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『もう一度会えたなら 』
ユエリャン・李aa0076hero002)&凛道aa0068hero002

 かの扉より数多顕現せし異界の英雄達。
 だが、H.O.P.E.なる此方の雄が、かの者らへ計らいたるは、保護。
 一種可愛い気すら帯びし処遇に右の呼称の便宜を禁じ得ぬものなり。
 されど聞くところに依らば、此方に蔓延りし狼藉者どもを討ちせしめんと欲するに、英雄は不可欠ながら単騎では役者不足との由。

『そういったものか』
 茫漠とした枯野に逗留する最中、H.O.P.E.の一員から受けた説明にユエリャン・李は小首を傾げた。
 そも、自身が英雄と言う語義に沿う存在とは到底考えられない。
 自ら武器を手に、あるいはそうした者らを指揮し、より多くの敵を殺傷せしめた者こそをそのように称すべきだ。
 ユエリャンはあくまで武器を生み出す謂わば“母”なのであって、戦などまるで覚束ないというのに。
 しかし、問いを重ねるより先にH.O.P.E.のエージェントなる者は場を辞してしまった。
『解せぬ』
 どうにも腑に落ちないまま、ユエリャンは当て所なくキャンプ内を彷徨う。
 見れば自分と同じ境遇の異邦人達の様子はやはり似たようなもので、手近なエージェントを捕まえて質問攻めにする者、不思議そうに間の抜けた顔で呆けている者など、誰もが現状認識に手を焼いているようだった。
 突如見知らぬ地に放り出された端からいきなり言われても、寝耳に水というものだろう。
 一方で、その誰もが殊更に騒いだり周囲に敵意を向けたりはしない。
 そうだ、むしろ落ち着き払ってさえいる。
 まるで――予め一堂に会した意味についての共通認識を得ているかのようだ。
 ますます以って解せぬ。
『……む?』
 ひゅうと甲高い風が芥子の花を思わせる髪を巻き上げ――誰かの悲鳴を耳に置き去りにした。
「従魔だ!」
「戦える者は迎撃、英雄達を退避させろ!」
「急いで!」
 次いで向かう先から相次ぐ物々しい声と、ざわついた空気。
『ほう……あれが』
 皆が慌しく往来する中、ユエリャンは逃げも隠れもしないで、ただ眺めた。
 エージェント達と異形の群れが入り乱れ、切り結ぶ様を、悠々と。
 見たところ雑魚の類だが、あれでさえ人の子が抗するにはなかなか骨が折れそうではないか。
「そっちに行ったぞ!」
「逃げろ!」
 戦闘員達の怒号にも似た警告に続き、程なく乱戦を抜けて従魔が一匹こちらへ近づいてきた。
『おや』
 さて、どうする――なお立ち尽くし、ユエリャンは思案する。
 このままでは殺されてしまうのだろうが、なにぶん一度は死した身なれば臆するにあたわず。
 そうしている間にも異形の化生は迫り来る。

 ユエリャンの視界に竜胆の花が舞い込んだ。
 否、それは髪色か。
『敵の距離は?』
 こちらに真っ黒な背を向けていて顔は見えないが、若く屈託のない男の声だ。
 彼は鎌を水平に構えると、『早く』と手身近に催促した。
 ――目か。
 それとなく事情を察し、ユエリャンは得物の尺と青年の丈を認めてから、その向こう側を注視する――もう幾許もない。
『答えた時点で三歩』
『――っ!』
 ユエリャンの指示から一拍の後、青年は斜めに前進すると同時に鎌を一閃した。
 両断された異形の魔手はユエリャンの鼻先で朽ち果て、ついに届く事はなかった。

 * * *

『助かりました。なにしろ目が悪くて』
『これは異な事を。助けられたのが我輩ならば礼を言うのも我輩の方である』
 彼が礼を言うので、ユエリャンは呆れたようにそれを窘める。
 二人は焚き火に当たりながら、先ほどの出来事を振り返っていた。

 あれから程なくして従魔の群れは鎮圧され、キャンプは俄かに平和を取り戻していた。
 ちなみに青年が振るった鎌は撃破には至らず、直後に追い縋ったエージェントの一撃によって仕留められたのだった。

『役者不足とは斯様な意味であったか』
 ユエリャンは思案げにほつりと呟く。
『……僕、未熟なんでしょうか』
 青年が沈みがちに問うと、ユエリャンは『恐らく技量の問題ではあるまい』とやんわりと否定した。
『むしろ腕前は見事であったぞ。我輩などからっきしなのである』
 おまけにしょうもない事を威張って言ってのけた。
『…………』
 和ませるつもりだったのだが、彼は浮かない顔をしたままだった。
 まるで叱られて、あるいは何か大切な物を失くして、落ち込んでいる子供のようだ。
 ――妙な男であるな。
 邪気の欠片さえ見当たらぬ、整っていて健やかな面立ち。
 そのくせ目つきが悪いのは、恐らく視力と関わりのある事ゆえ内面と直に通ずるものではなさそうだ。
 先の身のこなしと必殺の技に比べ酷く不釣合いに思えるほど、熟れていない。
『只者ではないようだが……以前は何を?』
『……っ!』
 挙げ句の果てにユエリャンのこの一言にびくりと戦慄く始末。
 持ち上げて気を晴らそうと手を尽くしているのにことごとく裏目に出てしまい、さしものユエリャンも狼狽しかけた。
『い、いや、何も……答えたくないなら無理にとは』

『ほとんど、思い出せなくて』

 ――なるほど。
 ユエリャンがこの日一番に腑に落ちた事は、彼の人柄だった。
 それは論拠に基く整然とした考証にはほど遠い、直感めいた納得。
 ゆえに、興味が湧いた。
 言葉にならぬ多くのものを少しずつ形作り、彼自身を浮き彫りにしてみたいと思った。
『名は?』
『……』
『では家族構成、友人などは』
『……』
『どのような暮らしをしていたのであるか。趣味は?』
『……』
 早速ユエリャンは基本的なところを攻めてみるが、青年は頭を振るばかり。
 まず、なんと呼べば良いのか。
 “英雄”然り、どうやらこの世界には言葉による便宜が根ざしていると見える。
 ならばそれにあやかって、彼の事は仮に“竜胆”とでもしておこうか。
 とは言え名付けとなると責任が生ずる事だし、あくまで自分の中でのみ、そう呼ぶ事にしよう。
 ――今からきみは竜胆であるぞ。
『……あの』
 押し黙っていたのを呆れられたとでも思ったのか、竜胆(仮)はすがるような不安な目をしてユエリャンを見詰めた。
『どうした。何か思い出せたのか?』
 事も無げに切り返せば、彼は少し安心したように息をつくと『いいえ』と、また首を振った。
『でも、少しだけ覚えている事もあるんです。……やっぱり忘れてしまうのかも知れないけど』
 ならば簡単だ。

『話せ。記憶が泡と消える前に』

 ユエリャンは当然のごとく言い放った。
 竜胆は細めていた目をはっと丸くし、しかしすぐまた伏目がちとなる。
 だから今一度『話せ』と繰り返した。
 この何もない場所でせっかく興が乗ったのだ。
 逃がしはせぬ。

 * * *

『どう言えばいいのか――』
 幾許かの沈黙を経て、若者は少しずつ、言葉を重ね始めた。
 今日知り合ったばかりの相手に不確かな自分の事を打ち明けるのは不安だった。
 だが、いっそ一夜の帰香具礼ならばこそ、話せる事もあるような気がして。
 あろう事か、目の前の――体の線の割には化粧気の際立つ――男とも女ともつかぬ風貌の人物に馴れ馴れしくも竜胆と名づけられている事など、知らぬまま。
『僕はその……――“正義”を信じていたように思います』
『正義、であるか』
『はい。罪を断ち切る……“正義の武器”とでも言うのかな。はっきりとは分かりませんけど、それが自分の役目だったのではないかと』
『……ふむ』
 芥子の貴人は意味ありげに目を細め、それを以って先を促す。なぜそう思うとばかりに。
 竜胆もまた、焚き火を睨むように目を細めて、続けた。
『咎人の経歴を、全て覚えています』
 恐らく、これまで手にかけた者達の生涯なのだろう――竜胆にはそう思えてならなかった。
 自分は彼らの首を跳ねていたのだと、心が告げていた。
『一番新しい記憶は“悪い魔女”と呼ばれた、ある薬売りの事です』
 その男は多くを救う仕事の為に多くを犠牲にし、その事を誰にも明かさなかった。
 やがて真実が明るみに出るや否や大罪人として引っ立てられ、そして――。
『――さもありなん』
 貴人はほつりとそう言って、祈るように瞑目する。
 それは件の咎人ではなく、竜胆を悼んでいるもののようだった。
 薬売りだけではない、残された記憶がいつかどこかで断罪した者達の軌跡であるのなら、ある意味でその集合こそが、彼らこそが、この竜胆という存在に等しい。
 もっとも、具体的に自己を掘り下げられるような認識も、必要な言葉も、竜胆は未だ持ち合わせていない。
 だから、貴人の僅かな機微にも気づかなかった。
『他に覚えている事は?』
『他には……』
 質されて自らに問う。
 だが、確かめられたのは“からっぽ”という事だけ。
 虚しくて、悲しかった。
『…………ない、みたいです』
『そうか、ではこれより我輩の事を話すのである。心して聞き――覚えておくが良い』
 見透かすように、不敵に、尊大に。
 芥子の貴人は嘲りにも似た、けれど頼もしい笑みをこちらへ寄越す。
『覚え…………はいっ』
 その心意気が嬉しくて、竜胆は利口な子供が聞き分けるように頷いた。
 知らず、不安も和らぎ、薄れていた。

 貴人は『よし』と更に口角を吊り上げてから、口を開く。
『先に言っておくが、我輩とて同様であるぞ』
『え?』
『記憶の話だ。と言っても我輩の場合、恐らくほとんどの事は覚えているのであるが……きみとは逆に個々の仔細が断片的で胡乱な代物に過ぎぬ』
『そう、……なんですね』
『きみが落ち込んでどうする』
『……すみません』
 自分でも気づかぬうちに、しょげてしまっていたらしい。
 芥子はと言えば、その事になんら不安を抱く様子はなく、どこか飄々としてすらいた。
『先ほどきみは“正義の武器”と申したであろう。ならば我輩はその武器の――“母”にあたる』
『お母さん……?』
 その表現と目の前の人物とのギャップに、竜胆は首を傾げずにはいられない。
『って女の人だったんですか。――あ』
『野暮な事を。……なにか?』
 貴人が物騒な眼差しを向けている事に竜胆は気がつかない。目が悪いから。
『道理で大人っぽいなと思って……そういえば化粧されてますよね』
『…………。齢を重ねれば色々とあるのである』
『つまり厚げしょ、うっ!』
 刹那、竜胆は顎に凄まじい衝撃を受けて卒倒した。
 真向かいより炎を突き抜けて殺気高い爪先が飛んできたのだとは、気がつかなかった。目が悪いから。
 だがこれに懲りないのが竜胆だ。
『……色々って、たとえば?』
『美貌を保つ』
『すごい、良く隠せてまっ』
 竜胆なりにフォローしようとした刹那、細くて堅い棒状の何かがどすっと背中に刺さった。
 芥子の貴人のハイヒールで踏みしだかれているのだとは、気がつかなかった。うつ伏せだったから。
『煩いであるぞ、礼を弁えぬ小僧め』
『痛いですっ……』

 閑話休題。
『我輩は兵器開発を生業にしていた』
 二人は再度焚き火を囲み、貴人は気を取り直して自身を語り始めた。
『開発』
『うむ。他にできる事もなかったゆえ』
『そうなんですか?』
 先ほどの蹴りと、この頼もしい人格に対して、どうにも違和感を覚える述懐だ。
 芥子の人は、不思議そうな顔をする竜胆を一瞥して、火を見下ろした。
『……病を患ってな、外にも出られず実感の薄い生を過ごしていたのである』
 それでも、兵器達――彼(彼女?)はそれを“我が子”と呼んだ――に愛情を注ぎ、彼らもまた貴人に応え、束の間ながら充足を得る事もあったのだという。
 だが、愛の深さに比例して優れた殺傷力を備えた我が子達は、間違った使われ方をした。
『間違い……』
『つまり悪用されたのである』
 いかなる悪に属すものか、今となっては定かでない。
 ただ確かに覚えているのは、とにかくその事実を芥子の貴人は許せなかったという事。
『それで……どうしたんですか?』
『皆に安らかな死を与えた』
『皆って』
『我が子達よ。我輩の手で全て眠らせてやった。その後――自らの命を絶った』
『…………』
 言葉が、見つからない。
 兵器という前提を取り払うなら、自分の子供を母が手にかけたという事になる。
 母の心境はいかばかりであったかなどと推し量る事さえ、今の竜胆には及びもつかない。
 そんな若者に、芥子の貴人は柔和な笑みを向けた。
『それぞれの事はろくに思い出せぬが……やはり愛していたゆえな』
 母ならば当然、なのだろう。
『……あれ? でも』
 おもむろに、しかし当然とも言える疑問が生じた。
『なんだ?』
『さっき、自分の命を絶ったって』
『それよ。なにゆえ我輩がこうして五体満足で立っていられるのか。もっともきみとて……――この地に会した誰も彼もが、そうなのではないか』
 その通りだ。
 貴人は更に紡ぐ。
『我輩は良い機会と心得る。一度は降りた舞台だが、我輩はもっと知りたいのである』
『なにをですか?』
『戦場をな』
 そうして天を見上げ、独白のように小さな声で、こう言った。
『――あの選択が果たして正しかったのか、見極める為に』
『…………』
 竜胆には、今ひとつ理解が及ばなかった。
 でも、この年増で厚化粧の粗暴な芥子の貴人の事を、好ましく思った。
 その記憶は今、竜胆の“からっぽ”を埋める一助となったから。

 * * *

『――あのっ』
『なんだ、小僧。……嬉しそうであるな』
 唐突に、話し相手が空気も読まずうきうきと身を乗り出す様に、芥子ことユエリャンは面食らった。
 竜胆は、やはり気がついていないようだった。目が悪いからだろうか……違うか。
『お話したから、僕達は友達ですか』
『はっ』
 全く子供じみている。
 しかし焚き火の揺らぎを照り返して輝く屈託のない瞳は、喜色に満ちながらも真摯なそれだ。
 だからこそ、ユエリャンは目一杯揶揄うように人の悪い笑みを浮かべてやった。

『そうさな。もう一度会えたなら、その時は――友にしてやっても良いぞ』




 それは、彼らが能力者と誓いを交わす、ほんの少し前の事。

 二人はまだ知らない。
 お互いの名前を。
 再会の日の訪れは、そう遠くない事を。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0076hero002 / ユエリャン・李  / ? / 28歳 / 足跡に導かれし正者】
【aa0068hero002 / 凛道 / 男性 / 23歳 / エージェント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております。藤たくみです。
 この一幕は、世界蝕以降に異界から訪れた者達が直面する“現実”そのものなのではないかと思います。
 MSを辞してからもこういった切り口の題材をいただけて嬉しい反面、なかなかプレッシャーのある執筆となりました。
 お気に召しましたら幸いです。
 ご指名まことにありがとうございました。
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2017年01月05日

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