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『●チューダから大根 』
和泉 澪ka4070

 まだ朝靄も煙る早朝。
 静寂の時雨亭の裏手にある小さな空き地は、和泉 澪にとって剣術の稽古場だった。
「はっ!」
 気合い一閃。丸太の上に置かれた大根が小気味良い音を立てて切れると宙を舞い、地面に落ちた。
 大根を拾い、切り口を見る。
 切り口からは瑞々しい大根の水気がじわりと潤んで見えた。
「……まだまだ足りない……」
 澪は溜息と共に大根を抱え、厨房へと戻る。
 昨日漬けていた分を取り出し新たに半分を浅漬けにすると、残り半分の更に半分をお味噌汁に、残りはおろしにすると焼き魚に添えて、朝食としてテーブルの上に置いた。
 静かに両手を合わせ「いただきます」と呟くとお椀へと手を伸ばした。
 ……ここ3ヶ月、同じような朝食が続いている。
 それというのもある御仁との約束があるからだ。

「『戻し切り』が出来るようになったら、いつでも来て下さい」

 剣術の師事を願い出たところ、手渡された大根。
 以来、毎日の様に大根を相手に刀を振るっているが、納得のいく戻し切りが出来たことはまだない。
 なお、戻し切りとは大根など、野菜の斬り口の組織を全く潰すことなく斬る事を言う。
 名刀と達人の技が揃って成し得ると言われる究極の技の一つで、組織が壊れていないために真っ二つにしても、くっつけることで元に戻ると言われている。

「そもそも、大根の繊維を壊さずに切ることなんて物理的に不可能じゃん?」

 そう人に言われたが、澪は諦めなかった。
 きっと、何かしらあの御仁には考えがあってこのような無理難題を自分に寄越したのだろうと思っている。
 思えば、最初に大根を切った日から今日までに随分と切り口は綺麗になったような気はする。
「さ、今日も頑張らなくっちゃ」
 食事を済ませ、「ごちそうさまでした」と両手を合わせると、澪は席を立った。


 静寂の時雨亭は街はずれにある食堂兼宿屋で、ハンターが情報交換出来る拠点として、おいしい(はずだ、きっと)料理に舌鼓を打ち身体を休める場として澪が切り盛りしているギルドだ。
 最近、辺境にまつわる難しい依頼が続いたので、お店の手入れが行き届いていないところがあって気になっていたので、今日はとことん店に手をかけるつもりで休業日としていた。
 掃除道具一式を並べ、腕まくりをすると澪は気合いを入れて掃除に取りかかった。

「……なんでこんな物が……?」
 梯子に登ってカーテンを外していると、カーテンレールにチューダのキーホルダーがぶら下がっていることに気付く。
「もぅ、誰かの悪戯かな……?」
 澪はポケットにそれを仕舞うとカーテンを洗濯へ。洗い、固く絞った後、再び吊して乾かす。
「澪さーん、いるー?」
 声に振り向くと、近所の酒屋が玄関から顔を覗かせていた。
「頼まれていた調味料入ったよ」
「あ、有り難うございます」
 代金を払おうとポケットから財布を出すと、ぽろりと先ほどのキーホルダーが落ちた。
「あぁ、そのネズミ、凄い人気なんだよね。うちの妹も凄い好きでさ」
「……良かったら差し上げますよ?」
「え!? いいの? でも、タダで貰うのは申し訳無いし……じゃぁ、これと交換で!」
 差し出されたのは小さなケースに入った綺麗な花柄のハンカチ。
 澪は有り難くそれを貰い、届いた調味料を奥へとしまった。

 響く教会の鐘の音で正午の到来を知った澪は、しゃがんで丸めていた背を大きく伸ばした。
「お昼、たまには外に行きますか」
 何しろ厨房は今綺麗に磨いたばかりだ。今日一日ぐらいはこれを維持してもいいだろう。
 澪は戸締まりをすると、外へと出た。
 冬とはいえ、今日は陽気も穏やかで風も無く暖かい。
 近所のパン屋でベーグルサンドを買うと、公園でのんびりとそれを食べ始めた。
「……やはり豚肉とタマネギの相性は侮れませんね……」
 隠し味に使われているのはビターカカオだろうかなどと頬張りながら考えていると、兄らしき少年と一緒に幼い少女が両手に大事そうに花を抱えながら歩いているのが目に入った。
 プレゼント用だろうかと微笑ましく見守っていると、少女が蹴躓いて転んでしまった。
 この世の絶望を体現するように泣く少女に澪は慌てて駆け寄って抱き起こすと、大きな怪我がないか確認してほっと胸を撫で下ろした。
「大丈夫、もう痛いの無くなるよ」
「でも、お花が……」
 見れば、少女が抱えていた花束はすっかり潰れて散ってしまっている。
「ママの誕生日プレゼントにするお花だったのに」
 それを見た兄らしき少年まで泣きそうになっていて、澪はポケットに入っているケースを思い出して取り出した。
「ほら、このハンカチならお花とお揃い。これをママにあげたらどうかな?」
「わぁ、きれい!」
「でも、お姉さんのなのに……」
 困惑する少年に澪は安心させるように微笑んだ。
「いいの、気にしないで。ママお花じゃなくても喜んでくれるかな?」
「……だいじょうぶだと思う」
「じゃぁ、はい。どうぞ」
 ハンカチを再度ケースにしまうと、少女に手渡した。
「ありがとうおねえちゃん」
「ありがとうございます。あの、これ、お礼にあげます!」
 少年から差し出されたのはクッキーの詰め合わせ。
「でもこれ、君のおやつなんじゃ……?」
「いいんです! 受け取って下さい!」
 頑と譲らない真っ直ぐな瞳に押されて、澪はその詰め合わせを受け取った。
「有り難う」

 少年少女と別れて澪は買い出しに向かう。
 いつも行く八百屋で吟味していると、奥で子どもの叫び声がして覗き込んだ。
「また今度買ってあげるから」
「ばあばのうそつきーっ!!」
「どうしたんですか?」
 澪が声を掛けると、店主が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「何か、そこのお菓子屋で限定クッキーの発売があったらしいんだけど、買い損ねちゃってね」
「……もしかして、これ?」
「あぁ! それそれ!」
 澪がポケットから出すと、店主が食いつく勢いで顔を寄せてきた。
「えぇっと……お譲りしましょうか?」
「いいのっ!? ホントに!? いやぁ、助かるよ! おぉい! 澪ちゃんがお菓子くれるってよー!」
「あら、澪ちゃん、いらっしゃい」
 祖母に連れられて出てきた八百屋の坊やが澪の持つクッキーの詰め合わせを見た瞬間、濡れた瞳を輝かせた。
「はい、どうぞ」
「わぁ! みおちゃんありがとう!」
「あれまぁ、いいのかい? すまないねぇ」
 詰め合わせを手に大喜びしている坊やを見て澪もつられて微笑んだ。
「よし、お礼に今日はサービスするぞ!」
「え? 悪いですよ」
「いいっていいって」
 店主の豪快な笑顔に押し切られ、結局澪は明日のランチ用にキノコとネギと葉野菜を割り引いて貰った。
「あと、これはばあちゃんからのサービス」
 そういって袋に入ったのはとても立派な大根が一本。
「ホント、有り難うね」
 店主と祖母と坊やの笑顔に見送られ、澪は店を後にした。

「……なんだか、わらしべ長者になった気分」
 結局澪が時雨亭に帰ってきたのは街が夕焼けに染まる頃だった。
 野菜を始めとする食材を保存庫に入れる中で大根を手に取って、微笑んだ。
 あの御仁に話したいことが増えてしまった。
 チューダのキーホルダーから始まり、大根に終わったこの話しを。
「……よし、練習しよう」
 また少し、刀を触りたい気分になってしまったから。
 残りの掃除はまた明日に回して、今日は星が瞬くまで刀を振るおう。

 こうして澪は陽が沈むまで訓練に勤しんだのだった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4070/和泉 澪/女/外見年齢19歳/疾影士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 大変自由度が高い依頼でしたので、お言葉に甘えつつ試行錯誤の結果、澪さんなら地元の人達と交流しつつ上手に立ち回っていそうだな、と「わらしべ長者」をモチーフに書かせていただきました。
 戻し切りに関しては、色々調べて考えてサイコロも振りましたが、このような形になりました。
 いつかきっと納得出来る『戻し切り』の境地に澪さんなら辿り着けると信じております。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またファナティックブラッドの世界で、もしくはOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。
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葉槻 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2016年12月28日

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