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『確たる明日を見る(3) 』
白鳥・瑞科8402
 人々の理想を詰め込み造られた精巧な人形のように細く長い指が、文字をなぞる。自室の椅子に腰をかけている瑞科は、真剣な面持ちで資料に目を通していた。
 今の彼女が身にまとっているのは、落ち着いた色をしたスーツだ。タイトなそれに包まれているというのに、豊満な胸は形崩れる事なく確かに存在を主張している。シックで格式高そうなその服はまるで瑞科のためだけに作られた衣類のように彼女によく似合い、戦闘服とはまた違った魅力を醸し出していた。
 ふぅ、と桃色の唇から吐息がもれる。日常の何気ない仕草すらも、瑞科がとるとひどく美しく映った。ただ座っているだけだというのに、その姿はどこまでも優美だ。もし今この瞬間を絵画に残したら、その絵にはかなりの値がつく事に違いない。
「やはり、そうでしたのね」
 一通り資料に目を通し終え、瑞科は独り言ちた。そして、自身の予想が間違っていなかったであろう事を確信する。
 彼女の手の中にあるのは、失踪事件が最初に起こった学校の学園祭のパンフレットだ。一見、何の変哲もないその紙。しかし、その中にはこの事件の黒幕へと行き着くヒントが隠されていた。
 諜報部隊に調べさせたところ、この学園祭ではとある出店がそこそこ賑わっていたらしい。廊下の隅の目立たない場所にあったというのに、たくさんの生徒がそこへと押しかけ階段のほうまで列が出来ていたのだという。
 しかし、不思議な事にその出店を出していたのがどのクラスのどの生徒だったのかは疎か、どのような声でどんな顔をしていたのかすらも覚えている者はいなかった。まるで記憶にもやがかかっているかのように、その者の顔を思い出そうとしても上手く思い出せないのだ。
「あの日人気だった、『占いの館』はパンフレットには載っていませんわ。無論、学校のホームページにも記載はない。本来なら、出される予定ではなかった店という事に間違いはありませんわね」
 占いの館をやっていたのは、恐らくこの事件の主犯だ。学園祭という状況に乗じて、学校へと潜り込んだのだろう。
 生徒達を狙ったという事は、若い体を必要としていたのだろうか。
「行方をくらました者達は何らかの実験のための実験体、あるいは生け贄として集められている可能性が高まりますわね。黒幕は出店で相手を占うフリをしながらも、実際は生け贄に相応しい人物かどうかを見極めていた、といったところかしら」
 そうなると、時は一刻を争う。犠牲を抑えるために、少しでも早く黒幕を倒さなくてはならない。
 学校の廊下にあった魔法陣や自分の顔が生徒達の記憶に残らないように細工した点からして、相手は魔術に長けているふしが見られる。生徒達が姿を消したのが学園祭当日ではなく数日後だったのは、黒幕がその場で直接は彼らの事をさらわなかったからだろう。
 黒幕は、相手を見極めると同時に洗脳する魔術か何かを使用し、彼らの体を操り自ら自分の元へとくるように仕向けたのだ。それならば、当日、一斉に生徒達が姿を消したというのに大勢を運ぶための乗り物や不審な影の目撃情報がなかった事への説明もつく。
 生徒達は、彼ら自身の足で、彼らを利用しようとしている者の元へと歩かされた。残酷な手口に、瑞科は悲痛げに眉根を寄せた。
(失踪事件はまだ終わっていませんわ。黒幕は学校で獲物を探し尽くした後、別の場所で今度は獲物を物色していらっしゃるのでしょうね)
 今もなお罪なき人々が犠牲になっているという事実に、優しき瑞科の心はまるで締め付けられているかのように痛む。
 しかし、彼女は優しいだけではない。その悪へと立ち向かう、強さも持っていた。それ故に、彼女の瞳からは決して光は失われない。ここにいない黒幕を睨みつけるかのように、細められたその瞳には確かな怒りがこもっていた。
「怪しいのは、あの見慣れぬお店ですわね」
 街を見て回った先日の休暇を、聖女は思い出す。ちょうど今回の事件に関する任務を承った、あの日。瑞科の行きつけの紅茶の専門店の横に、見慣れぬ小さな建物が確かにあった。
 少女達が集まり、列を作っていたあの店だ。
 恐らく、あの店の周囲は厳重な結界の類に守られていたのだろう。見たその時は、いったいいつ造られた建物なのか、何故こんなに繁盛しているのか、という疑問の類は湧いてこず、不思議とそこにあるのが当然のようにあの店の存在を受け入れてしまっていた。だが、ほんの僅かな違和感は瑞科の頭の隅に引っかかり、彼女はしっかりとそれを記憶していたのだ。
「学園祭のパンフレットには載っていない占いの館に、街にあるいつの間にか出来ていた占いの館」
 偶然の一致とは思えない。黒幕への手がかりを確かに掴んだ感覚に、瑞科の形の良い唇が弧を描いた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年01月05日

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