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『さながら愚神の如く 』
イコイaa2548hero002)&ゼム ロバートaa0342hero002

 扉が開かれたあの日を境に少なくない能力者が二人目の英雄と契りを交わし、世界はクリエイティブイヤー以来の賑わいをみせた。
 この出来事は人類の天敵たる愚神との戦いを生業とするH.O.P.E.にとり歓迎すべきものであったが、一方で、急激に増員されたエージェント達の間に軋轢を生む事もあった。
 元より曲者揃いの集団であるのに加え、まして価値観の相違が著しい異世界人同士となれば、それは不可避とさえ言えた。

 たとえば、この二人のように。

『困りましたねぇ』
 趣味の良い細工じみた美しい眉目の主が、言葉とは裏腹に柔和な笑みを寄越す。
 小首を傾げたのにつられ、手入れの行き届いた長い髪が微かに揺れる。
 品の良い着衣と、線が細く内向きで控えめな仕草は“深窓の令嬢”と謂うやつを思わせた。
 張り付けたような笑顔。
 人畜無害ですと言わんばかりの物腰、着衣。
 なにもかも気に食わない。
『……てめぇが仕向けたんだろう』
『不可抗力ですよ]』
 ゼム・ロバートがふてぶてしく押し殺した声でそう言っても、令嬢――確かイコイとか言ったか――はしれっと、またわざとらしい笑顔で以ってあしらう。

 きっかけは些細な事。
 彼女――恐らくだが――のパートナーが二人の英雄を連れてゼムのパートナーの下へ遊びに来たのだ。
 双方の能力者同士、第一英雄同士がそれぞれ懇意の仲であるらしく、訪ねて来た事自体になんら意外性も問題も見当たらない。
 その筈だった。
 そこへ、早々に一石を投じたのがイコイだった。
『恋人は恋人同士でどうぞ』
 気を利かせたと言えば、そうなのだろう。
 四人には断る理由もなく、言われるまま二組に纏まり、思い思いに席を立った。
 然るに、この二人が残されるのは自明。
 にも関わらず「困った」とはいかなる了見か。
 事実そこまで気が回らなかったのだとしても、態度には作為めいた何かを禁じ得ない。

 ――胡散臭い面構えだ。
 作り笑顔だけならゼムと契ったあの男とてそうだが、“これ”に感じるのはもっと異質な危うさだった。
 ならば――接点を最小に留め、付け入る隙を徹底的に排除すべきだろう。
 元より愛想のいい方ではないし、この場では極力口を開くまい。
 そう決めた。
『とは言え――これも何かの縁。いかがです? よろしければご歓談など』
 だが、静かに固めた決意を見透かしたように、イコイは全く逆の提案を持ち掛けてきた。
 身動ぎもしていないのに、馴れ馴れしく手でも差し伸べているかのようだ。
『…………。断る』
『まぁそう言わずに。好きなんですよ、話をするの』
『……知るか。ひとりで勝手にやれ』
 なにひとつ信用ならない。
 こいつの場合“本当の事しか口にしていない”ように思う。
 だからこそゼムは罠と判断し、にべもなく突き放した。
『おやおや』
 イコイは大袈裟に肩をすくめ――るような声音で――節目がちにゼムを見遣り、それからまた口角を微かに吊り上げた。

『…………』
『…………』
 しばらく――と言っても時間にして十分にも満たぬいとま。
 本来憩いの間とされるべき一室を、張り詰めた沈黙が支配した。
 片や仏頂面のへの字口で腕を組んだままそっぽを向き。
 片やそんな様子を見ては不気味なまでに柔和な笑みを絶やさず。
 けれど両者とも微動だにせず、一言も発しなかったのだから。
 もしこの場に第三者が居合わせたなら、たちまち居た堪れなくなるに違いない。
 やがて――、
『本当に困りましたねぇ』
 やはりと言うべきか、口を開いたのはイコイの方だった。
 だが沈黙を破るのとは趣が異なる。
 むしろ断つべき緊張の糸を切らせまいとわざわざ用心深く、羽で撫でるように、そうっと。

『…………』
 目の前の男は依然として気のない風を決め込んでいる。
 間違いなく、彼はなにかを抱えていた。
 さもなくば、かように自分を突き放したりはすまい。
 ――だからこそ見てみたい。
 その眉間に深いしわが刻まれる様を。
 その胸に秘められた情念のささくれ立つ刹那を。
 それはどんなにか綺麗だろう。
 嗚呼――ほんの少し想像するだけで口元がほころぶ。
 だからとて、わざわざ引きずり出そうなどと無粋なやり口を採るつもりはない。
 ただ、自ら露と暴くように差し向ければ良いだけ。
『今頃皆さんは、……きっと甘やかなひとときを過ごしているのでしょうね』
 こうした手合いに対しては、いっそわざとらしいくらいの方が効果的だ。
 そしてそれはイコイの最も得意とするところだった。
『それに引き換え私ときたら、おもてなしを受けるどころか取り付く島さえないなんて。嘆かわしい事です』
『…………』
 なおもゼムは無視を貫き、見向きもしない。
 だが、所詮はイコイという存在を認めていればこその態度に過ぎない。
 ならば既にこの場は既にイコイの手中にある。
『いっそ』
『…………』
『いっそ二人とも恋人なんていなくなってしまえば、私もこんな惨めな思いをしなくて済むのでしょうか』
『……っ』
 イコイはわざと顔を背け、ゼムを直視せずに不穏当な事をのたまう。
 視界の隅で、獲物は確かにこちらを向いた。
『なるほど……良いかも知れません』
 重苦しく鋭い視線を肌に感じながら、なおそ知らぬ顔で“妙案”を演ずる。
『……おい』
『では手始めにあの――』
『おい』
 二度――充分か。
『――…………。なんです?』
 ぶっきらぼうな呼び声に対し心からの喜色を噛み殺して、イコイは微笑み返した。
『なにひとりでべらべら喋ってる』
『あなたが仕向けたんでしょうに』
『黙れ』
 ゼムは有無を言わさぬ強さと切れを備えた口調で言い放つ。
 声を荒げたりはしないが、しかしそれは紛れもなく“ある情念”に裏打ちされたもの。
 なればこそ、あと少しで目論みどおりとなる。
 だから、イコイはあえて口をつぐんだ。
『忠告しとく。俺の邪魔をするな。特に……――俺のものに手ェ出そうなんて思うなよ』
 ――“俺のもの”?
 期待を上回る収穫だった。
 ここで食って掛かるところを見るに、ゼムにとりかの二人は所有物であるらしい。
 それを指して“邪魔をするな”とは不可解だが、恐らくゼムと二人の間に関わりがある事なのだろう。
 いずれ実に真っ直ぐ、イコイは彼の神経を逆撫でし続けていたわけだ。
 然るに今、目の前で繰り広げられているのは。
 ――最高ですね。
『もしも……破ったら?』
 笑いを含みながら、ゆっくり質す。
『その時は』
『その時は?』
 ――さぁ、見せてください。

『てめぇの大事なモン奪い取ってやる』

『――――』
 その時。
 室内に巡らされた緊張という名の糸が、限界まで張り詰めた。
 “深窓の令嬢”が、はらりと俯いた、たったそれだけで。
『……?』
 ゼムは不審に思い、陰になって窺えないイコイの面を凝視する。
 口許こそ笑ってはいたが、これまでとは何かが違う。
 あの程度の一言、この女には脅しにもなるまい。
 この反応は少し意外だ。
『……あなたこそ』
 やがて俯き加減だったイコイは少し顎を上げる。
 そうして据わった目をゼムに向けるなり酷薄な笑みを湛え、やけに低い声で言った。

『彼に手を出したら容赦しませんよ』

 “彼”とは、即ちイコイ共々同じ能力者と誓いを立てた、同胞の青年の事。
 その性を知る者ならば悪魔と忌避される事すらあるイコイの、数少ない柔らかな部分。
 図らずもゼムはそれに触れたのだ。
 結果的にであれ、これであいことなる。
『…………』
『…………』
 すぐに、双方はまた思い思いに楽な姿勢をとり、真向かいに相手を捉えようとはしなかった。
 どちらも痛み分けなどとして手打ちをするような殊勝さとは無縁である。
 ゆえ、互いに視線だけは鋭く、油断なく、“敵”を睨み続けた。

 この危うい拮抗は他の者達が戻っても、この日が過ぎた後の今を以ってなお、絶える事はなかった。


 さながら愚神の如く。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa2548hero002 / イコイ / ? / 26歳 / エージェント】
【aa0342hero002 / ゼム ロバート / 男性 / 25歳 / エージェント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変お待たせいたしました。藤たくみです。
 大切な存在に害意を向けられた時、誰もが平常心を保てなくなります。
 殊に表面上静かであるほど、なおさらに緊張の糸はぴんと張り詰めて――それはどちらかが譲らぬ限り、きっといつまでも続くのでしょう。
 さておき、個人的には全くのご新規様という事で、とても新鮮な心持で筆を執らせていただきました。
 お気に召しましたら幸いです。
 ご指名まことにありがとうございました。
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2016年12月27日

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