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『Re:スタート 』
大空 湊jc0170)&赭々燈戴jc0703


 八月も下旬だというのに、夏は終わりの気配を見せない。
 開け放った窓から、そよりとも風は吹きこまない。
 もとより暑さに弱い藍那湊は、焦点の定まらぬ目で窓の向こう、緑の木々を眺める。
 一つの依頼を終えて、報告を済ませ、何とはなしに入り込んだ空き教室。
 窓を開け放ち腰を掛け、そうしてしばらく経っていた。
(……おかしい、な)
 動きの鈍い思考で、ようやく五文字を吐き出す。おかしい。体調もそうだし、どうもアウルの巡りが悪い気がする。
 学園の先生に訊ねれば、的確な対処方法を教えてもらえるだろうか。

 的確な対処方法。それが例えば、撃退士を辞めることだと言われたら?

(……それは……いやだ)
 ようやく見つけたかもしれない、自分が居られる場所の一つ。大切な友達がたくさん居る場所。ここを手放すなんて。
 湊は唇をきゅっと噛みしめる。
 先生はダメだ。だったら、あとは―― 


「みーなとーーー!! 嬉しいぜ、お前から連絡があるなんてなぁアアアアアア!!!」
「…………」
 赭々 燈戴がテンションMAXで駆けつけると、面倒くさそうに湊は顔を上げた。
「晩夏に冷え冷えとする眼差しだな、我が孫よ! 顔色が良くないが、オバケにでも会ったか」
「……暑いの、苦手なんで」
 燈戴に対する湊の冷ややかな対応には慣れたものだが、今日は普段と様子が違うようだ。
「むしろオバケに会いたかったか。行くか、心霊スポットツアー! 眠らせないぜぇえ!?」
「…………そうじゃないです」
 ああ、僕はどうしてこの人を頼ったんだろう。
 クラクラしながら、湊はポツリポツリと事情を語り始めた。

 次第に、燈戴の表情も真面目なものとなってくる。顎に手をあて、口の中で時折なにごとか呟く。
「んー……そうだなぁ」
 学園の教師へ相談したくない理由まで聞き終え、祖父は愛孫の頭をポンと撫でた。
「しばらくアウルを使わず生活してみるのはどうだ? 人間界じゃ経験ないだろ」
「……? アウルを使わない?」
「いったん休学して、本土で暮らすんだ。撃退士とか天魔の血とか忘れて、心身ともにリセット。疲れてる時にはリラックスが一番だぜ」
「リセットですか……。その考えはありませんでした」
「だろだろ。俺が向こうで暮らしてた時のアパートがあるから、物件探しの手間もない。あそこなら男二人で充分に暮らせるしな」
「おとこふたり」
「具合の悪いお前を、ひとりで放るわけにいかないだろー?」
 バッチンとウィンクする燈戴。
 青ざめる湊。

「心配するな、俺が傍にいてやるからよ」

 それが何よりの心配です。
 しかし他に良い案も見つからず、湊は言葉を呑み込んだ。




 休学手続き、本土での新しい生活の場。
 とんとん拍子に事は運んだ。
「おー。二年ぶりだが街並みは変わってねぇな」
 手荷物は最低限。
 ずんずん進む燈戴のあとを、チョコチョコと湊が追う。
「向こうに曲がれば商店街。で、あっちが夜の街」
「……そういうのはいいですから」
 頭痛が酷くなった気がする。そんな湊へ、燈戴は楽し気な笑顔を見せた。
「こうやって、お前とこの街を歩くことになるなんてなーあ」


 湊の経歴は、少々複雑だ。
 燈戴の娘がとある悪魔との間に子をもうけた。それが湊だ。
 湊は冥界へ連れ去られ父と暮らし、母は人界に残った。
 湊が十の歳になるかならないかの時。天使の血を引いていることが発覚した母は父の部下によって命を奪われる。
 父は、湊を深く愛していた。愛しているがゆえに喪うことを恐れた。
 やがて成長した湊の魔力が覚醒したことを知ると、父は人界へ託すことを決断した。
 藍那家――湊の母の実家へ。
 湊の母の死が『天使の血』に由縁するならば、責はハーフ天使である燈戴にある。そう考え藍那の家から離れていた燈戴が『天使の血が原因で冥界を追われた孫』のために呼び戻されたのは、二〇一四年のことだった。

 湊へ人界について教え、ハーフでも安全に暮らせる久遠ヶ原学園へ送り出したのはそれから4ヶ月後。
 結局は孫が心配で、燈戴も2ヶ月のちに学園へ籍を置くわけだが。
 人の街で、家で、共に過ごしたのはたった4ヶ月だった。


「燈戴さんは……ここで?」
「おー。フリーの撃退士してたんだわ。小物を退治することもあれば、ハイスペックな便利屋業務までな」
「へえ……」
 辿りついた、けっして広くは見えないアパートを見上げ、湊は過去の燈戴について想像をして――イマイチ想像できなくて、止めた。
「さっ、荷物おいたら生活用品を揃えねーとな! 歩けるか、湊?」
「……ん、平気ですよ。病人じゃないんですから」
 むっとして見上げるも、燈戴の上機嫌を崩すことはできなかった。


 夕暮れが近くなり、惣菜屋から揚げ物の香りが漂い始める。
 夏の終わりを惜しむような風鈴の音がどこからとなく響く。
「燈戴くんじゃない! 久しぶりねぇ」
 雑貨屋のおばちゃんが、姿の変わらぬ燈戴へ気さくに声を掛けてきた。
「お! 見ないうちに綺麗になったんじゃねェ? はっはーん、品ぞろえも良くなって……へぇえええ」
「やっだーー、もう! 試供品で良ければ、コッチをあげるわ。で、これはオマケね」
「サーンキュ!」
「…………」
 燈戴のナンパ癖は、こういうところでも発揮されるのか。
 呆れ半分、感心半分で藍那は次々と値切り交渉を重ね必需品を揃えてゆく祖父の背を見守る。
 夕食の材料も買い込んで、さて帰ろうかという頃。
「!! 燈戴くん、彼女?」
 電気屋の兄さんが、トラックから軽く身を乗り出して口笛を吹いた。
 燈戴はそれに対し、紙袋を抱えた湊を抱き寄せる。
「可愛いだろォ?」
「違いますただの親戚です。というか男です」
「……あっ」
 ぺちっ。湊はデレッとする燈戴(※祖父)の手のひらを強かに打つ。
 その光景を見て、電気屋の兄さんは何やら『お察し』したらしい。
「いーねぇ、若さの特権だね!! お幸せに〜〜」
「……まぁいいか」
 誤解されたことを理解しつつ、それが何の障害になるでも無し。
 燈戴は緩んだ表情のまま、トラックへ手を振り返した。




 陽が落ちても、暑さは体にまとわりついたまま。
 引っ越しの整理も終え、簡素な夕飯も済ませ、ぐったりとした体を引きずって湊はバスルームへ向かった。
(こんなので、大丈夫かな……)
 とても平和な街。穏やかな空気。ここでなら、アウルを使うことなく生活できそうだ。
 ただ、約一名があまりにも騒々しい。
 休息に……なるのだろうか。
 深く深く息を吐いてから、ぬるいシャワーを浴びる。汗も、モヤモヤした感情も、一気に洗い流してゆく。

「はーーー、今日も一日がんばりましたーッと  ……!?」
「あ、燈戴さん」

 がしゃん。
 先に湊が入っているとは知らなかった燈戴がドアを開けるハプニング発生。
「ちょっ、わ、悪かった 出直すわ!!」
「なんで逃げるんですか……。男同士だし何でもないですよ」
 たしかに湊は少女的な容姿ではあるが。仮にも血縁にまで、そんな態度をとられたくない。
 反射的に逃げようとした燈戴の後ろ髪を掴んで引き留める。
「思ったより広い浴室ですし、大丈夫でしょう? 背中、流しますよ」
 ――背中ながしっこ。
 その言葉で、燈戴はその場に踏みとどまった。

「ごくらくごくらく……こんな時代がくるなんてなァ……」
 かわいい孫に背中を流してもらえるなんて。燈戴、顔が完全に緩んでいる。
(……思っていたより、広いんだ……)
 燈戴の独り言を聞き流しながら、湊は鍛えられたその背に驚きを抱いていた。
 外見年齢は十七で止まってしまった祖父。
 それでも人界で生き続け……どれほどの苦難を越えて来たのだろうか。
(この人も頑張っているんだな……)
 苦労は比べるものではない。
 湊には湊の。燈戴には燈戴の。重ねてきたものがある。守ってきたものがあるのだろう。
 普段は軟派だったりふざけた面ばかり見ているから気づかなかったけれど、知らない燈戴の顔というのはたくさんあるに違いない。
「終わりましたよ」
「よっし、じゃあ今度は湊の背中な♪」
「……あっ」
 ざっと最後に湯で流し、終了を告げると燈戴が良い笑顔で振り向いた。
 それから湊は『しまった』と気づく。
 少年の背は――
「――……みなと、これは……」
 いつだって自分のペースを崩さない燈戴の、声が震える。
 指先が、湊の背に刻まれた十字の火傷跡に触れる。
「冥界でちょっと。……混血を良く思わないひとから迫害があったので」
「まじかよ悪魔ぶっ殺すわ」
「……もうこの世にいませんから」
 殺気を纏い、勢いよく立ち上がる燈戴を声だけで湊は押しとどめた。
「そうは行くか、百回殺しても足り ……ん?」
 擦りガラスの向こう。異変を察知し、燈戴はそっと様子を伺う。
 この家には今、自分と湊しかいない。なのに、人の気配……?

「空き巣か!! 太ぇ野郎だ!」

「燈戴さん!? 待ってください、落ち着いて」
 浴室から飛び出す燈戴を、湊は止めそこなった。
 吃驚した空き巣が窓を割って飛び出る。
 玄関から先回りし、燈戴が行く手を阻む。
「俺様を出し抜こうなんて万年早ぇ! 御用だ!!」

「はい、そこの二人。御用です」

 物音から通報を受け、駆けつけた警察官が空き巣とZENRAの青年を同時逮捕した瞬間であった。




 着替えと。身分証明書と。
 他には何かいるかな、大丈夫かな。
 荷物を揃え、祖父を迎えに警察署へ向かう湊の表情は暗い。
「あの人としばらく二人暮らし……」
 頭が痛い。クラクラする。
 前途多難とは、このことで……

「あ。……星が綺麗」
 
 八月も下旬だというのに、夏は終わりの気配を見せない。
 夜になり湿気を帯びた空気が重苦しい。
 それでも、空は静かに時を進めている。星座の位置が変わっている。

「何か……変わるかな」

 学園から離れてみて。
 疎遠にしていた祖父と暮らしてみて。
 悩みも不安も尽きないが、この穏やかな街で、綺麗な星空の下で、秋の訪れを待つのも悪くないのかもしれない。

 小さく笑い、それから足に力を入れて、湊は燈戴を迎えに歩きはじめた。


 
【Re:スタート 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc0170 / 藍那湊 / 男 / 15歳 / アカシックレコーダー:タイプA 】
【jc0703 /赭々 燈戴/ 男 / 17歳 / インフィルトレイター 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
距離を置くこと。新たな世界を知ること。思い悩む時には、それも大事な時間。
一呼吸を置く優しい時間をお届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年12月27日

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