『触れる』事は出来るが、捕獲は即退場レベルの反則となる。レッドマーク・アニマルに手を掛ける事は、現実でも空想世界でも同じなのであった。
 但し例外として、猛獣に襲われ、生命維持に危険が伴う場合のみ『反撃』を行うことが出来るようになっているらしい。これによって珍獣が死んでしまう可能性もあるが、その場合は止むを得ないと運営も割り切っているようだ。尤も、『出来るだけ、そうならないよう配慮して欲しい』という注意は為されているようであるが。
 やがて、舟はジャングルに包まれた小島に到着した。小さな艀に接舷すると、二人は地図と双眼鏡、サバイバルキットを携帯して上陸し、鬱蒼とした森の中へと入り込んでいった。
(……良かった、さっきまでの暗い表情は消えてるね。暫くこうして、別な事を考えさせた方が良いね)
 雫の、その判断は的確であった。
 『魔界の楽園』で培ったサバイバル能力が役立っているのか、みなもの、手際よく未踏のジャングルを進んでいく様は実に楽しそうであった。
 こうして二人は、泉から水を手で掬って飲んだり、図鑑を読みながら採食可能な果物を獲って味わったりと、低難度のサバイバルを楽しみながら、森の中を散策して回った。そう、時が経つのを忘れるほどに熱中して。

***

 二人が『あっ』と気付いたのは、周囲が暗くなって視界が利かなくなり始める時間帯に差し掛かった頃だった。
「ヤバい、早く森を出ないと猛獣が活気づくよ!」
「それより瀬名さん、こんなに時間が経っちゃってたら、現実でメチャクチャ叱られますよ」
 彼女たちが焦るのには理由があった。以前の仕様とは異なり、アドベンチャーエリアではログアウトできない仕掛けになっているのだ。理由は簡単、制限時間内に安全地帯へ引き返す事もゲームのルールとして盛り込まれている為だ。
 制限時間は日没まで。例外は野営をする場合のみで、その準備が終わる前に太陽が沈んだらアウトという訳である。
 ……いや、それ以前に、彼女たちは都合4〜5時間は森の中に居た事になる。航海していた時間も計算に入れると、もう8時間ほどゲーム内に居た事になる。ログインしたのが午後の3時ぐらいなので、リアルではもう真夜中になっている勘定だ。
 二人は急いだ。楽しい時ほど早く時間は過ぎると云うが、これほどのめり込んだのも久し振りだったのだ。
 やがて、息咳を切らしながら桟橋まで戻ると、乗船すると同時に二人そろってログアウトした。

***

「あ……あれ?」
「まだ3時半……30分くらいしか経ってないの!?」
 二人は驚愕した。ゲーム内での経過時間は8時間あまり、なのにリアルでは30分程度しか経っていないからである。
「VRや、RPGのお約束、かぁ。アレだよ、ゲーム内時間で数日から数カ月を要するクエストでも、実際にはそれだけ待ってられないでしょ?」
 まさに、的を射た指摘だった。
 しかし二人は思っていた。これならば、野営してキャンプを張っても数時間で済むな、と。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
県 裕樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年12月27日

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