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『確たる明日を見る(4) 』
白鳥・瑞科8402
 この店はいつからそこにあったのだろう。そんな些細な疑問すらも、その店の前まで来ると霧散してしまう。
 重い扉を開き、足を踏み入れた先の空間には闇が広がっていた。前の客は、その暗がりの中を恐れる事もなく、まるで何かに誘われるようにフラフラと歩いている。だらりと腕は垂れ下がり、頭も真正面を向いてはいない。脱力しきったあの客にはもう、まともな意思は残っていないのだろう。
 女はそんな彼女の後をついて歩く。死者の行列のように、女の後ろにも別の客が列をなしていた。
 前の客の番が終わり、女の番がやってくる。フードを被った占いの館の店主と、ようやく彼女は対峙した。
 かつて学園祭中の学校へと忍び込み、さらう相手を物色したのは恐らくこの店主に違いない。相手の顔を見て、女は生徒達がこの者の顔を思い出せないのも無理もない話だと思った。
 何故なら、相手のフードの下にはそもそも顔がなかったからだ。漆黒。どこまでも深い闇が、そこには広がっている。
 店主の正体は異形であった。人ならざるもの。怪物。
 その怪物は、占いの言葉を口にする事すらせずに、ただ女の事をじっと見つめた。彼女の何かを見定めているのか、舐め回すように女の魅惑的な体を見る。見る。見る。
 瞬間、フードの中の闇がまるでほくそ笑むかのように少し歪んだのは、果たして女の気の所為だったのか、どうか。

 ◆

 その後、自宅へと帰ろうとした女だったが、不意にどこかから声がして足を止めた。声は頭の中に直接語りかけてきているかのように、脳内で響き渡る。
『こっちへこい』
 こっちへこい、こっちへこいと、誰かが女の事を呼んでいる。闇が彼女を手招いている。
 ――行かなくては。
 女は瞬時にそう思った。足は自然と動く。知らないはずの道を、迷う事なく彼女は進んで行く。夜の街はしんと静まり返っており、女のはいているロングブーツが地を叩く音だけが響いていた。

 やがて辿り着いたのは、街の外れにある森の中だ。もう使われていない寂れた廃墟がそこにはある。中へ入ると、古びた床がみしみしと嫌な音で鳴いた。
 初めて入った場所だというのに、女は勝手知ったる部屋を歩くかのようにまっすぐにとある場所へと向かう。部屋の隅にあった下り階段をおり、彼女は足を踏み入れる。――異形の待つ、地下室へと。
『よくきてくれた。さぁ、食事の時間だ』
 巨大な影のような色と形をした異形が呟く。それは恐らく、独り言のようなものだったのだろう。彼にとっては、誰に聞かせるわけでもない返事など求めていなかった言葉だ。
「確かに、わたくしはここにこなくてはいけなかった。けれど、決して生け贄になりにきたわけではありませんわよ」
 しかし、ないはずの返事が、あった。操られているはずだというのに、流暢にそして優雅に彼女は言葉を紡ぎ始める。その青の瞳には、しっかりとした意思が宿っていた。
「あなたを倒しにきたのですわ、黒幕さん!」
 そして、彼女は身にまとっていたコートを放り投げる。コートの下に着ていたのは、ボディラインをなぞるようにぴったりと体へと張り付いた青色の衣装……最先端の素材で出来た、戦闘用シスター服だ。隠し持っていたヴェールを身に着け、彼女は剣を構えた。
 女は、ただの客のフリをしていた瑞科だったのだ。彼女は自身を餌に、本来なら効かないはずの洗脳魔術にわざとかかったフリをして黒幕の居場所を突き止めたのだ。
『驚異的な魔力を持ったご馳走だと思っていたが、なるほど。ただの人間ではなかったという事か』
 異形は動揺するようにその体を少し揺らめかせたが、すぐに召喚の魔術を唱え始める。異形の言葉に応じ、何匹もの悪魔が瑞科の前へと立ち塞がった。
「あら、またあなた達でして? 生憎ですけれど、あなた達の相手をしている暇はありませんの。そこをどいてくださる?」
 告げると共に、瑞科の振るった剣が一体の悪魔を薙ぎ払う。
(被害者達は、どうやら無事のようですわね)
 戦いながらも、彼女は周囲の様子を伺っていた。室内には、何人もの人間が倒れている。恐らく、失踪した者達だろう。眠っているようだが、まだ生きてはいる事に聖女は安堵の息をこぼした。
(先程この異形は食事の時間とは言いましたけれど、さらってきた者の体を食べているわけではなさそうですわ)
 だが、さらわれてからもう何日もたってしまっている者も多い。一秒でも早くこの場から助け出し、しかるべき治療を受けさせた方が良いだろう。
「懺悔を聞く時間も惜しいですわね。全力でいかせてもらいますわよ!」
 聖女は剣を構えながら、悪魔のはびこる戦場の最中へと果敢にもその身を躍らせた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年01月05日

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