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『 特別でありふれた日 』
神代 誠一ka2086)&ラスティka1400


 一日ごとに冬の気配が忍び寄りつつある日のこと。
 神代 誠一はいつも通り、ひとり静かに机に向かっていた。
 窓の外には残り少ない紅葉を震わせる立木があり、その上に広がる空はガラスのように透き通っている。
 そこから差すうららかな日差しが、傾きかけた頃だった。
 コツコツ。
 控えめに窓を叩く音に、誠一は目を上げる。
「ん……?」
 見れば金色の瞳が、じっと誠一を見つめていた。

 誠一は笑いながら立ちあがり、窓を開く。
 そこにいたのは弟も同然の、気心知れた相手だったのだ。
「どうしたラスティ、用があるならいつもの通り……」
「しっ!」
 ラスティは自分の口元に指を当て、誠一を制する。
 何があったのかと首をかしげる誠一に、ラスティが囁いた。
「今から出られるか?」
 何かを警戒するような声音に、誠一もつられて身を屈めてひそひそ声を返す。
「お。別に俺は大丈夫だけど……突然どうしたよ」
「たまには外へ飲みに行こうぜ」
 ラスティがにやりと笑って、親指を立てた。
「いいけど。……なんでこんなこそこそしなきゃいけないんだ」
「あんた誕生日だったろ。ちょっと奮発して祝ってやるよ」
 誠一が目を見開く。確かに11月の初めに彼は生まれたのだが。
「え、いいのか? ……奮発っておい、俺の誕生日でそんな気を使わなくてもいいんだぞ」
「そりゃ口実って奴だ。実は俺の祝いだったりもするしな!」
 ラスティがそれはもう嬉しくてたまらないという笑みを浮かべた。
 それもそのはず。ずっと手に入れたかったCAMがついに彼の元にやってきたのだ。
 ようやく誠一もそれを思い出す。
「ああ、そうだったな! ……待てよ。じゃあ俺が祝ってやらないといけなかったんだな」
「いいんだよ! それよりも早く行こうぜ。もう日が暮れちまう」
「よし。ちょっと待て」
 誠一は急いで上着を引っ張りだし、戸締りをして飛び出す。

 玄関先ではラスティが待ちかねたようにうろうろしていた。
「折角だし、普段あんまり行けないような店にしようぜ!」
「いいな。じゃあ隣町まで辻馬車を使おう」
 足取り軽く街道へ出たふたりは、ちょうど通りかかった辻馬車に乗り込む。
 他に誰も乗っていない馬車の座席に並んで座った。
「……どんな店に行こうか? 美人のおねーさんが酌してくれる店とかどー……」
 言いかけたラスティがふと口をつぐんで、意味ありげに誠一を見た。
「あー、そーゆー店は誠一が姉貴に怒られるか」
「ブフッ」
 誠一がつんのめりながら噴き出す。
 ラスティが姉と呼ぶ女性は、誠一にとって一番大切な女性であった。
「いや、それは……」
 口ごもる誠一。
 そういった店の女性とのつきあいは、大事な相手との関係とは全く違うのだ。
 そのあたりをきちんと説明すれば理解してくれるとは思う。思うのだが……やはりどこか後ろめたい。
「ん? じゃあ行ってみるか? ちょっといい店に飲みに行くのも挙動不審になってるおにーさ……てっ!?」
 誠一がラスティの脳天に軽いチョップをくれた。


 結局、辻馬車の御者にそれなりに良い酒と美味い料理を出す、手酌の店(ここが大事なポイントだ)を教えてもらって、腰を落ち着けた。
 ラスティは物珍しそうに店内を見回す。
 かなり賑わっているが、それなりに良い店だけあって客筋は悪くない。
「はやってるんだなあ。これは期待できそうだぜ」

 注文を取りに来た給仕も、安店とは違って丁寧な物腰だ。
「何かお薦めってある?」
「この時期ですと、こちらがお薦めですね」
 ラスティの求めに応じて、黒板を指差しながら丁寧に教えてくれる。
 そこに書かれた内容を片っ端から注文した上に、更にそれに合うワインまで見つくろってもらった。
 給仕がお辞儀して立ち去ると、誠一はたまらず声を殺してラスティに尋ねる。
「おい。大丈夫なのか?」
 もちろん、お勘定のことである。
 ちょっといい店で飲もうとは思っていたが、ラスティの調子の良さにさすがに不安になったようだ。
 なんといっても黒板には『時価』なんて文字も並んでいるのだ。
「気にすんなって、今日は俺の奢りだから!」
 ラスティが自信ありげに胸をそらす。
「折角の祝いなんだから、湿気た顔しないで楽しくやろうぜ!」
 そこまで言われたら、遠慮するのはかえって失礼というものだ。
 誠一はにやりと笑って、手をこすり合わせる。
「よし。じゃあ遠慮なくいくぞ」
「そうこなくちゃな!」

 すぐにグラスとワインが運ばれてくる。
 ふたりはグラスを掲げた。
「誕生日おめでとう」
「念願のCAMおめでとう」
 かちん。あわせたグラスが、軽やかな音を立てる。
 それからグラスに口をつけた誠一が、思わず目を見張る。
「……これは……」
 口当たりがよく、実に飲みやすいワインだった。
 決して安くはないが、驚くほど高いわけでもない。寧ろこの味を思えば安いぐらいだ。
「うーん、このワインを出す店なら、料理も期待できそうだな」
 にこにこしながらワインボトルに手を伸ばし、自分とラスティのグラスに注ぐ。

 そこに料理が運ばれてきた。
「羊肉のシチューでございます」
「牡蠣の焼き物でございます」
「白身魚と野菜のグリルでございます」
「キノコとベーコンのパスタでございます」
 などなど。
 あっという間にテーブルがいっぱいになり、うまそうな匂いが鼻をくすぐる。
 ラスティは早速、シチューを頬張る。
「うわ、これうっま!」
 柔らかく煮込んだ肉が舌の上でとろけていく。
「まじか、俺も頼むわ! すみませーん」
 先に追加を頼んでから、誠一は殻の中でまだぐつぐつと煮立っている牡蠣を、慎重に口に運ぶ。
 熱い汁ごと口に入れると、たとえようのない滋味が口いっぱいに広がった。
「ふが、ふがふが」
 何を言っているかはわからないが、目を見れば心はわかる。
 ――この店、めっちゃ正解!!

 揚げたエビの殻を外しながら、ラスティがしみじみと呟く。
「いやーあの辻馬車のおっさんに感謝だな」
「ほんとになあ。あ、すみませーん、飲み物追加で!」
 ワインだけでなく、地元の蒸留酒もかなりの上物が揃っている。
 誠一は飲み物のリスト順に、コンプリートする勢いだ。

 こうして皿が積み上がり、空瓶が増えていく。
 互いの祝いという主目的はとうに忘れられ、ただただ気心の知れた同士の、屈託ない笑いと冗談が飛び交う。
 もっとも、祝いは口実にすぎないのかもしれない。
 美味い物を食べ、美味い酒を酌み交わし、楽しいひとときを過ごす。
 血の繋がりはなくても、互いに兄弟と呼ぶ相手としか分かち合えない時間があるのだ。


 とはいえ、さすがにラスティもお勘定の金額には酔いが醒めたような気がした。
 誠一は後ろでにやにや笑っている。
 もちろん、もしラスティの手持ちが危なければ、自分の分ぐらいは払うつもりである。
 だがしばらくはラスティの様子を眺めて楽しむのも悪くはない。
「……まぁ誕生日だしな」
 ラスティは支払いを終えて、苦笑い。
 おそらく料理もそれなりだが、誠一の飲物代が効いている。
 誠一はといえば、その時のラスティの顔に、店の外で思わず声を出して笑ってしまった。
「っはは、誕生日さまさまだなぁ! ごちそーさん!」
 誠一は朗らかな顔で、空を見上げながら思い切り伸び上がる。
「あー、すっげいい気分だな」
 明りに消されて星は見えないが、美酒に酔った頬を夜風が撫でて行くのが心地よかった。
 ラスティは満足そうな誠一の顔に、小さく笑う。
「ま、これぐらいどうってことねえって。それより転ぶなよ?」
「え? ……っと!」
 伸びをしたままだったので、振り向こうとした誠一がわずかによろめいた。
 ラスティは誠一の背中に手を添える。
「ほらほら、言った傍から何やってんだよ」
 ……そのついでに、そっと一枚の紙切れを誠一の上着のポケットに滑り込ませた。

 ふたりは並んで夜道を歩き出し、待たせていた馬車に乗り込んだ。
「教えてもらった店、良かったよ!」
「そりゃようございました」
 馬車は快調に走りだす。
 遠くに昇る月に照らされた木々が、窓の外をどんどん流れていく。
 誠一は景色を眺めながら呟いた。
「次は……ラスティの誕生日か、CAMで活躍したときの祝賀会だな」
「そのときは覚悟してろよ。しっかり奢ってもらうからな」
 ラスティが肘で誠一の横腹を軽くつつきながら笑う。
「任せとけ。その時もばれないように……あっ、すまん、ここでいい!!」
 突然、誠一が身を乗り出して、馬車をとめさせた。
「やっべ、今夜のご乱行がばれたらまた大目玉だ」
 肩をすくめ、悪戯っ子のように誠一が笑った。


 恐れていたことは、現実になるものである。
 後日、誠一は上着のポケットから出てきた飲食店の支払控によって、ひどい目に遭うことになる。
 そして悪戯を仕掛けたラスティもまた、誠一の自白により無駄遣いについてこっぴどく叱られる羽目になった。

 とはいえ、それでふたりが懲りるはずもなく。
 また別の日に連れ立って歩きながら、誠一が妙に真面目腐った顔で呟いた。
「俺は思うんだがな、ラスティ」
「なんだ?」
「この、見つからないようにってのがまた、冒険のようで楽しいんじゃないだろうか」
 思わずラスティは相手の顔を見返す。
 何か深遠な理を見つけた人のような表情の中で、目だけが笑いを含んでいた。
「……かもしれないな」
 ラスティが笑いだすと、誠一もたまらず噴き出した。

 ――こんな風に理由をつけては、ふたりは『特別』な夜を賑やかに過ごすのだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2086 / 神代 誠一 / 男性 / 32 / 人間(RB)/ 疾影士】
【ka1400 / ラスティ / 男性 / 18 / 人間(RB)/ 機導師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました! 悪童ふたり(?)の夜遊びノベルをお届けします。
見守る方はたまったものではないかもしれませんが、それはそれとして。
これからも仲良く楽しくお過ごしになれますように。
ご依頼のイメージに沿った内容になっておりましたら幸いです。
この度は誠に有難うございました。
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2016年12月28日

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