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『人の道は流転する 』
ファーフナーjb7826)&Camillejb3612

 冬の月。吐息は白い。

 ファーフナー(jb7826)は厚いコートの袖を引き、腕時計を見やった。手首が冷たい外気に晒される。もうこんな時間――男は溜息を吐いて時計を袖の下にしまった。
(……しょうがないな)
 彼女を迎えに行くのは明朝にしよう。そう結論付けた。彼女――それはファーフナーの愛猫、藍のこと。今日のような長期依頼の時はペットホテルに藍を預けているのだ。
 となれば急ぐ必要はなくなった。さて――ファーフナーは思案する。藍と共に暮らすようになってから、彼は自炊して愛猫と少しでも時を過ごす日々を送るようになった。つまり外食やらそういう時間はなくなったわけだ。
(久し振りに……あそこへ行くかな)
 猫を飼う前、よく足を運んでいたバー。猫を飼ってからは久しく訪れていない店。身に刺さるような寒さの中、夜の街へと歩き始める。







 久方ぶりに訪れたそこは、前となんにも変わってはいなかった。見覚えのある内装、見覚えのある店員、いつもの座席、いつものように人は疎ら。ファーフナーはそれに不思議な安心感を覚えつつ、いつもの酒を注文する。

(あのひとは……)
 バーテンダーのCamille(jb3612)は見覚えのある客の顔に少しだけ目を丸くしていた。記憶を掘り返せば、ああ、少し前――まだ自分がバーテンではなく歌を歌っていた時に、よくここに来ていた人じゃあないか。
 カミーユは客の顔ならかなり記憶していた。色んな客と話したり、様々な客を見て彼らの人生に想像を巡らせたりと、よく観察を行ってきたからだ。なのにあの客を見てすぐには思い出せなかったのは……、
(随分……雰囲気、変わったね)
 紫水晶の瞳を細める。以前の彼は、全てを拒絶するような氷の棘めいた雰囲気で――同時に、哀しい目をした人だった。まるで内面に抱える寂しさが「気付いて欲しい」と滲み出ているかのような。だから彼が少しでもくつろげるようにと、カミーユは今まで応対してきた。会話ではなく、落ち着けるようにと態度でだ。きっと言葉には不審がるだろうから。
 だがしかし――雰囲気が変わって、隙も出来たように見える。

(少し、話しかけてみようかな)

 注文された酒を作って。サービスで一杯、ブレンドして。
「久しぶりだね。最近は見かけなかったけど。彼女でもできた?」
 テーブルに冗談っぽい物言いの言葉と、ウイスキーの琥珀色に満ちたグラスが置かれる。ファーフナーが顔を上げた。バーテンのカミーユがニコリと笑む。「こっちの一杯は再会記念のサービス」とカクテルを添えながら。
「そうだな、いつ以来だったか……。今日は少し時間があってな」
 透き通るアルコールに視線を、ファーフナーが含み笑う。それから「ああ」と、冗句に対して言葉を返した。
「女と暮らし始めて半年ほど経つか。早いものだな」
「やっぱりね。だって雰囲気かわったもの」
「そんなに変わったか?」
「そりゃあ、随分と」
 カミーユの歌うような言葉に、「そんなもんかねぇ」とファーフナーはカクテルのグラスを手に取る。ついでにサービスについて礼を述べた。クラッシュドアイスとライムが浮かぶ、見るも爽やかな一杯だ。
「カイピロスカ。カクテル言葉は『明日への期待』」
 カクテルをまじまじと眺めていたファーフナーに、カミーユが答える。「へぇ」と客は感心したように頷き、カイピロスカを一口。キリッと冷たいウォッカ、ライムの爽やかさ、ほんのりと甘み。
「口に合うといいんだけど」
「悪くない」
「そ、よかった」
 頷いたファーフナーにカミーユはそう返し、「そういえば」と話題を少しだけ戻す。
「女の人と暮らしてるって言ってたけど、どんな人なの?」
 この、交流というものをことごとく拒絶していた客が外食もやめてゾッコンになるような人だ。あの寂しげだった瞳をここまで温かく変えた人だ。一体どんな人なのだろう、流石のカミーユですら想像がつかない。
「ああ」
 つまみのナッツを齧りながら、ファーフナーがクッと笑った。
「……どんな人だと思う?」
「ええ、本当に想像がつかないよ。優しい人?」
 この客からそんな言葉が出てくるとは……なんてちょっとビックリしつつ、カミーユは問い返す。ファーフナーは相変わらず薄い笑みを浮かべたまま、グラスを手に語り始めた。
「どちらかというと勝気で奔放な方だな。こちらが構おうとすると見向きもしない癖に、手が離せない時に限って構ってくれと甘えてくる。そして構わないと怒るんだ。手でバシッとやられたりもする。……そこが愛嬌なんだが」
 汲めども湧き出てくるように、ファーフナーは饒舌だった。まさか彼がノロケを語ってくれるなんて、カミーユにとっては衝撃の連続である。
「へぇ。可愛い系の人なんだ?」
「ああ――そうだな。美人でもある。瞳が宝石のように綺麗なんだ。……かなりのお転婆だが。高い所が好きなくせに、いざ上ると怖がるんだ。助けてくれ、って可愛い声で呼ぶんだよ」
「微笑ましいね、なんだか猫みたいな子」
「まあ確かに、女と言っても人間じゃなく、猫だがな」
「えー」
 まさかのオチに、カミーユは「あはは」と思わず笑ってしまった。ファーフナーはしてやったりと言わんばかり、得意気な様子でグラスに口を付けている。
「ふふっ。なんだ、騙されちゃったな。でも良かったね、素敵な同居人ができて」
 カミーユがそう続けると、
「確かに冗談も口にする程度には変わったかもしれんな。彼女のおかげで、毎日が楽しいし、新鮮だ」
「妬けるね。またしばらくバーには足が遠退くのかな。たまには顔を出してよ」
「猫の人生は短いから、少しでも一緒に過ごしたいんだ。お前さんにも幸せが訪れるよう願っているよ。と、余計なお世話だったか……」
「そうだね、お節介」
 カミーユはわざとっぽく肩を竦めて笑ってみせる。
「でも、ありがと。そんな言葉を言えるなんて進歩だよ」
 そう言いながら、カミーユは思う。自棄で撃退士になったものの、やはり戦うよりも、こういう仕事が向いているなぁと。

 一方のファーフナーも、「進歩ねぇ」と呟きつつ横目にカミーユを見やり思う。彼とは面識はあった、しかし昔は一人静かに飲んでいたために話すことはなかった。専ら、カミーユの話し声よりも歌声を聞いていた。話すとこういう感じの人物なのか。
 ファーフナーは半悪魔というマイノリティを隠していたことと、潜入捜査官をしていた仕事柄、人の観察力には自信がある方だった。そしてその観察眼は、カミーユが「自分とどこか似た空気を持っている」ことを語っていた。孤独感、隔絶感――しかしカミーユには、ファーフナーと大いに異なる点があった。カミーユはファーフナーのように人を拒絶することはぜす、人を受け入れている……そんな強さを、優しさを、半魔の男は感じ取っていた。
 悪い人物ではないと勘付いてはいたが、やはり、実際に話してみるといいものだ。会話に応じてよかった、と思う。そして、そんなことを思える自分はやはり変化してきているのだと自覚する。

「猫ちゃんの名前、なんていうの?」
 和気藹々とした空気。カミーユが問う。
「藍。藍色の、藍だ。……元は野良でね。アジサイの中で出会ったから、アジサイの語源だという『藍』から拝借した」
 答えつつ、ファーフナーは思い返す。そう、彼女の名前は和風にしたいと思っていた、と。日本で生きていくことを決意し、日本を知ろうと思っていたから。あの雨の日、アジサイの日、つい先日のようで、あの日が梅雨だったことを思い返せば今は真冬、時が流れたのだと思い知る。
「いい名前だね」
 ちゃんと思い入れのある名前、それだけ彼女が愛されていることをいっそう知る。微笑ましげにしつつ、カミーユが言葉を続けた。
「藍ちゃんの写真ある? 見たいな」
「構わんぞ」
 スマホを取り出して画像フォルダを開いて、カミーユに見せるファーフナー。大量の猫画像。ブレているのまで削除せずに保存してあるのは、ひとえに親馬鹿というか飼い主馬鹿の賜物である。ちなみにほとんどブレている。
「撮ろうとした瞬間に動くんだ……」
 あの現象なんなんだろうな、と肩を竦めるファーフナー。
「オヤツとかオモチャで気を引いてみる……とか?」
「なるほど、その手があったか」
「可愛いね、藍ちゃん。確かに美人さんだ」
「そうだろう」
 ノロケを隠そうともしないファーフナーの様子に、カミーユはクスリと微笑む。笑んだままの目で、スマホの画面からファーフナーへと視線をやった。
「ねえ。藍ちゃんの可愛い写真が撮れたら、また見せに来てよ」
「……ああ、そうしよう」
 答えて、ファーフナーはまた酒を一口。いつもと同じ酒、だというのに……前に飲んだ時よりも不思議と美味しく感じた。理由もできたことだ。今日のように依頼で遅くなってしまった時は、こうしてまたここに足を運ぶのもいいだろう。

 そんなことを思いながら――バーのひと時は過ぎてゆく。



『了』


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ファーフナー(jb7826)/男/52歳/アカシックレコーダー:タイプA
Camille(jb3612)/男/24歳/阿修羅
八福パーティノベル -
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エリュシオン
2016年12月28日

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